人生という名の遊び場で、いま、ここを活かされ、すてきに活きる

時代の本質をとらえた、心に残るすてきなメッセージ[構想、視点、こころ]と、新たな気付きをあなたに届けます。みずみずしく、活き活きとした、すてきな旬(ときめき)を一緒に探しにいきましょう。      ◆◇たきがみ博士が選ぶ”すてきなメッセージ”のおすそわけ◇◆

2013/06

定期的に自分の身体に素直に聴く、健康度のチェックをしましょう。 
・こころと身体のサラサラ度の確認です。 

◇朝の目覚めが良いか 
◇昨日の疲れが残っていないか 
◇気力があるか 
◇食事(お酒も)がおいしいか 
◇便通がスムースか 
◇気軽に身体を動かせるか、支障がないか 
◇他人に親切にしようと思うか 
◇感謝の念が湧いてくるか 
◇寝つきが良いか 
◇体重が適正か、変動が激しくないか 

Yesの項目が、8~10の方は、健康・Goodです。 

Yesの項目が、7以下の方は、イエローカードです。 



ラドン浴ができるホルミシスルームは、 全身の血流を改善し、細胞を活性化、自律神経のバランスを整えます。 
その結果、免疫力を高め、本来の自己治癒力を引き出し、さまざまな精神的、肉体的な不調を改善します。 

☆冷え性、足腰の節々が痛い、腫れ・むくみが取れない、アレルギー、疲れが取れない、眠りが浅い、肌につやがない、肩がこる、やる気がでない、低体温、血圧が高いなど、さまざまな悩みをお持ちの方におすすめです。 


<ラドン浴ができるホルミシスルームの効果> 




★詳しくは、ホルミシス健康館 旬(ときめき)亭 
  http://www.tokimeki-tei.jp/ 

 


「病院の外に健康な日を三日ください。 

一週間とは欲ばりません、ただの三日でよろしいから 

病院の外に健康な日がいただきたい」 



「一日目、私はとんで故郷(ふるさと)に帰りましょう。 

そして、お爺(じい)ちゃんの肩をたたいてあげたい。 

母と台所に立ちましょう。 

父に熱燗(あつかん)を一本つけて、 

おいしいサラダを作って、楽しい食卓を囲みましょう。 

そのことのために一日がいただきたい」 



「二日目、私はとんであなたのところへ行きたい。 

あなたと遊びたいなんていいません。 

お部屋のお掃除をしてあげて、 

ワイシャツにアイロンをかけてあげて 

おいしい料理を作ってあげたいの。 

そのかわりお別れの時、優しくキスしてね」 



「三日目、私は一人ぽっちで思い出と遊びましょう。 

そして、静かに一日が過ぎたら、 

三日間の健康をありがとうと、 

笑って永遠の眠りにつくでしょう」 



*大島みち子さん 「自分を育てるのは自分」東井義雄著より 

         130623


中国の景気減速の兆候が増え、同国金融システムでの緊張が高まる中で、景気刺激策に頼らずに減速を乗り切るとの同国政府の決意が試されている。 

20日に発表された速報値によると、同国経済にとって非常に重要な製造業部門は6月に、前月よりも急速に縮小した。同国では既に、5月の輸出、鉱工業生産、設備投資が全て鈍っていることが明らかになっている。これらの統計は、中国の成長鈍化の波及への懸念から、20日のアジア各地の金融市場や商品市場に打撃を与えた。 

中国は同時に、資金不足の高まりと苦闘しており、銀行間金利が高騰している。この資金ひっ迫は、同国の成長見通しに懐疑的になっている外国資本の流入が鈍っていることなどによるものだ。 

このいずれもが、短期的には成長が鈍化かもしれないが経済改革を進める覚悟を示している同国の新指導部にとっての課題となる。同国の輸出品への需要の構造的な減退、鉄鋼、セメントといった重要部門の過剰生産能力、過去の刺激策の遺産としての不良債権の増加といった状況の中で、その決意の強さが問われている。 

HSBCのエコノミスト、Qu Hongbin氏は「過去5年ほどは成長の安定化が優先課題だった」とし、「減速がみられるといつでも政府は成長が安定的になるような何らかの措置を導入した。だが、新政権は景気刺激よりも改革を優先することが明らかになった」と指摘した。 

中国国務院(内閣)は19日、「慎重な」金融政策を維持し、システミックリスク(金融システムの混乱)の発生を防ぐことを明言するとともに、金利は市場が決定できるようにするとの目標をあらためて表明した。また、生産能力が過剰な部門への資金の流れを止めることも約束した。 

同国の中央銀行には、やろうと思えば資金不足を解消するに十分な資金があるが、レバレッジが高まることを懸念して、これを使っていない。規制の緩やかな「影の金融システム(シャドー・バンキング)」の急成長によって、金融システムの危機への不安が高まっている。 

*By RICHARD SILK IN BEIJING AND SHEN HONG IN SHANGHAI/WSJ 




      130622

これまで中国がどんどん建設してきた道路や高層ビルなどのインフラストラクチャは深刻な供給過剰を引き起こしており、投資リターンを生んでいないため、裕福層は資本を海外へ逃避させているとしています。 

「中国は今、ちょうど2008年3月にベアスターンズが破綻した時と同じ段階に来ている。中国政府が大きな金融機関を救済しなければいけなくなったというニュースがもたらされれば、一気に危機が顕在化するだろう」(バンクオブアメリカ・メリルリンチのストラテジスト) 

「中国の金融システムの状況は、かなりハラハラさせる局面に来ている。亀裂がいたるところに走っている。借入に基づいたインフラ、住宅、商業施設への過剰投資が向こう2年くらいの間に大問題になるだろう」(ジョージ・マグナス、UBSのアドバイザー) 

既に今月に入って、中国の資本市場では巨大な資金枯渇が発生し、金融システム全体の流動性の問題が発生していることを感じさせる兆候を見せている。オーバーナイトのインターバンク・レートは瞬間13%を付け、中堅の政府系銀行であるチャイナ・エバーブライトが9.8億ドルのローンをデフォルトした。 

今回のオーバーナイトのインターバンク・レートの急騰は中国政府がシャドー・バンキングを懲らしめるために演出したのだと見るコメンテーターも居るが、流動性の枯渇は2008年の秋に米国やその他の国々で金融システムが痙攣を起こしLiborが急騰した時のような、中国の資本市場のプレーヤー達の間における相互不信を反映しているのかも知れない。 

政府の負債だけを除外し、それ以外の全て(家計、企業、地方政府etc.)の負債を足し上げた、社会の負債(societal debt)がその国のGDPの200%に達した時、大きな金融危機が発生している。それはリーマンショック時のアメリカにも当てはまるし、1990年に日本のバブルが崩壊したときにも当てはまる。中国は、いまその水準に達している。 

このような社会全体の、借金を是認する風潮は、資源のミスアロケーションを助長し、大体、悲惨な結末を迎える。 

去年の中国における信用創造の45%はシャドー・バンキングからもたらされた。 

2008年以降、信用はどんどん急成長しているのに、それがGDP成長率になかなか反映されなくなっている。昔は信用成長とGDP成長率はほぼ1:1の関係にあったが、今は1のGDP成長を出すために信用は4増える必要がある。 

この資本効率(capital efficiency)の喪失は、先行投資の大半がムダなところへ行っていることを示唆しているし、投資リターンを生んでいないどころか、そもそも売上高すら上がっていないフシがある。 

新しい信用は、古いローンを「新緑化(evergreen)」すること、つまりロールオーバーの目的に投入されていると疑われる。 


*Market Hack/バロンズ 


         130625shanghai


◇「激動前夜 中国発のリーマンショックが起こる!」 朝倉 慶 

今、金融の事情通の間では密かに囁かれているのが、この大いなる懸念なのです。順調に見えていた中国経済ですが、明らかに変調で中国経済にはブラックボックスに隠された膨大な闇が存在していて、今やその矛盾が隠せなくなり、爆発するのが時間の問題になってきているという見方なのです。 

