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2009/12

異色の民間エコノミスト、高橋靖夫氏逝く (谷口 智彦氏 記) 

高橋靖夫氏 1943年東京生まれ。1967年慶応義塾大学法学部卒業。2005年埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了、経済学博士。 
財団法人21世紀教育の会副理事長。株式会社一柳アソシエイツ顧問。前上武大学教授。 
高校時代より中村天風氏に指導を受ける。40年前より、「石油、ドル、金の相関関係」を独自に分析し、「仮説的近未来予測」を始める。享年66歳。 


遺作となった『金本位制復活! アメリカ復活のスーパーシナリオ』を上梓したのが11月末。 
東洋経済新報社から出たことをことのほか喜んでいた。経済書の版元として老舗中の老舗から出版できたことは、氏にとっては、自身の仕事が正当な認知を得たことを意味した。人生の報奨だったろう。ほどなくして売れ行きの好調と、増刷の話がもたらされた。何よりの薬だと言っていた。 

独学、独行、独断の人だった。 

若くして貸しビル業に手を染め、都心や東中野に5棟まで増やした。 

あたかも、「日米構造協議」が米ブッシュ(父)政権と日本との間で始まろうとしていた。日本経済には米国産品の浸透を阻む構造的障壁があるとして、米国はその撤廃を迫る圧力をかけようとしていた。 

ある日の新聞に、何が協議の問題とされ、取り上げられることになるのか列挙した記事を見出す。そこに「土地問題」の文字を認めた高橋氏は、バブル潰しの予兆を嗅ぎ取った。 

それを潮に、すべての不動産を売り切り、手仕舞いをした相場観の冴え――。のちに高橋氏を知ることになる友人の多くは、ここに異能の才を見出した。 

生涯、金(ゴールド)と貨幣について勉強し、たくさんの本を書きながら、金投資を自ら手がけた形跡はない。「手張りをすると目が曇る」からだと言っていた。 

その方法とは、ある着想を強く思い念じ、裏づけとなる情報や側面支援材料を本と人脈によって集め、形をなし始めた仮説を、誰かをつかまえては開陳し、検証するやり方だった。他人に聞かせることは、自らに信じ込ませ、言い聞かせるプロセスだったに違いない。 

仮説とその検証、といえば学問的に過ぎる。氏はのちに世の中が外形規準でばかり人を見たがることを憤り、60過ぎてみごとに経済学博士号(埼玉大学)を手に入れるけれども、そのアプローチとは、もともと学問と親和性のないものである。学問が扱うのは既往の現実であるのに対し、氏は未来に起き得ることにしか興味がないからだった。 

米国はニクソン政権のとき、金ドルの交換を止めた。可能にしたのは、大統領命令という行政指揮権によってであった。 

それなら、米経済がいつか本当に行き詰まり、ドルの地位が地に落ちんとするまさにその刹那、同じ行政指揮権を逆向きに行使することによって、ドルを再び金と結び付けることができるのだし、米国は必ずそうしようとするに違いない。そのとき金は、人類史を通じ占めてきた玉座に立ち戻る。すなわち貨幣としての役割を取り戻す――。 

高橋氏が繰り返し世に問うたのは、こういう見方だった。 

初めに米国の衰退を予定する。下降曲線の「陰の極」で、米国は不死鳥さながら復活を遂げるとする仮説には、独特のダイナミズムがあり、そこが魅力だった。 

未来に起こるかもしれないこと、起きたとして驚くべきでないことを、材料を整え、いまから論理的に事前構成しておく。そこにこそ価値ある営為があると信じた高橋氏のやり方は、実をいうと石油会社のシェルなどが好んで使うシミュレーションの方法に近い。 

それを面白がるよりはキワモノ視しがちな風土にありながら、埼玉大学に、それでも学位をやろうという教授(奥山忠信氏)がいたことと、遺著となった上掲の本を出そうと決めた編集者が東洋経済にいたことは、まことに稀な幸運だったというほかない。 

