人生という名の遊び場で、いま、ここを活かされ、すてきに活きる

時代の本質をとらえた、心に残るすてきなメッセージ[構想、視点、こころ]と、新たな気付きをあなたに届けます。みずみずしく、活き活きとした、すてきな旬(ときめき)を一緒に探しにいきましょう。      ◆◇たきがみ博士が選ぶ”すてきなメッセージ”のおすそわけ◇◆

2010/08

AKB48の商品設計&ビジネスモデルには、随所に優れたマーケティング的知見からの構想、しかけが施されています。 
みなさまのマーケティング活動のヒントにしていただければ幸いです。 


◆◇◆◇ 市場参入時の商品設計 
・ターゲット → おニャン子クラブを知るコアな30~40代、秋葉原界隈を行きかうアイドルマニア 
・ポジション → 楽曲/パフォーマンスクオリティ<高い>×ファンとの距離<近>、 
・コンセプト → 会いにいけるアイドル 

☆★アイドルが一過性となっていた 
現在のお笑いが象徴しているように、マスコミが短期で消費し尽してしまうとともに、消費者も飽きが早い。 
一過性ではなく、長期に君臨できるシステムを作りたかった。 

☆★楽曲以外の収益の獲得 
楽曲の売上収入が落ちているのは周知の事実であり、これ以外の安定収益としての劇場収益は、イニシャルコストはかかるが、集客さえ確保できれば安定したビジネスになる。 
またここは、関連グッズを売るための場所にもなる。 

☆★脱マスメディア志向 
CDは売れなくなり、マスメディアの広告収入にもかげりがでていた。 
秋葉原というオタクの聖地に拠点を置くことによって、オタクというターゲットとの親和性を深め、かつオタクっぽい展開をすることも可能にした。 
ターゲットに置いた30~40代/男性のオタクは、若い女性たちと違い、可処分所得が豊富であるとともに、ほとんどが独身であり、自分が使えるお金の全てを、自分が応援するメンバーに費消することもできる。 


◆◇◆◇ 秋葉原に劇場を作り、それを記号化するために「AKB48」というネーミング 
楽曲やパフォーマンスの質が高く、ファンとの距離が近いという今までにないポジショニングを、コンセプトに仕立て、「会いに行けるアイドル」とした。 

この基本戦略をブレークダウンするために、以下のアプローチを組み立てた。 
1.メンバー 
2.楽曲 
3.ライブ 
4.ポリシー 

☆★メンバー 
初期はチームAのみで、限りなく素人に近い女の子で構成し、みんな一生懸命だから出演料は低くても劇場に出続けた。 
ファンには、アイドルの原石に近い人たちを発見する喜びがあり、かつそれを誰よりも応援できるという満足感が味わえた。 

☆★楽曲 
AKB48の楽曲はスーッと入ってくる。 
作詞は秋元氏だが、作曲は昔からのコンビである後藤次利氏や、アイドルのヒット曲で定評のある井上ヨシマサ氏などが担当して、80年代アイドルの全盛期を彷彿させる楽曲に仕立てた。 

☆★ライブ 
初期の入場料は1000円。これで、一生懸命なパフォーマンスが見られて、かつ地下アイドル並みの近い距離も実現した。もちろん並ばずに入れるから、毎日見に行きたくなり、会いに行けるアイドルというコンセプトを、現実のものにした。 

☆★ポリシー 
ファンを徹底的に尊重するという姿勢があった。 
ファンにヒアリングをして、ファンの声をいろいろなところに反映して、ファンを徹底的に尊重した。 
AKB48はファンを徹底的に尊重する。だからファンであるわれわれも、徹底的に応援してあげなければいけないということになった。 


◆◇◆◇ スムースな定着を果たしたAKB48 
2006年4月から2007年12月期の時期は、初期に作り上げたシステムを強化、深耕して、さらにファンの心をとらえた時期であった。 

