人生という名の遊び場で、いま、ここを活かされ、すてきに活きる

時代の本質をとらえた、心に残るすてきなメッセージ[構想、視点、こころ]と、新たな気付きをあなたに届けます。みずみずしく、活き活きとした、すてきな旬(ときめき)を一緒に探しにいきましょう。      ◆◇たきがみ博士が選ぶ”すてきなメッセージ”のおすそわけ◇◆

2008/06

関西電力『時代を解くキーワード・Insight』に、 

フォアサイト・アンド・カンパニー代表の斎藤顕一氏のインタビュー記事が掲載されています。 


日本企業の経営課題、 

経営そのものの進化(価値創造プロセスを進化させる)を実現する上で、いかに課題構想 

すべきか、そしていかに取り組むべきかについて、述べられているすばらしいメッセージです。 


嬉しくなりました。 


みなさまの社内で、部門内でこの想いを共有し、具体的な行動につなげていただければ、 

幸いです。 


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


企業変革を担う人材を育てる。 

少子化が進むなか、産業構造が今のままであれば、 

日本経済は2015年あたりからマイナス成長に突入するのは避けられない。 

国内マーケットだけで戦っている企業にとって、売上を増大させ続けることはかなり困難に 

なる。 

少々シェアを伸ばしても、市場全体が縮小すれば売上は増えない。 

業績を伸ばすには、これまでどおりの運営体制ではだめで、やり方を変える企業変革が 

求められる。 


そのためには、変革を担う人材の育成が急務になる。 


変革を担う人材に必要な能力・資質は大きく3つ。 


第1に、「問題解決のスキル」。 

第2に、周囲から「信頼」される人間かどうか。 

第3に、会社や社会を良くしようという「情熱・想い」があるか。 


第1の「問題解決スキル」とは、顧客の言葉に耳をかたむけ、収集した情報や事実を客観的に 
  
理解することで問題の本質を見抜き、インパクトのある解決策を考え、仲間を説得して、 

みんなで取り組み成果を出す、という一連の取り組みができる力を指す。 


多くの企業では、「会社を変えよう」と言いながら、具体策も出ず、なかなか変革が 
  
進まないが、それは問題解決スキルが組織に欠けているためだ。 


最も端的に現れたのが、バブル崩壊の時。 
  

過去の成功体験に基づくやり方が通用しなくなったとき、ほかにどうすればいいか、 
  
その方法を見出せず、多くの企業が沈んでいった。 
  
そして、いまだ上場企業の40%近くがここ5年間の年率成長率がマイナスで、リストラによって 
  
収益性を改善したものの、新たな成長がないためジリ貧にならざるを得ない状況になっている。 


自社の事業領域を自ら限定し、既存の枠内でしかものを考えられない企業は、変われない。 

例えば、即席麺メーカーが市場データを徹底的に集めて、よりおいしい中華麺をつくろうと 
  
改良する。 


それはもちろん大事なことではあるが、お客さまが“ある生活場面で”お腹がすいた時に 
  
食べたいのは日本そばやスパゲティかもしれないし、おにぎりやパンかもしれない。 
  
顧客のニーズは多様なのに、中華麺だけの市場調査をしても、新しい戦い方はできない。 

かといって“こんなもんはどうだろう”と奇をてらうのは単なる当てもので、続かない。 
  
そうではなく、思い込みを捨て、事実ベースでターゲットとする顧客に何が起きているかを 
  
客観的に観察し、競合相手の取り組みや自分たちの強み弱みから、解決策を論理的に導き出す。 

こうした問題解決スキル獲得には、論理的な考え方が不可欠となるが、日常のさまざまな 
  
場面で、繰り返し使い、慣れることで身につく。 


例えば誰かがスピーチしているとき、「この人の言いたいことを3つにまとめよう」という 
  
姿勢で聞くと、聞きながら頭の中で大きく整理してみようという力が働く。 

漫然と聞いて、「なんか良かったけど、何を言ってたんだっけ」となるのとは大きな違いだ。 
  
