人生という名の遊び場で、いま、ここを活かされ、すてきに活きる

時代の本質をとらえた、心に残るすてきなメッセージ[構想、視点、こころ]と、新たな気付きをあなたに届けます。みずみずしく、活き活きとした、すてきな旬(ときめき)を一緒に探しにいきましょう。      ◆◇たきがみ博士が選ぶ”すてきなメッセージ”のおすそわけ◇◆

2012/12

相手の話を聞きながら、それを「自分がすでに持っている知識や考え方」に当てはめて解釈し、わかったつもりになってしまいがちです。 

このような聞き方を、『U理論』の著者オットー・シャーマーは、ダウンローディングと呼んでいます。 
相手の話を聞いているようで、実は、自分の脳の中にある知識や考えをダウンロードしているだけだというわけです。 

心理療法家でもあった河合隼雄先生は著書『無為の力』の中で、次のように述べておられます。 
「今まで学んだ理論をすべて忘れて、目の前のクライアントの話に耳を傾ける」 

相手の気持ちを理解する上で、さまざまな知識が妨げになることもあります。 
だからいったん頭を空っぽにして、相手の気持ちに寄り添うように話を聴く必要があるわけです。 

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「理解する」は英語で「understand」です。 

under(下に)stand(立つ)……「下に立つ」という意味ですね。 

相手を理解するというのは、上からの目線で相手を観察したり分析したりすることではなく、相手の下に立って、敬意をもって相手の感じていることを受けとめようとすることなんだと思います。 

*野口 嘉則さんからいただいたメッセージです。 

家政婦のミタ、ももいろクローバーZ、マツコ・デラックス……、人の心をゆさぶるヒット商品はどうすれば生まれるのか? 

コンセプトを作る7つの発想から分析のためのアウトフレーム、表現のレトリック等を大解説。 

企画書の要件を5つに分解し、それぞれの基礎や効果的な手法をやさしく解説。 

偶然のひらめきが必要だと思われがちな企画の「セオリー」を体系立てて紹介します。 

心に響く企画書を作りたい方にオススメです。 

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                 村山 涼一 (著)   日本経済新聞出版社 

21世紀も10年以上過ぎた現在、企画書のあり方が変わってきているように思います。 

結論から言えば、人の心をゆさぶるものでなければ通用しませんし、時と場合によって、変幻自在に変わる企画書でなければ通用しなくなってきました。 

以前書いた本では、企画書には共通の論理があって、分析からはじまり、戦略を立てて、展開案に広げていくとご紹介しました。 

これは砂時計のように、逆三角形の思考をして、必要な情報を分析し、ひとつの地点を目指し、次には、そこを始点として、基本戦略、戦略各論、展開案と広げていくというものです。 