権力現象として説明のできない経済現象はないとするのが、高橋流アプローチの真骨頂だった。といってマルクシズムとはもとより無縁、スーザン・ストレンジなどに近い。「(タダの政治学でも、タダの経済学でもない)政治経済学」こそが重要だと認めた最も初期の人の一人と言ってよく、日本ではおよそ見向きもされなかった金の意味を、いちばん早くから考え続けた人である。 

合掌。 

2007年1月、坂田氏は請われて、大手前大学ゴルフ部の総監督に就いた。 

ゴルフ部員は、4年生の池内絵梨藻と妹の真梨藻の2人だけだった。 
2人は卒業記念に、関西の二次リーグに出たいと言った。 
しかし、チーム3名が出場の条件だった。 
坂田氏は理事長に頼み、坂田塾にいた平野を入部させた。 

大手前チームは二次リーグで勝った。次は一次リーグだ。 
5人のうち上位4人のスコアで争う。 

坂田氏は、出場のため部員を募る。 
ゴルフやってもいいよと、手を挙げたのは未経験の桑原だった。 

最初は空振りばかりで、当たっても30ヤードしか飛ばない。 
2週間後、50ヤード飛ぶようになった。その桑原が関西の二次リーグに出る。 

坂田氏は試合前、桑原に言った。 
ラウンド中、何が起きても笑顔は忘れるな。はじめたばかりのお前が下手なのは、みんな知っている。200叩いても、怒ってはいけない。 
怒るだけの技術は、おまえにはない。どんなスコアでも、18ホールを笑顔で上がってこい。 
そうすれば、周りの人がおまえを応援してくれる。 

多くの関係者が取り囲み、桑原のスタートを見ていた。 
坂田氏はティグラウンドの後方で、空振りするな、OBするな、と祈っていた。 

桑原は一回素振し、打った、当たった、130ヤード飛んだ! 

彼女は微笑んで一礼した。周囲から、拍手が起こった。わずか5回目のラウンドだった。 

その桑原が、18ホールを上がって来た、顔を伏せていた。 
坂田氏は、桑原、笑顔だ、と声をかける。彼女が微笑むと、涙がツーと頬を伝った。 
いくつだった?、182です。 

桑原は、60台、70台を出す選手に混じり、ラウンド中どれくらい耐えたか、途中で彼女が棄権する事態も坂田氏は考えていた。 

桑原のおかげで部員枠が満たされ、大学対抗のリーグ戦に出場できた池内絵梨藻は、ありがとうと言った。 

相手の甲南大学の部員たちも、敵のチームの事情を知り、目を真っ赤にして顔を伏せた。 
一次リーグの初日は、大手前大学はビリだった。 

坂田氏は桑原に、明日は150で回って来い。桑原が150、他の3人が60台なら、一次リーグに勝ち残れる。 
残れたら、全員をタイ合宿に連れて行く。部員はやったと叫ぶ。 

翌日、監督の佐野から電話が入った。 
ダメでした、震える声だった。桑原は176を叩いていた。 

佐野は言った。桑原がぼろぼろになりながら、それでも、一生懸命にやっている姿を見て、涙が、とまらんです。 
182と176は、友情のスコアだと思います。俺、ドンケツでも、監督としてうれしいです。 

坂田氏は、今、彼女らはどうしていると訊ねる。 
泣く桑原を、他の3人が励ましていた。 
30分後、また電話がかかってきた。今度は声がはずんでいた。 
桑原が、来年のリーグ戦にも出してくれと言ってきました。きっと120を切りますと言うんです。 
俺、約束しました、うれしいです。 

坂田氏は言った。 
今すぐ、桑原のクラブを取り上げろ。桑原には、私が新しいクラブを渡す。 
桑原が今日使ったクラブは、大手前大学の部室に飾れ。 
この桑原が、大手前のゴルフ部を作ったと言え。 

これが、最初のリーグ戦だった。 

             
2年後、坂田氏は坂田塾でもっとも下手だった落ちこぼれの塾生を呼び、大手前大学のゴルフ部に、特待生として集めた。3年で全国制覇するという約束をした。 

戦いが3ヶ月後に迫った。 
タイでの2週間の合宿では、ヘッドコーチと女子部員3人が交代でチームになったベストスコアでのプレーとした。 
負ければ、1キロ走の罰がある。乾期のバンコクの気温は、連日、28度から32度の真夏、走るのは辛い。 
このゲームで、個人競技であるゴルフを、各人が得意なパートを受け持つ団体戦の役割を教えた。 

