人生という名の遊び場で、いま、ここを活かされ、すてきに活きる

時代の本質をとらえた、心に残るすてきなメッセージ[構想、視点、こころ]と、新たな気付きをあなたに届けます。みずみずしく、活き活きとした、すてきな旬(ときめき)を一緒に探しにいきましょう。      ◆◇たきがみ博士が選ぶ”すてきなメッセージ”のおすそわけ◇◆

2012/02

現在の世界は、「エンジンの壊れた車」です。 

インチキ金融によって高速でぶん回したエンジンは、リーマンショックによって、壊れてしまいました。 

しかし、車は慣性によって、直ぐに止まる事はありません。 

各国政府はギアーを変えてみたり、ハンドルを切ってみたり、はたまた、インフレターゲットなどというウィンカーを点滅させますが、若干、方向や速度に差が出る程度です。 

エンジンの壊れた車に量的緩和でガソリンを注ぎ足しても、エンジンが壊れていては意味がありません。いずれ、車は止まってしまいます。 

最後は、クラッチ操作を誤って(ボルカールールやBIS規制)急停止するか、戦争という下り坂で加速してコーナーを曲がり切れずに崖から転落するかです。 

インフレターゲットで一喜一憂する金融市場は、今日の利益しか考えていないので、喜んだり悲しんだりできるのです。中長期的に考えれば、既に勝敗は決しています。 

その証拠に金融や保険業界のリストラが激化しています。来るべき悪化に備えて、業界が身構えているのです。 

私達を乗せた車は次のコーナを曲がり切れるのでしょうか。 

(人力さんからいただいたメッセージです) 

『ハリーポッター』の原作者JKローリングが、ハーバード大学の卒業式で行ったスピーチの一部を転載します。 

私の結婚生活は超スピードで破綻したし、私は無職で、シングルマザーで、ホームレスを除けば現代のイギリスで最も貧しい貧困者の生活に陥ってしまったのです。私の両親や私自身が長年恐れていたことが現実のものとなったわけです。あらゆる基準で考えて見て、私は自分の知っている友人、知人の中で最もはげしく失敗した例となってしまいました。 

私は失敗が愉しいと皆さんに言おうとしているのではありません。当時の私は自分の人生の中でとても暗い期間を過ごしていました。メディアが後日、シンデレラ・ストーリーのように書き立てる成功物語が自分にやってくるということは当然知らなかったし、このくらいトンネルがどれだけ続くのか見当もつきませんでした。そして長い間、トンネルの先にあるのは単に希望だけで、現実にはならなかったのです。 

それではなぜ私が失敗の重要さを皆さんに説くかといえば、それは失敗は自分にとって大事じゃない物事の一切を取り去る効果があるからです。これだけ落ちぶれるともう体裁を取り繕うことはムダだし、自分にとって大事なコトだけに自分の持てる全てのエネルギーを注ぎ込む以外に無いと悟ったのです。若し私が少々でも成功していれば、自分が「わたしにはこれしかない」と思う分野で死力を尽して頑張ることもしなかったかも知れません。私は自由になったのです。なぜなら私が最も恐れていた不安が現実のものになったのだし、それでも自分は未だ生きており、自分の愛する娘と二人になれたし、自分にはオンボロのタイプライターとデッカイ構想がまだ残っていることに気付いたからです。 

こうして「どん底」は私の強固な基礎となり、それを礎石として私は自分の人生の作り直しをはじめたというわけです。もちろん、皆さんは私のような大失敗はしないかも知れません。でも人生では少々の失敗はつきものです。失敗無しの人生を送る事は「失敗しちゃ、いけない」と臆病になって一切の冒険をしない生き方をする以外、不可能です。それに若しあなたが人生で一回も失敗しなかったのなら、それは臆病者の生きるに足らない人生を過ごしてしまった事を意味するわけですから、そんな人生はそれ自体、失敗だと言えるでしょう。 



An exceptionally short lived marriage had imploded, and I was jobless, a lone parent, and as poor as it is possible to be in modern Britain without being homeless. The fears my parents have had for me, but I had had for myself, had both come to pass. By every usual standard, I was the biggest failure I knew. 

