人生という名の遊び場で、いま、ここを活かされ、すてきに活きる

時代の本質をとらえた、心に残るすてきなメッセージ[構想、視点、こころ]と、新たな気付きをあなたに届けます。みずみずしく、活き活きとした、すてきな旬(ときめき)を一緒に探しにいきましょう。      ◆◇たきがみ博士が選ぶ”すてきなメッセージ”のおすそわけ◇◆

2013/10


 1.望む現実を創るとは、望む自分を創ること 

 2.すべての壁は、自分の内にある 

 3.できるかできないかではなく、やるかやらないか 

 4.やる人は「時間」を作り、やらない人は「理屈」を作る 

 5.他人の期待ではなく、自分の期待に応えられる自分になる 

 6.現状維持より、冒険を選ぼう 

 7.他人を変える一番良い方法は、自分を変えること 

 8.転ぶ人ほど、転び方がわかる 

 9.自分の苦しんだ経験が、他人の役に立つ 

10.「辛」+「一」=『幸』 

11.人は、賛成意見に勇気づけられ、反対意見で成長する 

12.最大のピンチは、最大のチャンス 

13.大変とは、大きく変わること 

14.樹木は上に伸びる前に、下に伸びる。

15.うまくやるより、本気でやる 

16.できない理由は、できる理由 

17.楽な日々は過ぎ去る、充実した日々は積み重なる 

18.最も空しい人生とは、すべてが思い通りになる人生である 

19.辛いから逃げるのではなく、逃げるから辛くなる 

20.人間関係とは、他人を通して自分自身との付き合い方を学ぶ機会 

21.嘘をつくことの最大の欠点は、あなたが人から信じてもらえなくなることではなく、
   あなたが、人を誰ひとり信じられなくなること 

22.人は、“欲しいもの”ではなく、“自分と同じのもの”を引き寄せる

23.だから、素敵な恋人を求める前に、素敵な自分になろう

24.愛してもらおうとする前に、愛する人になろう 

25.劣等が劣等感を生むのではなく、劣等感が劣等を生み出す 

26.自分の短所を受け入れるとき、自分らしさという魅力が生まれる 

27.幸せは、得るものではなく、気づくもの 

28.何をするのかよりも、なぜするのか 

29.二度と会えないと思って、相手の話を聞こう 

30.大切なものほど、身近にある 

31.相手にくだす価値判断は、すべて自分に対する価値判断 

32.不平不満の多い人というのは、感謝が足りないだけ 

33.何が起こったかではなく、起こったことに対して、あなたがどうするか 

34.幸せだから感謝するのではなく、感謝するから幸せに感じる 

35.幸と不幸は表裏一体、独立しては存在できない 

36.「できない」苦しみが無かったら、「できた」喜びは生まれない 

37.人生で恐れることは何もなく、学ぶことがあるだけ 

38.「築いた者」より、「気づいた者」が 成長する 

39.ただしい人生から、たのしい人生へ 

40.いつかやるではなく、 “今”できることからやる 

42.現実は 外の世界で起こっているのではなく、心が創り出している 

43.「幸」、「不幸」は存在しない、その人の心が決めているだけ 

44.答えは、すべて自分の中にある 

45.すべては、うまくいっている


涙が心を洗い 言葉があなたを変える から転載
 

 第26回IBBYニューデリー大会(1998年)基調講演
  子供の本を通しての平和--子供時代の読書の思い出--美智子

               131031
                  皇后陛下  (宮内庁)        
 

ジャファ夫人,デアルデン夫人,IBBYの皆様

第26回国際児童図書評議会(IBBY)ニューデリー大会の開催に当たり,思いがけず基調講演者としてお招きを受けました。残念なことに,直接会議に参加することが出来ず,このような形でお話をさせて頂くことになりましたが,遠く日本より,この度のニューデリー大会の開催をお祝いし,御招待に対し厚くお礼を申し上げます。

大会の行われている印度の国に,私は沢山の懐かしい思い出を持っています。1960年,当時皇太子でいらした天皇陛下と共に印度を訪れた時,私は26歳で,生後9ヶ月になる一児の若い母であり,その13年前,長い希望の年月を経て独立を果たした印度は,プラサド大統領,ラダクリシュナン副大統領,ネルー首相の時代でした。この方々のお話――自由と民主主義,平和への思い――を,心深く伺った日々,又,人々の歓迎に包まれて,カルカッタ,ニューデリー,ボンベイ,アグラ,ブダガヤ,パトナを旅した日々のことを,今懐かしく思い出しつつ,印度国際児童図書評議会によりとり行われる今大会の御成功を,心からお祈りいたします。

大会のテーマである「子供の本を通しての平和」につき,私にどのようなお話が出来るでしょうか。今から3年前,1995年3月に,IBBYの印度支部会長,ジャファ夫人のお手紙を受けとったその日から,私は何回となく,この事を自分に問いかけて来ました。

私は,多くの方々と同じく,今日まで本から多くの恩恵を受けてまいりました。子供の頃は遊びの一環として子供の本を楽しみ,成人してからは大人の本を,そして数は多くはないのですが,ひき続き子供の本を楽しんでいます。結婚後三人の子供に恵まれ,かつて愛読した児童文学を,再び子供と共に読み返す喜びを与えられると共に,新しい時代の児童文学を知る喜びも与えられたことは,誠に幸運なことでした。

もし子供を持たなかったなら,私は赤ずきんやアルプスのハイジ,モーグリ少年の住んだジャングルについては知っていても,森の中で動物たちと隠れん坊をするエッツの男の子とも,レオ・レオーニの「あおくん」や「きいろちゃん」とも巡り会うことは出来なかったかもしれないし,バートンの「ちいさいおうち」の歴史を知ることもなかったかもしれません。トールキンやC・S・ルイス,ローズマリー・サトクリフ,フィリッパ・ピアス等の名も,すでに子供たちの母となってから知りました。しかし,先にも述べたように,私はあくまでごく限られた数の本しか目を通しておらず,研究者,専門家としての視点からお話をする力は持ちません。又,児童文学と平和という今回の主題に関しても,私は非常に間接的にしか,この二つを結びつけることが出来ないのではないかと案じています。

児童文学と平和とは,必ずしも直線的に結びついているものではないでしょう。又,云うまでもなく一冊,又は数冊の本が,平和への扉を開ける鍵であるというようなことも,あり得ません。今日,この席で,もし私に出来ることが何かあるとすれば,それは自分の子供時代の読書経験をふり返り,自分の中に,その後の自分の考え方,感じ方の「芽」になるようなものを残したと思われる何冊かの本を思い出し,それにつきお話をしてみることではないかと思います。そして,わずかであれ,それを今大会の主題である,「平和」という脈絡の中に置いて考えてみることができればと願っています。

生まれて以来,人は自分と周囲との間に,一つ一つ橋をかけ,人とも,物ともつながりを深め,それを自分の世界として生きています。この橋がかからなかったり,かけても橋としての機能を果たさなかったり,時として橋をかける意志を失った時,人は孤立し,平和を失います。この橋は外に向かうだけでなく,内にも向かい,自分と自分自身との間にも絶えずかけ続けられ,本当の自分を発見し,自己の確立をうながしていくように思います。

私の子供の時代は,戦争による疎開生活をはさみながらも,年長者の手に護られた,比較的平穏なものであったと思います。そのような中でも,度重なる生活環境の変化は,子供には負担であり,私は時に周囲との関係に不安を覚えたり,なかなか折り合いのつかない自分自身との関係に,疲れてしまったりしていたことを覚えています。

そのような時,何冊かの本が身近にあったことが,どんなに自分を楽しませ,励まし,個々の問題を解かないまでも,自分を歩き続けさせてくれたか。私の限られた経験が,果たして何かのお役に立つものかと心配ですが,思い出すままにお話をしてみたいと思います。

まだ小さな子供であった時に,一匹のでんでん虫の話を聞かせてもらったことがありました。不確かな記憶ですので,今,恐らくはそのお話の元はこれではないかと思われる,新美南吉の「でんでんむしのかなしみ」にそってお話いたします。そのでんでん虫は,ある日突然,自分の背中の殻に,悲しみが一杯つまっていることに気付き,友達を訪(たず)ね,もう生きていけないのではないか,と自分の背負っている不幸を話します。友達のでんでん虫は,それはあなただけではない,私の背中の殻にも,悲しみは一杯つまっている,と答えます。小さなでんでん虫は,別の友達,又別の友達と訪ねて行き,同じことを話すのですが,どの友達からも返って来る答は同じでした。そして,でんでん虫はやっと,悲しみは誰でも持っているのだ,ということに気付きます。自分だけではないのだ。私は,私の悲しみをこらえていかなければならない。この話は,このでんでん虫が,もうなげくのをやめたところで終っています。

あの頃,私は幾つくらいだったのでしょう。母や,母の父である祖父,叔父や叔母たちが本を読んだりお話をしてくれたのは,私が小学校の2年くらいまででしたから,4歳から7歳くらいまでの間であったと思います。その頃,私はまだ大きな悲しみというものを知りませんでした。だからでしょう。最後になげくのをやめた,と知った時,簡単にああよかった,と思いました。それだけのことで,特にこのことにつき,じっと思いをめぐらせたということでもなかったのです。

しかし,この話は,その後何度となく,思いがけない時に私の記憶に甦って来ました。殻一杯になる程の悲しみということと,ある日突然そのことに気付き,もう生きていけないと思ったでんでん虫の不安とが,私の記憶に刻みこまれていたのでしょう。少し大きくなると,はじめて聞いた時のように,「ああよかった」だけでは済まされなくなりました。生きていくということは,楽なことではないのだという,何とはない不安を感じることもありました。それでも,私は,この話が決して嫌いではありませんでした。

私が小学校に入る頃に戦争が始まりました。昭和16年(1941年)のことです。四学年に進級する頃には戦況が悪くなり,生徒達はそれぞれに縁故を求め,又は学校集団として,田舎に疎開していきました。私の家では父と兄が東京に残り,私は妹と弟と共に,母につれられて海辺に,山に,住居を移し,3度目の疎開先で終戦を迎えました。