そしてこの中国発のリーマンショックはかつてのリーマンショックを超える衝撃を世界に与えかねないと懸念が広がってきたのです。 

金融のプロでなくとも中国経済はおかしいのではないか、という疑問は各方面から出てきていました。例えば人の住まない膨大な空いたアパート群です。あのようなゴーストタウンが中国の都市周辺に怒涛のように広がっているのに、一向に不動産価格が値崩れしていません。 
かえって中国全土の不動産価格が上がり続けているというではありませんか。これは何かおかしい、と普通の感覚で捉えるのは当然でしょう。 

また最近になってはっきり指摘されてきたのは、中国の経済統計の杜撰(ずさん)さです。輸出の統計などは輸出側の国と輸入側の国で全く違うのですからお笑いです。かねてから数字をごまかしているのは中国側と指摘されていました。これについては、最近は余りに数字の乖離も酷くなってきたので、ついに中国側は統計数字を変えてきたのですが、1ヵ月でいきなり二桁増の輸出の伸びが1%の伸びにまで改定されたのです。 

この辺のごまかしはかわいいものであったし、中国担当のアナリストは、中国当局の数字の改ざんはいつものこと、と独自の調査で中国経済のレポートをしていたというのですが、今までは大きな問題も起きませんでした。 

ところが今回は様々な矛盾が一気に露呈する可能性が高く、本当に中国発のリーマンショックが起これば、世界経済に激震を与えかねないと恐れられているのです。 

その原因は中国の金融のシステムにあるのですが、問題の最たるものはいわゆる中国特有の<影の銀行>という制度です。名前の通り<影の銀行>であり、表に出てきている金融の話ではないのです。 
正式に公表されている話ではないので余計に闇の中です。公表されている話でさえ、統計を操作して出鱈目を発表してきた中国当局ですから、<影>いわゆる表に出ていないブラックボックスの部分は、余計に何が起こっているのか、掴むのが難しかったのです。 

このような隠し事が表面化するときというのは、隠しおおせなくなって問題が噴出するときなのです。今までは封印に次ぐ封印を続けていますので、その反動で一気に爆発という形しかないわけです。ですから突如の中国版リーマンショック勃発か、と恐れられるわけです。 

中国では2008年、世界的な不況から脱するために無尽蔵の公共投資を行って、全国で不動産開発を行ってきました。このビジネスモデルは一向に変わらず、それを続けるだけだったのです。人が入らなくてもマンションを作り続け、飛行機が飛ばなくても空港を作り、車が走らなくても高速道路を作ってきたのです。 
国の発展段階を考えれば、インフラ投資は当然のことと言え、今までの30年近い二けた成長の経済発展を考えれば、この手法で成功してきたわけですから、それを単純に続けてきたわけです。中国側から見れば単に成功体験を続けてきたに過ぎないという形です。 

中国は基本的に官僚主導の、上からの経済指導体制ですから、公共投資を主体とする経済成長は、発展段階の中国の持つ良さが全面に出ていたともいえるでしょう。また中国の地方官僚は経済成長がどれくらいなされたのか、ということが出世の大きなバロメーターになっていますので、任期中の多くのプロジェクトを達成できれば自然に出世の道が開けるというわけです。こうして中国全土で際限のない公共投資の波が続いてきたのです。もちろん無尽蔵の資金はありませんから、借入が主体となるわけです。 

地方政府は、融資平台(プラットフォーム)と呼ばれる地方政府が、スポンサーの名前だけは民間会社の隠れ蓑を使って、膨大な資金を調達して公共投資を無限に行ってきたのです。ところが使わない空港や高速道路、マンション群を作っても、採算が取れるはずもありません。 

最初はスポンサーは銀行だったのですが、やがて融資に難をきたすようになり、いわゆる<影の銀行>システムから資金を融通するようになっていきました。金利は高いし、投資した物件の収益は上がらないというわけで、当然資金繰りに行き詰ります。資金を借りていられるうちは、一向に矛盾は露呈しません。 
借りた資金は返すからと言っていればいいのです。ところが資金が借りられなくなって、金利支払いができなくなると、そうはいきません。そしてプロジェクトよりも借金の金利返済に奔走しなければならなくなってくるのです。 

となるとどういうことが起こってくるかと言いますと、自分のこととして借金に追われていて、その借金が雪だるまになってきたことを考えるとわかりやすいと思います。 

借金に借金を重ねて、その場限りを続けてきたのですが、金利は雪だるまのように膨らみ続け、各方面から取り立ての催促を受ける形です。こうなると今までよりさらに多くの資金が必要になってきます。仕事で収益が出なければ、さらに資金が必要になり、借金の返済の奔走をするために、幾らの高利でも資金を融通しなければならなくなるのです。まさにサラ金に取り立てを迫られる末期状況です。 

信じがたいでしょうが、これが全国的に起こっているのが今の中国なのです。「そんなバカな?」と思うかもしれませんが、実際に中国の金利は急騰しています。銀行間の資金を融通する金利が3月までは2%を割れていたのに先週は13%台にまで高騰しているのです。 
これは平均の金利の表示ですから、中には20%台で借入している中国の銀行が続出しているのが現状なのです。あなたは20%の金利を支払わなければ資金を調達できない銀行を信用できますか? 

中国では<信託>と言って、10%以上の金利を約束した高利回りの金融商品が山のように販売されています。 

地方政府は誰も入らないマンションや空港や高速道路を作ってきたのですが、一向に収益が上がらず、借りた資金が返せずに資金繰りが火の車となってしまいました。ですから10%以上の高利を約束されて集められた資金から、<影の銀行>のルートで資金を融通することによってギリギリの経営を成り立たせてきたわけです。その資金繰りがさらに行き詰ってきたのが今と思えばいいでしょう。 

中国は明らかに経済の減速がみられるのに、資金需要ばかりが爆発的に伸びているということ自体がおかしいのです。日本をみてください、誰も上手いビジネスがなく、資金の借り手がいないから金利が上がらないわけです。 
ですから資金需要を起こすように、経済を活性化しろ、ということでアベノミクスが始まってきました。ところが中国は金利が2%から13%まで跳ねるほどの資金需要が起こっているのです。その一方で経済が大減速中ということですから、いったいどうなっているのか、ということなのです。 

中国の公式統計によると2005年から2008年にかけては信用拡大、いわゆる資金需要とGDPの拡大の比率は1:1だったのです。ところが昨年はこの比率が4:1となったというのです。 
GDPを1増やすのに今までの4倍の資金が必要になっている。これはおかしくないですか。端的に言えば膨大な金利負担のような経済成長に全く役に立たない資金需要がここにきて爆発的に増えていることが見てとれるのです。 

ですから事情通は、中国経済は末期的な症状になってきていると懸念しているのです。 

投資家ジョージ・ソロスは「中国における影の銀行のシステムの急激な拡張は、米国のサブプライムローン問題と不気味なほど似通っている」と警告しました。 

そしてバンク・オブ・アメリカの中国担当のストラジストは「中国の現在の信用拡大の状況は、米国の2008年3月のベアー・スターンズ救済の段階にまできている。ここで局面を一変させるのは、リーマン・ブラザーズの破綻のような大きな出来事になる可能性が高い」と言うのです。 

実は既に中国当局は極秘でこの<影の銀行>の問題処理の青写真を作り、中国発のリーマンショックに備えて準備を始めている、という驚くべき観測があるのです。 

日本で起こった1997年の金融危機では山一証券や三洋証券、そして長期信用銀行や日本債券信用銀行や北海道拓殖銀行などが相次いで倒れていきました。この間、残った銀行には膨大な公的資金が投入されたのです。 

