人生という名の遊び場で、いま、ここを活かされ、すてきに活きる

時代の本質をとらえた、心に残るすてきなメッセージ[構想、視点、こころ]と、新たな気付きをあなたに届けます。みずみずしく、活き活きとした、すてきな旬(ときめき)を一緒に探しにいきましょう。      ◆◇たきがみ博士が選ぶ”すてきなメッセージ”のおすそわけ◇◆

2013/01

       130131

       なぜ、「これ」は健康にいいのか   順天堂大学医学部教授  小林弘幸 (著) 


誰もが、病気になんかなりたくない、そう思いながら生きています。でも実際には、病気になりやすい人となりにくい人がいます。 

自律神経とは内臓や血管の機能をコントロールする神経のことで、交感神経と副交感神経に大別されます。 
自律神経の研究が進むにつれ、これまで謎とされてきたさまざまな症状の原因がじつは交感神経と副交感神経のバランスが崩れたことにあるのではないか、ということが、最近、わかってきたそうです。 

逆にいえば、交感神経と副交感神経のバランスをじょうずにコントロールできるようになれば、病気になりにくくなるといえます。 

それだけではありません。 

自律神経のバランスを整えることで、心身の調和がとれ、潜在能力も含めた「持てる能力」のすべてを100パーセント出し切れるようになるのです。 

自律神経のバランスを整えるポイントは、「ゆっくり」です。 
「ゆっくり」を意識し、ゆっくり呼吸し、ゆっくり動き、ゆっくり生きる。 
そうすると、自律神経のバランスが整いはじめ、あなたのすべてが変わります。それも、すべてよい方向に変わっていくはずです。 

 

抗がん剤治療をやめて、食べものに気をつかって、小さい子どもと遊んで笑って、規則正しい生活をしていたら転移ガンがなくなった人がいるよという情報を耳にした。 
なおった!?どうやって?とすごく気になり、その方が何を食べていたか、他にどんなことをされたのか、教えてもらいました。 

林さんのだんなさんは、まず、ガンの3大治療を受けました。外科手術と抗ガン剤・放射線治療のセットです。 

2009年1月、食道ガン(ステージ4A)のため、食道すべてを摘出する外科手術をしました。新しい食道は胃の一部を持ち上げて再建しました。 ただ、全部摘出しても、約3センチの転移ガンが右肩(リンパ節)にあって、それが血管にくっついていたため取り除けず、放射線と2クールの抗ガン剤治療をしました。 

放射線と抗がん剤治療の後も、ガンの大きさは変わりませんでした。 
残された治療法は、引き続き抗ガン剤治療。副作用は人によって違うけど、だんなさんの場合は、すごい吐き気でごはんがまったく食べられなくなりました。口内炎も無数にできて、あまりの痛みで1週間口が開かなかったそうです。退院するときには、体重が62kgから42kgにまで落ちていました。 

副作用に相当な苦痛を感じていただんなさんは「抗ガン剤を続けるくらいなら死んだ方がマシ」と、治療をすることを断ってしまいました(!)。 
いろいろあって、病院から「好きなときに来てください」と言われました。 

つらい抗ガン剤治療をしなくてよかった!とだんなさんはのんびり構えていたようですが、そばにいた林さんは、いったい家でどう過ごせばいいの......と、いろいろ情報を集めました。 

資料をたくさん読んだり、だんなさんと一緒にガン経験者の話を聞きに行ったりしました。 
セカンドオピニオンを求めて別の病院へ行き、臨床試験中の治療を試せるか何度も足を運んだり、西洋医学だけじゃない代替療法・伝統医療を取り入れた別のクリニックに行ったり、治療の可能性をふたりで探っていきました。 

自宅療養から7ヶ月後、右肩リンパ節のガンはCTスキャンでみても触ってみてもなくなっていました。 
その後3年経過して(2012年秋)、だんだん体重も増えて、現在は半年に一度の血液検査を受けているそうです。 

林さんご夫婦は、自分たちで考えてその人にあった治療法をみつけること、そしてその治療を続けることが、とても重要だと実感したそうです。 
林さんはいろいろ調べた結果、ガンには免疫力を高めることがとても重要だと改めてわかったそうです。どんなことが免疫力アップにつながるのか、教えてもらいました。 

