人生という名の遊び場で、いま、ここを活かされ、すてきに活きる

時代の本質をとらえた、心に残るすてきなメッセージ[構想、視点、こころ]と、新たな気付きをあなたに届けます。みずみずしく、活き活きとした、すてきな旬(ときめき)を一緒に探しにいきましょう。      ◆◇たきがみ博士が選ぶ”すてきなメッセージ”のおすそわけ◇◆

2009/10

生と死、老いと健康を知り尽くした知恵を、98歳を迎えられた聖路加病院日野原重明理事長からいただきました。 


◇ 8年先まで仕事が入っている、それは予定ではなく、コミットメントだ。 

◇ 新しいことを創めることを忘れなければ、人は老いることはない。 

◇ 習慣、この小さな行動の繰り返しが人生をつくる。 

◇ 疲労は、疲労感がつくる。 

◇ 生きているかぎり、自分で自分を育てていかねばならない。 

◇ いのちは最後の瞬間まで、自分らしく生き抜くために与えられている。 

◇ 人は生の最後の瞬間まで、誰かに何かを与えることができる。 

世の中には100歳まで生きるんだ、と目標を立てる人もいる。 

時間の長さに軸をおいた人生の過ごし方は、ムリがある。 

長く生きること、永遠に生きることに関心が向いているが、時間という枠をはずすと、何が残るのか。 

一瞬も一生も実は変わらない。 

人生の過ごし方を考える時に、時間という枠組みを主体とするのは無意味。 


美しさは、 この世に生を受けた瞬間に完成している。 


どれだけ生きた、こんなことをしたというよりも、あるがままの自分を見せびらかせて、すなおな日々を過ごす、そしていつの間にか人生は終わっていた、そんな感じが自然でいい。 


今日の一瞬の美しさが、そのまま積み重なって一生となる。 

どのように死ぬか、生きてきたように死ぬる、「ありがとう」の積分の延長に死がある。 


そして、瞬間々々が、「ありがとう」で満ちるなら、人生の終着は満開になる。 

変化の時代には、男はだらしない。昔のやり方にしがみつく、男の弱さ。 

そういう男をしり目に、女は新しい生き方をどんどん実践していく。金銭から自由になるために、生活コストを下げる。それは、シェアする生活。 

独りでマンションに暮らすよりも、4人でシェアしあう。服をシェアし、食事も当番制にする。病気になっても仲間がいるので安心。お金がなくなっても、仲間がいるので甘えられる。夜はみんなで楽しく集い、悩みがあっても聞き手がいる。 

仲間と一緒に暮らし、みんなで助け合う生活が人間として極めて自然。 

安心して集えるプラットフォーム、ますます社会から求められてくる。 


個人の確立が重要視された時代は、仲間意識を失い、個々の生活はあまりにも隔絶されてしまった。お隣にお醤油を借りに行くような感覚はない。このストレスが実は大きかった。 

仲間とシェアして一緒に暮らすことによって、大不況、大恐慌にもびくともしない、自然で楽しく、面白い活き方を見出す、そして、個は輝き、活き活きとしてくる。 


「いらっしゃいよ、ここがあいているよ」と、男性を招き入れる。そんな感じで、新しい地球号は出発していく。 

貧しい芸術家が集うアパルトマンに、江戸時代の長屋に、恋があり、笑いがあり、涙があり、人生があったように。 

世界保健機関(WHO)のデータによると、自殺率がいちばん高いのはリトアニアで人口10万人に対し38.6人、2位ベラルーシ、3位ロシアと続き、日本は8位(同23.7人)、韓国11位(同21.9人)で、米国42位(同11人)だった。 


自殺者の多くは、リストラや配置転換がきっかけとなり、過労、人間関係の悪化、うつ病、生活苦など、いくつかの要因が重なり自殺に至る。 

職場に残った人たちの多くは、ギリギリの人員で仕事が増え過労になり、いつか自分も…と不安を感じ、職場の人間関係が悪化し、うつ病になり、そして自殺、という“悪のスパイラル”に入り込む。 


そして、その対策として企業が力を入れているのが、3次予防(健康問題が発生した場合に行われる専門的治療、再発防止策の対処)とも、4次予防とも言われるもの。つまり、自殺者が出た“後”の会社側の対応だ。 

