人生という名の遊び場で、いま、ここを活かされ、すてきに活きる

時代の本質をとらえた、心に残るすてきなメッセージ[構想、視点、こころ]と、新たな気付きをあなたに届けます。みずみずしく、活き活きとした、すてきな旬(ときめき)を一緒に探しにいきましょう。      ◆◇たきがみ博士が選ぶ”すてきなメッセージ”のおすそわけ◇◆

2010/03

米国の探検家、ダン・ビュートナー氏は、100歳を超える長寿者が健康的に暮らす地域「ブルーゾーン」として、イタリアのサルディーニヤ島、沖縄那覇市の大宜味村、米国カリフォルニア州のロマリンダ周辺に共通性を見い出し、結果を公表した。 

1)運動と呼べるものはしない、その代わりに毎日の生活が常に肉体労働をするようになっている。 
(階段の上り下り、色々な場所に行く、立ったり座ったり、生地をこねる、庭いじり等) 

2)祈りの時間を持っている。 
(1日15分のくつろぎ時間が、ストレスが引き起こす炎症反応を非炎症反応的な状態にする) 

3)人生の意味に関する生き甲斐(翌朝起きる理由)がある。 
(人生で最も危険な時期である引退した年を活動的にし、プラス7年分の長寿につなげている) 

4)毎日、少しだけ酒を飲む。 

5)肉も食べるが、植物性の食生活として、豆や木の実を沢山食べる。 

6)過食を避ける方法として、腹八分で食卓を離れる方法を持つ。 

7)家族を第一に考え、子供や老人の世話をする。 

8)信頼に基づく共同体があり、週1回はそこで過ごす。 
(4~14年分の長寿につなげている) 

9)きちんとした人達に囲まれている。 
(信頼関係がある友人同士で、ボーリング/自転車/庭いじり等の肉体活動、少しだけの酒、正しい食事の付き合いが、最大の効果を生む) 


長寿に関して、飲み薬や短期的ダイエットの様な解決方法は存在しない、あなたの友人こそが、人生の歳に意味を加える最良の方法である。 

いままでのマーケティングは、顧客を囲い込むなど、主観的、能動的なものであった。 

これからは、顧客に囲まれる、消費者に選んでもらう、支持してもらうことが、マーケティングの本質になる。 

モノが売れない時、生き残り策として値下げするだけでは売上高を伸ばせない、値下げは一見、顧客目線の発想に見えるが実は違う。 
お客さま期待の効用、価値を対価とするのではなく、売り手側の立場で許容できる価格までの値下げであり、プロダクトアウトの発想である。 

いまは、お客さまにとって面白く、気持ち良い環境をデザイン、提供するために、お客さまの経験環境を見極め、経験価値を高める環境の整備に取り組むことが求められている。 

いかにお客さまに支持され、生き残るかということが、重要になってきている。 

EUは、1993年に穀物の支持価格の29%引き下げおよび農家所得を補償する改革を行い、EUの小麦価格はアメリカの市場価格を下回り、EUの穀物の国際競争力は飛躍的に高まった。 
さらに、砂糖、乳製品など主要農産物についても、価格支持から農家所得補償へと変革した。 



日本国民にコメを安い価格で平等に配給するために、食糧管理制度の下で農家にコメを政府に供出させる機関として、全農家を加入させ、資材購入、農産物販売、信用(金融)事業などの事業を行っていた戦時中の統制団体を、1942年に転換して農協を作った。 

当初、農協の農産物販売額の7割は米麦であり、食糧管理制度の下で行政代行機関としての役割が農協の収益拡大につながった。 
政府からコメ等の代金を代理受領し、コール市場で運用するとともに、組合員の農協口座に振り込み、そこから農家へ販売した肥料・農薬代等を差し引き、残る余剰もできる限り農協貯金として活用した。 

日本のJA農協は、本来農業者の所得や地位向上のための自主自立の共同組織であり、資材の共同購入は市場での交渉力を高めて、組合員に資材を安く売るためのものであった。 

しかし、食管制度時代には肥料や農薬、農業機械などの生産資材価格を米価に織り込むために組合員農家は高い農業資材価格を負担しなくてすみ、組合員に高く売ることが農協の利益につながった。 