【免疫力をアップするのに必要なこと】 

・腸をきれいにする(免疫細胞の6割は腸にある) 
・体温を36度後半にする(体温が高いと免疫力が高まるし、ガンは熱に弱い) 
・制ガン効果のあるビタミンやミネラル群を多くとり、油や乳製品・肉類を控える食事(なるべく身体の酸化を防ぐ) 
・血行をよくする(免疫を支配しているリンパ液は筋肉を動かさないと機能しない) 
・身体を休める(ガンは夜行性。22時から4時は身体を温かくして休む) 
・楽天的に考える(ガンと闘うのは自分と闘うようなもの。 
・共存できればいいや、と気楽に考える。くよくよしない。「ガン細胞が広がらない一日」を続ければ、5年でも10年でも大丈夫!と信じる。元気なガン経験者に会って話を聞くと気が楽になる) 
・イメージする(自分の細胞が変異したガンを反抗期の子供だと思って、「そのうち元のいい細胞に戻るよね」とガンに言い聞かせる) 
・免疫力を高い状態でキープするための、具体的にやったことについても教えてもらいました 
 【実践内容】 
 ・腸をきれいにする 
 ・朝のにんじんジュース(毎朝、作りたてを飲む) 
 ・ 乳酸菌や発酵食品を摂取玄麻黄枇糖(げんまおびとう)というおやつを食べる 
 ・免疫力アップの食事(玄米・魚・野菜。お肉は週一で鳥肉または卵。白砂糖と乳製品はNG。野菜・海藻・豆類をまんべんなく摂る) 
 ・ガンに直接働きかける(主に寝る前) 
 ・レモン(ビタミンC)摂取 
 ・ビワの葉っぱを患部に貼ってその上からこんにゃく温湿布 
 ・漢方を飲む 
 ・体温を上げる(血行をよくする) 
 ・入浴 
 ・30分の散歩 
 ・足つぼマッサージ 
 ・ストレッチやスクワット 
 ・笑う(作り笑いでも) 
 ・生命力あふれる小さい子どもと遊ぶ 
 ・ストレスをためない(いやな事はしない) 
 ・食事は1日30品目以上の食材摂取が目標で、朝おきて、ジュースを作り、飲み、それから3食もつくって食べて、散歩して、笑って、入浴して、湿布して、布団を温めて、レモンを飲んで寝る。しかも早く寝る。 
  
林さんのお気に入りメニューを聞いたら、ゴボウスープでした。新ゴボウの季節に、ゴボウとたまねぎ、長ねぎと一緒に炒め、ミキサーにかけて、ブイヨンと豆乳でスープにする。「おいしいですよ!」とのこと。 
だんなさんお気に入りメニューは、「アゴだしでとったつゆで食べるそうめん(すりごまたっぷり)」と「鱈と舞茸の炒め物」とのこと。 

旬の素材を、新鮮なうちに、農薬をなるべく使ってない野菜を使って、出汁を効かせて、あんまりいろいろ凝ったことせずつくるのが一番「おいしい」と言われることがわかったそうです。 

朝の日課のにんじんジュースは、「おいしくない」と病院のごはんを食べなかった入院中の頃から作っていたそうです。 
「ガンを治す食事」をいろいろ調べていると、「あれは食べちゃダメ」とか「これは食べるとよくない」と制限が多くて、何を食べたらいいのかわからくなってしまったそうです。「ダメ」ではなくて「いいよ」とたくさんいろんな本ですすめられていたのがにんじんのジュースだったそうです。 

【朝のにんじんジュース(2人分)】 
・ にんじん(中) 1本 
・ りんご(中) 1/2個 
・ バナナ(中) 1/2個 
・ レモン 1/2個 
・ 酵母飲料 大さじ2 
・ 植物性乳酸菌 80ml 
・ 亜麻仁油 小さじ2 

やる事がたくさんあってそれが病人のストレスになってはいけないので、さりげなく毎日続けることがむずかしかった」そうですが、「小さい子どもと遊ぶのは自然に身体を動かすし、笑うし、気分転換になるし、一番いい免疫力アップ法だった」と。甥っ子さん(当時3歳)が治療に一役かったのだそうです。 

転移したガンが消えた後は、こんにゃく温湿布以外はゆるく続けているそうです。 
2012年10月14日は4回目の「ガンが消えた記念日」だった。 

   130119

いまから三年前、作家のひすいこたろうさんに出会ったことがきっかけで、ブログに歴史のエピソードを綴るようになりました。 
それが出版社さんの目に留まって、本の企画が持ち上がったんですが、その時私は人生最大のピンチを迎えていました。 