関西リーグの1番手、西村は前半で41を叩き、私のせいで勝てない、ごめんなさいと言い、クラブハウスの裏で泣き崩れていた。 
彼女は、ポイントゲッターだった。 

その西村を、1年生の荒木が励ます。 
まだ9ホールも残っているじゃない、あきらめちゃだめなんだってば、がんばろうよ。 

最後に上がってきた山浦は、後半にスタートする荒木を励ます。 
あきらめちゃだめだよ、あと9ホールもある。 
私たちは、きっと勝てるんだからと、前半に44も叩いて、心はぼろぼろになっていたはずの山浦が自分の感情は抑え、トップの責任感と自分のふがいなさから、泣きじゃくっている西村に言う。 


そして・・・、大手前大学は勝ち、全国大会でも優勝した。 


大手前のゴルフ部を創った桑原は、卒業が迫っても就職先が決まらなかった。 
就職活動で大切な時期に、会社訪問もせずゴルフの練習ばかりでは決まるはずもない。 
彼女の両親は、坂田氏をきつく非難した。 

坂田氏は、講演で大手前チームの話をした。 
講演会の後のお茶の会で、桑原の就職がまだ決まっていないと話すと、聞いていたリコーの社長がうちの会社はどうでしょうかと言った。 

坂田氏は、彼女に電話した。  彼女は喜んだ。 


 ~ 『山あり、他にあり、ゴルフあり』(坂田信弘:三栄書房)より ~ 


~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~  

 個人の成果は誰でも分かる、それは暗黙のこと。 
 個人成果よりチームの成果を重んじ、チームが成果目標を達成せねば、 
 個人業績も意味はない。 

 だから、チーム内に助け合い、協力が生まれる。 
 個人の成果目標を達成できる人が、成果の弱者に示唆し、指導し、励ます。 
 人は励まされ、褒められることによって成長する。 

