人生という名の遊び場で、いま、ここを活かされ、すてきに活きる

時代の本質をとらえた、心に残るすてきなメッセージ[構想、視点、こころ]と、新たな気付きをあなたに届けます。みずみずしく、活き活きとした、すてきな旬(ときめき)を一緒に探しにいきましょう。      ◆◇たきがみ博士が選ぶ”すてきなメッセージ”のおすそわけ◇◆

2009/09

お客さまは、表面的な話題作りでなく、企業の本音や本当の意思、想いに触れたいと考えている。 

この会社はどのような新しい発想や価値観で、世の中をどの様に変えようとしているのか、また、その企業姿勢に共感できるのか。 

そんなお客さまの期待に通じるメッセージが、企業の存在意義を表現する想い、志、理念である。 

そして、お客さまは深いつながりを求める企業に、モノではなく、コト、価値観やライフスタイル、経験との共同化を求めている。 


日本企業は、ものづくりなどのディテールへのこだわりでは、世界に誇れる技術と規律がある。だが、それは決められたルールで改善を尽くすものづくり偏重、ものづくりへの埋没であり、コトづくりの弱点につながっている。 

つまり、企業が活動し、創造する価値の意味付け、位置付けを、構想することができていないのである。 

コトづくりのポイントは、市場との対話であり、ものづくりの基本とオーバーラップしている。お客さまや社会は何を求めているのか、そのニーズやウォンツを突き詰めることにほかならない。 

しかし、そのアプローチは、ものづくり発想とコトづくり発想で大きく異なっている。 


ものづくり発想でのお客さまとの対話は、どうしても既存の設備、技術や技能、人的資源(経営資源)を、いかに活用するかということにとらわれてしまう。 
それだけに、ものづくりの現場の社員がお客さまと対話することが多くなり、お客さまが本当はもっとこういうモノがほしいのに・・・と思っても話が通じず、今のモノを前提にして話は進み、作り手側も自分の担当領域の視点でしか、情報を受け留めようとしない。 

コト発想とは、お客さまに提供する価値を構想すること、すなわちモノを実現するコンテクスト(文脈)の再設計することなのだが、同じコンテクストでの対話とどまっている。 

本来、コトづくり発想でのお客さまとの対話は、既存のコンテクストやモノにとらわれないで、ゼロベースで社会やお客さまとの関係性を考え、課題を構想することであり、想いを汲みながら、その本質を追求し、どの様に意味付け、位置付ければよいか、土俵そのものを設計することにつながっていく。 

このとき、既存の組織やスキル、人的資源、設備などは意識する必要はない。 
しかし、組織の枠組みに従順になるべく教育された日本人労働者は、こうした自由な発想が苦手だ。 


企業全体、いや企業を超えてオープンイノベーション方式で考えるダイナミックさやスケールの大きさは、企業家的な発想力や視点を要求する。 


まさに職場の知の貧困化であり、世界の情報に無知、歴史認識が貧弱、人間心理や政治への洞察の低さなど、外界に対する無関心が結実したものである。 

そこで、コトづくり発想を強化するために、違う土俵で育った人材を迎え、ネットワークして、刺激しあい、自分の慣れ親しんだ領域から一歩踏み出し、他の知を交えて自分の得意技をさらに高め、お客さま視点で再構成できる知見と力量を身につける必要がある。 

田中宇さんのの国際ニュース解説から、すてきなメッセージのおすそわけです。 

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08年11月に米国ワシントンDCでG20経済サミットが開かれ、今年4月のロンドンサミットを経て、9月にはピッツバーグのサミットとなり、G20がG8に取って代わることが宣言された。 


70年代のドルと米経済の危機は、G7を作って敗戦国だった日独を主要国として再認知する代わりにドル支援させたことで乗り越えた。 
今回G20に権限を与えることも、かつての日独の役目を新興諸国にやらせようとしているかのようにも見える。しかし、70年代の日独と今の新興諸国では決定的に異なっている点がある。 
日独は敗戦国で、戦後は米英に占領され傀儡化された。日独は国際社会での権限を与えても、米英に対抗する勢力とならず、米英体制の傘下に居続け、ドルを買い支えてくれた。だが日独と対照的に、中国とロシアという新興諸国の主導国は第二次大戦の戦勝国であり、国連安保理では米英仏と対等で拒否権を持っている。 