度重なる移居と転校は子供には負担であり,異なる風土,習慣,方言の中での生活には,戸惑いを覚えることも少なくありませんでしたが,田舎での生活は,時に病気がちだった私をすっかり健康にし,私は蚕を飼ったり,草刈りをしたり,時にはゲンノショーコとカラマツ草を,それぞれ干して4キロずつ供出するという,宿題のノルマにも挑戦しました。8キロの干草は手では持ちきれず,母が背中に負わせてくれ,学校まで運びました。牛乳が手に入らなくなり,母は幼い弟のために山羊を飼い,その世話と乳しぼりを私にまかせてくれました。

教科書以外にほとんど読む本のなかったこの時代に,たまに父が東京から持ってきてくれる本は,どんなに嬉しかったか。冊数が少ないので,惜しみ惜しみ読みました。そのような中の1冊に,今,題を覚えていないのですが,子供のために書かれた日本の神話伝説の本がありました。日本の歴史の曙のようなこの時代を物語る神話や伝説は,どちらも8世紀に記された2冊の本,古事記と日本書紀に記されていますから,恐らくはそうした本から,子供向けに再話されたものだったのでしょう。

父がどのような気持ちからその本を選んだのか,寡黙な父から,その時も,その後もきいたことはありません。しかしこれは,今考えると,本当によい贈り物であったと思います。なぜなら,それから間もなく戦争が終わり,米軍の占領下に置かれた日本では,教育の方針が大巾に変わり,その後は歴史教育の中から,神話や伝説は全く削除されてしまったからです。

私は,自分が子供であったためか,民族の子供時代のようなこの太古の物語を,大変面白く読みました。今思うのですが,一国の神話や伝説は,正確な史実ではないかもしれませんが,不思議とその民族を象徴します。これに民話の世界を加えると,それぞれの国や地域の人々が,どのような自然観や生死観を持っていたか,何を尊び,何を恐れたか,どのような想像力を持っていたか等が,うっすらとですが感じられます。

父がくれた神話伝説の本は,私に,個々の家族以外にも,民族の共通の祖先があることを教えたという意味で,私に一つの根っこのようなものを与えてくれました。本というものは,時に子供に安定の根を与え,時にどこにでも飛んでいける翼を与えてくれるもののようです。もっとも,この時の根っこは,かすかに自分の帰属を知ったという程のもので,それ以後,これが自己確立という大きな根に少しずつ育っていく上の,ほんの第一段階に過ぎないものではあったのですが。

又,これはずっと後になって認識したことなのですが,この本は,日本の物語の原型ともいうべきものを私に示してくれました。やがてはその広大な裾野に,児童文学が生まれる力強い原型です。そしてこの原型との子供時代の出会いは,その後私が異国を知ろうとする時に,何よりもまず,その国の物語を知りたいと思うきっかけを作ってくれました。私にとり,フィンランドは第一にカレワラの国であり,アイルランドはオシーンやリヤの子供達の国,インドはラマヤナやジャータカの国,メキシコはポポル・ブフの国です。これだけがその国の全てでないことは勿論ですが,他国に親しみをもつ上で,これは大層楽しい入口ではないかと思っています。

2,30年程前から,「国際化」「地球化」という言葉をよくきくようになりました。しかしこうしたことは,ごく初歩的な形で,もう何十年――もしかしたら100年以上も前から――子供の世界では本を通じ,ゆるやかに始まっていたといえないでしょうか。1996年の「子供の本の日」のためにIBBYが作ったポスターには,世界の家々を象徴する沢山の屋根を見おろす上空に,ぷっかりと浮かんで,楽しげに本をよんでいる一人の少年が描かれていました。遠く離れた世界のあちこちの国で,子供達はもう何年も何年も前から,同じ物語を共有し,同じ物語の主人公に親しんで来たのです。

父のくれた古代の物語の中で,一つ忘れられない話がありました。

年代の確定出来ない,6世紀以前の一人の皇子の物語です。倭建御子(やまとたけるのみこ)と呼ばれるこの皇子は,父天皇の命を受け,遠隔の反乱の地に赴いては,これを平定して凱旋するのですが,あたかもその皇子の力を恐れているかのように,天皇は新たな任務を命じ,皇子に平穏な休息を与えません。悲しい心を抱き,皇子は結局はこれが最後となる遠征に出かけます。途中,海が荒れ,皇子の船は航路を閉ざされます。この時,付き添っていた后,弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)は,自分が海に入り海神のいかりを鎮めるので,皇子はその使命を遂行し覆奏してほしい,と云い入水し,皇子の船を目的地に向かわせます。この時,弟橘は,美しい別れの歌を歌います。

さねさし相武(さがむ)の小野(をの)に燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて問ひし君はも

このしばらく前,建(たける)と弟橘(おとたちばな)とは,広い枯れ野を通っていた時に,敵の謀(はかりごと)に会って草に火を放たれ,燃える火に追われて逃げまどい,九死に一生を得たのでした。弟橘の歌は,「あの時,燃えさかる火の中で,私の安否を気遣って下さった君よ」という,危急の折に皇子の示した,優しい庇護の気遣いに対する感謝の気持を歌ったものです。

悲しい「いけにえ」の物語は,それまでも幾つかは知っていました。しかし,この物語の犠牲は,少し違っていました。弟橘の言動には,何と表現したらよいか,建と任務を分かち合うような,どこか意志的なものが感じられ,弟橘の歌は――私は今,それが子供向けに現代語に直されていたのか,原文のまま解説が付されていたのか思い出すことが出来ないのですが――あまりにも美しいものに思われました。「いけにえ」という酷(むご)い運命を,進んで自らに受け入れながら,恐らくはこれまでの人生で,最も愛と感謝に満たされた瞬間の思い出を歌っていることに,感銘という以上に,強い衝撃を受けました。はっきりとした言葉にならないまでも,愛と犠牲という二つのものが,私の中で最も近いものとして,むしろ一つのものとして感じられた,不思議な経験であったと思います。

この物語は,その美しさの故に私を深くひきつけましたが,同時に,説明のつかない不安感で威圧するものでもありました。

古代ではない現代に,海を静めるためや,洪水を防ぐために,一人の人間の生命が求められるとは,まず考えられないことです。ですから,人身御供(ひとみごくう)というそのことを,私が恐れるはずはありません。しかし,弟橘の物語には,何かもっと現代にも通じる象徴性があるように感じられ,そのことが私を息苦しくさせていました。今思うと,それは愛というものが,時として過酷な形をとるものなのかも知れないという,やはり先に述べた愛と犠牲の不可分性への,恐れであり,畏怖(いふ)であったように思います。

まだ,子供であったため,その頃は,全てをぼんやりと感じただけなのですが,こうしたよく分からない息苦しさが,物語の中の水に沈むというイメージと共に押し寄せて来て,しばらくの間,私はこの物語にずい分悩まされたのを覚えています。

疎開中に父が持って来てくれた本の中で,あと3冊,私の思い出に残っている本があります。これは兄の持っていた本で,いつか読みたいと思っていたものを,父に頼んで借りてきてもらったものでした。3冊共「日本少国民文庫」というシリーズに含まれていました。「少国民文庫」は全部で15,6冊あり,「人間はどれだけの事をして来たか」「人類の進歩につくした人々」「発明物語 科学手工」「スポーツと冒険物語」などという題で1冊ごとがまとめられています。父はこの時,その中の「日本名作選」1冊と,「世界名作選」2冊を選んで持って来てくれました。

この文庫が始めて刊行されたのは昭和11年(1936年),兄は五つで,私はまだ二つの頃です。その後戦争中の昭和17年(1942年)に改訂版が出されており,母が兄のために買ったのは,兄の年令から見てもこれであったと思います。今私の手許にあるものは,今から十数年前に入手した,昭和11年(1936年)版のうちの数冊ですが,「名作選」の内容は記憶のものとほぼ一致しますので,戦前も戦中も,あまり変化はなかったものと思われます。

今この3冊の本のうち,「世界名作選」二巻を開いてみると,キプリングのジャングル・ブックの中の「リッキ・ティキ・タヴィー物語」や,ワイルドの「幸福の王子」,カレル・チャペックの「郵便配達の話」,トルストイの「人は何によって生きるか」,シャルル・フィリップやチェーホフの手紙,アン・モロー・リンドバーグの「日本紀行」等が並んでいます。ケストナーやマーク・トウェイン,ロマン・ロラン,ヘンリー・ヴァンダイク,ラスキン等の名も見えます。必ずしも全部を熟読していない証拠に,内容の記憶がかすかなものもあります。

子供にも理解出来るような,いくつかの詩もありました。

カルル・ブッセ,フランシス・ジャム,ウイリアム・ブレーク,ロバート・フロスト…。私が,印度の詩人タゴールの名を知ったのも,この本の中ででした。「花の学校」という詩が選ばれていました。後年,「新月」という詩集の中に,この詩を再び見出した時,どんなに嬉しかったことか。「花の学校」は,私をすぐに同じ詩人による「あかんぼの道」や「審く人」,「チャンパの花」へと導いていきました。

ケストナーの「絶望」は,非常にかなしい詩でした。小さな男の子が,汗ばんだ手に一マルクを握って,パンとベーコンを買いに小走りに走っています。ふと気づくと,手のなかのお金がありません。街のショー・ウィンドーの灯はだんだんと消え,方々の店の戸が締まり始めます。少年の両親は,一日の仕事の疲れの中で,子供の帰りを待っています。その子が家の前まで来て,壁に顔を向け,じっと立っているのを知らずに。心配になった母親が捜しに出て,子供を見つけます。いったいどこにいたの,と尋ねられ,,子供は激しく泣き出します。「彼の苦しみは,母の愛より大きかった/二人はしょんぼりと家に入っていった」という言葉で終っています。

この世界名作選には,この「絶望」の他にも,ロシアのソログーブという作家の「身体検査」という悲しい物語が入っています。貧しい家の子供が,学校で盗みの疑いをかけられ,ポケットや靴下,服の中まで調べられている最中に,別の所から盗難品が出てきて疑いが晴れるという物語で,この日帰宅した子供から一部始終をきいた母親が,「何もいえないんだからね。大きくなったら,こんなことどころじゃない。この世にはいろんな事があるからね」と歎く言葉がつけ加えられています。

思い出すと,戦争中にはとかく人々の志気を高めようと,勇ましい話が多かったように思うのですが,そうした中でこの文庫の編集者が,「絶望」やこの「身体検査」のような話を,何故ここに選んで載せたのか興味深いことです。