☆★メジャーアイドルとはファンとの距離の近さで差別化する一方、地下アイドルとはクオリティーの高さで差別化した。 
ファンはスムースに増えていった。そして、この時期にメンバーを増やして、A、K、B、研究生という複数のチームにした。 

☆★メンバーを低コストで拡充しているが、彼女たちの真剣度は変わらないので、ファンにとっては好みのメンバーが増えたことになる。 
ファンクラブをつくり、そこで数々の施策を展開しファンを優遇した結果、AKB48へのロイヤルティはますます高まった。 

☆★メンバーのパフォーマンスにバリエーションができるとともに、お互いのシナジーでレベルもあがった。 
ファンは選択肢が増えるので、宝探し的な楽しみを味わうことができるようになった。 
また、メンバーという視点だけでなく、チームとしてのまとまりや成果という両方の視点で、その成長を見守ることができた。 
さらに、ファン同士で交流を図ることもできた。 

☆★楽曲は、AKB48とファンとのミックスを前提 
オタクの人たちのファンがヲタ芸で盛り上がれるように、イントロや間奏、エンディングは意識して、ヲタ芸が栄えるように意識的に楽曲を作った。 

☆★ライブ 
秋葉原の劇場だけでなく、コンサートツアー(東京、大阪、愛知、福岡)を行った。 
メンバーは一生懸命努力し、地下アイドル並みの距離の近さを保っているので、ますますとりこになった。 

☆★柱の会と呼ばれるファンクラブを創設 
握手会やファンクラブツアーは、今までにない、メンバーとファンの結びつきを作った。 
劇場という距離だけでも近いのに、熱心に参加すれば自分の名前を覚えてもらうこともできる。このような深いコミュニケーションに、ファンはさらにAKB48にはまっていった。 


◆◇◆◇ メジャーメンバーとマイナーメンバーの2分化 
メジャーを志向させるメンバーには、テレビなどへのマスメディアへの露出やコンサートツアーを中心に活動させ、劇場への出演を少なくした。 
一方、新しくマイナーメンバーを採用し、こちらは今まで通り劇場に出演させた。 
つまり、メジャーを志向するファンにはそちらを応援してもらい、そうではないマイナー志向のファンには新しく採用した人たちを応援してもらう。このようにして、ファンの離反を防いだ。 

☆★メンバーを芸能事務所に所属させた 
秋元氏が経営する事務所に所属していたメンバーを、それぞれ別々の事務所に所属させた。 
それぞれの事務所に所属する強いタレントとのバーターで、AKB48メンバーを出演させることにあった。 
もし全員が同じ事務所だったら、バーターは1回で終わるが、10の事務所に分散すれば、出演は10回ということになる。 
必然的に個別メンバーの認知まではいかないが、AKB48の認知はあがり、「AKB48」という名前だけはどんどん露出し、認知度が高まった。 

☆★メンバーが卒業しないこと 
モー娘、特に後藤真希氏が卒業した時には、核がいなくなり急に弱体化した。 
飽きがこないということで卒業制度は効果的に思われたが、主力も卒業させてしまったことは、ブランドの価値を軽減させた。 
AKB48はこの轍を踏んで、長い目で応援できるというベネフィットを重視した。 

☆★イベントに熱心に参加すれば、メジャーアイドルが自分の名前を覚えてくれる 
マイナーのアイドルでも名前を覚えてくれるのはうれしいが、メジャー化しても同じならその喜びはひとしお。 

☆★マイナーメンバーにも特徴がある 
会いに行けるアイドルというコンセプトは同じだが、名古屋地域で活躍するSKE48を立ち上げた。 
秋葉原で成功したものを名古屋という地域にトランスファーした。ひとつの成功を拡大するために、ターゲットを拡大するのはセオリーだが、ターゲットを拡大するにはお金も時間もかかり大変なこと。 
拡大するのではなく、同一ターゲットを深耕する方が効果的であり、今までのターゲットと同じターゲットを深耕するために、地域を変える方がうまく行く可能性は高い。 
さらに地域展開したり、あるいは世界展開をすれば、メジャー化の一方、マイナーの多面展開という戦略が具体化する。 