Now I am not going to stand here and tell you that a failure is fun. 
That period of my life was a dark one. And I had no idea that there was going to be what the press has since represented as a kind of fairytale resolution. I had no idea then how far the tunnel extended. And for the long time, at the end of the tunnel was a hope, rather than a reality. 

So, why do I talk about the benefits of a failure? Simply because failure meant to stripping away of inessential. I stopped pretending myself that I am anything other than what I was, and began to direct all my energy into finishing the only work mattered to me. Had I succeeded at anything else, I might never have found the determination to succeed in the one arena where I believed I truly belonged. I was set free because my greatest fear has realized and I was still alive and I still had a daughter whom I adored and I had an old typewriter and a big idea. And so the rock bottom has become a solid foundation on which I rebuilt my life. You might not fail on my scale I did, but some failure in life is inevitable. It is impossible to live without failing at something unless you live so cautiously that you might as well not lived at all. In which case, you failed by default. 

失敗によって学んだかけがえのない「自信」
私はとても貧しい家庭に育ちました。小説家になりたいと思っていましたが、両親は私には将来の職に繋がる学位を取って欲しいと願っていました。貧しさを知っているからこそ、貧乏だけはしないようにと心配してくれていたのです。
でも結局両親には内緒で、私は古典文学にのめりこむことになりました。そして卒業後、私の両親が恐れていたことが現実となってしまいました。結婚生活は短期間で破たん、職も失い、ホームレス一歩手前のシングルマザーになりました。私の卒業してからの7年間は「失敗」そのもので、本当に絶望的でした。
しかし、「失敗」によって得たこともあります。自分に必要なものと不要なものがはっきりしたのです。自分が真に欲するものだけに、すべてのパワーを捧げるようになり、物語を書き始めました。それから、私にはどんな宝石よりもずっと価値のある友人がいるということにも気付かされました。
困難に見舞われなければ、本当の自分の気持ちを知ることも、真の友情を知ることもなかったでしょう。私は「失敗」を通じて、学校の講義では学ぶことのできない経験をして、それを乗り越えたことで、これから何が起きても私は絶対に大丈夫だという自信を手にできました。
 
失敗しないこと自体が、失敗
ここにいるみなさんは、私ほどの失敗を経験することはないと思います。でも、失敗は人生にはつきもの。生きていれば誰でも失敗を経験します。失敗しないということは、挑戦もせず自分の人生を生きていないと同じことです。つまり、失敗しないということ自体が、失敗なのです。
もしも私に魔法が使えれば、21歳の私に「人生の醍醐味は自分が何をやり遂げたかのチェックリストを作ることではない」と語るでしょう。どんなことをやり遂げたかが、幸せの基準だと思いこんでしまいがちですが、そうではありません。人生とは予測不可能なものです。何があるか分からない、だから素晴らしいのです。

無関心は「悪」になる、想像力の大切さ
「想像力」によって、私たちはさまざまな進歩を遂げてきました。
ハリー・ポッターの物語にも反映させた私の体験についてお話します。大学を卒業して間もなく、アムネスティ・インターナショナルというNGOで働いていました。人権侵害された人々の存在を知り、人権を守る活動をする機関です。
拷問を受けた被害者の証言、そして彼らの拷問によって受けた傷の写真も見ました。処刑や誘拐、レイプの目撃証言をつづった手書きの手紙も目にしました。あまりにも悲惨でした。
当時は毎日、人間が他の人間に危害を加えるという「悪夢」を見ていました。しかし同時に、それまでに感じたこともなかった人の善意を目の当りにしたのも事実です。
アムネスティ・インターナショナルでは、拷問をされた経験も投獄された経験もない「普通」に生きている人々が、被害を受けた者の代わりに身体をはって行動を起こします。私たち人間が持っている、他者の立場にたって想像する力がその原動力になっているのです。
人間が、理解し共感することができる能力を持っているということはつまり、人を操ったり、コントロールしたりする人もいるということです。
さらに、想像力を使わない人が多くいるのも事実です。そういった人々は、自分には直接関係ない人々の苦しみから目を背け、無視します。目を背ける方が楽かもしれません。でもそれは悪を黙認し、蔓延させる助けにもなり得るのです。だから私は無関心は「悪」に身を染めるということと一緒だと考えます。