生きている限り,避けることの出来ない多くの悲しみに対し,ある時期から子供に備えさせなければいけない,という思いがあったのでしょうか。そしてお話の中のでんでん虫のように,悲しみは誰もが皆負っているのだということを,子供達に知ってほしいという思いがあったのでしょうか。

私は,この文庫の編集企画をした山本有三につき,2,3の小説や戯曲による以外詳しくは知らないのですが,「日本名作選」及び「世界名作選」を編集するに当たっては,子供に喜びも悲しみも,深くこれを味わってほしいという,有三と,その協力者達の強い願いがあったのではないかと感じられてなりません。

本から得た「喜び」についても,ここで是非お話をさせて頂きたいと思います。たしかに,世の中にさまざまな悲しみのあることを知ることは,時に私の心を重くし,暗く沈ませました。しかし子供は不思議なバランスのとり方をするもので,こうして少しずつ,本の中で世の中の悲しみにふれていったと同じ頃,私は同じく本の中に,大きな喜びも見出していっていたのです。この喜びは,心がいきいきと躍動し,生きていることへの感謝が湧き上がって来るような,快い感覚とでも表現したらよいでしょうか。

初めてこの意識を持ったのは,東京から来た父のカバンに入っていた小型の本の中に,一首の歌を見つけた時でした。それは春の到来を告げる美しい歌で,日本の五七五七七の定型で書かれていました。その一首をくり返し心の中で誦していると,古来から日本人が愛し,定型としたリズムの快さの中で,言葉がキラキラと光って喜んでいるように思われました。詩が人の心に与える喜びと高揚を,私はこの時始めて知ったのです。先に私は,本から与えられた「根っこ」のことをお話いたしましたが,今ここで述べた「喜び」は,これから先に触れる「想像力」と共に,私には自分の心を高みに飛ばす,強い「翼」のように感じられました。

「世界名作選」の編集者は,悲しく心の沈む「絶望」の詩と共に,こうした心の踊る喜びの歌を,その選に入れるのを忘れてはいませんでした。ロバート・フロストの「牧場」という詩は,私にそうした喜びを与えてくれた詩の一つでした。短い詩なので読んでみます。

「牧 場(まきば)」

  • 牧場(まきば)の泉(いづみ)を掃除(さうぢ)しに行(い)ってくるよ。
  • ちょっと落葉(おちば)をかきのけるだけだ。
  • (でも水が澄(す)むまで見てるかも知れない)
  • すぐ帰(かへ)ってくるんだから- 君も来(き)たまヘ
  • 小牛(こうし)をつかまへに行ってくるよ。
  • 母牛(おや)のそばに立ってるんだがまだ赤(あか)ん坊(ぼう)で
  • 母牛(おや)が舌(した)でなめるとよろけるんだよ。
  • すぐ帰(かへ)ってくるんだから- 君も来たまヘ

この詩のどこに,喜びの源があるのか,私に十分説明することは出来ません。勿論その詩の内容が,とても感じのよいものなのですが,この詩の用語の中にも,幾つかの秘密が隠れているようです。どれも快い想像をおこさせる「牧場」,「泉」,「落葉」,「水が澄む」等の言葉,そして「すぐ帰ってくるんだから―君も来たまえ」という,一節ごとのくり返し。

この詩を読んでから7,8年後,私はこの詩に,大学の図書館でもう一度巡り会うことになります。米詩の詩歌集(アンソロジー)の中にでもあったのでしょうか。この度は原語の英語によるものでした。この詩を,どこかで読んだことがある,と思った時,二つの節の最終行のくり返(かえ)しが,記憶の中の日本語の詩と,ぴったりと重なったのです。「すぐ帰ってくるんだから─君も来たまえ。」この時始めて名前を知ったバーモントの詩人が,頁の中から呼びかけてきているようでした。

英語で読むと,更に掃除(クリーン),落葉(リーヴス),澄(クリアー)む,なめる(リック),小牛(リトルカーフ) 等,L音の重なりが快く思われました。しかし,こうしたことはともかくとして,この原文を読んで私が心から感服したのは,私がかつて読んだ阿部知二の日本語訳の見事さ,美しさでした。

この世界名作選を編集する時,作品を選ぶ苦心と共に,日本語の訳の苦心があった,と山本有三はその序文に記しています。既刊の翻訳に全て目を通し,カルル・ブッセの「山のあなた」の詩をのぞく,全ての作品は,悉く新たな訳者に依頼して新訳を得,又,同じ訳者の場合にも,更に良い訳を得るために加筆を求めたといいます。

私がこの本を読んだ頃,日本は既に英語を敵国語とし,その教育を禁止していました。戦場におもむく学徒の携帯する本にも,さまざまな制約があったと後に聞きました。子供の私自身,英米は敵だとはっきりと思っておりました。フロストやブレイクの詩も,もしこうした国の詩人の詩だと意識していたら,何らかの偏見を持って読んでいたかも知れません。

世界情勢の不安定であった1930年代,40年代に,子供達のために,広く世界の文学を読ませたいと願った編集者があったことは,当時これらの本を手にすることの出来た日本の子供達にとり,幸いなことでした。この本を作った人々は,子供達が,まず美しいものにふれ,又,人間の悲しみ喜びに深く触れつつ,さまざまに物を思って過ごしてほしいと願ってくれたのでしょう。因(ちな)みにこの名作選の最初の数頁には,日本や世界の絵画,彫刻の写真が ,黒白ではありますが載っていました。

当時私はまだ幼く,こうした編集者の願いを,どれだけ十分に受けとめていたかは分かりません。しかし,少なくとも,国が戦っていたあの暗い日々のさ中に,これらの本は国境による区別なく,人々の生きる姿そのものを私にかいま見させ,自分とは異なる環境下にある人々に対する想像を引き起こしてくれました。数冊の本と,本を私に手渡してくれた父の愛情のおかげで,私も又,世界の屋根の上にぷっかりと浮き,楽しく本を読むあのIBBYのポスターの少年の分身でいられたのです。

戦争は1945年の8月に終わりました。私達家族は,その後しばらく田舎にとどまり,戦災をまぬがれた東京の家にもどりました。もう小学校の最終学年になっていました。

この辺で,これまでここでとり上げてきた本の殆どが,疎開生活という,やや特殊な環境下で,私の読んだ本であったということにつき,少しふれたいと思います。

この時期,私は本当に僅かしか本を持ちませんでした。それは,数少ない本――それも,大人の手を通って来た,ある意味ではかなり教育的な本――を,普段よりもずっと集中して読んでいた,一つの特殊な期間でした。

疎開生活に入る以前,私の生活に読書がもった比重は,それ程大きなものではありません。自分の本はあまり持たず,三つ年上の兄のかなり充実した本棚に行っては,気楽で面白そうな本を選び出してきて読んでいました。私の読書力は,主に少年むきに書かれた剣豪ものや探偵小説,日本で当時ユーモア小説といわれていた,実に楽しく愉快な本の読書により得られたものです。漫画は今と違い,種類が少なかったのですが,新しいものが出ると,待ちかねて読みました。今回とり上げた「少国民文庫」にも,武井武雄という人の描いた,赤ノッポ青ノッポという,二匹の鬼を主人公とする漫画がどの巻にも入っており,私はくり返しくり返しこれらを楽しみ,かなり乱暴な「鬼語」に熟達しました。

子供はまず,「読みたい」という気持から読書を始めます。ロッテンマイアーさんの指導下で少しも字を覚えなかったハイジが,クララのおばあ様から頂いた一冊の本を読みたさに,そしてそこに,ペーターの盲目のおばあ様のために本を読んであげたい,というもう一つの動機が加わって,どんどん本が読めるようになったように。幼少時に活字に親しむことが,何より大切だと思います。ある程度の読書量に耐える力がついていなかったら,そして,急に身のまわりから消えてしまった本や活字への郷愁がなかったら,私は父が持って来てくれた数冊の本を,あれ程熱心に読むことはなかったし,一年半余におよぶ私の疎開生活に,読書の思い出をつけ加えることは出来ませんでした。

今振り返って,私にとり,子供時代の読書とは何だったのでしょう。

何よりも,それは私に楽しみを与えてくれました。そして,その後に来る,青年期の読書のための基礎を作ってくれました。

それはある時には私に根っこを与え,ある時には翼をくれました。この根っこと翼は,私が外に,内に,橋をかけ,自分の世界を少しずつ広げて育っていくときに,大きな助けとなってくれました。

読書は私に,悲しみや喜びにつき,思い巡らす機会を与えてくれました。本の中には,さまざまな悲しみが描かれており,私が,自分以外の人がどれほどに深くものを感じ,どれだけ多く傷ついているかを気づかされたのは,本を読むことによってでした。

自分とは比較にならぬ多くの苦しみ,悲しみを経ている子供達の存在を思いますと,私は,自分の恵まれ,保護されていた子供時代に,なお悲しみはあったということを控えるべきかもしれません。しかしどのような生にも悲しみはあり,一人一人の子供の涙には,それなりの重さがあります。私が,自分の小さな悲しみの中で,本の中に喜びを見出せたことは恩恵でした。本の中で人生の悲しみを知ることは,自分の人生に幾ばくかの厚みを加え,他者への思いを深めますが,本の中で,過去現在の作家の創作の源となった喜びに触れることは,読む者に生きる喜びを与え,失意の時に生きようとする希望を取り戻させ,再び飛翔する翼をととのえさせます。悲しみの多いこの世を子供が生き続けるためには,悲しみに耐える心が養われると共に,喜びを敏感に感じとる心,又,喜びに向かって伸びようとする心が養われることが大切だと思います。

そして最後にもう一つ,本への感謝をこめてつけ加えます。読書は,人生の全てが,決して単純でないことを教えてくれました。私たちは,複雑さに耐えて生きていかなければならないということ。人と人との関係においても。国と国との関係においても。