G7は最初から基軸通貨としてのドルの延命を目標としていた。 
対照的にG20の周辺では、中国が発表したIMFのSDR(特別引き出し権)を活用した新しい基軸通貨体制の構想などドルに代わる基軸通貨体制が語られている。中国やロシア、ブラジル、そして仏独伊などまで、首脳陣が基軸通貨としてのドルの役目は終わる。代わりの通貨体制が必要だと言っている。 

G7はドルを延命させたが、G20はドルを終焉させる機関のようだ。 


今回、G20がG8に取って代わることが発表されるとほぼ同時に、世界銀行のゼーリック総裁が現状のドル本位制以外の選択肢が登場しているので、基軸通貨としてのドルの地位は危うくなっている。米国は、ドルの地位が盤石だと思わない方がいいと警告した。 

ゼーリックは、米連銀は金融界の管理者として失敗したと批判し、米連銀の権限を強化することで金融危機対策にしようとしているオバマ政権の構想は、間違いだとも指摘している。 
ゼーリックの意見を総合すると、連銀が金融政策を担当している限り、米国の金融危機は改善せず、連銀が刷っているドルは世界から愛想を尽かされ、ドル以外の基軸通貨制に移行しかねない、といっている。 

米国はすでに、旺盛に商品を輸入する世界経済の牽引役であり続けることを半ば放棄している。 
オバマ大統領の経済顧問であるローレンス・サマーズは、為替をドル安に誘導し、米国の輸出力を回復することで、米国経済の中心を消費から生産に戻したいと表明している。
日本の民主党政権も、藤井財務相が訪米してガイトナー財務長官に「円安ドル高政策はもうやらない」と伝え、市場を円高ドル安に誘導し始めた。これも同様の流れである。 


今回のG20の3大テーマは 
1)中国をはじめとする新興市場諸国の国民に消費させ、米国人に貯蓄させることで、国際貿易収支を再均衡させる 
2)新興諸国に消費させる見返りとして、IMFなど国際経済機関における新興諸国の発言権(投票権)を拡大し、米国の権利を削る 
3)金融界における役員報酬の上限設定などの規制強化、である。  
まさに、中国やBRICに世界の経済面の責任と権限(覇権)を与える話になっている。 



国際社会では最近、すべての国際金融取引に0・005%の課税を行う「トービン税」の構想が出てきている。税収は途上国の貧困対策などに使うため、国連機関におさめられる。 
これは、これまで独自の財源を持たず、資金力のある先進国からもらう金だけが財源だったがゆえに、先進国の言うことを聞かねばならなかった国連を、先進国の言いなりから解放するための構想である。 


基軸通貨制の転換については、G20の正式な議論のテーマにはなっていない。しかし、昨秋に国際金融危機に関する1回目のG20サミットが開かれる前後から、各国高官の間から、ドル崩壊の予測や、ドル以外の基軸通貨体制に関する考察が出るようになった。 

昨秋のG20は第2ブレトンウッズと比喩的に呼ばれたが、ブレトンウッズとは1944年にドル基軸の国際通貨体制(米国の経済覇権体制)を決めた国際会議である。 
G20が国際通貨体制の大転換について議論する会議であることが、この呼び名からも感じられる。ドルが今後もずっと健全であるなら、国際通貨体制の大転換について話し合う必要などない。話し合い自体がドルの健全性を損なう。国際通貨体制について話すのは、ドルに未来がないことが前提である。 

しかし、現実には、ドルは崩壊していない。米政府は財政赤字を急増しており、ドルには潜在的な崩壊感があるが、実際の為替相場は、今日までのところ、それほどドル安になっていない。通貨が頼りにならなくなったときに高騰する金相場も、上昇は限定的だ。 

この矛盾についての、マスコミなど世の中の大方の反応は無視する、問題にしないというものだ。しかし、G20周辺でのドルの基軸制は危ういという指摘は、昨秋以来ずっと続いている。無視してよい矮小な話ではない。 

むしろ、昨秋のリーマン倒産以後、米国の金融システムはすでに潜在的に不可逆崩壊しており、米国の大手銀行の多くは、連銀が公然、非公然の救済を続けない限り、債務超過が顕在化して潰れてしまう幽霊銀行であり、連銀による救済で崩壊が先送りされているだけである。 
連銀による金融界の救済は、連銀自身を弱め、連銀の信用で発行されているドルを弱めている。最後にはドルが信用されなくなる。 