一見すると、自然に山一証券などが倒産に至ったかのように思えますが、それは違っていて、当時は多くの金融機関が倒産の瀬戸際にあったわけで、当局としては山一をスケープゴード的に倒産させることによって、世論に危機感を植え付け、政府による膨大な税金投入、いわゆる公的資金による銀行救済の道を開いたのです。 
危機が起きなければ世論は公的資金投入に納得してくれません。ですから人為的にシナリオを書いて、それに従って危機を演出して事を収めたのです。いわゆるショック療法です。 

米国で起こったリーマンショックも同じです。リーマン・ブラザーズをスケープゴードとして倒産させることによってまずは危機的な状況を作り、それによって米国政府による公的資金導入の道を開いたのです。危機がなければ誰が膨大な税金を銀行に投入することに納得するでしょうか。 
こうして米国政府は80兆円という膨大な資金を投入することによって危機を封印したのです。リーマンが潰れた翌日に世界ナンバー1の保険会社AIGは一夜にして連鎖的に危機に陥り、20兆円という支援を米国政府から緊急に受けるという事態となったのはまだ記憶に新しいところです。 


そして今回の中国側の想定しているシナリオですが、はっきりと詳細をつかむことはできません。 
実はこれに絡んで事情通に注目されていたのは、先日の米中首脳会談なのです。 

6月初旬に行われた米中首脳会談は何と8時間という長時間の会議となりました。いったい何を話しあったのか? 通常日米でも日中でも、どんな首脳同士でも2時間程度の首脳会談が当たり前の話です。 
事務方は長時間の話し合いをするのはわかりますが、首脳同士が8時間も話し合うということは極めて異常というしかありません。そして会談内容は全く漏れ伝わってこないのです。 

過去を振り返ると、米中の首脳がこれだけの長時間の会談を持ったのは1972年のニクソンと毛沢東が会談したケース、また1985年のレーガンとゴルバチョフが会談したケースの二つしかありません。 

注目すべきことは、この二つの会談の前後には世界の枠組みを変えるような大事件が起きています。 

1972年7月、電撃的にニクソンと毛沢東の会談が発表になりました。1ヵ月経って8月あの衝撃的なニクソンショックが起こったのです。これによって金とドルの交換は停止され、それまでのドルと金をリンクした固定相場制は廃止となりました。世界は一気に変動相場制となり、今日に至るのです。 

まさにニクソンと毛沢東の長時間会談を契機にして、世界は劇的に変化しました。 

そしてニクソンショックでは世界の資本市場には激震が走ったのです。 

またレーガンとゴルバチョフの長時間会談も異様でした。この会談の2ヵ月前には<プラザ合意>があったのです。 

米中が何故、これほど長時間の会談を持つかというと、明らかに世界の枠組みを変えるような大きな議題を持ち、米中で調整を行っているとみるのが妥当なのではないでしょうか。もちろんそのような重要な案件は発表前の世の中に漏れるとは思えません。 

特徴的なことは必ず、市場の動きになって深く潜行するように動いてくるのです。 

今回のオバマ大統領と習近平の会談の後に起こってきたことが、まさに中国での金利急騰なのです。また中国の<影の銀行>の実体が大きくリークされてきています。 

これは明らかに中国当局が意識的に仕掛けているものです。中国当局が<影の銀行>による中国国内の矛盾を意識的にあぶり出そうとしています。当然、中国側に何かしらの思惑があって起こってきていると考えるべきでしょう。中国で大量に販売された10%を超える利息を約束した金融商品は元金を毀損していることは疑いないでしょう。 

そして仮に中国国民はその預金を失うようなことがあれば、中国国内は暴動にも近い状況が起こっても不思議ではありません。誰が考えても異常だった今までの中国の発展は必ずやその矛盾が収拾のつかなくなるような混乱を生じさせるに違いないのです。 

市場は中国のハードランディングを懸念し始めています。そしてそれに対するウルトラCのような戦略はすでに極秘で米中で示し合わせているのでしょうか? 再び中国発の世界を震撼させるショックが迫っているのでしょうか? 

折しも世界の資本市場は荒れに荒れてきました。世界中で株が売られ、本来なら株が売られれば買われるはずの国債をはじめとする債券も売られ(金利上昇)、それなら商品はというと、今度は金相場も大きく売られています。株も債券も金もあらゆる資産ベースが売りの対象になっています。 

投資家は何が起こるかわからない、とりあえず現金でということで世界中で投資資金を引き揚げ、資金の現金化が始まっているのです。 

爆発しそうな中国発のパニック、そして謎の米中の長時間会談、資本市場の異様な動揺、いったいこれからどんな幕が開くのでしょうか?いずれにしても全世界の人達が驚愕するような事象が迫りつつあるようです。 


          130701


               見渡せば 
            敵も身方もなかりけり 
           おのれおのれが心にぞある 
  
         130621
 
「傷つきたくない」 
「責められたくない」と 
「自分」を握りしめるほど、相手に怯え、不安になり、勝手に相手を敵視して、ついつい攻撃という形をとってしまう。 

相手を攻め(責め)たいのではなく自分を守りたいだけなのに、 
かえってその攻撃が、今度は相手をほんとうの敵にしてしまい、結局は自分も傷つく…なんてことはよくあるような気がします。 


むやみに怯え、「おのれおのれが」と固執するあまり、勝手に敵を生み出すことは損なことだと。 

たとえ相手の不器用さ、失敗、要領の悪さ、とんちんかんなこと……に出会ったとしても、それは決してわたしを損なおうとする攻撃ではないのだと。 

ただ一所懸命に生きている相手は、きっと仲間なのだと。 


*1分で感動 さんから転載 

 

     
       