訴訟を起こされて補償金を支払うリスク、会社の評判を落とすリスク、そうしたリスクを無くすことのほうが、労働状況を改善するよりも優先して行われているのが現状なのだ。 

トップにとって、大切なのは会社。会社はそこで働く“人”で成り立っているが、トップの意識には“人”がいなかった。 


私たちが働くのは、自分の能力を発揮したり、たくさんの報酬を得るためだけではない。自分の成長もさることながら、他者とのつながりも求めている。 

私たちは他者に認められて初めて、自分の価値を認めることができる。他者とつながっていることで、私たちは自分の存在意義を見出しているのだ。 

自分と心の距離感の近い人の存在は、ストレスに対する大きな“傘”となる。そのつながりは個人だけでなく、組織にも存在する。社員同士、社員とリーダー、社員とトップ、それぞれがつながっている組織は、企業に降り注ぐストレスの雨に対峙する傘になる。 

大切なものは、意外と目に見えないものかもしれない。空気、希望、愛・ ・ ・。目で確かめることができないものばかり。 


あるトップは毎朝社内を1時間かけて歩きまわり、あるトップは社食で従業員たちと食事をし、あるトップは社長室にバーを作り、社員と夜通し飲んでいた。 

それぞれのやり方で、それぞれの考えで、方法は異なるけれど、いずれも社員と人と人としてつながる場を、意識的につくっていた。つながりを肌で感じられる場を作っていた。 


同じ空間で、同じ時間に、同じ空気を吸いながら過ごすことは、伝えたいメッセージが重要であればあるほど必要だ。 
受け手は話し手の表情や声のトーン、仕草などを感じながら、メッセージの内容を理解する。話し手も、自分の話を聞く相手の表情、仕草を感じることで、自分の伝えたいことが伝わったか、それを相手がどう受け止めているか、知ることができる。 

その繰り返しが、つながるということであり、そこに熱が生まれ、大きな“傘”となっていく。 

高度経済成長は、人々に豊さをもたらしたが、未熟な企業行動も、もたらした。 

企業は社会的責任や倫理を正すことに努めてきたが、企業行動が社会的に成熟したわけではない。 

いつも経営者個人の倫理観、経営のやり方の追求にとどまり、社会における企業の存在意義や役割について、本質的な議論をすることはなかった。 


社会を良くするために、産業を発展させ、一人ひとりの生活をより良いものにする。そして、その手段として産み出したのが企業であり、貨幣経済の論理であった。 

その取り組みは成功し、社会は豊かになり、生活も豊かになったが、生活を豊かにする手段であった産業と企業の存続が目的化し、産業の発展と生活の豊かさとが乖離し始めた。 

そして、生活のために企業で働いていた人々が、企業のために生活を犠牲にするようになってきた。 

企業経営者も、社会を豊かにするのではなく、社会を市場として企業を豊かにする姿勢を強めてきた。このままいくと、社会のすべてが市場化されかねない。 


企業の目的は、顧客の創造などではなく、人々の生活の向上でなければならない。 

いま、企業に求められているのは、自らを経済的存在から社会的存在へと進化させることである。 

これまで企業は、社会を市場と捉えてきた。自社の製品やサービスを購入していただく市場、必要な労働力や資金を入手する市場というのが、これまでの企業の社会観だった。 

だから、企業は社会と目線が異なる高みに自らを置いて、社会研究や生活者研究をしてきたのである。 


共生ではなく、観察であり、そこから何がとれるかが最大の関心事だった。そして、社会の隅々を市場化してきたのである。 

企業にとって、社会は市場である前に、自らの存立基盤であることを認識すべきである。 



ここまで企業が大きな存在になり、社会の市場化が進むと、社会がおかしくなって一番困るのは企業である。 

社会から何がとれるかではなく、社会に対して何ができるかが、企業の社会観であり、存在意義でなければならない。 


新しい時代に向けて、企業は変わらなければならない。 

企業は自らの目線を社会に合わせ、社会との間にある壁を取り壊し、自らを開いていく、そして企業人は生活者であることを自覚する、それがこれからの企業の姿勢でなければならない。 