今回お招きを頂きながら,ニューデリー会議に直接参加出来なかったことは,本当に残念なことでした。この大会を組織なさったジャファ夫人始めAWIC(Association of Writers and Illustrators for Children)の方達,IBBY会長のカルメン・デアルデン夫人,事務総長のリーナ・マイセン夫人,そして,その方達を支えたIBBYの各支部の方達にとり,この大会の開催までの道は,決してなだらかなものではなかったでしょう。皆様方は,さまざまな複雑な問題のある中で,沈着に,忍耐強く,この日を準備してこられました。その国が例えどのような政治状態にあろうとも,そこに子供達がいる限り,IBBYには果たすべき役割のあることを思い,このような形になりましたが,私はこのニューデリー大会1998年に参加いたしました。

どうかこれからも,これまでと同じく,本が子供の大切な友となり,助けとなることを信じ,子供達と本とを結ぶIBBYの大切な仕事をお続け下さい。

  • 子供達が,自分の中に,しっかりとした根を持つために
  • 子供達が,喜びと想像の強い翼を持つために
  • 子供達が,痛みを伴う愛を知るために

そして,子供達が人生の複雑さに耐え,それぞれに与えられた人生を受け入れて生き, やがて一人一人,私共全てのふるさとであるこの地球で,平和の道具となっていくために。

 
続きを読む

成長へ「自己革新」できるか

米国は経済成長を当てにしている。債務返済や失業率の改善、生活水準の向上など、すべては経済成長がリセッション(景気後退)前の水準に回復することを前提としている。しかし、もし前提通りに行かなかったらどうなるだろうか。

複数のエコノミストからは、米経済成長への懸念が聞こえてくる。成長は雇用の拡大、資本の増加、一段の革新(イノベーション)という3つの源泉からもたらされる。20世紀が目覚ましい成長を遂げたのは、これら3つがそれぞれ成長したからだ。農業から製造業への移行で資本の利用が増加し、雇用も量・質ともに増えた。大学進学率が高まり、働く女性も多くなった。

しかし今、同じことを繰り返すことはできない。米国の人口動態をみても明るい未来が待っているとは言い難い。高齢化は少ない労働人口で社会を支えなくてはいけないことを意味する。経済成長率が低ければ、政府債務の返済が困難になる。債務返済に体力を奪われ、高金利と低成長という悪循環を生み出す。

とはいえ、望みが全くなくなったわけではない。まだイノベーションが残っている。イノベーションは今ある資源の生産性を高める。生産性とは、労働や資本などの生産要素(インプット)が、どれだけのアウトプット(GDP)を生み出すかで決まる。同じインプットでより多くのアウトプットを得ることができれば、生産性が高いと言える。

イノベーションを促進させて生産性を高めれば、経済成長の余地はある。生産性が経済的逆風を上回るのであれば、米国は昔のようなペースで成長可能ということになる。だがそれは、「言うはやすく、行うは難し」だ。

ノーベル賞経済学者のエドムンド・フェルプス氏は新著の中で、イノベーションにつながるダイナミズムの土壌が失われたと憂えている。同氏が司会を務めたイノベーションの未来に関する会議では、ノースウエスタン大学のロバート・ゴードン教授が、自動車など大規模かつ重要な分野はすべて開拓されているため、イノベーションのペースが落ちていると指摘。「大停滞」の著者であるタイラー・コーエン氏も同様に、低い位置にぶら下がっている果物は全部もぎ取られ、生活水準を劇的に向上させるようなイノベーションはもうほとんど残されていないとみる。つまり、労働力と資本だけでなく、アイデアまでもわれわれは使い果たしてしまったことを示唆している。

こうした見方は、生産性に関する最近のデータによって裏付けられるようだ。生産性は1891年から1972年の間は平均で年率2.3%伸びたのに対し、2004─2012年は同1.33%だった。また、国民1人当たりのGDP成長率は1871年から2007年までの間、平均で年率2%だったが、このことは生活水準が35年ごとに2倍に上がったことを意味している。だが、イノベーションのペース鈍化や人口動態の変化、債務や環境といった問題により、米国経済の成長率は将来的に、年率0.2%程度になると、先のゴードン教授は予測する。

しかし、未来はゴードン氏らがみているほどには暗くないかもしれない。第一に、最近のテクノロジーの影響を判断するには時期尚早と言えるからだ。ゴードン氏と同じノースウエスタン大学の経済歴史学者、ジョエル・モキーア氏は蒸気機関の影響を理解するには半世紀かかったと指摘する。

また、成長の目的は生活水準の向上にあるが、1人当たりGDPは生活水準の変化を捉える上で適切な基準とは言えない。生活の質におけるあらゆる変化を考慮に入れることができないからだ。

自動車がその良い例だ。アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)といった技術のおかげで、自動車の安全性は向上した。1994年から2011年の間、運転者の死亡事故は24%減少している。その一方で、運転距離数は25%、運転免許保持者の数は20%増加した。自動車事故で命を落とさないことは、生活の質において重要な要素であることは間違いない。そしてこうしたことは、従来の生産性をはかる基準では完全に捉えることは困難なのだ。

モキーア氏はまた、誰がイノベーションの恩恵を受けているかについて興味深い指摘をしている。新たなテクノロジーは若者を連想させるが、最近のイノベーションの多くは高齢者にとって有益なものとなっている。退職を迎えるベビーブーマー世代は、製品やテクノロジー、特に、彼らの生活の質を高める医療分野のイノベーションにおいて需要が期待できる年齢層と言える。こうしたテクノロジーも従来の生産性においては同じ影響力を持たないだろう。

人口動態の変化はさらに、「生活水準の向上」が意味するところの再定義をわれわれに突きつけてくる。退職後の人生はこれまでになく長く、活動的だ。1970年に退職後の人生は平均13年だったが、2010年には18年を超えた。人々は長生きし、社会の高齢化が進んだ。この傾向は労働人口の縮小を招き、成長を損なうことになるので持続不可能だろう。ただしある程度は、長く充実した老後が完全に不合理というわけでもない。より豊かになれば、よりたくさんのモノと娯楽が消費される。現代における老後の概念は、増加した富がもたらした果実の1つとして捉えることができよう。

高齢化社会とは低成長を意味しているのかもしれない。しかし、それぞれ異なった年齢層を検討するなら、そこには「勝ち組」と「負け組」が存在する。日本は1990年以降、低成長にあえいでいるが、デフレ環境と長い老後は日本の高齢者にとって良い時代であることを意味していた。

未来にどんなことが待ち受けているか、われわれには分からない。最新のテクノロジー改革は、すべての人が恩恵に浴するような重大な何かの種をまいているのかもしれない。しかし今のところ、高齢者により多くの恩恵がもたらされるような道を歩んでいるように見える。バランスの取れた高成長を目指すためには、教育の改善と長期雇用の促進が必要となろう。たとえ低成長の未来が悲観的なことばかりではなかったとしても、それは成長やイノベーションをはかる従来の方法が老化していることを示すことにもなるだろう。


By Allison Schrager

*筆者アリソン・シュレイガーはニューヨークに拠点を置くエコノミスト。エコノミスト誌、ナショナル・レビュー誌などにも寄稿。



米株市場の急騰に警戒感-ITバブルの再来との声も
 
一部の投資家は、今は2013年ではなく1999年であるかのように感じている。
米企業の7-9月期決算は目を見張るような内容ではない。米国が来年、驚異的なスピードで成長する見通しがあるわけでもない。利益が大幅に拡大している業界もほとんどない。
そうした現状にもかかわらず、テクノロジー企業を中心とする多くの著名企業の株価が急騰している。株価の急伸でそれら企業の株主は大金を得ているが、一部アナリストはその異常な市況は市場全体にとって厄介なサインではないかと真剣に疑い始めている。

 ダウ工業株30種平均は先週、29日に過去最高値を更新。しかし、1日は前週末比わずか0.29%高で取引を終えた。S&P500種指数も過去最高値を更新し、0.11%高となった。

 年初来、ダウは19%、S&P500種指数は24%、ナスダックは30%それぞれ上昇している。

 米電気自動車(EV)メーカーのテスラや米動画配信サイト運営のネットフリックス、米旅行サイト運営のプライスライン・ドット・コム、米インターネット検索大手グーグルをはじめとする話題のテクノロジー株の一部のパフォーマンスは、さらにそれをはるかに上回っている。これら銘柄は過去1年で最大470%も上昇している。

 このほか、ビジネス向けソーシャル・ネットワーキング・サイト(SNS)運営のリンクトインと個人向けSNS運営のフェイスブックの株価も急騰しており、それぞれ過去1年で約110%と140%上昇している。

来週予定されている簡易ブログサイト運営のツイッターの新規株式公開(IPO)が、この熱狂に拍車をかける公算が大きい。

 株価上昇は通常、ウォール街にとって朗報だが、今回は一部投資家を神経質にさせている。

 将来の利益に対する高い期待によって、利益の数十倍の水準で投機的に取引されている銘柄が市場をリードしている場合、もっと利益が安定している企業の銘柄がリードしている強気市場と比較して、上昇を持続するのが難しい可能性があるためだ。

 BMOプライベート・バンクのジャック・エイブリン最高投資責任者(CIO)は「1990年代後半のテクノロジーバブル時代を思い起こさせる」と話す。

 実際、テクノロジー株の最近の急騰は、1990年代後半のインターネット銘柄主導の強気市場をほうふつとさせる。強気市場は巨額の利益をもたらしたが、高騰をけん引していた少数の高値のテクノロジー株が突然暴落。それをきっかけに市場全体が急落し、強気市場は2000年に終わりを迎えた。

 それは、投資家にとって思い出したくない記憶だ。

 現在の高騰はいずれも、急速な顧客の拡大や堅調な成長見通しをはじめ、好ましい理由によるもで、その点については投資家も喜んでいる。

 しかし、多くの投資家が懸念する理由もある。フェイスブックが先週発表した7-9月期決算は予想を上回る内容だった。にもかかわらず、米国の10代ユーザーのフェイスブックの利用時間が減少傾向にあり、ユーザーの投稿に表示させる広告件数を大きく増やすつもりはないとの方針を同社が明らかにしたことで、投資家は警戒感を示した。

 また、テスラについては、空売り投資家ジム・チャノス氏が、14年の予想利益の297倍という同社の高いバリュエーションは、誰にも合理的な予測が不可能な2020年以降の業績予想に基づいたものだと指摘した。テスラの時価総額は190億ドル(約1兆8800億円)超と、同社よりはるかに規模の大きいゼネラル・モーターズ(GM)の時価総額510億ドルの約40%。しかし、GMの今年の売上高はテスラの75倍の見通しだ。