米国は、失業増によって国民の12%(3500万人)が生活保護を受ける状況で、経済の6割以上を占める消費は悪化傾向が今後も続きそうだ。 


年初来、欧州などには9月末金融危機再燃説があったが、それは現実になっていない。9月に入って金相場が1オンス1000ドルを超えて一時上昇し、中国など各国政府による金の買い漁りの話などもあり、何か始まりそうな気配があったが、その後金相場は再び1000ドル以下に落ちた(米英当局が、金先物を使った下落戦略をとっているからではないか)。 

しかし、米連銀がドル発行によって金融システムを延命させている構造自体は続いており、危険が去ったわけではない。金相場も、また1000ドルを突破するかもしれない。 


(一部、加筆編集してお届けしました。)

自然界には、多種多様な生物が存在している。そこには多様性だけでなく、生命の連鎖と関係性があり、一つひとつの小さないのちがつながることで、大きな機能に満ちた生態系をつくっている。 

この生態系における自然界の生き物の生きざま、大自然の摂理と調和することに、サスティナブルな企業の生き方、あり方のモデルがある。 


世の中に流通する知の量は年々飛躍的に増えているが、企業にとって、どの様にこの知と向き合い、取り組み、そして新たな価値をいかに創造するかが重要な課題である。 


自然界の生き物が、自と他のいのちをつなぎ合わせながら、自然生態系の中で生きているように、社会の構成員である企業も自社の知と世の中に散在する多様な知を結びつけ、ビジネス生態系の中で生きることが求められている。 

そのために自と他の豊かで密度の濃い知の関係性が重要になるが、私たちは物事を細かく分けて追究する科学によって、知の関係性を細切れにしてきた。 そして、知の量はITによって爆発的に増え、限りなく膨張し分散している。 

私たちは、あらためて知を結びつけることの重要性を再確認し、新たな価値を生み出すために、細切りにされた知の断片を有機的につなぎなおす必要がある。 

そして、知の統合、構造化に取り組むために、全体像をしっかり構想し、部分と部分の関係を大事にしながら、多様な知をつなぎ、組み立てることが重要になる。 

常盤 文克さんからいただいたメッセージに触発されて
  

田中宇さんからいただいた、すてきなメッセージのおすそわけです。 

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日本の対米従属維持のプロパガンダの嵐を乗り越えて、米国の崩壊と世界の多極化に対する準備が始まった。 
日本が米国と無理心中することを止めようとする民主党政権は、評価されるべきである。 



オバマは国連総会を機に鳩山のほか、中国、ロシアの首脳とも2者会談を行った。オバマが親米のはずの英国との会談を断る一方、反米的な中露とは会談したのは、いかにも「隠れ多極主義」的だが、会談相手の中に反米的な日本の鳩山が入っているのは、新政権になった日本がようやく世界の多極化に対応して「非米同盟」の方向に傾いたことを象徴している。 

鳩山政権では、岡田外相が就任時に、米国に「核の先制攻撃をやめる」と言わせることを試みる件で質問され「私の持論は、先制使用すると明言する国に核軍縮や核の不拡散を言う資格があるのかということだ」と答えている。 
また岡田は、FT紙の取材に対して「自民党政権の外交政策は、過度に対米従属だった、私は、日本独自の考え方に基づいた外交をやりたい」と述べている。 

オバマ政権が鳩山政権に対して意外な親密さや理解を示しているのは、今の米中枢が隠れ多極主義の戦略を採っているからだ。 

米国は一貫して、表向きだけ日本重視といいつつ、実態は日本無視だった。それは、米国中枢で米英中心主義より多極主義が強くなっていったのに、日本は対米従属の姿勢を変えたがらなかったためだ。 

戦後の日本は、多極主義と英米中心主義が暗闘する米国中枢の、英米中心主義(冷戦派)の方から強い影響を受けている。官僚機構は対米従属や冷戦体制の永続化を望む傾向が強くなり、米国は日本に対米従属を求めているというプロパガンダを深く国民に植え付けた。 
民主党が、官僚制度の解体再編を方針として掲げているのは、日本を冷戦型思考や対米従属への中毒状態から引き離そうとしているからともいえる。 

鳩山政権は、インド洋での自衛隊の給油活動を止める代わりに、アフガニスタンの復興支援を活発化するなど「国際貢献」を積極展開することを打ち出している。 
従来の日本の国際貢献の「国際」とは、米国もしくはG7など英米中心体制のことだった。 
これに対し、民主党政権の国際貢献の「国際」は、国連であり、反米諸国やBRICを含めた、非米化しつつある国際社会である。 