そして、この論理の通りに企画書を作れば、誰でもすばらしい企画書を作ることができると主張しました。 

この主張の背景には、バブル景気が崩壊して、日本のあらゆるものが縮み、科学性や客観性が重視されるようになったことがあります。 

同時に、インターネットが発達して、誰でも簡単に情報が入手できるようになったこともありました。 

つまり、誰もが自分の企画の科学性、客観性を裏づけられるから、この砂時計型思考が最適だと考えたのです。 

しかし、このような考え方が時代にそぐわなくなってきました。 
ひとつには、分析ありきの企画書がセオリーではなくなったことです。 

分析ありきですと、どうしても既存市場から発想してしまうので、優れたアイデアが出にくくなります。 

また、分析が前提と企画をしますので、消費者が気づいていないニーズや市場動向を見つけることが難しくなります。 

また、市場をどんどん細分化してしまいますので、そこから大きなヒットが生まれにくくなります。 

このような事情から、砂時計型思考がオールマイティーではなくなってしまいました。 

そしてもうひとつは、世の中が「清貧の時代」になったことです。 

1992年にベストセラーになった本に、「清貧の思想」(中野孝次著)があります。 

1992年ですから、バブル景気がはじけ、世の中が病んでいた時です。その病んでいた世の中の反動として、清貧に生きようという、その主張が人々に評価されたのでした。 

あれから20年。 

あの時とは逆転し、世の中は清貧の思想にあふれた、「清貧の世の中」になりました。 

これには東日本大震災が大きく影響しています。あれから人々は、お金よりも、人と人の絆を大切にするようになりました。 

また恒常的なデフレは、多くのお金を稼がなくても、満足の行く生活をさせてくれるようになりました。 

家を持とうと考える人は少なくなり、借家でフローな生活を楽しむ人が増えました。さらに、他人と部屋をシェアするという考え方さえも浸透してきました。 

衣服にブランドを求める人は少なくなり、低価格で、自分の信念に合ったものを選ぶ人が圧倒的に増えました。 

内食が家族の絆をいちばん感じられますし、外食するにしても、低価格で楽しめるお店がたくさんあります。安いとはいえ、味もおいしいので、これで大満足です。 

このような現象が、「普通」の価値さえもデフレにし、下げどまったところでの満足をあたりまえのものとしてしまいました。つまり、普通の絶対値が下がってしまったのです。 

そして、その反動として、決まりきったモノ・コト、つまらないモノ・コト、あたりまえのモノ・コトを許さなくなりました。ポストバブルの時に、その反動として、「清貧の思想」が売れたように、清貧の時代では、人の心をゆさぶるようなモノ・コトでないと評価されなくなってしまいました。 

確かに最近ヒットしたものを考えてみると、テレビドラマ「家政婦のミタ」、北野武氏の映画「アウトレージ」、美魔女、AKB48やももいろクローバーZ、マツコデラックスさんやミッツマングローブさんなど、人の心をゆさぶるモノ・コトばかりであり、こういうモノ・コトでないと、ヒットしないのです。 

 そこで本書では、企画書の要件である5つのポイント(コンセプト、商品企画、分析、ターゲティング、表現)に対して、人の心を意識的にゆさぶる4つの方法を提示することで、自由度が高く、おもしろい企画書を作ることを目的としました。 


私が母を失ったのは九年前、十九歳の時でした。 

長年、鬱状態が続いていた母はいつも「死にたい」と繰り返していました。 

「あんたなんか生まれてこなければよかった」と辛辣な言葉を毎日のように浴びせかけられ、大切な肉親でありながら、一緒に暮らすのが辛くてしかたがありませんでした。 

それでも母を少しでも喜ばせたいと思い、浪人生活を送りながら内緒でアルバイトをして貯めたお金で、母の日にバッグをプレゼントしました。 

よもやそれが最後のプレゼントになるとは思いもよりませんでした。 

程なく、経営する会社を倒産させた父が失踪。 
経済的にも精神的にも負担が過度に重なった末、母は私が大学に入る二週間前に自ら命を絶ったのです。 

以来、私のカレンダーから母の日はなくなりました。 
母の日というのは、一九〇八年五月十日に母親を亡くしたアメリカの女の子が、教会で行われた追悼の集いで白いカーネーションを配り、亡き母親への想いを伝えたことが始まりだと知りました。 

その年は、母の日が始まってからちょうど百周年。 

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私は、それまで心の奥にしまい込んでいた母への想いを伝えたいと強く思いました。 
そして、同じような想いを抱いている人がいるなら一緒に想いを伝えたいと考え、母親を亡くされた方々から手紙を募り、『百一年目の母の日』という本をつくりました。 

マスコミで報道されて話題になり、以来毎年刊行しています。 

日本ではこの十五年、毎年三万人以上もの人が自ら命を絶っています。 
東日本大震災でも多くの方が突然の死別を経験されました。 
それに伴い、大切な人を失った人びとを精神的、社会的に支えるグリーフサポートの重要性が高まっています。 

