人生という名の遊び場で、いま、ここを活かされ、すてきに活きる

時代の本質をとらえた、心に残るすてきなメッセージ[構想、視点、こころ]と、新たな気付きをあなたに届けます。みずみずしく、活き活きとした、すてきな旬(ときめき)を一緒に探しにいきましょう。      ◆◇たきがみ博士が選ぶ”すてきなメッセージ”のおすそわけ◇◆

2010/12

iPodを構成する部品や技術のモノ的な要素は、既存のものだった。 

本体のハードと、音楽管理ソフト、音楽配信サービスをトータルに組み合わせ、どのレコード会社のミュージシャンの曲も、ネットワークからいつでもデジタル情報のまま取り込んで、楽しむことができるという新しいコトを生み出した。 

それが、消費者の圧倒的な支持を集めた。 

単にモノをつくるのではなく、これとこれを結びつければユーザーにとって新しいコトが生まれるという関係性や文脈を読んだジャッジメントによって、モノではなくコトのイノベーションからiPhoneやiPadは生まれた。 


20世紀前半に独自の哲学を展開したアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドは、世界はすべてが関連し合ったプロセスで成り立っているととらえた。 
世界は常に生成発展するから、そこには静止したモノそのものではなく、コトがその都度生成し消滅するプロセスだけがある。 
従って、世界は絶えず動き続ける出来事の連続体であると説いた。 


21世紀に入った今、価値のありどころがモノからコトへと変わり、モノ的発想ではなく、コト的な発想が強く求められるようになってきた。 

何かと何かを結びつけて、ユーザーにとって新しいコトを生み出す。その関係性や文脈は、決して分析的な視点からは見えない。 

例えば、木から落ちるリンゴというモノは、見ている人間の主観に関係ない客観的なものであるが、リンゴが木から落ちるというコトは、客観的なだけでなく、それを経験している人間の主観も含む。 

つまり、個人の主観や価値観を排除した分析的な視点では、モノは見えても、コトは見えない。 

そこで、主観や価値観を持った人間が主体となり、環境を流動的、動態的にとらえ、生き生きとした現実の中から未来の可能性に目を向け、コトのイノベーションを起こす経営が注目されるようになってきた。 

自分たちはモノ的な価値だけでなく、新しいコト的な価値をお客様に提供できているか。 
何と何を結びつければ、お客様との間に新しい関係性を生み出すことができるのか。 

いま、さまざまなモノやコトを結びつけ、顧客にとって新しいコトを生み出すプロデューサーが求められている。 

移動のために通過する駅は、行き来する個人の主観に関係なく客観的にモノとして存在する駅だが、 
集う駅として捉えた時、多くの人がそこに集い、買い物をするコト、食事をするコト、時間を過ごすコトなどを楽しむ場になり、さまざまな関係性(つながり)が生まれる。 

中学生の頃、国語の試験で 
次のような問題が出されたことを記憶しています。 

 この文章によって、 
 著者は、読者に、 
 何を伝えようとしているのか。 

文章を読み、著者の意図を推し量る。 
そして、正しい答えを見出す。 


一人の人間として道を歩み始め、 
歳を重ねるにしたがって、 
ときおり、人生において、この試験問題が 
出されているように感じることがあります。 

人生の中で直面する、様々な問題。 
仕事における失敗や敗北。 
生活における苦労や困難。 
人生における挫折や喪失。 

そのとき、ふと、心に試験の問題が浮かぶのです。 

 この出来事によって、 
 人生は、自分に、何を教えようとしているのか。 

そして、我々は、 
心の成長とともに、その答えに辿り着きます。 

 この失敗は、自分の、この未熟さを教えてくれているのだ。 
 この苦労は、自分の心の、この弱さを教えてくれているのだ。 
 この挫折は、自分の生き方の、この過ちを教えてくれているのだ。  

そして、我々が、そのことに気がつき、 
深い反省の時を経て心を新たに歩み出すとき、 
不思議なことに、気がつきます。 

 人生における、一つの試験の合格証書。 

それを手にしていることに、気がつくのです。 


(田坂広志さんからいただきました。) 

人工的に作られた乳酸で発酵させて、大量の日本酒を作る。 
もともと琥珀色の酒を、無色透明に変えてしまう。 
米のうまみを、雑味として取り除いてしまう。 
そして、アルコール添加、熱風処理を行い、生産性を追求した。 