 チェビオット・バリュー・マネジメントのポートフォリオ・マネジャー、ダレン・ポロック氏は「アマゾンやネットフリックス、プライスラインをはじめとする銘柄の今日の高騰ぶりは私にとって非常に興味深い。それら銘柄は以前ピークを付け、急落している。中には2度それを経験しているものもある」と指摘。「そうした銘柄が再び投機筋の心をとらえている。高騰銘柄の多くに今日の価格を裏付けるのに十分な本質的な価値があるかどうかは疑わしい」と述べた。

 さらに、ポロック氏は企業がこぞってIPOの一環として新株を発行していることについても懸念を示している。

 ポロック氏は「相場が底を打っているときに、このようにIPOが急増することはない」と述べ、企業の株式発行が増加し、証拠金負債の利用が拡大しているさなかに、数少ない高騰銘柄を中心に投機的取引が行われているときは相場のピークだ」と指摘した。

 当然ながら、どの市場にも急騰している特定の銘柄はある。違うのは、通常それら銘柄の高騰は利益が向上するなど業績好転によるものであることと、今日の著名テクノロジー企業の株のように割高な銘柄はほとんどないということだ。

 投資家が幾分警戒感を強めている理由は他にもある。8月の米住宅価格は前年同月比で06年2月以来の上昇率となったものの、9月の上昇率は鈍化しており、住宅価格がピークを付けつつあることを示していることだ。

 バークレイズのピーター・ニューランド氏は「全米住宅価格は今後も上昇を続けるとみている」とした上で、「そうは言っても、8月の数字は価格上昇ペースが減速し始めていることを示唆している可能性はある」との見方を示した。

By GREGORY ZUCKERMAN




永遠には続かぬ中国の奇跡―独裁主義下の近代化には限界

 いかなる経済的な奇跡も、やがて魔法が解けるときが来ることは歴史が証明している。中国は驚くべき成長をあとどれくらい維持できるのだろうか。

 20世紀の大きな疑問は21世紀になっても消えていない。歴史の正しい側にいるのはどちらかという疑問だ。自由市場、法の支配、説明責任、三権分立でがんじがらめになった、大衆の中から権力が育った自由民主主義なのか。それともスターリンやヒトラーのような独裁的中央集権制なのだろうか。最近の変形として、そこまで苛酷ではないものの、中国の国家資本主義プラス一党独裁が挙げられる。

共産主義の崩壊がこの大きな疑問を解消することはなかった。20年ほど眠らせていたに過ぎない。そして今、中国の驚異的な台頭と民主主義経済の危機――バブルとその崩壊、過剰支出 とけた外れに大きな債務――が、自由民主主義がいたるところで勝利する『歴史の終わり』と呼ばれる墓地に安全に埋められていたかに思えたものを掘り起こしてしまった。墓から蘇ったその死人は、今や誇らしげに歩き回っている。そして欧米の多くの人々が次のような疑問を抱いている。豊かさと世界的影響力を手に入れるには、過去にアジアの「小龍(韓国、台湾、日本)」が、現在では中国が実践しているトップダウン型の資本主義の方が、自由民主主義の混乱を招き、自らを無能化させるやり方よりも良いのではないか。

 「他の国々の台頭」派(アリス・H・アムスデン著『The Rise of "the Rest"』の考えに同意する人々)は、明日は昨日のリメイクになる、つまり中国はますます成長すると想定している。しかし、歴史はわれわれに用心しろと警告している。過去のすべての経済的な奇跡に共通する特徴は急成長である。それは19世紀の英国、米国、ドイツに始まり、第2次世界大戦後の日本、台湾、韓国、西ドイツに受け継がれた。ところが、いずれの国も最初の驚くべきペースを維持できず、最終的には減速してしまった。若々しい活気が成熟に取って代わられると、そうした国々は「ノーマルな」ペースに落ち着いた。「ノーマルな」とはどれぐらいのペースか。2008年の金融危機までの30年間なら、米国の成長率は平均3%を優に上回っていた。ドイツの成長率は3%から2%未満に、日本は4.5%から1.2%に減速している。

 国が農業と手工業から製造業に発展し、そこからさらにサービス・知識経済に進化していくにしたがって、上昇は降下に転じ、横ばいになる。その過程で田舎には人がいなくなり、無限に思われた安い労働力の宝庫として機能しなくなってしまう。固定投資が増えるに連れて限界収益が減り、新たな単位当たり資本が生み出す生産高は以前よりも少なくなる。これが経済の最も古い法則の1つである収穫逓減の法則だ。

 第2次世界大戦後の日本やドイツがそうであったように、横ばい効果は戦争と壊滅の直後の復興段階に出現した先進工業国の経済にも当てはまる。どちらの場合もそのパターンは同じだ。空に向かって急上昇し過ぎた飛行機が高度を下げ、通常の飛行パターンである水平飛行に正すのと似ている。強調すべきは、そのトレンドラインが決してなめらかではないということだ。短期的に見ると、そのラインは景気変動や内戦や戦争といった経済の域を越えたショックによってジグザグになる。

 何を耐え忍んだかということは後になってようやくわかるのだ。1970年代の景気拡大の最中、日本の成長率はわずか2年のあいだに8%からマイナスに落ち込んだ。1970年代のもう1つの成功例である韓国は12%とマイナス1.5%の間で急激に変動した。同じころに文化大革命が起きていた中国の成長率もかつての19%からマイナスに急降下した。最近の中国の歴史は、景気循環による低迷よりもよっぽどひどい損害をもたらす「外因的」ショックの役割を完璧に説明している。成長にとって戦争に次ぐ容赦のないブレーキは国内の混乱である。文化大革命の最初の2年間で中国の成長率は8%も低下し、その後さらに7%ポイント下がった。1989年の天安門事件の後、2桁だった成長率は急降下し、2年連続で2.5%となった。

文化大革命と天安門事件は、将来、中国を苦しめるために戻ってくるかもしれない災いを匂わせている。国家の締め付けが強いほど、経済は政治的ショックにますます脆弱になる。中国当局がすべての市民デモを、30年以上も前に起きた天安門事件の二の舞を警戒するかのように執拗に監視しているのもそのためだ。「中国の指導部は権力を失う日が近いのではないかという不安にとらわれている」と中国研究の第一人者、スーザン・シャーク氏は書いている。「彼らは1989年の初めにソビエト連邦や東欧の共産主義政権がほぼ一夜にして崩壊するのを不吉な予感と共に見ていた。北京の天安門広場とその他の100以上の都市で起きた大規模な民主化要求の抗議行動が中国の共産主義体制を転覆させそうになったのもその年だった」

今日、世界は中国のすさまじい成長に驚がくしている。だからといって、中国が経済史の審判に未来永劫抗える理由などあるだろうか。19世紀半ばに欧米の驚異的な経済発展を引き起こした産業革命以来、この歴史の審判から逃れた国など、他にはない。

 では、中国への心酔をどう説明したらいいのか。欧米のさまざまなタイプの知識人たちは、絶対的指導者に弱い傾向がある。たとえば、フランスの実存主義作家で哲学者のジャン・ポール・サルトルのスターリンやドイツの大学教授陣のヒトラーに対する背信行為への誇大な称賛である。フランスの小説家、アンドレ・ジードはスターリンのロシアに具現化された「人類の救済の約束」を見ていた。

 それも当然である。そうした独裁者は世俗的な救済ばかりか経済の再生も約束した。権力を欲しながらも臆病で手が出せない思想家が夢を見て議論する一方で、彼らは実践的なエンジニアだった。残念なことに、その代償は筆舌に尽くしがたい人的被害だったが、共産主義者だったドイツの詩人、ベルトルト・ブレヒトの有名な説教にあるように「まず食うこと、それから道徳」だった。

 今日の悲観論者たちも同じような誘惑に屈している。彼らは欧米の資本主義の危機をざっと見渡し、中国の30年に及ぶ奇跡に目を奪われている。そしてもう一度、特に市場と利益を側面に配した国家至上主義は自由民主主義よりもうまくいくという結論を下している。20世紀の傷だらけの歴史が示している通り、権力は初めのうちこそ確かに成長を育むが、長期的には行き詰る。最高指導者は、国民を熱狂的な工業化に駆り立てるのがうまく、民主主義が数十年、数百年かかることを数年で成し遂げてしまう。

 ヒトラーの指揮の下、フライング・ハンバーガーの愛称で知られた特急列車はベルリンとハンブルグの間を138分で結んだ。戦後の民主主義体制下のドイツでは、この記録に追いつくのに66年を要した。その理由は単純である。ナチスには地元住民の反対や環境影響評価報告書を心配する必要がなかったからだ。今ではドイツ製の磁気浮上式鉄道が上海と浦東国際空港の間を猛スピードで行き来している。ところが、それを開発したドイツでは、騒音と助成金に抗議する民主主義のせいで運行が頓挫している。

 ソ連型のモデルが示しているように、トップダウン型の経済は当初は成功しても後に失敗する。ナセル大統領のエジプトからカストロ首相のキューバまで、模倣者の長いリストが証明しているように、離陸地点にすら到達しないこともある。アルゼンチン、エクアドル、ベネズエラが例証している通り、21世紀のポピュリスト軍事独裁者もやはり成功していない。

 独裁主義の、あるいは「誘導された」近代化は自らその終結の種をまいている。その制度は、初期には山々をも動かすが、最終的には自らも山脈の一部と化し、石のように固く、排他的で動かなくなる。それは自らの地位と収入にとって重大な脅威となる変化をまずは無視し、次に抵抗する昔の特権階級のような既得権保有者に力を与える。

 このような「利益の追求」はそうした社会のすべてで見られる。社会科学者のフランシス・フクヤマはフランス革命以前の旧体制を振り返ってこう説明する。「そうした社会では、エリートたちが自らの利益を確保するために、すべての時間を費やしてでも公職に就こうとしていた」つまり、自由市場が与えてくれる以上の富を求めていたのだ。フランスでは、その「利益」は「私的に充当され得る特定の収入源に対する法的権限」だった。言い換えれば、公的な権限を個人的な利益に変換するのが権力者のゲームで、市場や競争など知ったことではなかったのだ。