大切な人を失った悲しみは、一人ひとり異なります。 
私の場合、母に対する感情的なわだかまりや、拭いがたい孤独感など、様ざまな感情が心の中で複雑に交錯し苦しめられました。 

大学にはなんとか入学したものの、身体をこわして講義への出席もままならなくなりました。 
学業復帰への足がかりをいただいたのは、親を亡くした子供に奨学金貸与を行っているあしなが育英会でした。 
同会が開催したテロ、戦争、病気などによる遺児たちへのケアの現場で、悲しみと悲しみが出合ったところから 
希望が生まれるのを目の当たりにしました。 

二〇〇六年に自殺対策基本法が制定されて以来、国内の地方自治体が遺族支援に取り組んできました。 
その流れの中で、自治体をはじめ、学校、寺院などでの講演、研修などで全国から呼ばれるようになりました。 
年間三万人以上もの方が自ら命を絶ついま、自殺の問題は決して他人事ではなく、自分事として考えていきたい。 

そしてこの問題が私たちに問い掛けているのは、自分たちの生き心地について。この生きづらい社会を、どうすれば生き心地のよい社会にできるかをともに考えていくことが、いまを生きる私たちの役目だということを体験を交えてお話ししました。 
二〇一〇年三月、社会起業家を目指す若者のためのビジネスプランコンペ「edge2009」での優秀賞受賞をきっかけに、本格的に社会にグリーフサポートを根づかせていくために、確実に遺族にサポートが届く仕組みを考えました。 

寺院や葬儀社は必ずご遺族と出会います。 
そこで、研修で出会った石川県小松市の僧侶の方と協力して地域にサポートを産み落とすことを目的としたグリーフサポート連続講座を開催。僧侶、坊守(僧侶の妻)、葬儀社、一般市民の方が定員を超えるほど参加されました。 
自殺遺族にどんな話をすべきか。実は人を導く僧侶の方々ですら悩んでいらっしゃるのです。 

いま求められるのは、遺族が頼れる人の繋がりやサポートの場です。 
講座を通じて、去年の冬にグリーフサポートの団体が二つ発足しました。 

かつてお寺は地域と深く結びついていました。 
いま日本にはコンビニの二倍にも当たる七万以上ものお寺があります。 
かつてのような地域との絆を取り戻せれば、もっと生き心地のよい社会になると考え、「寺ルネッサンス」と銘打って小松市以外でも働きかけをしています。 

グリーフケアで大切なことは、聴く力です。 
聴の字は耳+目+心で成り立っており、自分のすべての注意力を相手に向けること。 
受け身でなく能動的な行為であって、聴くことを通じて相手の痛みや苦しみをジャッジせずに少しでも近づくことが重要です。 

もう一つ大切なことは、相手のことを気にかけてあげること。 
母を失い、自室に籠もって死を思い詰めていた私の心に光を灯してくれたのが友人のメールでした。 
友人は私をむやみに励ましたりすることなく、ただ「きょうは食べられた?」「眠れた?」と毎日声を掛け続けてくれました。 
一通のメールでもいい。 
誰かが自分のことを気にかけてくれている。 

その実感が命を繋ぎ止めてくれるのです。 

友人のおかげで、私はその後様ざまなご縁に恵まれ、グリーフケアというライフワークを見出すことができました。 
そしていま、いただいたたくさんのご縁は亡き母からのギフトとして、感謝の念を胸に抱いています。 

旗を揚げることで繋がることのできる人がいます。 
私は、大切な人の死を経験した人の目に留まるよう高く旗を揚げ、確かに繋がっていくことで、その喪失から希望を見いだせる社会を実現していきたいと思います。 


*尾角光美(一般社団法人リヴオン代表)  『致知』2012年12月号より転載

ヘーゲルは、人間の意識の成長と歴史の発展を、次のような絶えざる運動として捉えました。 

ある考え方(テーゼ)があれば、必ずそれに対立し矛盾する、反対の考え方(アンチテーゼ)があり、この両方の矛盾を統合することで、より高次の考え方(ジンテーゼ)に至る。 