ただ、問題解決スキルさえ磨けばいいかと言うと、そうではない。 

いくら論理的に考え抜かれた施策も、実行されなければ絵に描いた餅。 


実行するには、周囲の人間を説得し、巻き込まなければならない。 


そこで必要になるのが、2つ目の「信頼」だ。 

その人が信頼されていれば、「あいつの言うことならしゃあない、やろか」となる。 

自分のことしか考えない人はまず信頼されない。 

逆に自分が忙しくても他人の面倒を見る。好かれようとか甘やかすのではなく、 
  
他人を大事にし人の成長を助けることで、業績向上をみんなで目指そうと考える人は 
  
信頼される。 


そうした人間力が必要だ。 


そして最後に必要なのが、自分の会社、ひいては自分の属する社会をより良くしたいという 
  
「情熱」だ。 


基本的に大部分の人は変わることに抵抗があり、変革を求められるのはつらいと感じる。 

表立って反対しなくても、協力しない人々は大きな抵抗勢力になる。 


変革を推進するには、「会社を変えることで業績があがり、その結果個人の収入が増え、 

皆が幸せになる」という強い信念が必要だ。 


方法論だけ学んでもダメ。 


問題解決スキルは繰り返し使うことで身につくとはいえ、会社の中でうまく流れに 
  
乗ることだけを考え、自分自身を成長させようという気のない人や、「所詮ムリ」、 
  
「やっても仕方ない」と思っている人は、いくら教えても身につかない。 


肩書きに関わらず、自分がおかれたポジションからだけ考えるのではなく、全社の立場に 
  
立ってこの会社でこういうことをやりたい、こういう貢献をしたいと考える人は、 
  
少しのきっかけで、格段に成長する。 


良い教育とはこの“きっかけ”を作ってあげることなのだ。 


自分を徹底的に磨くことに妥協しない人間は、その“きっかけ”に大きな可能性を見出し、 

自分の考え方や行動の仕方を変え、結果的に大きく成長するのだ。 


だからまず「自分はなぜこの会社で働くのか」、「お客さまにとって大事なことは何か」を、 

とことん考える。 


単に「生活のために働く」というのでは、上司に“ごま”をすったり、無駄に残業をして 

残業代を稼いだりと、おかしな方向へ行ってしまう。 


そうではなく、会社の理念や経営者の夢に共感し、自分もその夢の実現に加わりたいとなれば、 

自分が成長しないと会社に貢献なんてできない。 

そう思えれば、自分自身を鍛えることが自然にできる。 


そしてお客さまに対しては「顧客の利益を自社の利益より優先する」のが基本。 

顧客を大事にする、人を大事にすることこそ、信頼の原点であり、この軸足を誤ると、 

企業の成長も人の成長もない。 


「徳」ということが忘れられて久しいが、それが企業変革の根底にないと間違った方向に 

行ってしまう。 


会社が成長するということは、個人が成長するということだ。 


成長し続けることを選ぶ人が多いほど、会社は成長を続ける。 



客観的にクールに問題解決をしていくスキルと、信頼感と情熱。 


3つを併せ持つ人はほんの一握りしかいないとしても、彼らがコアとなって意欲の高い人を 

巻き込み、変革推進の仲間をつくり、次の担い手を増やしていけば、会社を変える大きな 

エンジンになっていくことは、間違いない。 

人は命に限りがあることを自覚するとき、命をいとおしみ、いまを活きることの意味を 
深く感得する。 

みずからの命がやがて消えていくことに想いをめぐらす人は、驕ることなく謙虚さを保ち、 
社会の中で他者と支え合うことを大切にし、遊び心を持って学び、働き、成長しながら 
心豊かに、悔いのない時を過ごし、他者の役に立つ充実した人生を全うする。 

影によって、光が際立つように、命の有限性を自覚することによって、一回限りの人生は 
輝きと奥行きを増す。 


そのために、 

私たち一人ひとりが、年齢にとらわれることなく、生涯現役で働くことを通じて持てる力を 
存分に発揮し、自分と社会のつながりを意識しながら、誰かの役に立つ生き方を実践する。 