 このフランスのたとえは容易に20世紀の東アジアに置き換えられる。そこでは国家と社会の双方によって、公然と、あるいは秘密裏のうちに、持ちつ持たれつのゲームがプレイされた。国家的優位性を旗印に掲げる国家は、産業や利益団体を特別扱いした。するとそうした組織は競合的体制がもたらし得るものをはるかに越えた富と地位――「利益」を増やそうと、独占、助成金、税制上の優遇、保護を得るための権力を追求した。

 国が大きくなればなるほど、利益も大きくなる。市場ではなく国家が経済的成果を決定するのであれば、資源分配者として政治が収益性に勝ることになる。免許、建築許可、資本、輸入障壁、競争抑制的な規制などは国営企業、または優遇されている企業に与えられ、腐敗や非効率を生み出すことになる。こうしたシステムは簡単には修正できない。国家はその顧客を頼り、顧客は恩恵を施してくれる国家に依存しているからである。この広がりつつある馴れ合い関係は、景気停滞か反乱のいずれかを招くことになる。

 中国について小龍たちが教えてくれるものはなにか。そうした国々のすべてが倣ったモデルはほとんど同じだが、見逃すことができない違いもある。その1つが純然たる大きさである。なにがあろうと、中国は世界経済において強い影響力を持ち続けるだろう。もう1つは人口統計だ。小龍たちはすでに典型的なコースをたどり終えている。その過程で欧米と同様に、田舎の労働者たちはより良い生活を求めて都市部に群がった。この「産業予備軍」が賃金を抑え、利益率と株主資本を押し上げてきた。

こうして韓国、台湾、日本は偉大な「世界の工場」となり、その織物、工具、自動車、電子機器は、今日の中国の巨大輸出産業と同様に、欧米の産業を圧倒しそうになった。しかし、働き手がいなくなった田舎では、もはや産業界に安い労働力を提供できないのだ。

 中国には農村の貧しい生活に別れを告げようとしている人々がまだ数千万人いる。したがって、減少・高齢化しつつある人口が移民や出生率の増加ですぐに補充されることはない日本と混同してはいけない。世界的にも出生率がかなり低い日本の順位は、台湾の1つ上、韓国の1つ下となっている。これは東アジアの「死の願望」と呼ぶべきだろう。中国の「予備軍」はまだまだたくさんいる。この非常に貧しい国は、強制された資本蓄積、抑制された消費、尊大なまでの環境軽視といった国家資本主義に典型的な強みについても使い果たしていない。

 とはいえ、2015年の災いには用心すべきである。都市部に行きたがっている田舎の住人は多いが、中国の労働力は減少し始め、その一方で高齢化している扶養家族の数は増え続けている。これは極端に低い出生率、健康状態の向上、寿命の延びなどの結果である。中国で高齢化が進む一方で、米国では高い出生率と移民受け入れ政策のおかげで若返っている。高齢化社会は単に労働力が減るだけではなく、安全と安定を求める人々と、経済成長の目に見えない原動力となっている特性、リスクを冒してでも獲得したがる人々の間の文化的バランスにも変化を生じさせている。

 いずれにしても、中国のコスト優位性は急激に落ち込んでいる。2000年以来、平均賃金は4倍になり、かつては目覚ましかった年間成長率も、もはや1桁に鈍化している。

 「公序の乱れ」の頻度で計測する中国での不満は高まっているが、それは地方の腐敗やエリートたちの利益追求に対するもので、共産党の政治的独占にひびを入れようとするものではない。天安門広場での1回のデモで革命は起きない。台湾政府や韓国政府の独裁者を追放した国民的な抗議活動に近道などない。

 中国では選挙による革命がすぐに起きる可能性もない。日本は自由選挙の国であるにもかかわらず、自由民主党一党による国家運営を排除するのに50年の歳月を要した。中国共産党にはそうした災難を恐れる必要はない。見せかけだけの選挙を行っている国の唯一の政党なのだから。

 それでも、である。

 その形が「管理された」、あるいは「誘導された」ものであれ、純粋な国家資本主義であれ、歴史は独裁主義の近代化にとって良い前兆とは言えない。そのシステムは凍結してしまうか、目覚ましい成長の種を自らむさぼってしまうかして、最終的に景気停滞を生み出すことになる(これは日本の「モデル」であり、自民党の事実上の独裁が途切れる以前の20年前から衰退し始めた)。または、成長が最初に富を生み出し、次に中流層が生まれ、その後に民主化と共に福祉国家になり、成長が減速するという欧米のルートをたどるかもしれない。これは台湾と韓国が歩んだ道であり、いわば欧米化のオリエンタル版である。

 皮肉なのは、独裁主義と民主主義の両方が、理由はかなり異なっているものの、長期的な素晴らしい成長と両立しないという事実である。中国は今のところ、いずれの隠れた障害についても避けて進むことができている。景気の減速も反乱もなく、経済大国になった――これは前例のない政治的な奇跡である。その戦略は市場を解き放ち、政治に足かせをする「面倒は起こさず、カネを稼げ」である。

 中国はこの道を歩み続けられるだろうか。歴史の審判からすると、あまり期待できない。
 

By JOSEF JOFFE

 このエッセーは11月4日にリブライト社から出版されるジョセフ・ジョフィ氏の著書『The Myth of America's Decline: Politics, Economics and A Half Century of False Prophecies』から抜粋した。ジョフィ氏はドイツで最も広く読まれている週間新聞ディー・ツァイトの編集者で、フーバー・インスティテューションとスタンフォード大学フリーマン・スポグリ国際教育研究所の特別研究員を務めている。
 


 続きを読む


1.人間は「考える」だけでは変われない。行動して初めて変わることができる。

人間は意識を変えることはできない。
意識を変えようと(例えば「明日から○○するぞ!」と決意する)しても、結局意識は意識なんだ。

決意をすると心が楽になる。
達成した自分を想像して楽しい。やる気がわく。

でもそれで変われるか?
決意だけじゃ変われない。大切だけど。
本当に変わりたいなら行動で表さないといけない。

もっと言うと自分がやらざるを得ない状況に追い込まないといけない。
そうしてやって、初めて変わることができる。



2.感情に人生を支配されてはいけない。

自分ではどうしようもできないことについては考えてもしょうがない。
例えば、過ぎたこと。他人の噂話。被害妄想。

大切なのはそういった感情に支配されて
人生を無駄に過ごさないこと。

あなたは、それらの事についてクヨクヨと考えたまま生きますか。
それとも、常に未来への希望を持って胸を張って生きていきますか。



3.周りを幸せにすることが幸せへの1番の近道。

人が幸せを最も感じるときは、誰かのために何かをしている時です
だからこそ、あなたの周りの人を幸せにしましょう。

感謝の言葉ひとことでも良い。
その小さな幸せが回りまわってあなたを幸せにするのです。
そしてあなた自身をも褒めてあげることが大切です。



4.勤勉こそ才能に勝る。

多くの偉人たちが、勤勉こそが才能に勝ることを証明している。
勤勉と忍耐こそが人を成長させる薬なのです。一滴の水はやがて大きな岩をも砕く。



5.誠実にあれ。正直にあれ。

誠実な心を持った人間は大金を持った人間と等しいと言われています。
決して騙さず、ズルをせず真っ白な心を持った人に、人は惹かれます。

そしてあなたの人生です。
他人の声に惑わされず、あなたの心の声に正直に生きましょう。


涙が心を洗い 言葉があなたを変える から転載

 

人生の「幸せ感」や「全体的な運気」は、心の中の「不快感の無さ」と正比例しています。もしもあなたの心から不快感がすべて無くなったら、それだけで幸せで、自信が出てくると思いせんか?。
「不快感」が無くなるほど、あなたの心は安心と幸せで満たされ、運もよくなり、仕事や人生がうまくいくのです。

           131029


あなたが子どもの頃から今に至るまでに、実にさまざまなことがありましたね。

怒ったこと、悲しんだこと、悔しかったこと、嫌で嫌でしょうがなかったこと、そのどれもがあなたの心の中であなたを傷つけ、ずっとあなたを苦しめてきたものだと思います。

そういう不快感を積み重ねてきた結果、いつからかさまざまなものに対して、苦手意識や嫌悪感、億劫な感覚、遠慮してしまう感覚などの不快感を覚え、足踏みし、もやもやし、自分がどこにいて結局何をしたらいいのか、一体何をしたいのか分からないような感覚になってしまいます。

今まであなたの中に積み重ねられて手放すことができなかった不快感の大部分は、あなたの中で「傷つけられた」という意識から、堅固に握りしめられている場合があります。

「私はこんなに傷つけられたのだから、絶対に許さない」
「私はこんなことをされたのだから、そう簡単に癒されるわけがない(癒やされてはいけない)」
「起こった物事は変えられないのだから、被害を受けた私の心も変えられない」

この感覚に共通しているのは、原因を起こった物事(人)に対して向けていることです。

では、大勢で旅行に行ったとして、みんな同じものを見て、同じものを体験し、同じ経験をしたとしても、それぞれが抱く感覚や感情が異なりますね?

それはなぜでしょうか?

それは物事にあらかじめ感覚や感情があるのではなく、あくまでもその感覚や感情を生み出しているのは、自分自身だからです。

では本来、物事には人の心を傷つける能力がもともと備わっていないとしたら、あなたは一体何にずっと傷ついていたのでしょうか?

このことから、本来物事とは感覚や感情がない、概念や価値観によって色づけされる前の「現象」であると表現されます。

では本来、物事には人の心を傷つける能力がもともと備わっていないとしたら、あなたは一体何にずっと傷ついていたのでしょうか?