すなわち、 
正(テーゼ)→反(アンチテーゼ)=>合(ジンテーゼ)という、矛盾を統合して高次の段階に進むという運動によって、人間の意識も世界の歴史も進化していく。 

ということは、 
「自分と逆の意見を持つ相手」というのは、論破すべき敵ではなく、より高次のアイデアをともに生み出すパートナー(仲間)だということになります。 

リーダーや指導者に頼るのではなく、僕たち一人ひとりが対話に参加していく、その意識と行動が大切。 

僕たち一人ひとりが対話の主役なのだと思います。 



すべての草の根の人々が新たな社会づくりに参加する「参加型民主主義」を実現し、民主主義のさらなる進化と深化をめざすソーシャル・ムーブメントです。 

目前に迫った総選挙。 
「参加型民主主義」の時代を切り拓く第一歩は、日本の未来に想いを馳せ、家族、友人、知人と語り合い、共に投票所に足を運び、一票を投じる、その行動から始まります。 


◇デモクラシー2.0イニシアティブ 参加型民主主義の時代へ
 

・観客型民主主義 => 参加型民主主義 
・社会の意思決定への参加 => 社会の変革への参加 
・政策決定の間接民主主義 => 政策実行の直接民主主義 
・税金による間接民主主義 => 寄付による直接民主主義 
・政府による公的サービス => 民間による公的サービス 
・官僚機構による政策立案 => 国民参加による政策創発 
・政府から国民への広報 => 政府による国民からの広聴 
・劇場型政治 => 広場型政治 
・強力な指導者 => 賢明な国民 
・国民の意思表明 => 国民の学びと成長 
・二項対立的討論 -> 弁証法的対話 
・マスメディア => ソーシャルメディア 
・自由としての権利 => 責任を伴う権利 
・現在の世代の利益 => 未来の世代の利益 

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デモクラシー2.0イニシアティブ 開始宣言 
          参加型民主主義の時代へ 
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ブレヒトの戯曲『ガリレイの生涯』の中に、次の言葉があります。 

英雄のいない国が不幸なのではない。 
英雄を必要とする国が不幸なのだ。 

総選挙を目前にして、いま、我々の心の中に、強い指導者、強力なリーダーを求める「英雄待望論」があります。 

しかし、この思いの奥に、自分以外の誰かが、この国を変えてくれるという意識があったならば、それは、容易に、永くこの国を覆ってきた「劇場型政治・観客型民主主義」と呼ばれる過ちに陥ってしまうでしょう。 

いま、我々に問われているのは、この国を変えるのは、他の誰でもない。 
我々一人ひとりという覚悟。 

その覚悟を定めるとき、我々は、「参加型民主主義」の時代を切り拓くことが 
できるのでしょう。 

いま、すべての草の根の人々が新たな社会づくりに参加する「参加型民主主義」を実現し、民主主義のさらなる進化と深化をめざすソーシャル・ムーブメント、デモクラシー2.0イニシアティブがスタートします。 

発起人を代表して、田坂広志 

発起人 
田坂広志(多摩大学大学院教授、ブダペストクラブ日本代表) 
坂本龍一(ミュージシャン) 
岡田武史(元サッカー日本代表監督) 
西水美恵子(元世界銀行副総裁) 
津田大介(ジャーナリスト) 
東浩紀(哲学者) 
藤沢久美(シンクタンク・ソフィアバンク代表) 


◇2013年は、直接民主主義による社会変革の時代に向かう
 



マーケティングが顧客を連れてくるってホントなの。 
前作『地域再生の罠』(ちくま新書)に続く、顧客や地域とコミュニティをつくる「商業経営の本質」が見えてくる全16話。 

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                   久繁 哲之介 (著)   出版社: 商業界 