ゆっくりではあるがしっかりとした着実な取り組みを通して、”たった一度の人生”を演出し、 
懐の深い社会造りに参画できることを喜びとしたい。 


*「人生85年時代に向けたリ・デザイン」のメッセージに触発されて
 

アサーティブとは、 

「相手の権利を侵害することなく、誠実に、率直に、対等に、自分の気持ちや要求を表現する 」 

ことですが、このことは、「誠実」「率直」「対等」「自己責任」という柱を、自分の中にしっかり 

持った上で人と向き合う姿勢の大切なことを意味しています。 


◆アサーティブで語られる12の権利 

 1.私には、日常的な役割から自立した一人の人間として、自分の為の優先順位を決める 

   権利がある。 

 2.私には、賢くて能力のある対等な人間として、敬意を持って扱われる権利がある。 

 3.私には、自分の気持ちを言葉で表現する権利がある。 

 4.私には、自分の意見と価値観を表明する権利がある。 

 5.私には、「イエス」、「ノー」を自分で決める権利がある。 

 6.私には、間違う権利がある。 

 7.私には、考えや気持ちを変える権利がある。 

 8.私には、「わかりません」という権利がある。 

 9.私には、欲しいものを欲しい、したいことをしたいと言う権利がある。 

10.私には、人の悩みの種を自分の責任にしなくてよい権利がある。 

11.私には、周囲の人から認められることに頼ることなく、人と接する権利がある。 

12.私には、アサーティブでない自分を選択する権利がある。 


これは、私たちが自分自身でいるための基本的な原則であり、他人とのよりよい関係を 

築くための土台となります。 

権利は、自己責任を伴っています。自己責任を欠いた自己主張は決してアサーティブでは 

ありません。 


自分の権利と責任をしっかり認識した上で、 

はじめて対等で誠実なアサーティブなコミュニケーションは成り立つのですね。 

「農業を日本の先端産業にする」山崎 養世さんからいただいたメッセージを、加筆・修正してお届けします。 

農業を取り巻く環境は、食料自給率の低下、後継者不足、耕作放棄地の増加、高齢者が半数以上を占め集落としての機能を維持するのが困難となっている限界集落の増加、日本人の米離れ、日本食離れ、地元の農産物が手に入りにくい仕組み、農業よりも土木事業に力を入れてきた農政など、様々な問題が浮かび上がってきている。 

まさに、経済成長と格差の少ない生活レベルの高い社会、それが限界に来ている。 

そこで、 

◆農業資源の有効活用、  

◆消費者の期待に応える取り組みの観点から、時代の変化に対応できる農業・食料ビジネスのあり方を考えて見たい。 


ポイントは、 

◇農業資源(農地など)の所有者へのアウトソーシング環境の整備、 

◇農業経営を志向する人へのフランチャイズ型参画のしくみづくり、である。 



ものづくりとしての自動車、家電や環境技術などとともに、農業による農産物を日本経済の主役にする時がそこまできています。 


1)日本の農地を有効に活用する (減反政策をやめ、耕作放棄地を解消する) 

農業を行う人に補助金を思い切ってつける。大規模農家だけに補助金を出すのではなく、農業生産を行う人に出すのです。 

ある程度の生活が保証されるようになれば、農業の担い手は増えていきます。 

食料自給率を向上させ国民の食料を確保するために、農家へ直接の所得保証することを、必要不可欠なコストと位置付けます。 


2)多彩な人々が営農に参画できるしくみ 

志を持った若者が、農業に従事できるようにします。 

そこでポイントになるのが、農地や労働の提供と販売やマーケティングや品種開発、そして、大規模な資金調達などを組み合わせたフランチャイズ方式の発展です。 

資金や経験がない人でも農業に参加できたり、農業企業のサラリーマンになったりといった様々な関わり方を作り出して、日本の農業の担い手を増やすことです。 


3)フランチャイズ型農業のすすめ (農業技術の開発、普及および人材育成) 

個々の農家や農協の事情も千差万別であり、営農意欲はあるが自前での競争ができない、営農も誰かに任せたいが農地は手放したくない、簡単な農作業ならやりたいがきついことはできなくなったなど、個々の事情に対応したフランチャイズ型の農業を展開するのです。 