さらに、農業資材価格を米価に織り込めば農協のコメの販売手数料収入も高くなるために、農民の春闘といわれた激しい生産者米価引き上げ闘争を、農協が主導していたのである。 


また、週末しか農業を行わず、生産物の販路を持たない兼業農家は、生産資材を供給し、生産物を販売してくれる農協なくして農業をすることができなかった。 
そして、雑草の処理を農薬などに頼る兼業農家は、農薬や肥料をたくさん使うので農協の収益増につながるとともに、多数の兼業農家を維持することで政治力の維持にもつながった。 


主業農家が農協を通さないで農産物を販売しようとすると、農協は村集落の社会的な力を利用したり、農協の施設を利用させない、融資をしないなどの妨害行為を行ったりもした。農協に手数料収入が落ちないからだ。 
農協はタテマエとしては加入脱退が自由な組織だといっても、村社会の中で農協からの脱退はきわめて困難だった。 
多くの農家戸数の維持が組織原理である農協は、農業の発展を阻害するようになったのである。 

1970年から40年も続いている減反政策は、コメの生産制限によって米価を高く維持し、農家の所得を補償する政策である。 
政府は、農家を減反カルテルに参加させるために、毎年2000億円、累計で7兆円に上る補助金を出し、納税者の負担によって消費者負担を高めるという二重負担を強いる政策をおこなっている。 
人口が減少すればコメの総消費量は減少し、米価を維持するためには減反面積を拡大しなければならず、国民の生命維持に必要な農地資源はますます減少していく。 


減反政策をやめて、主業農家に政府から補助金を交付して地代負担能力を高めれば、農地は主業農家に集まり、主業農家の規模が拡大し、コメの生産コストは低下し、コメの価格競争力が高まれば、アジア市場にコメを輸出でき、食料安全保障を確保する道につながる。 

まさに、全体最適の政治が求められる所以である。 


                      改革者(RIETI上席研究員 山下 一仁)より加筆編集

日本のホワイトカラーの生産性は、先進国で最低レベルといわれている。 
最低レベルの生産性を普通レベルに引き上げることができれば、現況の混迷から抜け出すことができる。 

ホワイトカラーの生産性を向上するためには、経営戦略の実効性を高める必要がある。 
では、経営戦略の成果を高めるために、PDCAのマネジメントをしっかり回すことができているのか・・・、ここに弱さがある。 


”これから”に向けた仮説にもとづく戦略であるから、戦略が誤っていて当たり前と認識していれば、日々先行指標、現象をウォッチし、何か異常を発見した時点で戦略そのものを修正することができる。 
PDCAのマネジメントを日常的に行うことによって、経営戦略の実効性を高めることができる。 

その際、エンタープライズのリスクマネジメントとしてセットしておくことが肝要である。 


しかし、マネジメントの実態は、企画した通りの成果が得られていないのは経営戦略の問題ではなく、メンバーの頑張りが弱いのだから・・、もっとガンバレ。 

意図した活動ができた、できないの確認にとどまり、結果がでるまで頑張ろうになってしまっている。 
まさしく、結果のマネジメントへの偏重である。 

経営戦略の実効性を高めるためには、社会、お客さまの課題をしっかり構想し、みずから主体的に提供すべき価値を位置付け、意味付け、戦略を組み立て、展開する。 
そして、PDCAのマネジメントをしっかり回すことが重要である。 

結果として、経営戦略の実効性が高まり、ホワイトカラーの生産性は向上する。 



[Enterprise Risk Management] 
~ リスクを回避して価値を保持するから、リスクを受け入れ、活用して価値を創造するへ ~ 

様々なリスクに対して個別的、部分的に対応するのではなく、経営プロセスの一環として、企業目標の達成・価値創造に影響を与えるリスク(不確実性、事業機会損失リスク含む)を確認・評価、適切な統制とモニタリングを行い、経営にとって許容できるレベルまでリスクの低減に取り組むこと 
 ・取るべきリスク 
 ・コントロールすべきリスク 
 ・回避すべきリスク 