「想像力」で、世界を変えられる
古代ギリシャ人プルタゴスはこう述べました。「自分が変われば世界が変わる」と。これは私が文学の世界に入るきっかけとなったもので、本当に物事の核心をついていると思います。
皆さんは、今後どれほどの人々と関わっていくでしょう。もし皆さんが、苦しむ人々のことを考える想像力を持ち続け、皆さんの力を使って行動を起こすならば、世界中の人々から感謝と愛を受け取るでしょう。世界を変えるのに、魔法は必要ありません。なぜなら、私たちはより良い世界を「想像する力」を持っているからです。世界を変えるために必要なのはこれだけです。
 
人生も物語と一緒!長さよりも内容が大切
最後になりますが、私が卒業式の日に感じていたのはかけがえのない素晴らしい「友情」です。今も続いています。だから皆さんも、今ある友情を今後も大切にしていって下さい。
それから明日になって、私が今日話したことを全く思い出すことができなかったとしてもこれだけは覚えておいて欲しいと思います。古代ローマ人セネカの言葉です。
「人生とは物語と同じで、長さは重要ではない。どれくらい素晴らしいかが重要なのだ」
皆さんの今後のご活躍をお祈りしています。ありがとうございました。

<<死ぬのは「がん」に限る、ただし、治療はせずに>> 

3人に1人はがんで死ぬといわれているが、医者の手にかからずに死ねる人はごくわずか。 

中でもがんは治療をしなければ痛まないのに、 
医者や家族に治療を勧められ、 
拷問のような苦しみを味わった挙句、やっと息を引きとれる人が大半だ。 

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         ◇大往生したけりゃ医療とかかわるな   (幻冬舎新書) [新書] 
           中村 仁一 (著) 


つまり、年をとったら延命治療はするな、ということ。 

現代の医療でも完治できない病気があります。年を取ってそうした病気になったら、自然に死を迎えるのがいい。 

延命治療をすることで、若干の延命と引き換えに地獄が待っているのです。 

「できるだけの手を尽くす」が、「できる限り苦しめて、たっぷり地獄を味わわせる」とほぼ同義になっている。 

介護においても、無理やり食事を食べさせたり、栄養チューブを鼻から突っ込む。親切のつもりが、人によってはありがた迷惑。 

無理やり飲ませたり食べさせたりせず、穏やかな"自然死"コースにのせてやるのが本当の思いやりのある、いい"看取り"のはずです。 

今のうちに自分の死を考えておく必要があるようです。 

ボケてしまったら、無理やり延命治療されかねない。 

第1章:医療が“穏やかな死”を邪魔している。 
 - 医療に対する思い込み 
 - 「あなたは確実にこうなる」と断言する医者はとんでもないハッタリ屋 
 - 本人に治せないものを他人である医者に治せるはずがない 
 - ワクチンを打ってもインフルエンザにはかかる 
 - 解熱剤で熱を下げると、治りは遅れる 
 - 鼻汁や咳を薬で抑えるのは誤り 
 - 「自然死」の年寄りはごくわずか 
 - 介護の“拷問”を受けないと、死なせてもらえない 

第2章:「できるだけの手は尽くす」は「できる限り苦しめる」 
 - 「お前なんか、そうやすやすと死ねんからな」 
 - 極限状態では痛みを感じない 
 - 「自然死」のしくみとは 
 - 家族の事情で親を生かすな 
 - 長期の強制人工栄養は、悲惨な姿に変身させる 
 - 鼻チューブ栄養の違和感は半端じゃない 
 - “老衰死”コースの目安は7日~10日 
 - 食べないから死ぬのではない「死に時」が来たから食べないのだ 
 - 「死に時」をどう察知するか 
 - 死ぬ時のためのトレーニング 

