人生という名の遊び場で、いま、ここを活かされ、すてきに活きる

時代の本質をとらえた、心に残るすてきなメッセージ[構想、視点、こころ]と、新たな気付きをあなたに届けます。みずみずしく、活き活きとした、すてきな旬(ときめき)を一緒に探しにいきましょう。      ◆◇たきがみ博士が選ぶ”すてきなメッセージ”のおすそわけ◇◆

2013/02

死を恐れることは、生を慈しみ愛することになる。 

いま生きている喜びを、日々楽しもうではないか。 

愚かな人はこの喜びを忘れ、他の楽しみを求めようとする。 

この至上の宝を忘れ、財や欲にまみれ、果てしなく上を目指すが、満たされることはない。 

生きている間に生を楽しまず、死に臨んで死を恐れているようではダメだ。 

生きていることを楽しまない人は、死が刻々と近づいていることを忘れているだけなのだ。 

*『徒然草』 吉田兼好 


「死」を覚悟したとき、生き方が変わる。 
それは「生きる」から「生き切る」へ 
そのように我々の生き方が変わる。 

過去はない 
未来もない 
あるのは、永遠に続く、いまだけだ。 
いまを生きよ。 
いまを生き切れ。 

*「未来を拓く君たちへ」 田坂広志 

仏教には「朝は少食、昼は正食、夜は非食」という言葉があります。 
釈迦の言葉に、一日の食事を朝=一、昼=二、夜=三の合計六と考えて、これを三に減らす事が健康に繋がるという教えがあります。 

一日三食という食生活は200年にも満たない浅い習慣です。 
人間の食生活が一日三食になったのは近年になってからで、それまでは昼食と夕食の一日二食が主流でした。 
人間にはもともと、朝食という習慣がなかったのです。 
人間が朝食を摂るようになったきっかけは、トーマス・エジソンが発明したトースターを売るために販売業者が朝食必要論を提唱した事がきっかけであると言われています。 

日本においても江戸時代中期までは原則として一日二食で、一日三食になったのは元禄時代になってからです。 
醸造酒の多量生産によって玄米を精製して白米にする事が一般に普及し、一回の食事の栄養価が低下した事が大きな原因だと言われています。 

最近、農林水産省が朝食推進運動を必死になって展開していますが、それは国民の健康を考えているのではなく、経済効果を狙っているからです。 
全国民が朝食を摂る事によって、年間で1.5兆円が業者の懐に入り込むそうです。 
経済界の言いなりの厚生労働省は、少食推進運動なんて絶対にしません。 
朝食を抜く人間が増えると、食品業界、薬品業界、医療業界に大打撃を与え、先進国の経済発展の阻害要因の一つとなる事でしょう。 
朝食信仰や一日30品目は資本主義経済が生み出した幻想です。本当は朝は食べない方が健康でいられるのです。 

1971年にカナダのブラウン博士が、朝はモチリンという消化管ホルモンの分泌が増える事を発見しました。 
モチリンの分泌が増えると、腸の蠕動運動が促進されます。 
ところが、このモチリンは食事を摂ると分泌量が減ってしまうのです。 
だから、モチリンの分泌が増える朝の時間帯は、食事を摂らないのが正しい選択だという事です。 

朝は胃腸がまだ充分に覚醒しておらず、そこに食物を詰め込むと、負担が大きくなりすぎて、消化が充分になされない事があります。 
太陽が中天に達するまでの時間は老廃物を排出するのに適しているのです。 
午前中は主に排泄器官が働く時間で、夜寝ている間は排泄器官も休んでいます。 
この排泄しなければならない朝の時間帯に食事を摂ると、自動的に消化吸収が始まり、胃や小腸に血液が集中するため、毒素や老廃物の排泄が充分行えなくなってしまいます。 
飢餓の歴史が長かった人間の生理作用には、吸収は排泄を阻害するという鉄則があり、食べ物が消化器官に入ってくると、自動的に排泄よりも消化吸収を優先させるのです。
その結果、毒素の排泄は充分に行われなくなり、血液中にも毒素が残る事になります。 
その汚れた血液が体内を巡る事によって、種々の病気の発症の引き金となるのです。 