<Amazon書評> マーケティングの本質が分かる傑作! By aa 

書評メルマガ「Webook of the Day(松山しんのすけさん主宰)」で次のように紹介されていたので読んでみた。 

販売者が売りたいものより先に、消費者がやりたいことを創る戦略。 
顧客から応援されたいと思われる下心を感じさせない工夫。 
売りたい下心を売場スペースを減らし、店内に顧客との交流の場を創る。 
など、商いの原点回帰が楽しい。 
シャッター街を救う各地の取り組み、まだまだありそうだねぇ。 
地域活性化の弁証法的考察が、心を温めてくれる。おすすめの一冊。 

読んでみて、松山さんが感じたとおりの良書でした。 
私が最も感心したのは、本書の帯「マーケティングが顧客を連れてくるってホントなの?」の絶妙さ。 

一見では、マーケティングを否定しているように読めるが、実は否定しているのは、マーケティング全般ではなく、「販売者の売りたいだけの下心、顧客不在の表面的で短期的な戦術」です。 

本書は、実存の商店主たちが奮闘する実話を通して、マーケティングの本質が分かる傑作です! 

Part1 コミュニティをつくる起業家6つの「物語」 
第1話 コミュニティの拠点「サードプレイス」を創る 
第2話 スローフードで、コミュニティを広げる 
第3話 お金と時間が無くても「シェア」で起業できる 
第4話 「私益より公益」の心が伝わると、顧客が増える 
第5話 「戦略的赤字施設」で、顧客の共感を得る 
第6話 「失敗に学べる、応援される」経営者になる 

Part2コミュニティをつくる3つの「調査と戦略立案」 
第7話 顧客の行動を観察する「エスノグラフィ」 
第8話 顧客の本音を探る「グループ・インタビュー」 
第9話 「交流・効率・高級」の3コウ戦略 

Part3コミュニティをつくる7つの「方法」 
第10話 店主の趣味を活かすコミュニティをつくる 
第11話 日替わり経営者が新たなコミュニティをつくる 
第12話 顧客の「したい事、関心事」で、顧客と繋がる 
第13話 店主の技術を教える教室コミュニティをつくる 
第14話 高齢者と若者が共存できるコミュニティをつくる 
第15話 街コンで「若い男女が繋がる」店・地域をつくる 
第16話 ニュースレターで「地域コミュニティ」をつくる 

自分が主人公を自覚して、丁寧に活きる 
 ・住み方は生き方の表現、住み方が丁寧な人は生き方も丁寧 

◇丁寧に住む 
 ・掃除や整理整頓だけで、住み心地はずいぶん違います 
 ・手に持ったものはちょい置きせず、その場で片付ける習慣を 

◇美しく住む 
 ・一輪の花でも生けて 
 ・住まいの中に美を求める心があると、暮らしが豊かになる 

◇暮らしを楽しむ(美と共に住む) 
 ・自分なりの美の感覚を持っていると、暮らしが豊かになる 


   人生は変わり続けるから楽しい、変わり続ける自分が好き 

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          *田中恒子さん  2012年12月1日 日経新聞夕刊より   
 

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ピアノの鍵盤を一回たたいてみる。 
ひとつの音がポツンと耳に響くが、 
それだけでは感動しない。 
その音は生きていない。 
ところが、 
甘美なメロディの流れの中で同じ音が耳に響いたとき 
には、まるで違った音になる。 
その音は生命を宿し、感動をもたらすのだ。 

どうして、同じ音なのに生命が宿ったのだろうか? 
いうまでもなく、その音が、 
メロディという全体との関係の中で響いたからである。 
全体を構築するうえで「意味」を担ったからである。 

要するに、そのひとつの音に生命を与えたのは、 
全体との関係性なのだ。 
個と全体との調和的な関係性が、 
単なるモノに生命を宿すのである。 

音楽の本質は、音が作り出す調和的な関係性にある。 
私達は音が作り出す関係性を鑑賞しているのである。 

人間は関係性に感動する存在なのだ。 

 *『ブーバーに学ぶ』斎藤啓一著 より 

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