酒造りに限ったことではなく、あらゆるビジネスの場で 
ひたすら生産性を、利益を、追及してきた。 


自然界は、競争原理よりも協調原理が強く働いている。 
微生物たちは、共生の世界、相互扶助の世界に生きている。 
それぞれが使命・役割を果たしながら、 
生態系全体の安定を保ち、循環が成り立っている。 

自然に沿えば、発酵してくる。 
発酵してると、腐らない。 
腐らないのは、変わるから。 

変わると、楽しくなってくる。 
楽しくしていると、楽しい出来事が起こる。 
争わずとも活かされる道が、開ける。 

人が微生物の働きに学ぶとき、 
体がよろこび、活力が増し、活力のある人たちが集い、 
町が活気づく。 

嬉しい、楽しい、有難い、これが自然の正体なのか。 


(寺田本家23代目当主寺田啓佐さんのメッセージより抽出) 

モノを販売するだけでは、ライバルとの価格競争に陥る。 

利益をあげるためには、モノに加えて、 
精神的な豊かさを実現するコンテンツを提供しなければならない。 

重要なことは、お客様に役立つ情報を発信するという、 
はじめの一歩を踏み出すことである。 

情報は、呼吸のように循環するので出せば入ってくる。 
入ってくれば、出したくなる。 

だから、お客様に役立つ情報を発信していれば、 
ビジネスは自然にコンテンツ化していく。 

成果、結果が重視されるようになって久しい。もちろん成果も大事。 

だけど、汗水流して取り組むこと、もっと褒めてもいいんじゃないだろうか。 

スマートに効率よく、とにかく成果を出すことばかりが求められる社会って、なんだかさびしい。 

たとえ結果が同じでも、そこに至る過程でどれだけ汗水流したかを大事にしてくれる国って案外多い。ドライと言われる外国でも。 

日本では、 
汗水の価値が薄れてきているかもしれない。 

「一生懸命」、「愚直」、「ひたむき」であることがカッコイイ時代ではなくなってしまったのかもしれない。 

それでも、私たちは汗水流す人や企業と一緒に今日も進んでいきたい。 

そこにこそ、ドラマがあるから。 


(住友商事株式会社のCMより)

最近、中国の台頭がいたるところで話題になってる。中国経済は日本を抜き世界第2位になり、その差は開こうとしている。 

1990年、中国の輸出相手先として断トツの一位は日本、一方、日本にとって中国はマイナーな輸出先の一つに過ぎなかった。 
ところが、2009年には中国にとって日本は10%以下の輸出相手先であり、日本にとって中国は米国を超え最も重要な輸出相手先になっている。 
つまり経済面で見ると、この20年、特に2000年以降の10年間、日本と中国の立場は劇的に変化した。 


1989年は色々な事が起こった。政界を揺るがしたリクルート事件の結果、6月3日に竹下内閣は退陣、翌4日には、中国で失脚したまま軟禁状態に置かれていた胡耀鵬元総書記の死を契機に発生した天安門事件が悲惨な流血の事態を迎えた。 
12月にはベルリンの壁が崩壊、そして日本のバブルは頂点に到達した。まさに歴史的な転換点といえる年であった。 

そして1990年、激動の余燼がくすぶる中、天安門事件の直後で世界から孤立する中国にとって、あらゆる意味で日本はクリティカルな国であった。 
経済的にも最大の輸出相手国であり、世界との関係に於いて孤立を避けるため、何としても関心を買わなくてはならない相手が日本であった。一方、日本にとって中国は過去の経緯から特別な関係にあり、かつ将来的に重要な国として重視する存在であった。 

世界から孤立する中国は、危機感を強めていた。香港やマカオからどんどん人材と資金が流出し、日本を除く世界の国々からは留学生すら受け入れられず、日中友好スローガンのもとに公式非公式を問わず様々なレベルで中国から日本へのアプローチが繰り返された。 

そして、中国との関係を重んじる日本は1990年の末に第3次円借款8100億円を再開した。次に、中国の硬軟織り交ぜた懇願に応じる形で1992年には天皇訪中を実現した。 
その結果、西側諸国は中国との交流を徐々に再開した。 