唯一あなたの心に傷をつけることができるのは、あなたが物事に対して生み出した不快感という刀を、頑なに自分の内側で持ち続けようとした時だけです。

傷つくというのは物事に対して傷ついているのではなく、自分自身が生み出した感覚や感情によって、自分で自分を傷つけている状態です。

その中にはもちろん、相手や物事に非がある場合もあるでしょう。

あなたが悪いわけではないことのほうが多いかもしれませんね。

しかしあなたの人生から「幸せ」を奪う「傷ついた」「傷つけられた」という感覚は、相手やあなたの是非とは関係なく、あなたが概念や価値観をもとにその物事にしたジャッジと、そこから生み出した感覚と感情の不快感によって、すべて決められています。

そしてそれらを作り出すのは、被害者意識です。

被害者意識とは、起きた物事や結果は大半が自分以外の責任であって、自分の責任はほとんどないという価値観を持つ意識です。

実際は、はるか過去から現在に至るまで、自分の身の回りの行動と結果にはすべて自分の選択も含まれていますから、ほとんどの責任がないとも言い切れませんね。

そして自ら物事や相手の責任にして不快感を生み出したとしても、結局その不快感によって幸せになれるわけでもなく、起こってしまった物事や相手がどうにかなるわけでもなく、ただ単純に苦しいのはあなただけなのです。

ただ苦しいだけの被害者意識を手放すことによって、起こったことは過去のこととして、より理性的に行動できるようになります。

被害者意識は人生に不快感をもたらし、人生の運気を下げて、人生の成長を自分自身の手で奪うものになる恐れがありますから、気をつけなければいけません。

あなたならば被害者意識がいかに自分で自分の人生を台無しにしてしまうかが分かるでしょう。

本来のあなたの心は物事に傷つけられていたのではなく、物事に対して自らがジャッジをして生み出した、自分の感情によって自分で自分を傷つけているとしたら、その感情を手放すと人は、そもそも傷など実際は存在しなかったというほど、綺麗に今までの不快感は消えてなくなります。

人生の舵は常にあなたという船長が、唯一主導となって動かしているのです。
 

春を予感させるために
咲いている花がある

夏を想わせるために
鳴いている虫がいる

秋を感じさせるために
赤く散っていく葉がある

冬を演出するために 
降りそそぐ光の結晶がある

あなたを愛するために
生まれてきた人がいる。


自然に四季があるように
人生にも四季というサイクルがある。

あなたという木も 
春夏秋冬の移り変わりに合わせて
葉の色を見事に変化させていく


ただ 
秋は来年も 巡ってきても、
同じ秋は 二度とやってこない

だからこそ
会う時は 二度と会えない想いで接して
別れる時は いずれ また会えると信じて見送ろう


春夏秋冬を
深く味わい 楽しむ生き方、

これが もっとも自然の流れにそった
幸せな生き方なのかもしれない。


涙が心を洗い 言葉があなたを変える より転載
 

フランスの心理療法士エミール・クエは、夢のかなえ方について言葉を残している。

「『できる』と確信するなら、その目標が現実的である限り、
 どんなに困難なことであっても、それはできる。

 それに対して、

 『できない』と思うなら、どんなに簡単なことでも
 できない」


できると思うからこそ、人はやりぬける。
つまり、大切なのは、「できる」と思えるかどうか。

では、どうすれば「できる」と思えるのか。


情熱と、具体的にイメージすることが大切だ。


アメリカの90歳以上のご老人でのアンケートで、
「人生を振り返って、唯一後悔していることは何ですか?」
という問いに対して


90%の人は、

「もっと冒険しておけばよかった」と答えたという。




「僕は冒険心を失いたくない。それに冒険である以上、失敗したって構わない」

日野原重明



【その1: 掃除をする】

この掃除をするというのはとても強力な開運法です。

自分の心のいらない部分(ごみやほこり)を取り除けば

その分だけクリアなエネルギーが自分の中に流れることになります


【その2: 使う言葉を変える】

私たちの発している言葉や表情にはパワーがあります。

運はポジティブな言葉を使っている人や

しっかりと今日1日を生きている人のところに向かいます。

「今日がダメでも、明日がある」

「良い時も悪い時も全部含めて、私はツイている」

朝起きた時や、夜寝る前に、つぶやいてみましょう。



【その3: 着る服の種類を変える】

住む場所などの生活スタイルを変えるのは大変ですが、

着る服を変えるのは簡単です。

服の形や色には、その人の心理状態を上下する効果があります。

お決まりの生活スタイルから、ちょっと脱却するのがコツになります。

繰り返しになりがちな毎日から、ちょっと刺激のある1日にシフトできますよ。



【その4: 行く場所を変える】

人は簡単に、その場のエネルギーというのを感じ、影響を受けてしまいます。

あなたが「ここはいい気分だ」とか

「あの人と話していると元気になる」と感じるのがポイント。

あなただけのパワースポットを、是非見つけてみてください。

嫌なことがあった時でも一瞬でリセットできる場所がある人と、

そうでない人とでは運の掴み方が違います!


【その5: 貢献してみる】

「人の役に立つ人は応援される!」ということです。

この「人の役に立つ」というのは、本当に小さいことで大丈夫です

何か大きなことをしようとするよりも、温かな心遣いで

周囲の人をほっとさせたりする方が余程「徳」としては高いです。


【その6: 受け取る】

与えたら、今度は受け取る番です。日本人は特にこれが苦手なので

ここはひとつ、素直に「ありがとう」と心からのお礼を言ってみましょう。

受け取った分だけ、相手に与えることもできます。



【その7: 自分の人生の奇跡を感じる】

今この現代に生きているというだけでとてもツイていると思いませんか?

住んでいるところもあり食べることにもそこまで困ることはないのではありませんか?

今の日本に住む私たちはとても恵まれた環境にいます。

少なくとも、命を狙われるということは余程でない限りないわけで

この奇跡こそが、私たちの幸運の証です。


涙が心を洗い 言葉があなたを変える より転載
 

「可能性は無限にある」と言うのは本当だと思います。

ただし、そう思っている間は、自分の人生を変えることが出来ないんです。


無限大、無量大数は、沢山の選択肢があるという意味です。

その中から、1つ選択したものが現象になります。

ファミリーレストランに行けば、沢山の食べ物が有ります。

全部食べたいでしょうけど、今日のランチは○○と注文しないと食べられないのと同じで、

今、何を選択するかということです。

辛いことが多い人は、あらゆるものの中から、

「辛さ」を選択しているだけなのです。

悲しいことが多い人は、あらゆるものの中から、

「悲しさ」を選択しているだけなのです。

寂しいことが多い人は、あらゆるものの中から、

「淋しさ」を選択しているだけなのです。

苦しいことが多い人は、あらゆるものの中から、

「苦しさ」を選択しているだけなのです。

怖いことが多い人は、あらゆるものの中から、

「怖さ」を選択しているだけなのです。

可能性は無限である。無限の可能性がある。

これは、事実でしょう。

その無限の中から、今、1つ、何を選択するのか?

優しさ

楽しさ

嬉しさ

逞しさ

強さ


あなたに相応しい感情を選んでください。

あなたが望んでいる感情を選んでください。

あなたがまわりに与えたい感情を選んでください。

あなたが人生で大切にしたい感情を選んでください。

あなたが世界に伝えたい感情を選択して、大切に育ててください。

その感情は、あなたの人格を作ります。

あなたの人生に誇りある選択をしてください。


(釘丸欣也 )


涙が心を洗い 言葉があなたを変える より転載
 

【その1.太陽の光を浴びる】

朝起きたらまず、太陽の光を浴びましょう。
太陽光は自律神経のバランスを整える働きがあります。
また、太陽のパワーには浄化や生命力を活性化する力があるそうです。
身体だけではなく、精神のバランスも整えられ、
前向きな気持ちでいることができるのです。
毎朝太陽に向かって深呼吸を数回し、
太陽のパワーを体中に取り込むイメージを持ちましょう。
もし太陽が出ていなくても、
目をつむって太陽をイメージするだけでも大丈夫ですよ!


【その2.深呼吸する】

深呼吸をすると副交感神経優位になりリラックスできますが、
同時に、深呼吸はとてもお手軽な瞑想でもあります。
一日10分でも構いません。
渋滞でイライラしてしまう車中や、
会社でトイレに行ったときでも良いんです。
呼吸に集中することで「いまここ」にいることができ、
新たな展開に抵抗することなく、受け止めることができるのです。


【その3.自分を褒める】

今日、誰かのために何かをしましたか?
例えば、家族にコーヒーを入れてあげた、
苦手な同僚に笑顔で挨拶した、家の掃除を頑張った… 
など、なんでもいいのです。
それはできて当たり前のことではありません。
あなただからできる、素晴らしいことなのです。
そんな素晴らしいことを、どんな小さなことでもいいから見つけて、
自分をたくさん褒めてあげてください。
「よく頑張ったね」って。



【その4.目の前のことに心を込める】

毎日同じことの繰り返しに疲れて、何かをしているとき、
思考があっちこっちに行ってしまうことってありませんか?
だけどそのことに意識を向けるだけで、
劇的な違いが出てくるとしたらどうでしょう。
例えば料理も、「美味しくなぁれ」
と心の中で唱えながら作ると本当に美味しくなる、
なんて言いますよね。
他のどんなことも同じで、愛情をかけて掃除すれば綺麗になるし、
物だって感謝の意識を向けて使えば長持ちしてくれます。
心をこめてやった分だけ、自分にも同じだけの愛が返ってくるのです。



【その5.笑顔でいる】

気分が落ち込んで、笑う気になんてなれないとき。
そんなとき程、無理矢理にでも笑ってみましょう。
声を出して、「わっはっは!」と。
最初は自分がバカみたいに思えるかもしれませんが、
それでも続けてみてください。
不思議なことに、そのうち本当に笑えてきます。
そうしたらもう、悩みなんてどうでも良くなっています。
外では声を出して笑うとあやしい人になってしまうので、
誰かと目が合ったり話をするときにニコニコと笑顔でいることを心がけましょう。
“自分がなりたい自分を演じる”ことによって、それが現実になってくるのです。



【その6.「ありがとう」を10回】

あなたは今日、何回「ありがとう」を言いましたか?
まだ一度も言っていない人もいるかもしれませんね。
「ありがとう」は、言った分だけ幸せになれる魔法の言葉です。
どんな小さなことでも良いので、「ありがとう」を言ってみてください。
人に言うことに抵抗があれば、最初は物や動物に対してでも構いません。



【その7.アファメーション】

「引き寄せの法則」で、自分の望みを言葉にするのが「アファメーション」です。
「私は毎日あらゆる面で良くなっている」が有名ですね。
コツは普遍的なことは現在形で、出来事などは完了形で言うことです。
例えば「私は美しい」「私の病気は治った」という具合です。
これは繰り返し行うことが有効です。
また、望みが現実になった具体的なイメージを持つ
「ビジュアライゼーション」と同時に行うことで、効果が増すと考えられています。