第3章:がんは完全放置すれば痛まない 
 - 死ぬのはがんに限る 
 - がんはどこまで予防できるか 
 - 「がん検診」は必要か 
 - がんはあの世からの“お迎えの使者” 
 - 「早期発見の不幸」「手遅れの幸せ」 
 - 「がん」で死ぬんじゃないよ、「がんの治療」で死ぬんだよ 
 - 余命2,3ヶ月が1年になった自然死の例 
 - 手遅れのがんでも苦痛なしに死ねる 
 - 医者にかからずに死ぬと「不審死」になる 
 - ホスピスは“尻拭い施設” 
 - がんにも“老衰死”コースあり 
 - 安易に「心のケア」をいいすぎないか 

第4章:自分の死について考えると、生き方が変わる 
 - 「自分の死を考える集い」は16年目に突入 
 - 「あなたもお棺に入って、人生の軌道修正をしてみませんか」 
 - 「死生観」に大きく影響した父の死にっぷり 
 - “生前葬”を人生の節目の“生き直し”の儀式に 
 - 延命の受け取り方は人によって違う 
 - 「死」を考えることは生き方のチェック 
 - 意思表示不能時の「事前指示書」はすこぶる重要 

第5章:「健康」には振り回されず、「死」には妙にあらがわず、医療は限定利用を心がける 
 - 生きものは繁殖を終えれば死ぬ 
 - 医者にとって年寄りは大事な「飯の種」 
 - 健康のためならいのちもいらない 
 - 生活習慣病は治らない 
 - 年寄りはどこか具合の悪いのが正常 
 - 検査の数値は微妙なことで変わる 
 - 基準値はあてになるのか 
 - 病気が判明しても、手立てがない場合もある 
 - 年寄りに「過度の安静」はご法度 
 - 人は生きてきたように死ぬ 





<<自宅で大往生 ~「ええ人生やった」と言うために>> 

福井県の集落で診療所長を20年近く務めている医師が、「家で逝く」ことの意義を説く。人は本来の居場所=家で亡くなるとき、それまでの人生を凝縮したかのような姿を見せるとし、家がもつ不思議な力が食欲増進や精神安定、痛みの緩和をもたらすこともあるという。 

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◇ 『自宅で大往生 ~「ええ人生やった」と言うために』(中村伸一著) 
   中公新書ラクレ(中央公論新社) 

先ほど、深夜零時ちょうどに、携帯電話のコール音が鳴りました。 
私が医者として長年診てきた八七歳、膵臓(すいぞう)がん末期の患者さん宅からです。在宅療養が続いていましたが、いつ逝ってもおかしくはない状態でした。息子さんからの電話で、「もう息をしていません」とのことです。 

私は落ち着いて、しかし急いで車のハンドルを握り、そのお宅に駆けつけました。親族も大勢集まっている中で、ずっとお馴染みの患者さんであったおばあちゃんを診て、死亡を確認しました。 

「おばあちゃん、さようなら。おつかれさまでした」 
私はお別れの挨拶を言い、死後処置をしました。そして、長きにわたって献身的な介護をしてこられた息子さんご夫妻にも「おつかれさまでした」と労いの言葉をかけます。静かにすすり泣く声が、あちこちから聞こえます。 

私は今一度、おばあちゃんに声をかけました。「そのうち、僕らも逝きますからね」、すると、泣いている親族の方々から、ちょっぴりクスクスいう声が聞こえます。 
悲しくも、おかしい。そんな空気が流れ、少し場が和んだ様子のお宅を後にします。 

診療所で死亡診断書を書き、今、帰宅しました。午前一時四〇分。なんとかみなさんへの原稿に向かおうとしましたが……なかなか言葉がまとまりません。 
実は私のような職業の者でも、長くおつきあいのあった患者さんの看取りは、ひとしお感慨深いものがあります。いつの間にか、患者︱医師の関係だけではない、温かい人間同士の心の交流が生まれているからです。 

医師としてはきちんと仕事を果たします。けれども、仕事の役割だけでは納まらない感情がどうしても湧き上がり、完全には抑えきれません。もうあのお宅に、定期的におばあちゃんの往診に行くこともなく、冗談を言って笑い合うこともないのです。 
年々親しい人たちの看取りが多くなりました。来し方を振り返ってみれば、こんなに深く長く地域の医療に関わって、家で逝く人の看取りまで行うことになろうとは、思ってもみませんでした。 