一方、中国は西欧諸国との対立を尻目に、長年の懸案であったロシアとの国境画定に着手した。 
まず1991年、ソビエト連邦が崩壊する直前というタイミングで、極東の国境線を中国に有利な条件で画定した。 
1994年には中央アジア部分を画定、その際には並行して独立後の混乱が続く中央アジアの旧ソ連諸国とも国境を画定。 
そして2004年にはプーチン大統領と胡錦濤国家主席の政治決断で、全てロシアが実効支配していた3つの島を、両国で2つに割る形での決着という、中国にとっては非常に好ましい条件で合意した。 

新たに大国としての道を歩み始めたロシアにとって、中国とのパートナーシップを確立することは極めて重要であり、そこを突いた中国の見事の交渉の積み重ねが成果を生んだ。 


ロックフェラーセンター、コロンビアピクチャーズなど多くの米国企業の買収はことごとく失敗し、巨大な損失を出して撤収をした。残念ながら日本が国力のピークを迎えた際、成果として誇るべきものはODAをひたすら提供したことであった。 
ODA大国ということで、日本はどこに行っても歓迎され、国際機関におけるポストも増え、世界的な評価も高まったが、懸案であった領土問題は何ら実質的な進展がなかった。 

日本にとって、中国との間で尖閣諸島やガス田などの問題に関して、日本にとって有利な取り決めをする最大のチャンスは1992年の天皇訪中の前であった。 
そして、ロシアとの間の北方領土の問題に関する取り決めについては、1991年のゴルバチョフ大統領来日から1998年のエリツィン大統領来日後迄の期間であった。 

天皇訪中を皮切りに西欧諸国との交流再開以降、中国が経済成長しGDPで日本を抜き去ったことは、中国が有しているポテンシャルの高さに加え、中国指導部の統治能力の高さを証明した。 
そして今、中国はいよいよ鄧小平の遺言「能ある鷹は爪を隠す」を破り、その爪を剥き出して来た。 

これからの10年を考えると、彼我の経済的な力の差は、大きくなっていく。そして軍事的な力の開きは、更に大きくなっていく事を考えると・・・、 

◇北方領土 
ロシアとの間で2島返還で国境線画定し、平和条約締結。他の2島に対して日本は、漁業権や地下資源などの特殊経済的権益、およびビザ無き渡航権を確保。合わせて、千島列島、樺太、東シベリアに対して、日本に特殊な経済的権益を認めた上で、各種共同経済プロジェクトに着手。ここには西欧諸国の参加も促す。 

◇竹島 
韓国の実行支配権を認めたまま、経済的権益に関しては共有する。 

◇尖閣諸島 
日本固有の領土として支配を続けると共に、周辺へ自衛隊の配備を進める。 

相対的な経済力の低下に伴い地位が低下する日本は、ロシアと韓国に対して北と西の国境問題を経済的・友好的に解決し、あくまで勃興する中国に対しては筋を通し続けることが重要である。 


(エム・アイ・コンサルティンググループ株式会社 大上 二三雄氏提言より) 

夢や目標を本気でめざすと、すべてが変わる。 

運は誰にでも流れている。 
それをつかむか、つかまないかだ。 

明日死ぬと思って、今やれることをやり尽くす。 
それでダメなら仕方ない。 
その開き直りが自信につながる。 

ここまでダッシュと思ったら、最後まで全力で走る。 
1m手前で力を抜いたせいで、負けることもある。 

プレッシャーは重力のようなもの。 
重力がないと、筋肉も骨もダメになる。 
重力があるから自分が強くなる。 

人にどう思われてもいい。 
日本中の人に批判されてもいい。 
最後に家族が信じてくれればそれでいい。 

スランプや失敗が続いても、 
調子がよかった過去を振り返ってはいけない。 
今つまずいているのは、 
もっと高い場所に行こうとしているからだ。 

本当にどうしようもない状況に陥ったら、こう思う。 
ここが分かれ道だと。 
ここで投げ出すか、踏ん張れるかだと。 

どん底に落ちて、初めて気づくこともある。 

危ない危ないと言って、 
リスクを避けてばかりの社会は、人の生きる力を弱めている。 

夢なんて、なんだっていい。 
どんなに小さなことだっていい。 
その一歩で、また次の夢が見えてくる。 

まずは、一歩を踏み出すことだ。 

(高橋書店CMより 日本サッカーチーム 前監督 岡田武史) 

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