本来、空腹を感じるはずではないのに空腹感がある事を偽腹と言います。 
例えば、いつも朝食を抜く人が、付き合いでたまたま朝食を摂ったとします。すると、昼にはいつもより早く、しかも強く空腹を感じます。 
これは、胃腸が荒れ、胃腸の粘膜に傷が付いているために起こる現象です。 
胃も腸も荒れているから、脳が胃腸に騙されて、空腹感が生じるのです。実は、朝起きた時に空腹を感じるのも偽腹です。 
いつもは夕食後に何も食べない人が、夜遅い時間に何かを食べたとします。すると、翌日の午前中は普段より空腹を感じるようになります。 
偽の食欲はそのまま辛抱していると自然に消えます。人間の体は不思議なもので、食べるからお腹が空くのです。 
半日断食して胃が治ってきたら、たとえ朝食抜きでも空腹感はなくなります。 

午前中の活動は、前日の夜までに摂取した食事のエネルギーだけで充分間に合います。 
夜は筋肉も休憩し、脳でのエネルギー消費も少なくなっていますから、前日の夜までの食事のエネルギーは血液中にたっぷりあり、余分な分はグリコーゲンや脂肪として蓄えられています。 
血液中の栄養素が少なくなると、グリコーゲン、次に脂肪がエネルギーとして使われるので、朝食を抜いたくらいで体がエネルギー不足に陥る事はまずありません。 

朝食必要論者は、朝食を摂らない子供は朝食を摂る習慣がある子供よりも学校の成績が悪いという疫学データを盾にしています。 
しかし、朝食を摂らない子供の習慣の子供は、夕食を遅い時間に摂ったり、夜食をしたりと、食生活全般が乱れている傾向が顕著な事も明らかになっています。 

TV番組などでは、朝食に関する実験がよく行われています。 
朝食を摂った人と摂らない人の午前中の勉強や運動の能力を比較してみますと、大抵は朝食を摂った人の方が成績優秀で、それが朝食必要説の裏づけとなります。 
しかし、この能力実験は条件の段階で既に公正であるとは言えません。 
なぜなら、普段から朝食を摂る習慣がある人を実験の対象としているからです。 
朝食の習慣がある人が朝食抜きの生活に慣れるには、通常三週間程度はかかります。 
公正な実験結果を得ようと思うのであれば、朝食抜きの人の方は朝食を徐々に減らして、朝食抜きの生活に慣れる時期を待ち、その時点で、両者の能力の比較をするべきです。 
また、普段から朝食を摂らない人に朝食を与えて、その変化も調べるべきでしょう。 
普段から朝食を摂らない人が朝食を摂ると、勉強や運動の能力の低下が予想されます。 

某大学で学生を対象に行った調査では、朝食を抜いた学生は成績が悪かったという結果が得られています。 
その理由として、同大学の教授は、脳のエネルギー源であるブドウ糖が行き渡らないためだとしています。 
ところが、ここには落とし穴があります。 
同教授の著書では、NHK番組『ためしてガッテン』の中で行った実験の結果を紹介しておられます。 
この実験では、朝食を抜くグループは翌日の午前中にお腹が空くであろう事を考慮して、前日の夜にラーメンを食べてもらい、エネルギーを補給してもらっているのです。 
この点、条件が同じではありません。 
夜食をするからこそ、翌日の午前中に集中力が低下するという事が分かっていないのです。
 

会話は大事なコミュニケーションですが、同じ話をしていても、会話が弾む人とそうでない人がいませんか。 
話題がどうのというよりも、会話が弾む人は聞き上手、そうでない人は話の腰を折りやすい傾向があるようです。 
会話はキャッチボールのようなもの、返す言葉で話の行方が変わってしまうのも当然です。 

そこで、暮らしの歳時記から会話のヒントとなる「江戸しぐさ」を紹介します。 

今からおよそ200年前、世界最大の都市といわれた江戸の町で、互いに気持ちよく暮らすために生まれた「江戸しぐさ」は、言葉遣いをとても大事にしていました。 
もともとが商人のしぐさなので、どんな身分の方にも失礼がなく快い言葉遣いを大切にし、感情を逆なでするような言葉遣いは、心を乱し、いじめや争いごとをまねくため、やってはいけないしぐさとされていたのです。 

江戸の人たちは「閉め言葉」、「水かけ言葉」、「刺し言葉」、「手斧言葉」などに注意していたそうです。 
「傘かしげ」は知っていましたが、江戸の人たちは長屋で暮らす人が多かったようですから、隣人とうまくやっていくために、言葉にも気を遣っていたようです。 