自然、社会との共生を語る経営者は少なくないが、共生している経営者は多くない。それでは、いつまで経っても企業は変わらない。 

NHK「プロフェッショナル」でも特集された、奇跡のリンゴ。 

奇跡のリンゴと呼ばれるリンゴは、無農薬、無肥料栽培で育てられたもので、このリンゴは2年たっても腐ることはなく、 
小さくしぼんでしまってはいるもののドライフルーツのように赤い色をほのかに残し、お菓子のような甘い香りを放っている。 

リンゴスープを提供しているレストランは、予約1年待ち。美味しくて涙を流すお客さんもいる。 


木村さんが、りんごを無農薬・無肥料栽培で始めたのは20数年前、福岡正信さんの書いた「自然農法論」との出合いから。 

リンゴは他の果物や野菜とは違って、無農薬栽培が極めて難しい。 

本来、春咲く花が秋に咲いてしまう狂い咲き。友人からは諦めろと言われ、木は花をつけなくなり、枯れ始める。 

葉は出てくるが花は咲かず、害虫と病気との闘いだった。毎日毎日害虫取りをした、いくらとっても終わらない。 

収入のない生活が続く、それでも毎日の作業体験を何とか書きとめるため、新聞屋さんで余ったチラシをもらい、鉛筆で書きとめた資料は、実にりんごの木箱2箱になるという。 


自分たちが、食うにも困る生活に。 

誰よりも懸命に働いて、防虫・除草しても報われない徒労感、そして妻子を困窮のどん底に落としてしまった責任感から、追い詰められ、ついに自殺を決意。 

ロープを持って山へ入った彼が見たものは、誰が手入れしているわけでもないのに、美しく青々と輝く1本のドングリの木だった。 

自然の与えられた環境のなかで、植物たちはすくすくと育っている。 

しゃがんで土をすくってみると、畑の匂いとぜんぜん違う、何にもしていないのに草は根っこが張リ抜けなかった。 

畑の草はすっと抜けってしまう、この粘り(根張り)が重要だと気付いた、今までは土の上のことしか見ていなかった。 

その秘密は、ふかふかの土にあったのだ。 

木の根っこはびっしりと張り巡らされ、虫や微生物たちが活発に活動している、土の奥深くまで耕された本来の自然の姿がそこにあった。 



自然と共存することの大切さ・・・。 

リンゴの木は、リンゴの木だけで生きているわけではない。 周りの自然の中で、 生かされているのだ。 

人間もそうなんだ。 人間はそのことを忘れてしまって、 自分独りで生きていると思っている。 人間もひとりで生きてはいけない。 


木村さんもたくさんの人に支えられ、その支えがあったので夢を実現させる事ができたのだと言う。 

木村さんの畑には、様々な虫がいて、雑草も生えっぱなし。 


いままでの農業は、作物と雑草、害虫と益虫を区別し、人間にとって都合のわるいものを排除するのが常識だった。 

複雑な生物相の中からある部分を取り出し、人が手を加える。ある害虫を駆除した結果、他の虫が大発生する。 
雑草を駆除しつくした結果、土壌は固く締まって痩せ衰える。だから、農薬、肥料を使用して作物を育てていたのだ。 



自然の手伝いをして、その恵みを分けてもらう。 

その言葉から、ひとつの奇跡を成し遂げた者だけがもつ、自然体な気持ちが伝わってくる。 

”こころ豊かなライフスタイル”を、自分のものにしていきたいですね。 


<環境(地球)と人、人と人のパートナーシップ> 
  - 多様性を認め合い、そのことを楽しめる、自分という個を尊ぶことができる社会 
  - 活き活きとした活力ある、みずみずしい愛のある人間関係が息づく、絆のなかに生きているという実感のある社会 
  - すべての生命体と共生をはかり、繊細な生態系にいかされていることを自覚できる社会 

◇「愛」 人間が人間らしく生きていく 
  愛とは、相手を大切にする心の働きであり、相手を認める心です。 
  人間が社会の中で人間らしく生きていくための心の働き、生命をいつくしむ共生の心、それが愛。 
  共に生きるという本能からくる直感的な愛が自己責任という確かな生き方に裏付けられて、はじめて人間が人間らしく生きていくことができる。 