小沢一郎は以前から、日本は米国による世界への軍事進出につき合うべきではなく、国連主導の軍事行動(平和維持活動)にのみ参加すべきで、しかも活動範囲の主力をアジアに限定すべきだと主張してきた。 
この考え方はまさに、世界の各地域の諸大国が自分の地域の安定を維持するために努力するという、多極型の世界体制の思考であり、米国一極による世界体制への追随とは対照的な戦略である。 

経済面では、民主党政権は円高ドル安を容認し、従来の日本の「円安ドル高が日本には良いんだ」という善悪観から脱却していきそうだ。 

そもそも、日本の輸出産業の利益のみに焦点を当てて「日本には円安ドル高が望ましい」と考える従来の考え方は、政治的に見ると、日独がドルを買い支えるという、1972年のニクソンショックから90年代の金融グローバリゼーションによる米英復活までの英米中心主義の戦略に沿ったものであり、日本の対米従属戦略の一環である。 

米英が金融財政面で崩壊感を強める今の局面で、日本が米英と共倒れになるのは馬鹿げており、円高ドル安を是認する民主党の考え方はまっとうだ。民主党政権は、アジア開発銀行やASEAN+3が推進してきた「アジア共通通貨」(アジア通貨統合)の構想を支持しているが、これもドル崩壊への備えと考えれば当然の方針転換である。 

今のタイミングでの円高容認への日本の方針転換は、米国にとって非常に危険である。円安ドル高を信奉していた従来の日本は、円高ドル安傾向になると、当局が公然とあるいは秘密裏に円売りドル買い方向の介入や仕掛け作りをしていたが、今後の日本はドル買いをしなくなり、米国債の買い増しもしなくなっていく可能性がある。 

これは、ドルと米国債が急落する可能性を強める。日本と中国が協調してドルと米国債を見放したら、米国は破綻してしまう(日中は巨額のドルや米国債を持っているので、簡単には動けないが)。 


日本人の多くは従来、「米国に嫌われたら日本はひとたまりもない」と恐れてきた。 
しかし、日本人が「日米関係を変える」とは自覚せずに漠然とした危機意識からの投票行動によって民主党政権に転換した結果、日本は対米従属一本槍の国是を静かに離れることによって、意外にも米国に対して強い立場を持てる事態となってきている。 

今後、日本人は世界において自分たちが置かれている新たな立場の意味に気づき、自信を持つようになり、官僚機構の内部にいる人々も、米国と無理心中せずにすむかもしれないということで、今回の日本の転換に安堵しているのではないか。 

今後、どんでん返しがあるかもしれないが、少なくとも日本が国際社会のプレイヤーとして復活したことは、ほぼ間違いない。日本人として生きるのが嬉しい時代が戻ってきた観がある。 

(一部抜粋、編集してお届けしました。) 

2007/11/04(日)にブログ掲載した内容ですが、民主党の「ベーシック・インカム」政策によって、具現化の方向にあります。 
*定額給付金や、民主党が表明した子ども手当ては、形を変えたベーシック・インカムである。 

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シニアライフの閉塞感を打破するためには、 国が70歳以降の高い生活水準を保証することで、個人を”長生きリスク”から解放する必要がある。 
  
いま、 家計に蓄積された1,500兆円の金融資産の大半を保有しているシニア世代が、 70歳以降の生活を憂うことなく、我が人生を高らかに謳歌できる環境を整備することが、求められている。 
  
経済の歴史的な循環/調整は、企業部門と金融部門で始まり、政府、地方自治体部門を経て、最終的に家計部門に及んで完結すると言われている。 
  
いま、日本経済の病巣が民間経済から政府、地方自治体に移り、危機の指標が株価から国債価格(金利)に移行しようとしている。 
  
政府、地方自治体の債務は、1,000兆円を超えると試算されており、 最終的に債務を肩代わりするのは家計金融資産である。 
  
  
いまこそ、 人生の先輩諸氏が、培った経験と知恵を思う存分に表現できる場と、 高い生活水準を保証することによって、みずから蓄えた金融資産、不動産を活用して、後顧を憂うことなく、人生の大きな華を咲かせて欲しいと想う。 
  
債務の移転、付けまわしは楽しくないが、政府と民間が一緒になって債務を消滅させることは楽しいことである。 
  
  
   <よりよく活きるしくみによって、 
   
       団塊世代の潜在パワーを引き出し、 

               人生の大きな華を咲かせよう> 
  
  
◆定年までに会社に勤務した時間 
   
  240日×8時間×38年=72,960時間 

  (365日-祝日15日-土、日曜日100日-休暇10日=240日) 
  