20100319222221
 

誰もが幸せに生活できる経済社会を実現するために、企業の存在意義、企業が社会に提供する価値、そのものの位置づけ、意味づけを再設計することが求められている。 

企業の価値創造は、企業の視点から商品・サービスをつくり、顧客に提供するという価値提供型モデルを基本としてきた。 
しかし、成熟化した社会において、このビジネスモデルは消費者が求めていない性能、機能を追及するといった不毛な競争を引き起こし、企業のリスクを高めてきた。 
一方、コモディティー化した商品は価格競争に陥り、企業や業界全体の収益力を低下させている。 

1990年代後半から、顧客起点、顧客視点での経営が叫ばれ、顧客サービス、顧客満足度の向上に取り組んできたが、サービスを向上させるとコストがかかりすぎるなど、価格競争に巻き込まれて苦戦しているのが実態である。 

いま、企業に求められているのは、一方的に価値を定義して顧客に提供するという考え方と決別し、顧客志向、顧客主義を唱えるだけでなく、製品やサービスそれ自体の改善や、コストダウンにまい進するだけでもなく、顧客の“経験価値”を高めるという視点から、自社のビジネスのあり方そのものを見直すことである。 

お客さまにとって商品は手段であり、求めている価値そのもの[目的]ではない、お客さまは目的的価値である”あらゆるプロセスの経験価値”を求めている。 

そして、メーカーに求められたモノの品質、納期、原価は必要条件になり、メーカーの競争力の源泉としての充分条件は、お客さまの経験価値を構想する力とデザイン力に移っていく。 

まさに、メーカーは手段的価値の提供から、目的的価値の提供に進化することを求められていると言える。 


顧客の経験はあくまで一人ひとりの顧客のもので、それ自体を企業が提供することはできないが、企業は顧客が経験する場(経験環境)を整備、提供して対価を得ることができる。 

顧客の経験を軸にビジネスを再構築していくことが、新たなイノベーションにつながり、成長の原動力となりうる。 

これまでの業界の競争ルールが変わりつつあることを認識し、顧客にとっての真の価値はどこにあるのか、自社はそれに対して、何ができるのか、自社の外部にその価値を高めることができるパートナーはいないかを、常に問いただすことが重要である。 

顧客の経験環境を整備する上で、社内リソースの活用のみにこだわることなく、新たなリソースを外部企業に求めて柔軟にそれを組み合わせていく能力が求められている。 

魅力的な経験環境を整備することは、新規顧客を呼び込み、満足度を高めるだけでなく、他の企業も利用したくなるビジネスプラットフォームや生活者が当たり前に利用する社会インフラをつくりあげることにつながる。 

いままで経営資源とみなしてこなかった顧客やコミュニティー、新たな企業とのネットワークを構築、自社の新たな経営資源として活用し、顧客に価値ある経験環境を提供できる企業こそが、これからの時代に持続的な成長を成し遂げることができる。 


◇「経験を売る」という戦略コンセプト 

  アップル社がお客様に提供するのは、 [iPod] という商品だけでなく、音楽を編集したり、 
  他のユーザーとプレイリストを交換するためのソフトウェア [iTunes] や、一曲単位で 
  楽曲が買える [iTunesミュージックストア] である。 

  さらに、アップルストアで使い方を学んだり、様々なことを無料で相談できる環境を 
  用意している。 

  一般的にはこれらのことを、 アップル社が[iPod] のコモディティ化を避けるために 
  しくみ化した方法論として理解されているが、お客さまの期待に応える“経営者の想い” 
  まで踏み込んで、理解することが重要である。 

  これらはすべて、お客さまが音楽を楽しむために必要な一連の経験環境を整備するという 
  想いに基づいており、従来のモノ(商品/サービス)の機能、性能を提供するという思考の 
  枠組みとは異なっている。 


              (野村総合研究所 コ・クリエーション戦略より抽出、加筆、編集)

多くの人が結果のみを求めているように感じる。 

成功するですか? 
儲かるんですか?という声ばかり聞こえてくる。 

もちろん、ビジネスにおいて結果は絶対に必要だ。 
だけど、人生においても同じように考えていいのだろうか。 

僕は違うと思う。 

人生はプロセスこそが全てだと思う。 

僕は、自分の目指すものを求め続ける姿勢が生み出すプロセス、 
つまり、そういう価値ある経験を生み出すしくみこそが大事だと思う。 


        『僕が六本木に会社をつくるまで』(田中良和)より 

日本企業は、欧米と日本の三極から多極化にシフトした世界で、市場が大きく変化していることを、とらえきれていない。 

日米欧に加え、中国、インド、ブラジルなど新興国も一市場として成り立ち、さらに貧しいBOP市場も、主役になってきた。 6億人市場から60億人市場へ、一気に拡大したのである。 