  1. 必ずできると信じろ 
    「思いついたことは出来る。思いつかないものは出来ない。 
     これは避けがたく、明白なことだ。」 

  2. 限界を超えろ 
    「私はいつも自分の出来ないことをする。どうやればいいのかわかるからだ。」 

  3.「その時」を待つな 
    「インスピレーションは常に存在する。見つけに行くんだ。」 

  4. 動け 
    「明日に引き伸ばせば、それは死んでしまう。行動がすべての成功の鍵だ。」 

  5. 正しく問え 
    「他の人間はなぜそうなったかを問う。 
       私はいつも何ができるのか、なぜできないのかを問う。」 

  6. ジャッジせず、隠された美を見ろ 
    「我々は脳をブン投げて、ただ目だけで見ることができればいいのだが。」 

  7. 遅すぎるなんてことはない。 
    「若さと年齢は無関係。」 

          130618


ある会社のお話しです。 

その会社の社長は、次のようなことに気づかれたそうです。 

ノウハウや制度ばかりを追求しても、社員の心が豊かにならないと、組織は活性化しない。 

「本当の感謝とは何か?」を社員に実体験させてこそ、お客様に心から感謝できる社員が育つ。 

このことに気づいた社長は、毎年の入社試験の最後に、学生に次の二つの質問をするようになったそうです。 

まず、「あなたはお母さんの肩たたきをしたことがありますか?」 

ほとんどの学生は、「はい」と答えるそうです。 

次に「あなたは、お母さんの足を洗ってあげたことはありますか?」 

これには、ほとんどの学生が「いいえ」と答えるそうです。 

「では、三日間差し上げますので、その間に、お母さんの足を洗って報告に来てください。 

それで入社試験は終わりです」 


学生達は、そんなことで入社できるのなら、とほくそ笑みながら会社を後にするそうです。 

ところが、母親に言い出すことが、なかなかできないのです。 

ある学生は、二日間、母親の後をついてまわり、母親から「おまえ、気が狂ったのか?」と聞かれました。 

息子「いや、あのー、お母さんの足を洗いたいんだけど。」 

母親「なんだい?気持ち悪いねー」 

こうしてその学生は、ようやく母親を縁側に連れて行き、たらいに水を汲み入れました。 

そして、お母さんの足を洗おうとして、お母さんの足を持ち上げた瞬間・・・・ 

母親の足の裏が、あまりにも荒れ放題に荒れて、ひび割れているのを掌で感じて、絶句してしまいました。 

その学生は心の中で、「うちはお父さんが早いうちに死んでしまって、お母さんが死に物ぐるいで働いて、自分と兄貴を養ってくれた。 

この荒れた足は、自分達のために働き続けてくれた足だ」と悟り、胸が一杯になりました。 

そして、「お母さん、長生きしてくれよな」と、ひとこと言うのが精一杯でした。 

それまで、息子の「柄にもない親孝行」をひやかしていた母親は、「ありがとう」と言ったまま黙り込んでしまいました。 

そして、息子の手に落ちてくるものがありました。 

母親の涙でした。 

学生は、母親の顔を見上げることができなくなって、「お母さん、ありがとう」と言って、自分の部屋に引きこもったそうです。 


そして翌日、会社に報告に行きました。 

学生「社長、私はこんなに素晴らしい教育を受けたのは初めてです。 

ありがとうございました」 


社長「君は一人で大人になったんじゃない。 

お父さんやお母さんや、いろいろな人に支えられて大人になったんだ。 

そして、これからはな、自分一人の力で一人前になるのではないんだ。 

私も、お客様や従業員や、いろいろな人達との出会いの中で、一人前の社会人にならせていただいたんだよ」 


*「涙が止まらない」 から転載 
 

                130617

                           中谷彰宏   きずな出版 


イタリアのサッカーの試合で、ゴールエリァのファールを取られてフリーキックになったことがありました。 

誰もがエーッとなりました。 

攻めている側もわかるミスジャッジでした。 

サッカーは、ミスジャッジも含めたゲームです。 

「いただき」でシュートを打っていいシーンです。 

フリーキックをする選手は、フワーンと蹴って、わざとはずしました。 

誰もが大拍手です。 

最終的には、わざとはずしたチームが勝ちました。 

サッカー場にいた人は最高のシュートを見たのです。 

両チームとも「いまのは誤審」とわかって、もう1つ上の試合をしています。 

見た目の試合に勝って生き残るよりも、記憶の中に生きのびています。 

みんなの記憶の中に生き残ると同時に、気持ちが自分自身の人生に残ります。 

審判に決められることではないのです。 

ギリギリセーフかギリギリアウトかは自分の中の判断です。 

ぶちキレそうなところを「危なかった。いま怒るところだったよ」というのはセーフです。 

ぶちキレそうだったのがぶちキレていません。 

「許した」もセーフです。 

審判のミスジャッジに、「いまのはおかしい」と食ってかかるのを、ファンは見たくありません。 

審判に食ってかかるのを見たくて、競技場へ行っているのではないのです。 

ミスジャッジでも「いまのファールは厳しいよね」と言いながら見ています。 

そんなこともあると、選手も見ている人もわかっています。 

審判も「しまった」と思っています。 

すべての人がここで救われるのです。 

審判は、「フリーキック」と言ったあとで、「ゴメン、いまのはちょっと違った」とは言えません。 

フリーキックをわざとはずすことで、審判の面子もつぶさずゲームの続行を共有できます。 

これが大人です。 

子どもは、みんなが感動しているのを見て「スポーツっていいな」と思います。 

ただ勝つよりも上の世界があるのです。 


*1分で感動 より転載 

始終考えていたのは、「天ぷらとは一体何か」ということ。 

自分のしていることを具体的に言葉で説明できなければ、 
きょうは調子がよかった、悪かったという話で終わってしまい、コンスタントな仕事ができない。 

そこで先述したように、自分の行動に 
「いまがベストか」と必ず問答を掛けるようにし、少なくとも天ぷらに関しては、 
どんな質問を投げかけられても全部答えられるようになろうと誓いました。 

例えば天ぷらを「揚げる」とはどういう状態を言うのか。 
私の出した結論は「蒸す」と「焼く」とを同時進行で行う、ということです。 

油自体は火がつく寸前の三百六十度近くまであげることができますが、 
天ぷらの衣や魚には水分があるため、揚げている素材は百度を超えることがありません。 

揚げるというよりは、百度で「蒸して」いる状態です。 

しかしそのまま油に入れておくと、徐々に水分が抜けていき、 
完全に水が抜け切ったところは、百度から一気に二百度近い温度へと飛ぶ。 

すると百度で「蒸す」のと、二百度で「焼く」調理とが同時進行で始まるのです。 

その原理を認識していれば、魚のクセを取ったり、衣をいかにつければよいかといったことが 
自分自身で把握できるようになります。 

理論はよく分からないが、油の中に入れていれば勝手に揚がるなどと思っていると、 
自分から何かを仕掛けていくことなど不可能で、経験が蓄積されていきません。 

詰まるところ、魚も、野菜も、元は皆生きるために海の中にいたり、野にあったりしたもの。 

それを、料理人は食べるために置き換える作業をしなければならない。 

いま、どこの料理の世界でも、奇をてらったようなものが大流行りですが、 
果たしてそれは本当においしいと言えるのか。 
お客さんに面白い料理だと喜ばれればそれでいいのか。 

真のクリエイターとは、科学者であり、数学者でもあり、なおかつ優れた感性がなければいけない 
というのが私の考えです。 

従ってお客さんから「おいしいですね」と言われたら、「えぇ、そうやって揚げてます」と答えられる。 
天ぷらがおいしく揚がるよう、結果が必ずそうなるよう、一挙手一投足、計算し尽くした中で 
ものづくりをしている、と。 

それは即ち次に来ても、そうやって揚げられますよということであり、 
この次も気を抜かずやらなければいけない、という自分自身への戒めでもあります。 


*『致知』歩歩是道場 早乙女哲哉 (天ぷら「みかわ是山居」主人) 



Tempra 投稿者 humihasi


実家の小さな化粧品店を任されることになった小雪を阻んだのは、全国チェーンを展開するドラッグストアだった。「安くて品揃えも豊富な大型店に、個人商店が勝てるはずがない」。誰もがそう思う中、日本中のシャッター商店街を救う「逆襲」のプロモーションプロジェクトが始まる!最新のマーケティング手法がストーリーで学べる本。 
  
         130615

       ◇なぜ小さなコスメ店が大型ドラッグストアに逆襲できたのか? 
        中沢 敦 著  中経出版 


実際にやってみて、商店街の化粧品専門店がどれくらい難しいかわかったんですが、母が倒れる前まではそれでも黒字だったはずなんです。 
きっと母なりのお客様のほうを向いた差別化戦略があったんだと思います」 

「いいところに目をつけたな。 
シャッター商店街っていうと、みんな下ろされたシャッターのほうにぱかり目を向けるが、本当に重要なのは、シャッターが下りていないほうの店だ」 

「シャッターが下りていないほうの店?」 

ああ、と中沢は頷く。 
「おかしいと思わないか。 
こんな地方の街に、あんな大きな商業施設が連続してできたんだ。 
みんなそっちにお客様をとられて、まるで吸血鬼に血を吸われたみたいに商店街が衰退していくのは、自然淘汰の原理から考えても妥当とも言える。 
けれども、すべての店がシャッターを下ろしているわけではない。 
しっかりと営業を続けている店だってある。 
それは、砂漠でも咲くバラのようなものだ。 
咲いているからには理由があるんだよ。 
その理由をひも解いていくと、生き残るための秘策が見えてくる。 

たとえば、商店街にあるあの書店はなんで生き残っているんだろうか。 
バイパス沿いのレンタルショップには、あそこよりもはるかに品揃えの多い謹籍売り場があるというのに。 
あの書店は、単に本を売ることだけで売り上げを立てているわけではない。 
県南新聞の販売代理店で、この街の新聞をほぼ独占できるとすれば、それはこの街の折り込みチラシを独占しているに等しい。 
もしかして、書籍の売り上げや新聞自体の売り上げよりも、折り込みチラシからの広告費の売り上げのほうが多いかもしれない。 
しかも、表にステッカーも貼ってあったんで、間違いないと思うが、あの書店は教科書販売店でもあるので、そこも独占しているはずだ。 
つまり、もし、本が売れなかったとしても、経営が成り立つんだよ。 
だから、シャッターが下ろされていない」 