  
★定年後の自由時間 
  
  365日×10時間×20年=73,000時間 
  
  
定年までに仕事へ投入した時間に勝るとも劣らない時間を活用して、 一人ひとりの個人が社会の役に立つ、貢献することを、生きがいとする時代の幕開けが近づいている。 



  
お金儲けが人生の目的ではないという、きわめて当たり前のことに気付き、 ひととして、社会の、コミュニティのお役に立つことが、喜びであり、楽しみになる、人間としての成長をみずから実感できる世の中を、実現したいと想う。 
  

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「時事用語ギャラクシー」の情報を、転載してお届けします。 
http://archive.mag2.com/0000148810/index.html 


【ベーシック・インカム】 

政府が全国民に対し、職業・収入・性別など個人の属性に関わりなく、無条件で一定の現金を支給する政策。 
欧州で、1970年代に議論が始まり、80年代以降に具体的な政策として本格的に検討され始めた。 

世帯でなく個人ごとに支給され、仕事の有無や内容、能力、職歴、資産など一切無関係。 

雇用保険のように仕事探しの条件が付くわけでもない。全員・無条件・現金支給」が基本。 

支給額によって、生活するのに十分な給付であれば完全ベーシック・インカム、それだけで生活できる金額でなければ部分ベーシック・インカムと呼ばれる。 


なぜ、働かない者にまで国が現金を渡すのか。 
一見、荒唐無稽なバラマキ政策、社会主義的な政策のようだが、実際はそうでもない。 


ベーシック・インカムの支給が始まると、扶養控除や配偶者控除など各種の所得控除が不要になる。児童手当、年金、生活保護などほかの現金支給制度は、すべて窓口がベーシック・インカムに一括化されるので、行政制度が簡素化され、膨大なコスト削減になる。 

経営側からみると、ベーシック・インカムである程度労働者の生活が保障されていると、景気の悪化に応じて雇用調整や賃下げなどの対応がとりやすくなる。 
各種の社会保障や社会福祉をベーシック・インカムに一元化し、それ以上の保険や年金などのサービスは民間に任せることで、行政コストが浮くという議論もある。 

その意味で、社会主義的政策とは正反対の政策でもある。 


非正規雇用の広がりで、ワーキングプア層が激増、働きさえすれば食べていける時代ではなくなった。雇用不安の広がりが、社会問題になっている。 
社会保障制度が崩壊しつつあるこの時代に、すべての個人の最低生活を保障するという趣旨で、広く受け入れられつつある。 


日本の公共事業は、一種の社会福祉政策とも言われる。 
失業対策事業などを通じて、集めた税金を所得の低い国民に再分配する政策の意味合いもあった。 
しかし、これは土建業者を通じての労働者への間接的な分配であり、建設コストもかかるため、たとえば1億円を投じて数百万円程度の再配分にしかならなかった。 

高度経済成長で経済が右肩上がりの時代ならば通用したが、財源難の現在、極めて非効率的な所得再分配の方法となった。このため、公共事業の見直しが盛んに言われている。 


ベーシック・インカムとして直接国民に支給すれば、たとえば1人100万円支給するのに、100万円+事務的経費(人件費)程度のコストしかかからないため、再分配法としてははるかに効率的な制度といえる。 

また、国民全員に一定収入が入ることから、消費が上がったり、出生数が増えたり、収入の少ない過疎地で暮らす人が増えたりと、個人個人が多様な生活を送るきっかけになるのではないかと言われている。 


ただし、膨大な財源が必要となる。 
たとえばすべての国民に毎月8万円を渡すと、年間115兆円が必要。 
扶養控除、配偶者控除などの所得控除をすべて廃止し、所得税を45%にすれば、財源が出るという。 
その場合、子供を持つ中堅家庭には収入アップになるが、独身者は大幅な減収になるという。 
*世の中が活性化することによる税収増は折り込んでいない。 

ベーシック・インカムと同じ発想の制度に負の所得税がある。 
たとえば、年収300万円を基準に、それを超える収入からは所得税を取り、それ以下の収入の人には、不足分に対して税金を支給するという考え方。 

この制度に肯定的な政治家や財界人も多く、ベーシック・インカム構想は徐々に受け入れられつつあるようだ。 

世界同時不況の閉塞感の中で、企業に対する不信感が高まっている。 

その主な理由は、企業不祥事の多発、安易なリストラ、情報開示の不徹底、 
クレーム処理やサービス対応の傲慢さにある。 


今、消費に対するお客さまの目線は厳しい。 

社会貢献など自らに意義があるもの、自らが納得したものでなければ、動かない。 
顔が見えるだけではなく、企業体質の“見える化”が感じられなければ、動かない。 
無農薬や有機栽培の生産方式にこだわるのではなく、作られた野菜の情報開示 
の姿勢を見極めて動く。 