◇「夢」 活き活きとした自分を実現する、 
      愛という価値で夢を満たしていく、そんな自分でありたい 
  明るい未来を描けること、それが夢。今日よりも明日が良くなるという実感を持てることが、活き活きとした活力の源になります。 

◇「絆」 みずみずしい愛にあふれた人と人の関係を実現する 
  相手を大切にし、認め、活かすような関係、そこには人間としての豊かな心の働きがあります。 
  そして、その絆の中でこそ個人が輝きます。 
  絆は社会を共に創り出すという共創の機能そのものです。 


☆楽をするから楽しむへ 
  お金で得られる楽に代わって、自分の時間を上手に使って得られる充実感を楽しむ。 

☆量の消費から質の追求へ 
  生活のさまざまな面で高質化が進む、本物が使われる時代、本物には社会に対する考えの主張があります。 
  相手を大切にする心が形になった本物のある暮らしが始まる。 

☆生態系と共生する 
  自然を身近に感じ、生命を大切にするくらしが始まる。 
  自然のすばらしさを感じ、自然を活かす行動、自然のリズム・ゆったりとした時の流れに身体が共鳴する。 

☆創造する喜び 
  ものづくりのあるくらしは、物事を知り、協力し、ものを循環させる。創造する喜びのあるくらしは、自分らしさを生み出す。 

☆人と人の絆を実感する 
  個人がそれぞれの時間や能力を生かして、役割を果し、楽しみながらたすけあいのあるくらしを実現する。 

☆稼ぐから仕事をする、生活をするへ 
  仕事とはどれだけ自分を豊かにできたかである。 

☆未来を見つめる心を形にする 
  環境と生命を育む、子どもを育む、自分を育む、文化を育む。 
  自分の行動が具体的な形になっていくことを実感する喜び。 

☆愛を実践する 
  個人が中心でありながら、人と人が良い関係を築く、人を認め、受け入れ、個人を活かすくらしがこころ豊かな生活につながる。 

今、私たちは、どうやって生きていくのか、みんなでどうするか…ではなく、あなたのこれからの生き方が問われている。 

多くの人は、これから混乱した大変な時代が来ると言うが、私はそうは思わない。 

私たちは、将来に対する不安や、人と自分が異なることへの不安などから、何を持っているか、どれだけ得たかで、安心しようとしていた。 

その結果、持ってはいるが未来をつくれないお金、持ってはいるが喜びのない家庭、持ってはいるが不安だらけの恋、持ってはいるが月曜の出社のたびに気が重くなる仕事…などが手元に残った。 

これから、どんな仕事も段々とダメになり、どれももうからない、、、という切迫した状況が訪れるかもしれないが、仕切り直しだと思えば、良い。 

これまでよりもずっと活きやすい、楽しい時代が来る。 

持つこと、得ることが目的ではなく、体験の喜びから、すべてが得られる、そういう時代が訪れる。 

すてきな笑顔は、先が読めない中で、自分のプリンシプル(ぶれない軸)で、これからのシナリオを描き、行動につなげることから生まれる。 

自分が思い入れできる何か、それをしていると楽しくて仕方ない何か、それをすることで自分が表現できる喜び…。 


そして、いま、この時を、二度と味わえない壮大なドラマを、大切に味わう、ときめきながら ・ ・ ・ ・ ・ 。 

仕事は生活の手段ではなく、あなたの人生の一部です。 

あなたの大切な人生(生活)を、もっともっと前向きに楽しくするために、少し見方を変えてみませんか。 

視点を変え、視野を広げることが、あなたの心に新たな“気付き”を芽生えさせ、ポジティブに活きるエネルギーを湧出します。 

あなたは“視点を変える”達人なのです。青春時代に異性との交際を通して、自然に実践していたのだから。 

1) 同じ方向を一緒に見つめる 
  あなたも次の恋愛関係づくりのステップを、着実に踏んでいたことに気がつきませんか。 

 ① 異性だからではなく、魅力的な個の存在として相手を認知し、 
   [ かわいい!名前は? ] 

 ② 相手の固有の環境に興味を持ち、 
   [ 勤務先は?住所は? ] 

 ③ 相手の興味の対象を知り、 
   [ 好きな音楽、映画、本、スポーツは? ] 

 ④ 共通のテーマを通して、コミュニケーション(質・量)を深め、 
   [ 見詰め合って ] 