「そうすると、スポーツ用品店もそうですよね。 
小学校から高校まで、学校の体操着や指定のシューズの独占販売権を持っていますから、それによる売り上げが大きいんでしょうね。 
草野球チームの審判などもしていますから、野球道具も多くはあそこから買うでしょうし、学校の先生たちとのつながりも深いので、部活などで使うスポーツ用品も、あそこから買うことになりますね」 

「と、すると、文房具屋はどうだろうか? 
同じような構造、心あたりはあるか?」 

「あの文房具屋さんは、印刷会社も兼ねていて、街の多くの人が昔からの習慣で名刺や年賀状の印刷をあそこに頼んでいるんです。 
それに、近くのあの仕立屋さんは、昔から地元の名士たちがオーダーメイドのスーツを頼むところで、この街以外からも注文が入るということです」 

「どうだ、見えてきたんじゃないか?」 

はい、と私は頷く。 
「シャッター商店街でシャッターを下ろしていないのは、みんな店頭には現れない”お得意さん”を持っていて、そこからの売り上げがある程度計算できるところばかりなんですね。 
だから、商店街の人通りが少なくなっても、閉店に追い込まれないで済んでいる」 

そのとおり、と中沢は言う。 
「”お得意さん”といえば、聞こえがいいが、その真実は既得権益だよ」 

「既得権益?」 

「長い間営業を続けてきたことによって、それぞれが獲得してきた、いわば”商売のうまみ”のことだ。 
これをがっちり握っていることによって、同業者の新規参入が難しくなる。 
たとえば、いまさらこの街で県南新聞の代理店をしようとしたって、顧客のほとんどをあの書店に押さえられているんで商売にならない」 

なるほど、それが参入障壁になって、自分の商売は安泰になるってことか。 
「でも、それじゃあ、既得権益がない『麗』は、絶望的ってことですね」 

そう言って、ため息をつこうとすると、中沢は打ち消すように、まったくわかってないな、と言った。 
「この店にもあったんだよ、既得権益が。 
だから、シャッターを下ろさずに済んでいたんだよ」 

「どういうことですか?」 
既得権益があれば、苦労はしない。 
現実、いま、うちはほとんど売り上げがないのだ。 

「既得権益、というか、『麗』の場合は、お母さん自体が既得権益のような機能を果たしていたんじゃないかな」 

母の日記を開いた。 
「6月21日。 
今日は、1日中雨が降っていた。 
早坂さんは娘さんの結婚式で、どうしても麗で化粧をしてほしいと言ってくれていて、美容室の帰りにうちに寄ってくれた。 
気温はそれほど高くはなかったけれども、湿度が思ったよりも高い。 
式場ではエアコンがついているだろうけれども、早坂さんは新婦の母として、お酌に回らなければならないだろうから、緊張とストレスで、脂が浮いてくるのが心配だった。 
もともと、若い頃はニキビが出ていたというし、いまでも脂症だというから。 
結婚式なら、最後に新婦がお母さんに手紙を読むのが定番で、泣けば化粧も崩れるだろうから、もちもちとした早坂さんの肌に合わせて、ファンデーションはいつもよりも落ちにくいものを選び、アイメイクも泣いても黒い涙にならない程度に、けれども、新婦の母として凛としていられる程度に雅に仕上げた。 
早坂さんのメイクは最後まできっちり持ってくれて、黒い涙にもならずに済み、私はほっと胸をなでおろした」 

この日が特別なのではない。 
どの日も、どのような気候だったのか。 
それに合わせて、どのようにメイクをしたのか。 
またはどんなアドバイスをして、どの化粧品を売ったのか、お客様の好みと肌質はどうなのか、ということを、本当に細かく書き込んでいたのだ。 
「これだよ、これがこの店の中枢だったんだよ」 


*1分で感動 より転載 

     まさに ”人とひとが集いつながり、一人ひとりが輝き活きる”。 

*シリコンバレーを拠点に活躍し、2012年の日経ビジネス「次代を創る100人」にも選出された外村さんは、日本人起業家のロールモデルとも評される存在。近年は後進の育成にも力を注ぎ、小中高生の自宅へのホームステイを受け入れるなど、意外なエピソードを交えながら熱く語るその姿は、周囲の人を魅了してやみません。その行動力と日本への想いの源泉を伺います。 

                 130612

◇大切なのは、1にも2にも“人とのつながり” 
                  いいネットワークを構築するにはまず与えること 

・シリコンバレーと東京の往復はさぞかし大変ではないかと思うのですが。 
根が“おせっかい”なところも影響してか、本業以外でもいろいろなことに首を突っ込む悪い癖があって、日本滞在が1日に満たないこともあります(笑)。夢中になると後先あまり考えない面があるんですよ。でも、そのおかげで予期しないところからお返しがくることも多い。よくGive & Takeと言いますが、Giveが先なのが大事なんですよね。でも最近の日本から来る人は求めることが先の人が多すぎるのかもしれません。たとえば、あるシリコンバレーの有名企業の見学の申し込みは7割方日本からだそうですが、自分の目的だけ果たすとお礼状も出さない人が多いという話を聞きます。 
自分のやりたいことが先にあるのではなく、自分ができることで、相手にとって助かることを先にやってあげる方がいいんです。ブログやソーシャルで実践した人も多いと思いますが、人にとっていい情報をあげていると後から付加価値ががついて返ってくるもの。儲けよう、得しようと短期的に考えない方が、結局は得するのではとよく言うんですよ。 

・外村さんは講演やインタビューでも、人と人との関係の大切さを述べていますね。 
1番大事なものは、ネットワーク。そして、2番も3番もネットワークじゃないでしょうか。 
人的ネットワークの重要性は学生時代から感じていましたが、シリコンバレーでの生活の中でこれがトッププライオリティになりました。おそらく一般的にはシリコンバレーといえば、アイデアだとか技術だと思われるでしょう。もちろんそれも欠かせませんが、名刺交換会とかフェイスブックのフォロワーの数では表せない “いい人的ネットワーク”がとても大切なんです。分かりやすく表現するなら、自分を信頼してくれて使える奴と思ってくれる人の数と言ってもいいかもしれない。 

そして、一旦信頼関係が築かれると、アメリカ人はタイミングよくヘルプするのもうまい。もちろんビジネス上のつながりも重要なんですが、個人対個人で信頼し合えるようなリレーションを作れているかが非常に大事ですね。 
外村さんは外資系のコンサル会社、アップル社、そしてシリコンバレーで数社の起業を経ていらっしゃいますが、そのすべてに当てはまりますか? 
もちろんです。端的な例でいえば、例えばアメリカのビザの取得でもネットワークがあるかないかで結果が大きく変わります。変な人に頼むと全然だめ。本当にいい弁護士とかいい医者は、紹介じゃないとなかなかたどりつけないですね。仕事探しでも、行きたい会社に正面切って申し込むのは実は遠回りだし、その時点でいわば負け(笑)。就職や採用は、LinkedInができる前はコネをつたっていくのが今よりもっと大変だったんですよ。 
学生に講演するとき、レジュメを毎年1回は書きなおせと言っています。LinkedInならさらに便利ですよね。普段からのこういう努力なしに、突然海外で働きたいというのはハードルが高過ぎます。自分の実績を客観的に整理し、プロファイルを作ることができて初めて、海外で仕事をする準備が整ったと言えるのではないでしょうか。名刺に凝るより、LinkedInのプロファイルを充実すべきだと思います。 