あるところでは品種開発やマーケティングや販売を委託し、ある農家は生産に徹する。 

また、ある農家は農作業の一部あるいは全部を外部に委託する。 

さらにある農家は農地の貸し付けだけを行う、といった形です。 

実情に応じた農家とのかかわり方によって、農家が高齢者であっても農地が耕作放棄地にならずに生産性の高いフランチャイズによって運営できます。 

フランチャイズ運営側には、新しく多様な仕事が生まれます。 

生産者から消費者までを結ぶバリューチェーンの運営という様々な業務が、新たな雇用とビジネスチャンスを生みます。 

農協もそのほかの農業経営者も切磋琢磨し、日本の農業を進化させていくのです。 

そのためには、今も残る不合理な規制や慣習をやめ、日本の農業と農業人材を伸ばす人たちを、社会全体で支援するための枠組を作る必要があります。 


4)日本の農産物の品質を上げ、価格を下げる。 

農家の中で最も数が多い副業的農家の平均総所得は470万円、そのうち農業所得は30万円にしか過ぎません。 

生産調整による減反補助金をなくし、米でも他の作物でも思い切って生産すれば、日本の農作物価格は下がります。 

直接の補助金で農家の生活を保証することによって、品質と価格の両面で思い切った競争が始まります。 

農産物の価格が下がれば、日本の消費者は日本の農産物を購入します。 

米の値段が下がれば、お米を食べるだけでなく、値上がりが著しい小麦粉に代わって米粉を材料にした麺類や饅頭、パン類、酒、焼酎、飼料の開発が進みます。 

外国の穀物が高騰する今がチャンスです。 


5)食の産業に学ぶ 

日本の食の産業は、農業と違って自由競争の中で、素晴らしい発展を遂げてきました。 

そこに流れるのは、徹底してお客さんが求めるものを提供し、儲けを追求するというビジネスの発想と、自分がおいしいものを食べさせたい、という頑固な職人のこだわりの間の緊張です。 

農業という物作りでも、食の世界で花開いた日本人の独創性を発揮させるべきです。 

生産、開発、流通、マーケティング、資金調達、などそれぞれの分野に優れた専門家がいます。 

農家は農協任せにしないで専門家を活用すべきです。 

そのために、農家が専門家を容易に活用できる環境、インフラを整備することが重要になります。 

生産から消費までのバリューチェーン構築を提供する業者間の競争によって、 
中間マージンが少なく、売り上げの上がる業者への委託が進みます。 

まさに流通の合理化です。 

これまでの生産一辺倒の発想を180度転換し、消費者の視点から農業を組み立てます。 


行政はそのために環境を整備するのです。 

フランスやイタリアのワインなどに見られるように、原産地や製造法などについての虚偽記載の取り締まりや公的な等級表示など、公的権威が全体としてのブランド価値を高めることを行います。 
 

 *日本農業復興の途

神渡良平さんを通して知った「安岡正篤」さん。 


    明の崔後渠(さいこうきょ)の「六然訓(りくぜんくん)」 

安岡正篤氏いわく、少しでもそういう境地に心身を置きたいものと考えて、 
それとなく心がけてきた。 
実に良い言葉で、まことに平明、しかもわれわれの日常生活に即して活きている。 

◇ 自(じ)處(しょ)超然 :自ら処すること超然(ちょうぜん) 

   ・事に臨んで自分に関する問題には、一切囚われない 

   自分自身に関しては、一向にものに囚われず、恬淡としている。 
   ひとは良く見ているもので、モノに執着している人は人が離れていく。 
   他人の行状は自分を振り返ってみる格好の物差しである。 


◇ 處人(しょじん)藹(あい)然(ぜん) :人に処すること藹然(あいぜん) 

   ・藹は春の草木が青々と繁っている状態を表している。 
    つまり、人に接するときには、 
    春山に霞がかかっているようなのんびりとした雰囲気でいること 

   藹とは草木が盛んに茂るさまをいうので、處人藹然とは、人に接するときは、 
   相手の気持ちが和らぎ、穏やかになるように心がける。 


◇ 有事斬(ざん)然(ぜん ):有事の時には斬然(ざんぜん) 

   ・何か問題のあるときには、きびきびと取り組む 

   いったんことが起こればグズグズしないで、束ねたものをマサカリで斬るように、 
   一気呵成にやる。 


◇ 無事澄(ちょう)然(ぜん) :無事の時には澄然(ちょうぜん) 

   ・何も問題のないときには、水のように澄み切っている 

   事がない場合には、静かな湖面のように澄み切っている。私利私欲がないから 
   心が澄んでいる。澄んでいるから融通無碍に動くことができる。 


◇ 得意澹(たん)然(ぜん) :得意の時には澹然(たんぜん) 

   ・得意のときには、あっさりしている 

   澹というのは、水がゆったりと揺れ動くさまをいう。したがって、得意絶頂の時こそ、 
   逆に静かであっさりしていることが緊要だ。そうすると足をすくわれることがない。 


◇ 失意泰然(たいぜん) :失意の時には泰然(たいぜん) 

   ・失意のときには、逆にゆったりと構える 

   失意の時にはうろたえ、呆然となるのが人間の常だが、だからこそ逆に泰然と構え、 
   大所高所から眺めてみる。するとそれまでは見えていなかったことに気付き、 
   死地を脱することができる。そこで意気消沈したらおしまいだ。 

DNDメディア局の出口さんからいただいたメッセージです。 

出口さんの流れるような文章に気持ちよく引き込まれてください。 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~ 