130214-1

130214

◆戸閉め言葉 
「でも」「だって」「しかし」「べつに」「そうは言っても」などと否定して、人の話を途中で遮ったり無視するような言葉で相手をシャットアウトしてしまうことから「戸閉め言葉」といいます。 

人の話を最後まで聞かないことは失礼にあたり、謙虚さを大事にする江戸しぐさでは、自己中心的な人とみなされたそうです。 
また、自分の話を聞いてくれない人を本能的に避けてしまうため、「戸締め言葉」は相手の言葉を受け入れないばかりか、相手の心を閉ざしてしまう言葉なのです。 

◆水かけ言葉 
人が気持ちよく話をしているのに、「それがどうした?」と冷や水をかけるような冷たい言葉や、「そんなこと知ってるよ」と小馬鹿にしたり、けなすような言葉を「水かけ言葉」といいます。 

誰とも付き合わずに暮らしていくことはできませんから、話の腰を折り、人間関係を壊すようなことは慎むべきで、たとえ自分とは縁遠い話題であっても、その場の雰囲気を壊さず聞いているのが、江戸の人々の心得とされていました。 

◆刺し言葉 
「刺し言葉」とは、「だから?」「はーっ?」「それがどうした」など、会話を断ち切ってしまうような言い方で人の感情を逆なでしたり、とげとげしい言葉遣いのことで、「胸刺し言葉」ともいいます。こうした言葉が出てくると、会話を続けたいという気持ちも失せてしまうでしょう。 

また、「あなたが悪い!」「どうせ他人」のような、反論の余地もないような断定的な言い方も「刺し言葉」とされ、その場の雰囲気だけではなく、人間関係もこわしかねません。 

◆手斧言葉 
手斧(ちょうな)とは、木材を粗削りするための斧のこと。「うるさい」「馬鹿野郎」「殴る」「殺す」といった乱暴な言葉遣いを「手斧言葉」といい、言ってはならない言葉の凶器とされていました。 

ただし、江戸の人たちは、そんな乱暴な返答をされるようなことを自分がしたから、そのつけがまわってきたんだと捉え、「手斧言葉」は言われたほうにも非があると考えていたそうです。 

このように、感情を逆なでしたり、話の腰を折るようなことを言われると、もう話をしたく無くなってしまうでしょう。 

言葉遣いは日頃の癖が出やすいので、言っている方は意外と無意識なことも多いようですが、言われた方はあまり気分がいいものではありません。 
もし口癖になっていると、その人と心を開いて話をすることもできないでしょう。 



◇傘かしげ 
雨の日に互いの傘を外側に傾け、ぬれないようにすれ違うこと 

◇肩引き 
道を歩いて、人とすれ違うとき左肩を路肩に寄せて歩くこと 

◇時泥棒 
断りなく相手を訪問し、または、約束の時間に遅れるなどで相手の時間を奪うのは重い罪(十両の罪)にあたる 

◇うかつあやまり 
たとえば相手に自分の足が踏まれたときに、「すみません、こちらがうかつでした」と自分が謝ることで、その場の雰囲気をよく保つこと。 

◇七三の道 
道の、真ん真ん中を歩くのではなく、自分が歩くのは道の3割にして、残りの7割は緊急時などに備え他の人のためにあけておくこと 

◇こぶし腰浮かせ 
乗合船などで後から来る人のためにこぶし一つ分腰を浮かせて席を作ること  

◇逆らいしぐさ 
「しかし」「でも」と文句を並べ立てて逆らうことをしない。年長者からの配慮ある言葉に従うことが、人間の成長にもつながる。また、年長者への啓発的側面も感じられる。 


江戸しぐさの根底にあるのは、思いやりや気配りです。 
言葉ひとつで気持ちが離れてしまわないよう、日頃から注意しておきたいものです。 


                      <<江戸しぐさ>> 


「主」という字の「`」は、ロウソクの炎、「王」は台のこと。 

自分のいる環境を照らして活きる人のことを、主という。 

命の炎を燃やして活きるとは、自分が自分の人生の主人公となって活きること。 



たったひとりしかない自分を 

たった一度しかない一生を 

ほんとうに活かさなかったら 

人間、生まれてきたかいがないじゃないか 





このページのトップヘ