・学生はじめ、若い世代を育てようと仕事外でも活動なさっているそうですね。 
私自身、学生の頃から広い世界への興味が尽きなかったんです。アマチュア無線に夢中になったり、バックパッカーとして海外をうろついたことが幸いし、違う世代の人と会話し友達になることがどんどん好きになりました。その過程で、国内外問わず多くの人に助けられてきました。これからは私がその恩返しをする番だと思い、“いいネットワークを作る”という意味も後輩にうまく伝えていきたいと思っているんです。 


◇少年時代のあだ名は「質問君」 
      無線と洋楽に夢中になり、英語への扉が開く 

・高校まで熊本で過ごされたそうですが、どんな幼少時代だったのですか? 
熊本の田舎で生まれました。小学5年生で熊本市内に引っ越すまで、遊び場は近くの川や山。虫取りに魚釣りにと走り回っていましたよ。川で泳いでましたし。 
父は外国航路の船乗りで、無線通信士でした。横浜や岡山の水島から中東へ往復して石油を日本に運んでくるのですが、一度出かけると数ヶ月は戻りません。6歳下の妹が産まれるまでは、母子家庭のような生活でしたね。家にはいつも海外のお菓子や食べ物があり、「外村さんちで初めてグレープフルーツを食べた」なんていわれるような、田舎ではちょっと変わった家で。3歳からピアノも習わされてました。 
外国を身近に感じられるなんて、ハイカラな家だったんですね。 
確かに家には当時珍しいモノは多かったですね。税関もいまよりのんびりだったのでしょう、一度ボルネオから猿を家につれて帰って来て、しばらく家で飼ってたなんてこともあり、現在だったらあり得ない話ですね(爆笑)。で、年に何回か日本の港に父の船が戻ってくると、母と夜汽車でそこまででかけて、荷下ろしが終わるまでの3日ほど巨大な船の中に滞在するんです。田舎ではまだ遠出の旅行自体が珍しかったですし、父に会えることに加え、汽車での旅行自体が楽しみでした。このへんが、のちに旅行好きになるきっかけじゃないでしょうか。 
地元では、就学前から、「質問君」と呼ばれていたんですよ。とにかく「何でなんで?」と何でも聞くから。伝説となっている逸話には、保育園の先生がくしゃみをした時に間髪を入れず「それは横隔膜のけいれんです」といったらしい。かわいくない5歳児ですよね(笑)。読書は小さい頃から大好きで、アーサー・コナン・ドイルなどの推理小説やSFものをよく借り、図書館での貸し出し棒グラフの長さは、いつもダントツでした。 
ただ、英語は全然身近じゃなかったですね。実は、初めてネイティブの英語に触れたのは中学2年生。それも、当時宣教のために日本に来ていたモルモン教宣教師の言葉だったんですから。 

・それは意外な! てっきり、小さな頃から親しまれていたのかと思いました。 
実は、最初に海外の地を踏んだのは、大学2年生の時なんですよ。ただ、外国的なものに全然触れていなかったわけではないんです。父の仕事の影響でしょうか、小さな頃から科学や無線が好きで、小学5年生でアマチュア無線の免許を取り海外の人とむりやり交信しようとしてみたりとか。当時家にはジャンク品のコンデンサーや真空管が山盛りで、ラジオを作るとか、電子系の工作にも夢中でしたね。 

・ご両親も、無線に関係するような方面に進んでほしかったのでしょうか? 
それが、そうではないんです。父は本当は英語の勉強がしたかったそうなんですが、祖父に嫌々無線の勉強をさせられたという経緯があって、息子はそっちにいかせたくなかったらしい。 
中学時代は、当時大ブームになったBCL(Broadcasting Listening / Listenersの略)、短波ラジオに夢中なり、必死にベリカードを集めていました。これで海外からの生音声を聞けるようになり、そして一瞬ですが初めて海外から届くネイティブの英語に触れ、英語がすこし身近になってきました。ただ、教科書以外に勉強したのは、NHKラジオの基礎英語だけなんですよ。それしかなかったので。 
それが時代だったとはいえ、驚かされます。勉強の方はどうだったのですか? 
高校までずっと公立で、学校の成績はまあ良かったんですよ。人より多く本を読んでいたからでしょうね。 
高校のアマチュア無線部では、アンテナや機材が本格的になり、オーストラリアやロシアなどの海外のアマチュア無線家と交信するようになりました。他方、音楽の興味は洋楽に移り、クイーンやビートルズの歌詞を覚え始めたのもこの時期です。ここで好きな無線と音楽が英語という接点で交わってきたんですね。「熊本はこんなところで~」とつたないながらもほぼ毎日英語でハム仲間と交信し、友人とバンドを組んだりと楽しい学生生活でした。そんな毎日でしたから、大学入試には落ちてしまったのですが……。 


◇外資系コンサルからApple、そして起業へ 
       すべては「人」への興味と関わりから── 

・浪人時代が、初めての挫折だったのでしょうか。お話を伺っていると、その状況さえも楽しまれたような感じがします。 
確かに、激しい落ち込みはありましたけれど、新しい場所で毎日新しい経験ができる事にはワクワクしてましたね。お茶の水の駿台で浪人生活を送り、東京大学に進学します。しかし、大学時代は、勉強に打ち込むというよりは、いろんなバイトでの体験が印象深いですね。 

・詳しく教えてください。 
もともと、新しい経験をし、新しい人と知り合いになって話すのが好きでした。特に、10~20歳くらい上の人の話を聞くのが楽しかった。特に、神保町にある小学館プロダクションという会社で小学生向けの教材をつくる仕事や、パソコンを使った塾の講師を長くやった経験が良かったですね。その時の上司や担当役員と話すのが楽しく、学生の自分にはとても勉強になりました。世代が違うと知っていることや得意なことも違っていて、お互いにコントリビューションできるということが実感できたのもこの経験のおかげじゃないでしょうか。 

・そのころから、人との関係の重要性に気づかれたんですね。 
大学時代に社会人体験をさせてもらえたのはありがたい経験でした。他方、勉強してなかったので当然のように留年し(笑)、ただそこで時間ができたのを幸いに初めての海外旅行に出かけたんです。一番安かった切符がスリランカ経由で行くヨーロッパ行き。初めての外国は真夜中に着いたスリランカで、本当に怖かったなぁ。ヨーロッパではユーレイルパスを使いあちこちを電車で回ったのですが、これも得難い体験でした。その旅行中に知り合って、今でも友達づきあいしている人が10人くらいいますよ。モノ的なものよりヒト的な出会いがおもしろい。仕事とか損得勘定抜きに、裸の自分で知り合って仲良くなった人とは、深く長い付き合いになりやすいことも、このころ肌で学びましたね。 
その初めての海外旅行での話ですが、ドイツのノイシュバインシュタイン城を訪ねる電車の中で、アメリカ人のKounis(クーニス)さんという兄弟と知り合ったんです。話を聞くうちに、お兄さんの方はJPL(NASAのジェット推進研究所)勤務でカッシーニの運航責任者だというじゃないですか。自分の興味があった研究所の話で、その偶然にめちゃくちゃ興奮しましたよ。数ヶ月後、今度はアメリカに遊びに行きたいと手紙を出したら、なんと翌年夏に一ヶ月ほど家に滞在させてくれたんです。「なんて心が広いんだろう!」と思いませんか!電車で知り合っただけの東洋人の若者にそんなチャンスをくれるとは、Kounis家の皆さんには、感謝してもしきれないです。もちろん今でも親交が続いています。 
しかし、これは旅行好きの序章でして、その後、50カ国以上の国を訪れることになるとは、まだこのころは想像もできなかったのですが。 