医師になって三年目の若造だった平成三(一九九一)年、私は初めてへき地医療に携わり、それからあっという間に一九年が経ちました。鳶(とび)が鳴き、夜空一面こぼれるように輝く星と蛍が自慢の、福井県おおい町名田庄(なたしょう)地区が私のホームグラウンドです。 

野山に囲まれ、懐かしい日本の原風景が残る名田庄は、人口約三〇〇〇人、高齢化率(六五歳以上の人口の割合)がおよそ三〇%とお年寄りの多い地域です。ここでひとり医師として働く私は、人気コミック『Dr.コトー診療所』(山田貴敏著)の主人公ならぬ、「ドクター陸のコトー(孤島)」などと呼ばれることもあります。 

最近、この土地の人が私のことを、よその人に紹介するのを偶然聞いてしまいました。「借金と夫婦喧嘩以外なら、なんでも相談できる先生だよ」と。しかし最初からそんなよろず医者だったわけではありません。 

私は二八歳で赴任した当初から、三〇〇〇人の医療を担う「名田庄診療所長」というなんとも責任重大なポジションに就いています(実は今もその肩書は変わっておらず、万年所長のまんまです)。まだまだ医師として未熟だったのに、年の割には責任ある肩書をいただいたわけですが、反面この立場にやりがいも感じました。やる気満々で「自分にできることはなんだろう?」と自問しながら、ずっとこの土地の人たちを診てきました。 

そうしてみてわかったことですが、地域医療というのは、単に診療所にやってきた患者さんをその場で診るということにとどまりません。個々の患者さんの人生に寄り添い、その背景やご本人の考え方、地域特有の健康観などに沿った対応が必要だからです。 
そのため、地域の人々の暮らしの中の必要性を考え、たとえば医療だけでは手の届かない場合には、保健あるいは福祉(おもに介護)関係者や住民ボランティアとの連携など、地域全体を包括的にケアする体制やシステムを一つひとつ、つくってきました。 

そんな中、私は早い時期から名田庄に住むお年寄りの強い「思い」に気づいていました。それは病院ではなく「家で逝きたい」という願いです。今でも名田庄では、おそらく九割以上の方がそう願い、家族も「できることなら、家で看取りたい」と考えていると思います。 

核家族化が進む都会でマンション暮らしをしている人には想像ができないくらい、“家”に対する思い入れが深い土地柄なのです。実際のところ、昔の日本では家族に囲まれて、住み慣れた自分の家で逝くのがごく自然で普通のことでした。 
私も幼い頃、祖父が自宅で亡くなったのを覚えています。そしてその体験は、今となっては貴重な学びの場であったと感じています。自分をかわいがってくれた祖父がいなくなるのは、とても淋しくて悲しくて、つらいことでした。だからこそ、徐々に衰弱し最期を迎える場面に居合わせたことで命の重みと大切さを、知性ではなく感性でしっかり受け止めて、理解できたと思うのです。 

しかし、都会でなくとも病院で亡くなることが当たり前になった現代では、家で逝き、看取るという選択肢が消滅しかけています。私自身、「家で逝きたい!」をどのように支えればよいのかを模索してきましたし、今現在も模索中です。 

そうして培った“家逝き”の経験やエピソードを、頼まれて一般の方向けに講演する機会が最近増えてきました。死についてのお話というと、どうしてもしんみりしそうなものです。ところが、なぜか「いやあ、先生のお話を聞いて、元気が出ました!」と、高齢の方にハツラツと笑顔で言われることが多々あり、私は本当にびっくりしています。 

実は名田庄ではなくても「病院で亡くなるのは仕方がないが、本当は家で逝きたい」と思っている“隠れ家逝き希望”の人が多いのではないでしょうか。 
ただ、病院でなくては医療や介護の面で不安だという人も、少なくないと思います。しかし今は、たとえば末期がんの在宅ケアでも、痛みのコントロールにはいろいろな方策があります。一昔前と比べると、介護保険による在宅サービスもずいぶん充実してきました。 