といいますのも、いまから四年前に私は子宮頸がんになったんです。 
その時はまだ初期状態だったため、全摘手術と放射線治療を受けて退院することができました。 

ところが、一昨年の夏、治ったと思っていた子宮頸がんが肺に転移していたことが分かったのです。 
私は死というものがすぐ目の前に来たような恐怖に駆られました。 
がん細胞が一つ、また一つと増えてしまい、主治医から「こんな状況で助かった人を見たことがありません」 
と言われてしまったんです。 

出版社さんから「本を出しませんか」という話をいただいたのは、ちょうどその時でした。 
私は残された時間はすべて子供のために使いたいと思っていたので、最初はお断りするつもりだったんです。 

その時、力を与えてくれたのは正岡子規だったんですね。 

子規は江戸末期、四国松山に武士の子供として生まれます。 
幼い頃から「武士道における覚悟とは何か」を自問自答していた子規はある時、それは「いついかなる時でも平気で死ねることだ」と、自分の中で一つの結論を得ます。 

その後、若くして脊椎カリエスに罹り、彼は三十代半ばで亡くなってしまうのですが、この病気は物凄く激痛を伴うもので、何度も自殺を覚悟したといいます。 
その苦しみの病床の中で彼は悟ったんですね。 

自分は間違っていた。 
本当の武士道における覚悟とは、痛くても苦しくても生かされているいまという一瞬を平生と生き切ることだって。 
だから彼は、どんどん激しさを増していく病床にあって、死の瞬間まで文筆活動を止めず、自分らしく輝き続けたんですよ。 

また、ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサは、唯の一度も「反戦集会」には参加せず、出たのは全て「平和集会」だったとのことです。 

最初は、「がんに打ち勝とう」という“闘病”生活に入ろうとしたのですが、考えてみるに、これは、“毎日「反戦集会」に出ているようなもので、がんをどんどん増殖させるだけのことではないか”と、考えるようになりました。 

それより、今自分に与えられた環境やご縁を感謝して受け入れて、そこで出来る精一杯のことをして生きていくほうが合っているんじゃないかと。 

過去も未来も手放して、いまここに全力投球する。 
そうすると、扉が開いて次のステージに上がれる。 

そんな天命に運ばれていく生き方を日本人はしてきたんじゃないかって。 
そして、私もそうやって生きようと思ったら、不思議なことが起こったんですね。 

あんなに不安で毎晩泣いていたのに、夜ぐっすり眠れるようになったんですよ。 
不安が雪のように溶けてなくなりました。 

私たちの悩みのほとんどは過去を後悔しているか、未来を不安に思っているかのどちらかで、いま現在、本当に悩みがある人って少ないのではないでしょうか。 

もし、“いま”悩みがあるという方がいらっしゃったとしたら、多くは“ここ”に照準が合っていないのだと思います。人と比べて劣等感を抱いたり、人からどう思われているかが気になったり。 

ですから、時間軸を“いま”に合わせて、地点を“ここ”に合わせたら、おそらく世の中の悩みのほとんどは消えてなくなってしまうのではないかと思います。 

入院が決まり、精密検査を受けて驚きました。消えたのは悩みだけじゃなかった。いくつもあったがん細胞が全部消えていたんですよ。 

私、思いました。 
自分に元々宿っていたけれども、眠っていた生き方が急に発揮されるようになったんじゃないかと。 
たぶん、私たちが「奇跡」と呼んでいる出来事は、あり得ないことが起こることじゃなくて、遺伝子がオンになることによって、今まで眠っていた可能性が急に目覚めて、すごい力を発揮して起こった出来事のことを「奇跡」と呼んできたんじゃないかなって、そんなふうに思ったんです。 


☆白駒妃登美(ことほぎ代表取締役) ~「感謝」と「決意」が奇跡を生んだ~

    わたし、開花宣言。 

明日は必ずやってくる。 
There will always be a tomorrow. 

だから、立ちどまってばかりいられない。 
So I can’t just stand still. 

できることからはじめよう。 
I need to act, start where I can. 

まずは、わたしから、きれいになってみよう。 
First, I’ll become beautiful. 

そうして、あの人を笑顔にしよう。 
That will make him smile. 

わたしが咲く一瞬を積み重ねれば、 
As I open like a beautiful flower, 

世界はきっとほほえんでくれる。 
The world becomes a litter brighter. 

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    わたしが変わる。世界を変える。 

昨日までNOだとあきらめていたことを、ひとつひとつYESにして、 
わたしが変わる。わたしの世界を変える。 
それは誰のためでもない、自分のために。ささやかな決意が、 
2010年を美しく、大きく、変えていけるはず。 

1月21日、マキアージュも変わります。 

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