お客さまの期待に応え続けるために、みずから”経営トップの経営品質”を高める取り組みを、愚直に展開する必要がある。 

<企業経営のポイント> 
 1)お客さまや社員、取引先や株主等との信頼関係の再構築 
 2)個の力を結集するしくみや風土づくりによる組織力の再構築 
 3)お客さま期待の変化に対応できる事業戦略の再構築 
 4)お客さま満足度と社員満足度の融合による顧客力の再構築 


また、キューピーの「工場見学10万人運動」、カゴメの「ファン株主10万人運動」など、企業のモノづくりにお客さまを巻き込み、お客さまの視点を取り込むしかけを整備することが不可欠である。 

平野秀典さんからいただいたすてきなメッセージのおすそわけです。 

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GNH : Gross National Happiness 「国民総幸福度」、 
アジアの小国「ブータン」という国で提唱された指標です。 

これまで、国の成功の指標として使われてきたのは、 
GDP(Gross Domestic Product)=国内総生産や、 
GNP(Gross National Product)=国民総生産でした。 

どちらも、「Product(生産)」というモノが主体の指標です。 

それに対して、GNHは、「Happiness(幸福)」という目には見えない指標。 

GNHランキングでは、 
1位はデンマーク、2位スイス、日本は・・90位だそうです。 


幸福とは、人種、性別、国を越えて、私たち人間に共通した人生の目的です。 

幸福を実現するための様々な手段を、目的と勘違いしてしまった結果、 
本来の目的である幸福が見えなくなっているだけだと私は思います。 

手段とは、経済であり、経営であり、政治であり、マーケティングであったわけです。 
    
今一度、この目的と手段の関係性を考えなおせば、 
何が間違っていたのか、何をすればいいのかの答えが見えてくるはずです。 


今求められているのは、社員を幸福にする経営、国民を幸福にする政治、 
お客さまを幸せにするビジネス、家族を幸せにする働き方、自分自身を幸せにする生き方。  

政治や経済が混乱しているように見える今こそ、新しい何かが始まる時です。 

本来の目的を思い出すというアプローチは、軸を見失わない最も有効な方法です。 


人として生きる軸。 

私たちは、この世に幸せになるために生まれてきた。 
  
そのことを一日も早く思いだすことから、幸福ストーリーは始まります。  

眉間にしわを寄せるのではなく、 
眼尻にしわを寄せて、笑顔で自分が大切にしていることを、大切な人に伝えることができれば、嬉しい! 

大切な何かに気づいていただく、大切な何かを思い出していただくことができれば、大成功。 

”気付き”は、すべての行動の原動力。 

  
しかし、乾いた心では感性が鈍感になる、そして、心に潤いがなくなり、気付きは起こらない。 

心に潤いを取り戻すと、心を洗うことができ、知らず知らず身に付いた垢や錆を流し去る。 


心に潤いを取り戻すために、たくさん感動する。 

感動する機会を待つのではなく、 
自らが動き、本物を観て、本物を聴いて、本物を体験し、自らの五感でいっぱい感動する。 


すごいことをするよりも、時間や費用を惜しまず、本物の人や情報を見抜く目を磨き、本物の人と触れ合い、最高の本物を目指して、すてきに活きたいと思う。

人間力を高めると、主体性が高まり、共感力が磨かれることによって、コミュニケーション力が高まる。 

そして、自己理解が深まり、人に対してオープンになる。 

その結果、自分が抱えている問題の質が大きく変わってくる。 

つまり、人間力が向上し課題構想ステージがアップしたことにより、いままで問題だったことが問題ではなくなってくる。 


豊かさと幸せを実現するための王道は、自らの人間力を高めることである。 

企業は自立型人材を求めている。 

会社に指示された範囲で職務をこなしているだけ、すなわち受身で組織にぶら下がるのではなく、自分のことをしっかり理解し、何をやりたいのか、目標をもって、自己責任で行動する人になることが求められている。 