 ⑤ 相手の想いを自らのものとして課題を共有し、 
   [ 一緒になって ] 

 ⑥ パートナーとして一緒に想いの実現に取り組む 
   [ 同じ方向を見つめる ] 

このことは、異性の視点を取り込み“同じ方向を一緒に見つめる”ことが、恋愛関係を継続する鍵であると、本能的にあなたが認識し、行動した結果と言えるのではないでしょうか。 

あなたのすてきな経験を、お客様との関係に活かしてみませんか。きっと、何かが変わることを実感できます。 


2)お客様の視点 
  ある広告効果の研究によると、“商品の広告に最も注目している人は、その商品を最近購入した人である”という面白い現象が指摘されています。 

  バブルの時代に住宅情報誌を最も買った人は、住宅をこれから購入する人ではなくて、すでに購入した人であったと言われています。 

  あなたもこの様な行動に心当たりはありませんか。 

  これは“自分が選択し、判断した行為が誤っていたのではないか”という不安心理を払拭したい、また“自分の判断が賢い選択であった”と自分の気持ちを納得させたいために、確認情報を自然に求めていたのです。 

  あなたは、今お客様が何を期待し、何を求めているか、わかっていますか。 


3)一緒に幸せさがして 
  契約・購入のタイミングは、今までの提案/販売活動とこれからのサポート活動がバトンタッチするステージです。 

  お客様はサポート活動の良さ、悪さを事前に経験することができません。そこにお客様の不安が発生します。 

  お客様から寄せられたご意見、指摘を整理すると、 
   ・ だれが担当してくれるの? 
   ・ サポート依頼はどこに連絡するの? 

  契約・購入のステージで確認できていないことが“不満・不信”に育っていることが確認できます。 

  はじめよければ、あともよいと言いますが、ボタンの掛け違いは早く確実になおすことが重要です。 

  契約をいただく時に、お客様の視点に立ってサポートのしくみを説明し、取り引き内容を相互に確認する。 

  この基本的な活動を確実に行うこと、さらにはお客様にわかりやすく説明できる様に、社内のしくみを整備していくことが、お客様と一緒に同じ方向を見つめることであり、「幸せのすれちがい」を起こさない非常に効果的で重要なコミュニケーションであると言えます。 


(1998年6月日本科学技術連盟機関誌に掲載した原稿から一部抽出) 

宋 文洲さんからいただいた、すてきなメッセージのおすそわけです。 


塾や学校で友達に負けないために、懸命に頑張る母親と子供、少しでも早く、他人を出し抜こうと、頻繁に車線を変更して走るドライバー。毎日、ほとんどの人が、知らないうちに他人との競争に参加している。 

しかし、塾や学校では負けなかったが、子供は親と同様に、活きていることの意味に気付かない。何台も追い抜いたドライバーは、結局同じところで信号を待っている・・・・・・。 

他人に勝ちたい、遅れまいと競争する気持ちが、心の中に潜んでいる。 
そして、目の前のくだらないことで、むきになり、自分が見えなくなって、その先に何があるか、何のためにこんな競争をしているのか、気付かない。 

なぜ走るのか、走る人がいるからだ、なぜ行列に並ぶのか、並ぶ人がいるからだ、なぜ良い学校に入りたいのか、皆良い学校にいくからだ。残念ながら、この程度の理由で多くの人は、人生を浪費している。 

趣味に没頭する時間、家族と一緒に居る時間、そんな刺激のない静かな時間にこそ、人は本当の幸せを感じることができる。人は、些細なことで他人と比較し競争するから、なかなか幸せになることができない。 

無意味な勝負に人生を浪費している間に、公園ではきれいな花が咲き、海では真っ赤な夕日が海面に落ち、家では巣立ち前の子供が親の帰りを待っている。我々には、他人との競争にあくせくしている暇はない。 

幸せの尺度は、幸せに生きた時間の量である。 
勝負に勝っても、その幸せは一瞬、蒲公英(たんぽぽ)のように静かに春を楽しみ、自らを自然の風に託す生き方こそが、最後まで幸せを味わう極意。 

仕事ができる人も勝負にこだわる人ではなく、うまく負けている人、負け方のうまい人。 

(加筆、編集してお届けしました。) 

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