・それで、外資系への就職を考えたのでしょうか。 
必ずしもそういう訳ではないんです。最初は日本企業を考えましたが、入社してみないと配属も何もわからないし、面接官と実際の上司は全然違う人になることが気にかかりました。他方、ベイン&カンパニーの面接で会ったコンサルタントの人たちはとても魅力的で優秀で、この人たちと一緒に働けるなら何よりも自分の勉強になると思ったんです。 
ただ、入社後はめちゃくちゃ辛かった。東大でも真面目に勉強した人とそうでもない人間とは差が激しい(苦笑)。それから3年間、情報収集力や分析力を鍛えてもらったのも今となっては本当にありがたいです。 

・その後、アップルに転職なさった。 
大学の最後に初めてのMacを手に入れたのですが、ベインも当時としては珍しく全員がMacを使っていて、ますます大好きにかつ詳しくなっていたんです。なにより「コンピュータは人の生活を助けて、仕事や趣味を楽しくするためにある」というアップルの基本的な考え方がとても好きでした。アップル入社後、希望していた教育市場開発に携わっていたのですが、3ヶ月で解散となって……。当時のマーケティング部長の原田さん(現在マクドナルドCEO)に呼ばれ、いきなり「広報に男性がいないから行ってくれ」と。最初は嫌でしょうがなかったですよ、それまでまったく想像もしていなかった仕事だし、周りは女性ばかりでしたし。でも、ここで、元々エンジニアだったりMacにやたら詳しかったりしたことが幸いしたんですね。 
プレスから見ると「製品担当者を呼ばなくても詳しい説明のできる変わった広報の人」として通ってしまうんです。もともと人に分かりやすく教えるということが好きだったのですが、さらにプレスリリースを書いたり一般のプレスに技術の説明をしたりする中で、それまでにはなかったコミュニケーションスキルがついたように思います。また、シリコンバレーへの出張も多く、本来の担当じゃない仕事を急に任せられることもあり、土壇場での強さもこのころに鍛えられました。有能な女性社員も多くて、いざとなれば女性の方が踏ん張りが効くことを体感したのもこの時代です。 
当時のアップルは倒産の危機がせまり、Steve Jobsが電撃的に復帰したころ。ドラマチックでした。当時知り合ったプレスの方々やアップル内外の友人には、起業時やそして今も大いに助けてもらっています。 

・シリコンバレーでの起業時のことをお聞かせください。 
それも、元々アップルにいたエンジニアの友人にヨーロッパ留学時代に誘われたことがきっかけです。2000年にシリコンバレーに移り、$12Mの資金調達を成功させて、当時の技術ではできないと言われたストリーミング技術を開発してビジネスデビュー、でも3年後に売却して解散しました。その起業時代に気がついたことなのですが、このシリコンバレーで起業している他の日本人と知り合う方法がなかったんですね。当地のインド人や中国人などは、お互いを助け合える強力なネットワークがいくつもできているんですよ。そこで、2002年にSVJEN(シリコンバレー日本人起業家ネットワーク)というNPOを立ち上げ、最初のプレジデントに就任しました。 

・ビジネスの本業からは離れたところにも注力されるようになった理由は何でしょう? 
日本ラブ、ですよ(笑)。外に出ると、やっぱり、日本の良さが分かるんです。それなのに、日本の元気が徐々になくなっていくことに危機感を感じています。だからこそ、自分が何か役に立つことには関わりたいという想いがあるんです。 


◇日本と海外を結ぶ架け橋になることができれば 

・具体的に、外村さんが今活動なさっていることをお教えください。 
エバーノート株式会社の会長としての仕事が第一です。ですが、海外で活躍しようと考えている日本人の後押しも継続しています。SVJENではシリコンバレーの日本人起業家の数を増やし成功を応援することをミッションとしていましたが、その後はさらに若い層をアシストすることにシフトしています。例えば、IPA(独立行政法人情報処理推進機構)による人材発掘事業「未踏」は、日本の素晴らしいエンジニアを発掘しているのに、その先まではケアできていなかった。そこで、未踏の受賞者をシリコンバレーに呼んでプレゼンしたりビジネスマッチング試みるツアーを数回行ってみました。その後はさらに低年齢層にも注目して、iD Tech camp(小中高生が夏休みに体験するITプログラムのキャンプ)に日本から参加する子供たちの世話をしたりしました。このつながりで、のちにライフイズテックの立ち上げをアドバイザー的に手伝うことにつながりまして、今は日本の子供も同様のプログラミングキャンプを経験できるようになっています。 
ウチに泊まっていく子もいますよ。iPadの日本発売が遅れたとき、「どうしても欲しいのでアメリカで買ってもらえませんか」とツイッター経由で連絡をくれた知らない子がいて、何者だ?と思ってブログを見たら、しばらく前にアスキーで記事を読んだ中学生プログラマでした。驚きましたが、頼もしく嬉しくもあり、ぜひ本人に会って話してみたくて、iPadを手に入れて大阪まで届けに行きました。お年玉を貯めたお金で買いますという話がいじらしかった。 

・そこまでなさるなんて、感服します。 
おせっかいで世話好きという性格も関係していますが(笑)、基本は、私が若いときに経験させてもらったことへのお返し+若干の利子ですかね。 
あと、アメリカに住んでますます強く感じるようになったんですが、日本人のプレゼンの仕方とか話のまとめ方について─語学の能力を越えたコミュニケーション能力で不利になっているケースが多くて本当にもったいなく思っていましたから、ぜひ、学生時代から鍛える機会を若い人に与えたかった。この想いは、2010年に出版された『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則』の日本語版発行にも繋がりました。この本は、私が友人に「素晴らしい本なので版権を買って日本でぜひ出してくれ!」と連絡したところから始まったもので、ビジネス的な契約などいっさいなかったんです。 
最近話題になった伊藤園のお茶や、エバーノート対応で全世界のシェア拡大につながったPFUのScanSnapなどにも通じるのですが、私やエバーノートが、日本人の才能や素晴らしい製品がすこしでもグローバルマーケットにつながっていくための架け橋になれたらいいなと考えているんです。 

・手応えは、いかがでしょうか。そして、外村さんとエバーノートとの関わりについてもお教えください。 
中学生だった彼とは今も交流があり、その後仲間と共にシリコンバレーに毎年きてますね。彼はtehuさん( @tefutefuapple )というのですが、最近はすっかりIT業界では有名な高校生になってしまい、テレビに出演したりもしているようです。彼は日本の大学に行くことしか考えてなかったそうですが、シリコンバレー経験のあとは、アメリカの大学に行くことに進路を切り替えたそうで、その視野の広がりに少しでも後押しになったと思うと嬉しいですね。 

私とエバーノートについては、たまたまその当時アドバイザーをやっていたベンチャー企業の隣にエバーノートがあったんです。理由は意外と単純で、期待されるようなドラマはあまりないんです。それで、CEOのフィル・リービンから日本でちゃんとやりたいからアドバイスがほしいと言われ、最初は週1でアドバイザー、次はハーフタイム、そしてフルでとなりました。 
自分のこれまでのキャリア、コンサルタント、広報/マーケ、起業の苦労やネットワーク……といったすべての経験がエバーノートでいま活かされていると思います。そうそう、裏話ですが、エバーノート日本法人設立発表の会見が、フィルにとって初の記者会見だったんですよ!彼はすでに3社もの会社の創立に携わっていたのに。フラッシュを浴びて顔を真っ赤にしていたのが、今はとても懐かしいです。 

・それは驚きました。エバーノートの今後の展開についてもお聞かせください。 
日本との関わりが深い会社です。現在、世界のアクティブユーザーの中で、アメリカが約30%、日本はそれに次ぐ二位で約20%なんです。また中国と韓国で昨年サービス開始したのですが両国とも急成長していて、すでにそれぞれ5%ほどの割合を占めるようになりました。中国や韓国では書類化や保存の考え方などがカルチャー的に日本と似ている事もあるのでしょうね。昨年は台湾でもスタートしましたし、日本での成功のさらなる横展開を進めているところです。 