◆◇◆◇ ファン意識喚起・支持基盤の本格拡大 
新曲の参加メンバーや立ち位置などをファンの投票で決める。AKB48、SKE48、そして研究生までもが全員参加で、メジャー、マイナーの区別なく行った。 

☆★選抜総選挙は、ホストクラブの仕組みに似ていて、メンバーの上昇意欲とファンの応援意欲を相互に充たす 
メンバーは、メインの曲を歌うメンバーに選出されること、立ち位置で優遇されること、そしてなにより、No1になるということを競い合う。 

☆★ファンはCDを大量購入するなど、お金を使えば自分の支持者を応援できる 
NO1になりたい。それをファンが売り上げで支援する。これにより、PR効果として、AKB48の認知は急激に高まった。また対象が全員なので、全メンバーを周知することも可能となると同時に、マンネリ感を払拭し、全体を活性化することにも成功した。 

☆★選抜総選挙の盛り上がりからAKB48に注目し、冠番組やソロ活動に触れ、アイドルを支持する10代の男女に火がついた。 
選抜総選挙という施策によって、ターゲットを拡大することができた。 


◆◇◆◇ AKB48に関わるビジネス性評価 
1.イベント事業・・・公演、ライブ、ファンイベント等 
2.物販事業  ・・・直販、版権提供(WEB、リアル) 
3.制作事業  ・・・自社制作、制作権(CD、DVD、書籍、グッズ、デジタルコンテンツ) 
4.プロダクション事業  ・・・タレント提供(CM、テレビ番組、キャラク 
ター等) 
5.広告事業  ・・・公演・ライブなどの際の広告枠提供 
6.会員事業  ・・・ファンクラブ(PCサイト、携帯サイト、リアルイベント等) 
7.ビジネスモデル販売事業・・・海外へのビジネスモデル販売 

初期のビジネスモデルは、劇場公演とライブ、ファンイベントであった。収益はチケット収入しかなく、かなりの投資が必要であった。 
地道に劇場でファンを作るというのは効果的な方法だが、初期に多額の資金が必要であり、誰もができる方法ではない。秋元氏がヒットメーカーであり、豊富な人脈を持っているからこそ、できたことと言える。 
しかし、ここをある程度しのぐと、AKB48にまつわるグッズの販売ができるようになり、流通コストがかからないので、高収益なビジネスを展開できる。 

続いて、楽曲や出版などの版権ビジネスは、タレントなのでヒットすれば大きな収益になるが、売り上げは年々小さくなり、ヒットの期間も短くなる。だから、これを大きく長くするために劇場発×固定ファンづくりをしっかりやった。 

さらに広告で認知度を高め、ブランド価値もついてくれば、ファンが拡大し、それを会員化することで収益があがる。 
ここまできて、収益は極大化する。 

まとめると、 
1.劇場ビジネス  → チケット収入 
2.物販ビジネス  → 販売収入 
3.版権ビジネス  → 版権収入 
4.タレントビジネス→ タレント提供収入 
5.広告ビジネス  → 広告収入 
6.会員化ビジネス → 会員収入 

さらに 
このビジネスモデルのいちばんおいしいところは、場所(劇場)と客、物が善循環するようになっている。 

モノやコトの売る場所や買う人が装置化されているので、ここにモノを乗せようと思う企業や、コトを乗せようと思う企業が次々に出てくると思われる。 
この装置を欲しいと思う人は日本だけでなく、世界各地にもいる。ならば、この装置の作り方=ビジネスモデルを売るのがいちばん儲かる。 

AKB48ビジネスは、アイドルファンのプラットフォームであり、売り場が欲しいと思っている企業はぜひとも組みたいと思うし、こういうビジネスを自分もやりたいと思う人はこのビジネスモデルが欲しくなる。 