「ё」。 
ワードで「記号」と打って、その表記を順にスクロールしていくと、この文字はすぐに見つかりました。ロシア語で「ヨウ」と発音する、キリル文字のひとつなのですね。 
遺されたその人の仕事場にはこの「ё」が付けられた秘かな原稿の断片やメモなどが多く点在していました。妻、容子(ようこ)のヨウを示す印だった、という。 

 じっとその文字を眺めれば、どこか微笑ましい妖精のウインクのように見えてくる。どうしてこんな自分にしかわからないような暗号めいた文字を潜ませたのでしょう、きっと、それも彼一流の照れ隠しだったのか―。 
それにしても、その全編にわたって、妻への優しく、深い思いがストレートに伝わってきます。 

こういうのを「真水のような文章」というのでしょうか。 


 昨年3月、79歳で逝った作家、城山三郎さんの遺稿をまとめた『そうか、もう君はいないのか』(新潮社)は、城山さんより7年早く死去した妻、容子さんとの愛惜を綴った回想録です。 
うらやましいくらいの幸せな夫婦の情景が浮かんできます。今年1月の発売以来、大変話題になっていますのですでに読んだ方も多いと思います。 

 読み終えると、しばらくその心地よい余韻に浸ひたれます。 
そして、「あとがき」を読んで、その「ё」の意味を知り、もう一度最初のページを開くと、なんだか愛別離苦の切ない気分に打ちのめされてしまいそうで、ページが進みません。 

 しかし、「お茶の水駅近くのビル。」という書き出しで始まる、婦人雑誌の講演会の出た模様は、おかしいことといったら、ない。容子さんがその会場にこっそり紛れ込み、まだ心も表情も硬さが残る演題の夫、城山さんと目があうなり、両手を頭の上と下に持ってきて、子供じみた仕草で笑わすのだ、という。 

 もっと、にこやかにね、そう、そうよ、笑って、というような容子さんの精いっぱいの声援だったのでしょうか。 
本の中では、いくつになっても愛くるしい容子さんの姿が生き生きしていました。昭和26年春、学生時代のお二人が偶然出会う名古屋の公衆図書館前での様子を「間違って、天から妖精が落ちてきた」と表現するほど、城山さんにはとくに鮮烈だったのでしょう。 
オレンジ色の明るいワンピース姿の娘という当時の身につけていた服の印象を記憶していました。初対面の時に着ていた妻の当時の服を覚えています? 

 城山さんは、最愛の伴侶の死を目前にして、そんな悲しみの極みに、残される者は何ができるのか、と自問し続けます。 
そして、私は容子の手を握って、その時が少しでも遅れるようにと、ただ祈るばかりであった、と述懐していました。 

そして、その時…。 
2000年2月24日、杉浦容子、永眠。享年68歳。 

 あっという間の別れ、という感じが強い―という風にペンを走らせ、その時の微妙な心の動きに触れています。ここが大事なところなので余分な解説は不要と自らに言い聞かせて、これから読む人のためにも控えなければなりません。 

 ただ、この場面でこの本のタイトルとなった「そうか、もう君はいないのか」、という言葉が万感胸に迫ってきます。妻に先立たれた夫、愛する人との別れ、その喪失感は、想像を絶するものがあるようです。この深い悲しみは経験者じゃないと実感できないかもしれません。 

 最後の特攻隊員らを描いた渾身の『指揮官たちの特攻―幸福は花びらのごとく』(新潮文庫)という城山さんの本があります。その主題の、はかなくも幸せな時間を持って死んでいった特攻隊員と、その後、せつない、むなしい時間を過ごすことになる残された方と、「これはどっちが、より不幸なのだろうか」という問題設定は、その取材中に容子さんを亡くしたという事情からの着想だった、とその背景を明かす記述も目に留まりました。 

 さて、ご本人はその苦衷にどう折り合いをつけたのか、その痛手とは裏腹に、逆にひとつのエピソードを題材に、「思ってもみなかった明るい最後。 
また、してやられた。悲しいけれど、また笑いたくなる。」と紹介し、君らしいフィナーレだったとあっさり結んでいました。 

 う~む。城山文学には、その得意の経済小説や伝記、エッセイ集、それに対談などで、随分多くの人を勇気づけてきました。会社勤めで左遷に遭遇したら城山三郎を読む、そうすれば元気がでる。だから、その遺稿の書き出し、そして最後も結果的に「笑い」で結んで、読む人に少しでも希望を与えることに心を砕いていたのではないか、と思ってしまいます。まあ、それを意識して書いたという感じがしないのは、この人の人柄、当然ながら書くことの意味をよくわきまえていらっしゃるからなのかもしれませんね。 