また、私の仕事は診療所での外来診療がメインです。ですから終末期のみを診るターミナルケアやホスピスケアの専門医とは違い、多くの場合、日常生活を元気に過ごす姿、病気になり診察にいらっしゃる姿を見てきた方々を看取っています。 
この経験を通して、「生き方」は「逝き方」だと感じるようにもなりました。 

多くの場合、人はその生き様を凝縮したように亡くなっていきます。死は避けて通ることのできない道ですが、決してつらく悲しいことばかりではなく、生き切ったことの充実したゴールであったり、幸せな迎え方があったりすることにも気づかされました。私は人生の先輩方から、知らぬ間に医療の範疇を超えた「生と死の教育」を受けてきたのかもしれません。 

そういうわけで、病院とはまた違う「家での逝き方」について、ささやかではありますが、これまでの私の経験から得たものをみなさんと共有したいと思い、本書を著すことにしました。家で逝きたい人やそのご家族の選択肢のひとつとして、少しでもお役に立てたら幸いです。 

(まえがきより) 
 

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1.ギリシャは民間投資家が保有する既発債と交換する30年物新発債の表面金利を平均で3.5%にしようとしているが、そのような国債を買う人などいるのだろうか。 
財政が健全なことで知られるオーストラリアやニュージーランドの10年物国債よりも金利が低いではないか。ギリシャのパパデモス首相は、自らの資産を投じる場合にこの条件をのむのだろうか。 
だとしたら、民間債権団との交渉の前提として、自らの資産を投じることに同意してほしい。それができないのなら、この条件は誰にとってものむべきものではない。 

2.ギリシャがデフォルト(債務不履行)に陥る見返りとして金利3.5%の国債を発行する権利を得るのなら、アイルランドはなぜデフォルトを回避するために7.2%の金利を支払い続けなければならないのか。 
なぜスペインは5.7%、イタリアは6.5%の金利を支払っているのか。ギリシャの条件を見たこうした国々は「わが国も同じ条件で行こう」と言い出したりしないのだろうか。 

3.欧州連合(EU)の首脳たちはなぜ、最初の段階でギリシャに対して断固たる態度を取らなかったのか。 
もともと救済できる見込みがなかったギリシャは、国の規模も小さい。その経済規模はEUの域内総生産(GDP)比で2%未満であり、その債務も3%に満たない。例えばアイルランドなど、救済する意味があるところでの線引きがなぜできなかったのか。 

4.現在のような結論ならば2年前でも出し得たと考えるのは間違いだろうか。 
EUは過去2年間にわたってギリシャがデフォルトに陥るのを防ごうとしてきたのではなかったのか。しかし、ギリシャは今デフォルトに陥ろうとしている。 

5.ギリシャ、イタリア、スペイン、ポルトガルといった景気が落ち込んでいる国々に新たな財政規律を課すことが、どうして回復を手助けすることになるのだろうか。 
現時点で新たに厳しい財政規律を設けることは、溺れている人に救命具ではなく、鉄床を投げてやるようなものだということぐらい極端なケインズ学派でなくてもわかるはずだ。 

6.ギリシャ国債の保有者は、「自主的な」債務再編合意の一環としてヘアカット(債務減免)を受け入れなければ、欧州当局がさらに大きな減免を課すと聞かされている。 
EU関係者にここで使われている「自主的な」の意味を教えてもらいたい。「脅迫的な」とどう違うのだろうか。 

7.ギリシャはなぜEUを離脱して旧通貨ドラクマを再導入しないのか。そうすれば平価の切り下げが可能となり、自治権を取り戻して成長を回復することができる。 
英国は1992年に欧州為替相場メカニズム(ERM)から離脱したあと好景気となった。トルコはEU非加盟国だが、その経済や株式市場は、5年前にEU加盟交渉が決裂して以来、EUよりもずっと堅調に推移している。 