 強い人は、チーム成績を上げるために、感度を高め、技術を磨き、 
 弱い人は、迷惑をかけないように誇りを捨て、泥にもなって、戦う。 

~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~  

神様が用意してくれた舞台で主役をはれる人、松井秀樹。 

心底、野球を好きな人だけが持つまじめさで、どんなピンチに立っても、野球の神様に文句を言わない。 

言いたいが、そこをこらえて口をつぐむ。 

彼も打てないとき、がっかりする、しかし、決して文句を言わない、神様に当たらない。 

ぐっと抑える。 
これで運がこなければ、神様の方が間違っている、と思わせる。 

これなら神様から愛される、運を味方につけられる。 


我慢していること、耐えていること、そして揺れながらも揺れずに、まっすぐ立とうとし続けるその態度。 

松井がいると、誰も口にはださないけど感動する。 


松井は、外部からの影響には受け身である。 
しかし、それが運命の変転を生みだし、新たなドラマを生んでいく。 

メイクドラマの長嶋をまねても、神かかりにはなれないが、松井をまねたら、神かかりになれるかもしれないと思わせてくれる。 

内閣府の世論調査によると、「結婚は個人の自由だから結婚してもしなくてもどちらでもいい」と答えた人が70%であった。 

また、「結婚しても必ずしも子供を持つ必要がない」と回答した人が42.8%に達し、平成4年の調査開始以来、過去最高となった。 

これは、価値観の多様化というような表現で、簡単に片付けられる問題ではない。 

家族、ひいては人類を維持していくために、大切なことは何か、人がひととして生きていくことの価値観について、若者たちに伝えることができていない。 

このままでは、日本は「国家」を形成できなくなる危険性すら感じる。 

かつて、魯迅は日本を訪れた際の感想として、「中国人は砂のようにサラサラしているのに対して、日本人は米のようだ」という趣旨のことを記録として残している。 

当時の日本人という民族は、非常に人と人の結びつきが強かったが、今の日本人にその面影はない。 

おそらく世界の国で同じような調査を行ったとしても、日本の様な回答をする人は少ない。 

今回の結果は、常識では考えられないレベルの数字であり、国家として将来に対する危険、リスク対応策を真剣に議論しなければならない。 


男女の結婚観に負けず劣らず、異常な水準、推移を見せているのが国家財政である。 

財務省が発表した2009年10月末の税収実績によると、10月までの一般会計税収の累計は12兆7254億円で前年同期比21.8%減少した。 

2000年度に約50兆円あった税収は、2009年度はついに37兆円になる見込みである。 

財政問題についても、先に見た男女の結婚観と同様、日本が将来国家としての体裁を保てなくなる可能性がある。 


日本は、国民の価値観や国家財政など、国としての土台そのものが揺らぎつつある。 

日本人の結婚観を、価値観の多様化としてではなく、あるべき価値観の欠如と認識し、国家の危機と位置付け、問題の本質を見極めた上で、解決に向けた長期的な取り組みを始めなければならない。 


大前研一さん(http://www.kohmae.com/)からいただいたメッセージを、一部加筆編集してお届けしました。

平成になってから特に、一定の役割を果たしていた社会的機能が損なわれてしまった。 

学校の先生、お寺の和尚さん、飲み屋のおかみ、喫茶店のマスター、会社の上司、近所のご隠居さんなど、人生の先輩から人の世の機微を踏まえた辛口の一言を、もらうことがなくなってしまった。 


人は自分のことを、他者の目に映る自分の姿を見ることによって、知る。 

自分のことが分からないと、訴える若者が増加しているが、それは、他者(動植物を含む)との親密で有機的な関係が失われているからである。 

世の中が歪み、かつ鈍感化し、人の痛みを感じる能力が欠落し、人とひとのつながりがなくなってしまった。 

そして、考えすぎ、理屈っぽい、頑固、融通が利かない、また、何かにつけて、そこは割り切らないと、と言われるが、いい加減、適当ということができない。 


自分の心にうそがつけないために、ずるいことができない、ずるいと思えることをした時は、いつまでも罪悪感にとらわれてしまう。 


目が曇っていないから物事の本質が無意識に見えてしまうのだから、まわりの雰囲気や、慣習、馴れ合いに流されることなく、個性的であって欲しい。 

これからは、無理をして自分の感情を切り捨てて割り切るのではなく、自分は少数派で良いと覚悟を決め、もっと頑固に、もっと融通が利かない人を目指して欲しい。 

これからは、情報革命によるネット化がさらに進み、人の価値観が変わっていく。 

先進国の消費成熟化、生産性改善による低価格化と、新興国の中間所得層の台頭により、消費のダウンサイジングが起こる。 

そして、企業主導の大量生産、大量消費型経済から、消費者主導の多品種少量生産型経済の時代になっていく。 

そして、主導権が企業から消費者に移っていく。 

企業や既得権益団体、政治家は、ブラックボックスから引っ張り出され、不当に得ていた利益を得られなくなる。 


私たちは、成長を求めてあくせく働き、いろいろなモノを買い揃え、さらにモデル・チェンジのたびに買い替えることによって、物質的には満たされたが、豊かさや幸せを実感することができなかった。 

手に入れたのは、お金やモノに絡んだ腐敗や、働いても幸せにならない虚しさであった。 


これからは、幸せ、豊かさの定義が、モノの所有やお金、名誉から、目に見えない価値(経験価値)、本質的な価値に移行、進化して、人とひとがつどい、つながり、一人ひとりを活かし、輝く社会が現れてくる。 


今の若者は、自らの価値観を持って生きようとしている。 

モノに執着せず、モノを買わない、使わない、持たない、エコやレトロ、中古品や手作り品が大好きという価値観を持ち、様々なモノに対する所有欲や執着心が弱く、自分の世界の中で、慎ましく仲良く生きようとしている。 

より純粋な人間関係や、自分の物差しで価値があるもの、本質的な価値を、求め始めている。 

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