 だが、「あとがき」を読むと、それは、どうもいささか事情が違っているので、戸惑ってしまいます。そばについてお二人を看取った、次女の井上紀子さんが『父が遺してくれたもの―「最後の黄金の日々」』という優れた一文を寄せています。どんな様子だったのか、実は「父は半身を削がれたまま生きていた」とか、そして「駄々っ児のように、現実の母の死は拒絶し続けた」とかの記述があり、どうも喪失のうちに自分を見失っていた時期もあるようです。 

 繰り返しになりますが、この遺稿は、容子さんが亡くなった後、出版社からの依頼で断片的に書きためた容子さんとの回想録で、いわば出会いからお別れまでの交歓のストーリーが収められています。 

 妻と死別し、残された夫が妻を語る、しかし、本が上梓された時はもうお二人ともこの世にいない。この2本の独立したそれぞれのストーリーに紀子さんの率直な証言を加えたオムニバスが、「夫婦の最後」という構成で完結する、ドキュメントを見せてもらったような感じがしてきました。 

 亡き妻を綴る、もうそれだけで悲しみが胸を締め付けてきます。夫婦の契りというか、確かな夫婦の関係は、その身近な子供らも幸せに導くものらしい。 
それともこれは例外的なのでしょうか。妻に先立たれた夫はどうもへこたれるらしいが、その逆はまったく風景がちがってくるのは、いかなる理由によるものなのか~。 

 紀子さんは、幸せそうな父の顔に救われたという。微笑みを返したくなるような、純心な子供のような安らいだ笑顔、これは間違いなく母への笑顔だったとその様子を書いていました。そして、よかったねぇ、お父さん。やっとお母さんの所に行けて、という言葉が、不謹慎かもしれないが思わず口をついてでる、そして兄らと「ありがとう」を繰り返す日々で、さらりと春風に乗って、初めて出会ってから少年少女の心のまま、あの世まで逝ってしまった二人だった、と表現していました。 

 一流のストーリーテラーは、自らの死をも見事なまでのドラマに仕立ててしまいました。妻をこんな風にいとおしく最後まで大切にできたらどんなに素敵なことでしょう。それが実は、凡人にはなかなか容易じゃないことは、よく知っているつもりですが、もっと努力が必要なことは確かです。 

 「妻」と題した城山さんの詩が2編、紹介されています。そのひとつの最後の行を抜粋します。 

~五十億の中で ただ一人「おい」と呼べるおまえ 
          律儀に寝息を続けてくれなくては困る~ 

 やすらかな寝息が聞こえてきそうですね。 


人生の晩年、長年連れ添った夫婦のそれぞれが老いを迎え、あるいは病に伏し、そして最後の処方にどう臨むか、城山さんのご夫婦が理想の姿とは自信をもって言い切れないのですが、亭主のあり様、夫の真の優しさとはなにか、そのヒントとして、城山さんのこの本のことをひそかに語り継ぐ価値は、おおいにありそうです。 
 

誰でも、自分の中に伝統がある。 

自分が経験したすべての過去の累積、それが”いま”のわたし。 


「過去とは思いだすこと、現在(いま)は過去の必然、そして、未来は想い、選択すること」 


いまは変えられない。 

しかし、人には明日があり、未来がある。 

明日は、こうありたいと「想い」をもつことができる。 


これが自由。 

何という救いか、僥倖か。 

未来の自由は、天に空いた風穴です。 



すてきな明日”に向かって、 

”これからへの想い”を具体化するJourney、しっかり楽しみたいですね。 

相手の立場になることは難しい。 


 よく「顧客の立場になれ!」と言うが、 
 簡単にはできない。 


 相手の立場に立つ能力は、共感力。 


 相手が何を感じ、何を求め、 
 何をしてほしいと思っているか? 

 聞いても、本当の応えはかえってこない。 


 経験と勘と度胸、そして情報という要素を加えて 
 自分なりの仮説を立て、 
 何度も検証を重ねて、やっとわかってくる。 


 はじめに仮説ありき、仮説とは熱き想いなり。 



まさに、熱き想いと共感力で培われる課題構想力、 

企業経営の場、生活の場、こころのおきどころ探しの場のあらゆる場面で、 

いま、もっとも求めらている。 


もっとすなおに、やさしく、ひとがひととして、すてきな笑顔で活きるために。 

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