   (「日経産業・MJから読み解くマーケティング」より抽出、編集) 

企業の競争力が、劣化を続けている。 

経営戦略面で見れば、グローバル化が遅れたこと、高機能製品にこだわりすぎてガラパゴス化が進んだこと、そして先端製品がコモディティー化した後の戦略の脆弱さ、などが理由として挙げられる。 

だが、より根源的な要因は、バブル崩壊で業績が一気に悪化したために経営者が必死に打開策を練った1990年代の取り組みにあった。 
丼勘定を排し、利益責任を徹底させるため社内カンパニー制を導入、IT化で情報共有による分権化を進め、成果主義も導入、本社をスリム化した。 

個々の打つ手は適切だったが、後に深刻な副産物が残った。 
企業の部門間の壁は厚く高くなり連携が働かなくなるとともに、成果主義の下で、社員の視野も狭まり自己の目標達成が最優先された。 
その結果、会社全体に目配りする余裕などなくなり、自分の帰属する狭い組織ユニットの利害に執着した。 

かつて、社内の一角に集まり、“ウチ”はどうするんだと口角泡を飛ばし、行く末を憂いた社員の“ウチ”は会社そのものだった。 
しかし、いまの“ウチ”は自部署であり、部分最適化が日本中を覆うようになった。 

さらに、本社のスリム化による小さくて弱い本社が拍車をかけた。 
本社の役割は、部門横断的に横ぐしを刺す点にあるが、サポートという軟弱なスローガンを掲げた本社に、もはやその力はない。 
部分最適化や社員の視野狭さく化は、部門間の連携を阻み、異質な知の融合や新たな知の組み替えを阻止し、ひいては事業や技術のイノベーションの芽をつんだのである。 


80年代までの日本企業は、一人ひとりの職務を明確に規定せず他の部署やメンバーとの融通むげに連携するチームワークを強みとし、組織全体に目配り、全体の空気を読んで最適な行動をとる調和型の行動様式を有していた。 

それは、社内運動会や職場旅行など濃密なコミュニケーションを誘発し、組織の力となり、たぐいまれな競争力を形成した。 
経営とはコミュニケーションという鉄則に照らせば、日本企業の経営は実に合理的であった。 

だが、90年代以降、状況打破を狙って打った手は、意図せざる強みの自己否定につながり、濃密なコミュニケーションの場を自ら放棄し、心地よい窒息状態に陥ったのだ。 


そこで、失われた20年の呪縛から脱却するために取り組むべきポイントを示す。 

◇全体最適型プロデューサーの人材育成 
日本企業の競争力低下は、モノづくりの強みに特化し、事業システムを構成する部分の強みばかり磨いてきたことと、総合型経営から自律分権型経営モデルに転換するために、ジェネラリスト型人材を否定し、スペシャリスト型人材の育成に注力してきた点に原因がある。 

今後は、事業システム全体を構想・設計する全体最適型プロデューサー人材の育成に注力するとともに、社員が視野狭さくに陥らない仕組み・仕掛けを構築する必要がある。 

◇大企業とベンチャー企業との連携強化 
大企業が閉鎖性を解き放ち、躍動感に満ちたベンチャーの起業家精神に触れることは、オープンイノベーションへの道を開く。 

◇既存産業の異業種連合を促進すること 
過度の競争を回避するために既存の業種間の連携・融合を図り、インテグレーションを進める必要がある。 

その触媒役として期待されるのは総合商社である。 
様々な業種を扱い、広範な知識を持つ世界に類例のないビジネスモデルと、モノづくりを強みとする企業の連携に、政府の後押しが加われば、新たな地平が切り開かれる。 

産業融合イノベーションは、日本の大いなる差異化戦略となり、希望に満ちた20年の出現につながる。 

             (一橋大学教授 伊藤邦雄氏  2010年8月12日 日経新聞 経済教室より) 

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