そういった事業展開にあたっても、「人」というのは最も大切。実は私はLinkedInを2003年から使っているのですが、これは端的に役立ちます。たとえば、ある人物に会うためのルートがわかれば、アプローチの戦略が立てやすい。ミーティングする出席者のプロフィールを事前に研究しておくこともできます。これから会う人と仲良くなるためのツールとしても役立ちますね。 
人のつながり、“いいネットワーク”形成はビジネスにも個人と個人にとっても不可欠ということなんですね。 
そのとおりです。私は、熊本時代を経て、東京、MBA取得のためのヨーロッパ、そしてシリコンバレーとわたり歩きました。こうやってお話しすると、いつの時代も人とのつながりに助けられてきたことを改めて実感します。 

・最後に、ご多忙な外村さんの働きぶりに、ご家族は心配なさってないのでしょうか? 
家族は、妻と11歳、8歳の姉妹と6歳の長男ですが、幸いにして、お客さん好きで、特に日本から来た学生さんと遊ぶのを楽しみにしているんです。子供にとってもいい刺激になっていると思います。 
妻も大学卒業以来ずっと働いていて、ヨーロッパには一緒にMBAを取りに行きました。というより、正直、私が引きずられて行ったようなものですね。98年に彼女がフランスのINSEADでMBAを取る間は私は主夫、翌年に交代してスイスのIMDに行きました。もし私が仕事をやめてしばらく休息することになれば、次は彼女がフルに仕事復帰すると思います。これまでも片方が忙しいときは片方がサポートに回ってという分担でやってきました。こういう柔軟な働き方を許容してくれるのも、シリコンバレーの良さですね。 
日本にはこういう働き方や考え方はまだ珍しいのかもしれません。でも、数年前に私の話を聞いて「こんな夫婦もいるのだから、僕たちも結婚しよう」と彼女にプロポーズし、実際に結婚してから夫婦で順番にMBAを取り、それぞれ別の国で働いている若いカップルもいるんですよ。うれしい話です。 
大学で講演する際、私は学生に「あんな人でも大丈夫なんだ」と思われたら、成功だと考えています。田舎に生まれ育ったのに、子どもの頃から広い世界への興味が尽きなかったことで、違う世代の人と会話し友達になることがどんどん好きになった。多忙ではあるのですが、自分が色んな人からもらったものを恩返しする意味で “いいネットワークを作る” ということを多くの人に伝え続けるべきだと思っています。これからも"Give"の精神で、色んな人をサポートしていきたいと思っています。 


LinkedIn プロフェッショナルインタビューより 転載 
 

ただ長生きするためではなく、アンチエイジングでもなく、”すてきに活きる”ために、ひとりでも多くの方に私たちが本来持っていた免疫力を取り戻すチャンス(機会)をお届けしたい。 

そのために、リーズナブルに高濃度ラドン浴ができるホルミシスルームのレンタルを始めます。 

TOTOホームサウナに六角ガイアストーンパネルを取り付けた高濃度ホルミシスルームを、お友達、家族で有効にシェアして活用ください。 

人とひとが集いつながり、一人ひとりが輝き活きる場づくりのお役に立てたら、嬉しいです。 


◇ラドン浴ができるホルミシスルーム 
 ラドンは、全身の血流を改善し、細胞を活性化、自律神経のバランスを整えます。 
 その結果、免疫力を高め、本来の自己治癒力を引き出し、さまざまな精神的、肉体的 
 不調を改善します。 
  ・免疫力により”がん細胞と共生”が可能になり、QOLを維持することができます。 

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<レンタル料金> 

   レンタル期間    レンタル料金     保証金      送料(往復) 
     3ヶ月       120,000円     100,000円     別途負担 
     6ヶ月       220,000円     150,000円     別途負担 
    12ヶ月       400,000円     200,000円     別途負担 

 お友達と1時間1,000円で、20時間/月シェアすると、3ヶ月で 60,000円 
                    40時間/月シェアすると、3ヶ月で120,000円 

  ==>> レンタル費用の実質負担額が、半分 ~ 無料で、ホルミシスルームを 
         利用することができます。
 


   また、ビジネスとして気軽に取り組むこともできます。 

   さらに本格的にビジネスとして取り組む自信ができたら、ホルミシスルームを 
   購入することもできます。



詳しくは、
 ◇ホルミシスルームをレンタルします。 
         http://rental-tokimeki-tei.jimdo.com/ 

 

チョウやカブトムシが 
幼虫から蛹(さなぎ)になって、 
蛹から成虫へと 
姿を変える、 

あれを変態って 
言うんですよね。 

幼虫から蛹になる時ってね、 
いったん自分の体を 
すべて溶かして、 
もう一度最初から体を 
つくり直すんです。 

大きな賭けですよね。 

だって蛹になったら 
自由に動き回ることが 
一切できなくなるんですから。 

ひょっとしたら、 
他の生物に 
食べられてしまうかも 
しれない。 

急な暑さ寒さに 
やられてしまうかも 
しれない。 

うまく 
成虫になれないかも 
しれない。 

幼虫のままでいた方が 
ずっとずっと安全に 
過ごすことができるのに…。 

それでも 
昆虫たちは必ず、 
自分の意志で 
蛹になることを 
選び取るんです。 

蛹になるということ。 

それは、 
イヤなことや辛いこと、 
悲しみや苦しみに 
包まれることを 
丸ごと受け入れる、 
ということです。 

大きく羽ばたくためには 
どうしても 
悲しみや苦しみが必要で、 
それを 
自分の力で選び取り、 
丸ごと受け入れなければ 
ならない。 

きっと 
私たちの人生も 
同じなんでしょうね。 

態という字って、 
「状態」「在り方」 
という意味なんだそうです。 

自分の在り方を 
変えること。 

つまり、 

「自分の意志で、 
 自分の人生を切り拓く」 

ということ。 

これが 
変態の意味なんです。 

ね。 
変態って素敵でしょ。 



小玉さんからいただいたすてきなメッセージです。 

商品としてはグーグル・グラスやアップルが計画していると噂されるiWatchなどがウエアラブル・デバイスの例だが、 
キーボードはおろか、タッチスクリーンすら無いフォームファクタですから、コマンドの入力はボイスか、若しくはイメージがインターフェースになる。 

幸福感は他人に伝わりやすく、家族や友人などの社会集団の中でさざ波のように広がるが、職場では同僚の感情にあまり影響を受けない――。 

このような研究結果が5日、英医学誌「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(British Medical Journal、BMJ)」で発表された。 


研究結果によると、他人の感情は、同居人よりも隣人や友人からのほうが伝染しやすく、職場では幸せな同僚がいても影響を受けない。これは、社会的状況が感情の伝染を抑止している可能性がある。 

1マイル以内(約1.6km)に住む友達(家族を含む)が幸せになったとき、将来自分が幸せになる確率は25%上がります。仕事での人間関係の場合は該当しません。 




 1.幸せな人は幸せな人同士でつながっている傾向がある。 
 2.最大「3度の隔たり」までの人(友達の友達の友達)が幸せだと、自分も幸せである傾向が高い。 
 3.周りの友人が幸せだと、幸せになりやすい。 
 4.配偶者や親戚よりも、物理的に近くに住んでいる友人が幸せだと自分も幸せになる 傾向がある。 
 5.職場の仲間が幸せだからといって、自分も幸せになるわけではない。 
 6.幸せの伝染にはフェイス・ツゥ・フェイスのコンタクトが重要です。 

                                            ということが示唆された。

大きな1枚の絵としてプレゼンを作り、まるで物語を語るようにプレゼンテーションができるツール「Prezi(プレジー)」が凄い! 


“Preziはプレゼンテーションというアートを、新たに考案しています。 
一元的な考え方に別れを告げ、代わりに、相互接続スタイルでの考え方、柔軟性、予想外の「なるほど!」を歓迎するのです” 
                                     TEDキュレーター ― クリス・アンダーソン 




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