8.本当はギリシャ国債を大量に保有しているフランスやドイツの銀行を救済しようとしているのに、「ギリシャ救済」と言い続けているのはなぜか。 
ギリシャはすでに緊急融資を受けており、それも使い果たしてしまった。ギリシャは救済などされていないのだ。「救済」という言葉に人々の生活を一段と困窮させるという意味があるなら話は別だが。 
ドイツのメルケル首相とフランスのサルコジ大統領には、ギリシャではなく、両国の有権者の救済が目的であるということを認めさせるべきではないだろうか。 

9.そもそも、EU、欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)はなぜギリシャの債務削減交渉に関わっているのか。 
ドイツやスウェーデンに融資するのと同じ条件でギリシャに融資するような愚かな銀行があったとしたら、落ち度はその銀行にある。債務再編交渉の必要性があるとしても、それはギリシャ政府と銀行の二者間の問題ではないのか。 
ギリシャにはなぜ、デフォルトして、アメリカン航空のように米連邦破産法第11条を適用するということが許されないのだろうか。例えば、ギリシャ政府とアテネ市内のゴミ収集業者、あるいは空港運営会社とのあいだの契約紛争を解決するのにEUは介入してこないはずだ。 
国際機関はパニックに陥っている市場をなだめるために介入したり、緊急的に流動性を供給したりすることならできるが、これはそうした契約紛争への介入とはまったく別の話である。 

10.ギリシャ国債がデフォルトした場合の保険として、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)を購入した人たちもいる。こうしたCDSの売り手はリスクを負うことと引き換えに利益を得ていた。そしてギリシャが常識的に定義される「デフォルト」に陥るのは明らかである。 
こうしたCDSの支払いが発生するのを避けるためだけのために、欧州当局者が厳密な規定解釈で「デフォルト」にならないように債務再編のプロセスを操作したとしたら、それはCDSの保有者に対する窃盗行為であり、売り手を優遇することにならないだろうか。 

WSJ ブレット・アレンズ
 


国家は、国と混同されますが、国ではない。国は5000万の世帯と255万の企業、そして政府からなります。 
政府が国家です。世帯や企業は、住所が国家に属しても、国家ではない。国会議事堂や県庁は、国家(=政府)の不動産であり、世帯や企業のものではない。 

政府は、中央政府と自治体、独立行政法人であり、人員数は約400万人です。民間の平均より手厚い退職金、年金、福祉、給料を含む総人件費は40兆円で、1人平均で1000万円/年です。 

国家は、国と地方の、代議士を含む公務員と準公務員の組織です。つまり、政治・官僚機構が国家です。公務員は、名目上は国民のためという公務を行います。「公僕」の概念がこれです。 

公務とは、国民や法人のための事務です。税の分配と公務です。「国民満足」という概念がないため、抜きがたくなるのが省庁の権益と立場の拡張の傾向です。統治と考えているからでしょう。統治の範囲を拡大すれば、立場は高くなるからです。 
企業は、商品販売の増加を果たすために顧客満足を目的にしているので、品質の上昇とコストダウンで、他社に劣れば、つぶれます。しかし独占企業の東電を見ると、経営法で、まるで政府と同じになっていました。 

政府の公務も独占です。たとえば年金も、民間の年金会社と、政府年金を競うようにしておけばよかったのです。国民は、政府年金か民間年金を選択できる、あるいは年金をかけない選択もあるとすればいい。 
剰余金はあっても、他社より高品質でコストダウンした結果生じる利益という概念がないので、経営(マネジメント)という概念もない。非営利企業も、ビジョンとマネジメントが必要ですが・・・国民の統治(ガバナンス)ではダメです。 

民主国家では、国民は何かにつけ公共事業と政府支出の増加を、そして企業と世帯が補助金を要請するため、財政赤字は恒常化することが多い。 

武力または財政破産で政府が倒れることを、「時代」が変わると言いますが、徳川幕府(封建の独裁政権)が倒れたのも、財政赤字で軍事費がまかなえなかったこと原因です。幕府は、金の含有を減らす改鋳を行っていました。 
過去、世界中で、政府(国家)は幾度も倒れています。民主国では政権交替という形をとるので、「時代変化」に見えないだけです。崩壊したソ連、そして北朝鮮、中国を想えば、これが分かるでしょうか。 
国家は、民主社会では曖昧になっていますが、国民の統治(ガバナンス)を行う、人為的な組織体です。 