【その8.その日一日の良かったことを思い出す】

夜ベッドに入って、その日一日の中で良かったことを思い出しましょう。
小さなことで構わないので、できるだけたくさん見つけてください。
例えば「朝ご飯が美味しかった」「乗り換えがスムーズにできた」「好きな人に会えた」…など。
そして、最後にそれらのことに感謝してから眠りましょう。
これが習慣になれば、
いかに自分がたくさんの幸せや奇跡を見落として生きているかがわかります。



【その9.なるようになると思う気持ちを持つ】

ここまで8つの方法を紹介してきましたが、
最後に紹介するのは「諦めること」です。
物事はなるようになるのです。
何かを変えようとどんなに頑張っても、変えられないこともあります。
こんな言い方をしたり「諦める」と言うと語感が悪いですが、
じゃあ何もしなくていいのか、ということではありません。

自分ができることをしたら、
あとは悪足掻きせず、ただ宇宙を信じて結果を待つのです。
「人事を尽くして天命を待つ」、ですね。
この「宇宙を信じておまかせする」という姿勢も大切なのです。


* 涙が心を洗い 言葉があなたを変える より転載
 

私たちは、スマートフォンを使いこなして自分たちの生活をより豊かにしているのだろうか。

自分が自分の行動を律する、自分が自分の情報をコントロールする、理念としては美しいし、それこそがスマートフォンを使うにふさわしい、スマートな人に求められる要件なのだろう。
しかしそれは、事ほどさように、難しい。

        

少なくとも、現時点のスマートフォンは、何かを消費させる方向にばかり、機能しているような気がする。
SNSはコミュニケーションを消費させ、ゲームはお金も消費させる。
あるいはスマートフォンそのものが、私たち人間の生活時間を消費する機械に、なっているのだろう。

それはそれで悪いことではない。消費がなければ経済は成り立たないのは、失われた20年を経た日本社会に暮らす我々が、世界中の誰より痛感しているはずだ。
しかし、消費は生産とバランスがなされてこそ、はじめて社会でその価値が輝くものでもある。

では現在のスマートフォンは、生産に何らかの寄与を果たしているのだろうか。
あるいは仮に、スマートフォンが消費のみをドライブする装置だとして、スマートフォンによる消費は、社会全体の生産活動を、前向きに促進しているのだろうか。 

それは単に、自分の時間を奪われるというミクロの側面だけでなく、社会全体の生産性を向上する道具に、未だなっていないと言えるのではないだろうか。
 
あなたのスマートフォンは「時間泥棒」になっていないか?


The Real Zombie Apocalypse
全世界のスマートフォンの普及率が22%となり、パソコンの普及率20%を上回りました。 
又、日本(昨年のデータ)では、スマホ普及率は25%。
140413

リアルのゾンビが闊歩する(黙示録・終末の)時代、とでも言おうか。
体はあるけど、心は囚われているーー。
140413-1

しかも、使っている人の首を、強制的に前のめりにさせ(ストレートネック)、
その姿をゾンビモードにしたり!
140413-2

スマホによるゾンビ化がより鮮明になるのが夜だ。
140413-3

スマホ見ながら歩く人たちで、暗闇に、ゾンビならぬ不気味な顔だけが浮かび上がる!
男性もえぐいが、女性も、その表情はそれなりのスリラー度があって、 まさにお岩さんの世界。
 
スマホ、ただの端末だと思っていると、えらい目に会うかもよ。




自分の色というものは、
たった一つしかないのかもしれません。
それを求めてもらいたいと思いますね。

一つしかない色だけど、喜びや悲しみなど様々な感情、
刺激によって輝いていく。
その色に出逢うための人生じゃないですか。

それと同じように、
人の人生も織物のようなものだと思うんです。
経(たて)糸はもうすでに敷かれていて
変えることはできません。

人間で言えば先天性のもので、
生まれた所も生きる定めも、
全部自分ではどうすることもできない。

ただ、その経糸の中に陰陽があるんです。


何事でもそうですが、織にも、
浮かぶものと沈むものがあるわけです。

要するに綾ですが、これがなかったら織物はできない。
上がってくるのと下がってくるのが
一本おきになっているのが織物の組織です。

そこへ緯(よこ)糸がシュッと入ると、
経糸の一本一本を潜り抜けて、トン、と織れる。


私たちの人生もこのとおりだと思うんです。

いろんな人と接する、事件が起きる、何かを感じる。
でも最後は必ず、トン、とやって一日が終わり、朝が来る。

そしてまた夜が来て、トン、とやって次の日が来る。

これをいいかげんにトン、トン、と織っていたら、
当然いいかげんな織物ができる。
だから一つひとつ真心を込めて織らなくちゃいけない。

きょうの一織り一織りは
次の色にかかっているんです。


* 志村ふくみ(人間国宝・染織作家) 


完璧でいようとなんて思わない

気分が良いときも そうでないときもある
うまくいくときと そうでないときがある

大事なのは 他人のせいにしないこと
それだけで十分

いつも穏やかに 笑顔で
なんて ちょっと頑張りすぎだよ
もちろん そんな風にいられたら素敵だけどね

素直でいい 怒ってもいい 泣いてもいい
でも すべて 自分の言動には責任を持って

間違ってしまったら ごめんなさい
支えてもらったら ありがとう
感謝と反省の心があれば 十分だよ

完璧を目指していたり 頑張りすぎてる人って
見ていて ちょっと辛いときがあるよね

等身大が大切
等身大の自分で頑張ってるくらいの方が

見ていて気持ちがいいものだよ
 

1.自分をほめる

  Happyな人は自分を褒めるのが上手です。

  できてないこと、失敗したことを責めるのではなく、「できたね」「やったね」「がんばったね」と自分を褒める習慣を。

  出かける前に鏡の前で「その服かわいいよ!」と自分に声掛けして。きっと昨日よりhappyな1日になるでしょう。


2.いつもわくわくする

  わくわくすることが多ければ多いほど、幸せな毎日を過ごせるでしょう。

  まずは自分が何にわくわくするか確認してみて。

  何かをしてる時、しようとしてる時「私わくわくしてる!」と思ったらそれはもう幸せへのシグナルです。

  特に今、わくわくすることがない時は新しいことにチャレンジしてみて。

  自分のわくわくすることを数多く実践することが幸せへつながります。


3.「ありがとう」を口にする

  ちょっとしたことでも「ありがとう」と言うようにしましょう。

  「ありがとう」は魔法の言葉です。

  Happyな人を観察すると1日たくさんの「ありがとう」を使っているはず。

  言えば言うほど幸せを呼ぶ言葉「ありがとう」を実践しましょう。

  今日の自分にも「ありがとう」と言ってくださいね。


4.時間を大切にする

  幸せの法則をつかんでいる人は時間を大切にします。

  約束の時間を守る、

  無意味な時間を過ごさない、

  規則正しい生活をするなど、

  時間を大切にするとは、忙しく過ごすということではなく、時間を有効に、自分のためや人のHappyのために使うということです。

  なんとなく過ごす時間を少し減らして充実した時間を増やしていきましょう。

  この時間の積み重ねが人生のHappyを大きく左右させます。

  一人の時間は一人の時間を楽しんでくつろいで、みんなといる時間はみんなで楽しめるよう時間を使いましょう。


5.ポジティブな言葉を多く使う

  幸せな人は、ポジティブな言葉をたくさんもっています。
 
  「忙しい」を「リア充(リアルが充実している)」と表現したり、「混雑」を「賑やか」、「疲れた」を「よくやった!私」
と言いかえることで、幸せが増すこと間違いなし。

  そして日ごろから、ポジティブな言葉の語彙を増やしましょう。


6.幸せをおすそ分けする

  幸せは誰かと分かち合うことで、ますます倍増します。

  だから小さい幸せも人に分けると大きな幸せに。

  いいことがあった日は、誰かの仕事を少しだけ手伝ったり、いただいたものは誰かと分け合ったり。

  相手より自分の方が幸せだと思った時に、手を差し伸べられる気持ちが、自分を幸せにします。


7.目標をもつ

  幸せになるためには、日常の幸せに目を向けることも大事。

  だけど人が一番幸せと充実感を感じられるのは、自分が目標に向かって進んでいるときです。

  小さくてもいいし、大きくてもいいので目標をもちましょう。

  目標を達成するのが幸せではありません。

  目標に向かうまでのプロセスに幸せを感じるのです。

 
*「涙が心を洗い、言葉があなたを変える」より転載
 

 1.肉体を与えられる
   好むと好まざるとにかかわらず、この肉体とは、生きている間、ずっとつきあっていかなくてはならない。

 2.いろいろな教訓を学ぶ 
   人間は「人生」という名の学校に毎日通い、いろいろな教訓を学んでいく。
   中には、自分とは無関係でばかばかしく思われるものもあれば、なるほどと思えるものもあるだろう。

 3.失敗は存在しない。あるのは教訓のみ
   成長とは試行錯誤の繰り返しで、実験によく似ている。
   たとえうまくいかなても、あきらめずに試みればいつかは成功に結びつく。

 4.教訓は修得するまで、何度も繰り返される
   一つの教訓は完全に身につくまで、いろいろな形で提示される。
   一つを修得して初めて、次の新しい教訓が示される。

 5.学習は一生続く
    人生とはすなわち教訓の連続である。 生きている限り、教訓を学び続ける。

 6.「あっちの水」も「こっちの水」も甘さは同じ
   「あっち」にたどり着くと同時に、「あっち」は「こっち」に変わる。
   そして、また新しい「あっち」が現われ、「こっち」よりもよく見えてくる。

 7.他人は、自分を映す鏡
   他人の好きな部分も嫌いな部分も、すべて自分の内に持っている。
   他人を見る時、そこには、自分が映し出されてくるのだ。

 8.人生は自分自身で切り開くもの
   生きていくのに必要な道具や材料は、生まれた時から全部持っている。
   どれを選ぶか、どう活用するかは自分次第だ。

 9、すべての答えは、自分の内にある
   人生で生じる疑問への答えは、自分の中にある。
   大切なのは自分を見つめ、内なる声に耳を傾け、それを信じることだ。

10.これらはいずれ忘れるだろう


11.だが、必要とあらばいつでも思い出される


                                  ジャック・ロビンソン

このページのトップヘ