60億人市場では、これまでのハイエンド志向の商品、マーケティングでは対応できない。 


電気自動車は、その国の電力供給インフラによって求められる性能が異なり、EV用電力供給のインフラが充実している国では、蓄電池の性能はさほど重要ではない。 

クルマ単体の技術性能をひたすら求めても、その国のインフラづくりから参画し、社会インフラにあった技術でなければ意味がない。 

そして、社会インフラとしてのスマートシティづくりの視点からITや環境技術を融合させ、そこに住む人たちの環境意識を高め、地域の価値向上に取り組む必要がある。 

さらに、一企業の利益だけでなく、地域価値を向上させ、さらには住民の行動さえも変えることを、目指さなければならない。 

これは、勝手な企業競争では対応できず、社会の経験価値を構想し、企業群でコミュニティをつくり、群れになって取り組む必要がある。 



日本企業は、全体戦略、構想力が弱いために、要素技術では優れているが、最後の1割、2割の経験価値を創り込む部分で負けていて、価値提供者としての存在感がない。 

今、重視すべきステークホルダーは、地域社会であり、お客さまであり、従業員である。 

自分たちの利益だけを追い求めるのではなく、徹底的に社会の期待に応え、お客さまに尽くす、お客さまのために動く。 

ひたすらお客さまのことだけを考え、創意工夫し、期待に応えることが、結果として利益につながる。 

子どもは、知識や規則を学ばなければならない。 

しかし、その前に人と仲良く付き合える、社会的なスキルを身につける必要がある。 

それなしでは、学んだ知識を活かすことが出来ない。 

そして、人の気持ちを思いやることができなければ、 
社会人として、想いを伝え、コミュニケーションすることができず、 
すてきな自らの存在を表現することができない。 


教育とは、 
単に知識とルールを習得させることではなく、人を思いやる力を育てること。 

21世紀型企業とされるGoogleを理解する鍵は、企業と消費者の関係の再定義であり、旧来企業がお客さまと財の交換で成り立っていた関係から、お客さまと信頼で結ばれる関係へと変化することである。                       (Googleの正体 牧野武文著より) 

社会的に有用な情報である個人情報を、活用した生活を快適にするサービスを提供する、あたかも、お客さま一人ひとりにコンシェルジュを配置するかのごとく。 


そもそも個人情報は、社会にとってダイナマイトの様に有用なものであり、個人情報保護法は、安心して有用な個人情報をしっかり使いこなすために、情報の取り扱いを規制したものである。 


私たちは、いたずらに個人情報の活用を危険視することなく、活用目的を見極めたリスクマネジメントを行い、快適な社会生活の営みの具体化に取り組まなければならない。 

高速道路を単調に走っていると眠くなるように、人間は順調が続くと惚けてくる。 

人間の本当の力が試され、智慧と闘志が磨かれるのは、うまく行っている時ではなく、どん底に陥った時です。 

人によって、どん底の深さは異なり、どん底の深さの感じ方も違う。 

どうせなら、自己否定と自己険悪に陥るほどのどん底が良い。 

所詮、人間はどん底に落ちないと、本当の反省はできないのだから。 


傲慢が怠慢を呼び、怠慢がどん底を招き、 
どん底が反省を引き起こし、反省が成長をもたらす。 

そして、 
成長が頂点を向かえると、傲慢が静かに生まれる。 

反省は、どん底から生まれてくるが、傲慢は先人の業績から簡単に継承してしまう。 

どん底から這い上がった経験を有さない誇りは、傲慢そのものである。 

人間の本当の強みは、どれだけの栄光を経験したかではなく、どれほどのどん底を経験し、乗り切ったかである。 


成長は、頂点から始まるのではなく、どん底から始まる。 


  (宋 文洲さんからいただいたメッセージを加筆編集しておすそわけ) 

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