ソ連の崩壊は、インフレつまり、政府赤字をまかなうためのルーブルの増発しすぎが続き、公務員の年金の価値、つまり購買力が無効になったことが原因でした。他国からの侵略や戦争で、滅ぼされたのではない。自滅したのです。崩壊したのはソ連政府であり、国民経済ではない。 

国民所得(世帯所得+企業所得)に対する、日本の国家による公務の割合は、金額で言えば40.6%と大きくなっています(2008年:財務省)。 今後も、高齢化でますます大きくなる。 

国家破産とは、公務を行う行政機構の赤字が大きくなって累積し(現在、約1000兆円の負債)、国民(金融機関、企業、世帯)が、政府の借用証である国債を、低い金利ではファイナンス(購入)しなくなることです。国家破産は、債券市場が決めます。 

日本の国家財政は、負債が1000兆円と大きいため、現在1%付近の長期金利が、2ポイントあがって、3%になると破産します。 
「国家破産」と言うと、国民経済が何もかも終わりになるようなイメージで語られますが、それは誤りです。公務のいまの状態が終わりになる。国民経済は、続きます。 

国家破産とは、政府が、約束した支出、あるいは払わねばならない金利、負債の満期償還ができなくなり(デフォルト)、公務を、ほぼ30%(100万人)は縮小せねばならないことです。これが国家のリストラです。 
財政破産の過程では(数年間)、ギリシアやスペインのような混乱が起こりますが、数十年単位の長期で言えば、公務の割合の縮小(国家のリストラ)ですから、いいことにも思えます。 

この時、金融資産は、「ご破算で願いまして・・・」の感じです。妙なコトバですが、「戦後の幕府体制」が終わります。 
ただし、国家破産は、国民にとっての副作用があります。金利の高騰と金融資産の価値の低下です。 
平均的に言えば、金融資産をもつのは、所得が増える時代を経験した50歳以上です。1990年に勤務し始めてから約20年、給料がごくわずかしか上がっていない40歳以下の人達には、負債(住宅ローン)を上回る金融資産はない。このため、40歳に以下にとっては、金融資産の価値が下がるのは、いいことです。 
40歳以下は、自分たちには戻ってこない年金と医療費の掛け金で、65歳以上の高齢者を支えています。「おあいこ」と言っていい。 

40歳以下の人々の、高齢者に所得移転する負担は、実に、忍びない。給料も増えず、社会福祉の負担は増え、非正規雇用から正社員に登れない40%の人は結婚すらままならない。「希望」がないのです。 
50代以上の世代は、金融資産(預金)の保有のリスクが大きい。40代以下は、住宅ローン負債が固定金利なら資産インフレで利益を得ます。 

国民の立場から言えば、 
(1)増税(消費税では25%が必要)として負担するか →これは物価の20%高騰になります 
(2)財政破産が必ず招く、国債の価格下落と金利の高騰として負担するか 
(3)日銀が、売れない国債を買い、円を増刷し始めると、2年後に起こる数10%の物価と資産のインフレで負担するか 
の違いです。 
このときは、50%近い円安(輸入物価の高騰)も同時です。いずれにせよ、負担せねばならない。 

国家とは何かを明らかにしていないため、国家破産というと、国が終わりになるような怖いイメージになっています。 
企業と世帯は、国家とともには終わりません。徳川幕府がつぶれた後、職を失ったのは幕府と大名が雇っていた武士階級でした。いまは武士ではありませんが、公務員がそれに該当します。 

国家破産は、公務員機構の金融的な破産です。国の財政が破れて、山河、設備、企業、世帯在りです。国家破産は、愛されていた命を奪い、慈しんできた街や家を壊滅させる大津波とは違います。 
国家破産は、政府のお金の問題です。国民所得の40%にもなった公務を縮小せよという、債券市場からの警告を無視するから破産します。国家破産で皆が困ると言い、公務を拡大し、大増税に向かう政府は、糾弾せねばならない。 

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