そして、一人ひとりが自立し、互いが共鳴し合うことで、個人を活かし、組織の活性化をはかろうとしている。 

しかし、50歳前後の世代は、自分のこれまでの生き方を否定されると同時に、自分でキャリアビジョンを考えた経験がないため、どうしたらいいか戸惑ってしまう。 

また、30歳前後の世代もキャリアビジョンを描ききれず、今、自分がやりたいこと、興味があることに取り組み、一人で自己完結するように行動してしまう。 

自分がやりたいこと、やれることをやるのであれば、チームや部門の連帯感やモチベーションは生まれず、組織の崩壊につながる。 


そこで、個人が自立するためには、自分のモチベーションの源泉を知り、自分が身につけている能力、価値観を理解し、それを伸ばしていくことが重要である。 

そして、一人ひとりが自分の未来図を描き、それぞれが互いの価値観を理解し、多様なものを認め、尊重し合った上で、しっかりコミュニケーションする必要がある。 

コミュニケーションが活発になれば、深まっていく信頼関係で、一人ひとりが結びついた共鳴が生まれる。 


一人ひとりが活き活き輝きながら、チーム、組織として固い絆で結びつき、エネルギーに満ちあふれた自立と共鳴によって、組織を活性化することが重要である。 

民主党鳩山代表。2006年に執筆、ニューヨークタイムズ紙に寄稿した「鳩山論文」の一部を抜粋。 
 http://www.nytimes.com/2009/08/27/opinion/27iht-edhatoyama.html?_r=1 

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いわゆる「冷戦時代」においては、日本はいつもアメリカ主導の「市場原理主義」(現在では「グローバリゼーション(Globalization)」と呼んでいるが)に翻弄されてきた。 

市場原理主義者達が追及した資本主義社会においては、人間は「目的(end)」ではなく、「手段(means)」として扱われた。この結果、人間の尊厳が失われた。どうすれば我々は国民の財産や生計を守るため、抑制の効かない、モラルや節度の無い市場原理主義と金融資本主義経済に終止符を打つことができるのか。 

それが今、我々が直面している課題である。 

昨今の経済危機は、「アメリカ型の自由市場経済学こそが理想的で普遍的な経済体制であり、世界中がアメリカ型の経済体制に同調すべく修正をすべきだ」という思想がもたらしたものだ。 

市場原理においては人間は単なる「人件費」として定義される。しかし現実の世界においては、人間は地域社会の構成要素となり、生活様式や伝統、文化を具体化する根幹となるものだ。 

我々は政治家として、グローバリゼーションで見捨てられる立場となった「比経済的な価値」に対し、注力をする責任がある。我々は人を結びつける絆を再生させ、自然や環境を重視し、社会福祉と医療システムを立て直し、よりよい教育と子育てへのサポートを行い、経済的格差を是正する政策をとらねばならない。 

もうひとつの我々の目標は、東アジア諸国によるコミュニティ形成である。 

日米安全保障条約は日本の外交方針の基礎であり続ける。しかし同時に、我々はアジアに位置する国というアイデンティティを忘れてはならない。加速度的に活性化する東アジア地域こそ、日本の基本的な「あり場所」として認識されねばならない。したがって我々は、アジア地域における安定した経済協力、そして安全保障に対する枠組みを構築し続けなければならない。 


昨今の金融危機は、多くの人にアメリカの一国主義時代が終わるかもしれないという予見を持たせ、さらにそれはアメリカ・ドルの世界的基軸通貨としての恒久性に対する懸念をももたらした。 

私はさらに、イラク戦争の処理の失敗や金融危機の結果を見て、アメリカ主導型のグローバリゼーションがもはや終焉に向かいつつあり、世界が多極化の時代に進んでいると感じている。 

しかし現在、アメリカに代わり世界各国に対して優位性を発揮できる国は存在せず、アメリカ・ドルの代わりに世界の基軸通貨として通用する通貨も存在しない。アメリカの影響力は衰えているが、それでもこれから20~30年は世界最大の軍事国家であり、経済大国であり続けるだろう。 

安全保障の観点からアメリカの軍事力には期待しているが、政治的・経済的な過剰介入は望んでいない。そしてアジア中小諸国は中国の軍事力の巨大化にも脅威を感じ、これを減らしたいものの、経済の発展・市場においては秩序正しく進歩しているように見えるので、無視することはできない。 


我々は、新しい国際協力体制を構築したいと考えているから、過度のナショナリズムは抑制するべきで、決まりに基づいた経済協力と安全保障の体制作りに向かっていかねばならない。 

しかし、経済統合は短期にわたって成し遂げられることはできない。しかしそれでも我々は、日本からスタートして韓国、台湾、香港と続き、それにASEANと中国によって成し遂げられる、経済成長の行く先として地域通貨統合への道を目指さねばならない。 

我々は通貨統合の過程で必要不可欠な、セキュリティフレームワークを構築する努力を怠ってはならない。アジア通貨統合には10年以上の年月が必要となる。そして通貨統合がもたらすであろう政治的統合にはさらに長い年月が必要となる。 


鳩山さん個人の認識を、いかに政治の場で表現できるか、期待するとともに注目していきたいですね。

ソート・リーダーシップ Thought leadership、戦略コンサルティングのマッキンゼー・アンド・カンパニーがユニークな主張を表す用語として使い始めた。 

背景には、宣伝広告や派手なブランド戦略の費用対効果が低下してしまった事情がある。 

社会の進歩や情報化によって消費者は浅薄でやらせ的なコンテンツには反応しにくくなった。 
市場が成熟し、機能面で差別化できていない商品が増えた事情もある。 

しかし、消費者は耳をふさいでしまったわけではない。新しい価値あるものやサービスには出会いたいと思っている。 
表面的な話題づくりではなく、企業の本音や本当の意思、思いに触れられる対話を求めているのだ。 

どのような新しい発想や価値観で驚かせてくれるのか。世の中をどんなふうに変えようとしているのか。姿勢に共感できるのか――。 

深いつながりを求め、期待に真剣に応えてくれる企業とだけ、付き合おうという消費者が増加している。モノとしての商品ではなく、コト(自分の価値観やライフスタイル、経験との共同化)を求めているわけだ。 

すなわち、企業のソート=「知見、志、思い、確信、信念」を聞きたいし、それにこそ賛同したいのである。 

ソートに共感することで、「だからこの商品・サービスがいいんだ」と納得したいのだ。 


消費者から共感を得られるソートを打ち出した好例がスターバックスコーヒーである。 

同社の人気は、単にコーヒーや店舗デザインというモノの価値によるものではない。 
「最高の豆を深煎りした1杯のコーヒーを飲み、家庭でもオフィスでもない自分だけの場所でくつろいでもらいたい」という創業者ハワード・シュルツの確固たる信念が支持を得ている。 

彼らの表現で言えば“The Third Place(第3の場所)”が同社のソートである。 
「最高のThird Placeを通じて社会に癒しを提供する」というおもてなしの心を表している。 
このコトづくりに消費者は共感し、雰囲気を求めてやってくる。 

また、IBM、シスコシステムズ、ヒューレット・パッカード、アマゾン、グーグルなど米国の大手IT企業はみなソートを打ち出して、差別化と顧客接点の濃密化、つまり対話を図っている。 

モノからコトへの顧客接点の高度化を着実に進めている。 

ソート・リーダーシップ活動とは、こうした自社のソートを掲げ、その第一人者として振る舞い、社会にレピュテーション(評判)を構築していく取り組みである。 


その特徴は、 

(1)ソート・リーダーシップでは、自社の戦略を一方的に主張したり、商品やサービスを 
  宣伝したりするのではなく、特定の社会的課題や経営テーマを主張・提言する。 

(2)その主張や提言は、時代を先取りして社会や顧客の課題をとらえ、本来望ましい社会の 
  姿を洞察し、自社のコア能力や知見をベースにした革新的な思考やソリューションの 
  方向性を示している。 

(3)企業からの一方的な主張に陥らないように、学識経験者やNPOなどをはじめとする広範な 
  第三者と課題を共有し、解決に向けて取り組み、その実現をリードしている。 


(4)こうした取り組みを通じて、広く社会の関心・議論を呼び起こし、自社の志と能力を訴えて 
  共感を形成し、認知度を上げ、そのテーマの第一人者として社会で尊敬される 
  レピュテーションの獲得を目指す。 

(5)結果として当該課題領域での自社の優位性の認知につながる。 

このように、米欧企業は社会に対してより幅広くかつ深くコミュニケーションを取ろうとしている。 

それに引き換え日本企業はタレントを使った広告宣伝頼みであり、「企業としてのメッセージ」が伝わってこない。いいモノさえ作ればいいのだというプロダクトアウトの発想から抜け出せていない。 


世界全体が次の時代の絵姿を求めている今、日本企業はビジョンを描けず沈黙しているとみなされている。 

しかし本来は、ものづくりで最高水準にある日本企業こそが、社会に向けて 
「これからの社会を自分たちはこう想定している。だからこういうコトを提供する。そのための高品質のモノがこれだ」とメッセージを発信すべきではないか。 

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徳岡晃一郎さん(CCWジャパン プレジデント)からいただいたメッセージを、一部加筆編集して掲載しました。

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