◇漢字・ハングル混じり文は「日本帝国主義の残滓」として、漢字まで追放してしまう激情ぶり。
■1.ハングル表示で待たされる
先日、関西空港からパリへ飛び立とうとした処、手荷物検査場の入り口に、各便の出発ゲート番号を示す電光掲示板があったので、自分のフライトを再確認しようとした。ところが、その表示がハングルで、なかなか日本語に切り替わらない。「なんでハングルまで表示する必要があるんだ」と不愉快な思いをしながら待たされている時間は実に長く感じた。
ようやく日本語に表示が変わって、手荷物検査と出国処理を終えて、ゲートまで往復するシャトル便に乗ろうとすると、そこにもゲート番号を表示する電光掲示板があった。一人の男性白人客がそれを眺めながら、じっと待っている。その時の表示は中国語だった。
英語表示を見るには、最悪、日-韓-中と3倍もの時間、待たされることになる。急いでいる客だったら、いらいらして「こんな空港、二度と使ってやるものか」と思うだろう。
外国人用の案内は英語だけで良い、というのが国際常識である。中国語、韓国語を入れて「おもてなし」をしているつもりだろうが、他の国々の人々にはかえって迷惑をかけている、という事に気がつくべきだ。近隣諸国を大切にというなら、台湾の正漢字、フィリピンのタガログ語、ベトナム語、タイ語、マレー語、インドネシア語などの表示はなぜ、しないのか。
世界には無数の言語があるから、各国民を平等に扱おうとすれば、結局、実質的な国際コミュニケーション言語である英語で表記するしかない、というのが国際社会の智恵なのである。
■2.日本語そのままの用語
ハングルで書かれると日本人にはチンプンカンプンなのだが、もともと朝鮮半島は漢字圏だったので、漢字で書いてくれれば、理解できる用語は多い。
窓口(チャング)、改札口(ケーチョング)、入口(イブク)、出口(チュルグ)、乗換(ノリカエ)、踏切(フミキリ)、横断歩道(ヒンタンポド)、手荷物(ソハムル)、大型(テーヒョン)、小型(ソヒョン)、受取(スチュイ)、取扱(チュイグプ)、取消(チュイソ)、割引(ハルイン)、行方不明(ヘンバンプルミヨン)、弁当(ベントー)
何の事はない。漢字で書いてくれれば、旅行者も大抵の用は済みそうだ。しかし、なぜ、こんなに日本語と似た単語が使われているのか。豊田有恒氏は著書『韓国が漢字を復活できない理由』で、こう述べている。
__________
韓国の漢字熟語は、中国起源でなく、日本統治時代に日本語からもたらされたものである。明治以来、欧米の文物の摂取に熱心に取り組んだ日本は、論理、科学、新聞など多くの訳語を案出した、これらの訳語が、韓国ばかりでなく、漢字の本家の中国でも採用されていることは、よく知られている。[1,p17,a]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
たとえば鉄道関連用語は、日本人が欧米の鉄道を導入する際に案出し、日本統治時代に朝鮮において鉄道が敷かれるのと同時に移入された。だから、同じ用語が使われるのは、当然なのである。
多くの用語は、日本語から漢字のまま移入され、韓国語の漢字の読み方で読まれた。だから、日本語の音読みに近い。窓口(チャング)は日本語の音読みなら「ソウコウ」、受取(スチュイ)は「ジュシュ」、行方不明(ヘンバンプルミヨン)は「コウホウフメイ」と、似通っている。ただ乗換(ノリカエ)、踏切(フミキリ)などは、どういうわけか、日本語の訓読みがそのまま残っている。
■3.韓国で使われている漢字語の8割以上が日本製
豊田氏は、現在、韓国で使われている漢字語の8割以上が日本製だと指摘している。特に、日本統治時代に政治、科学技術、企業経営、スポーツなどの近代化が進んだので、それらの分野の専門用語はほとんどが日本語起源である。
たとえば、科学、数学の分野では:
科学(カハク)、化学(ファハク)、物理(ムルリ)、引力(イルリョク)、重力(チュンニヨク)、密度(ミルド)、組成(チョソン)、体積(チェジヨク)、加速度(カソクト)、電位(チョヌイ)、電導(チョンドウ)、元素(ウォンソ)、原子(ウォンジャ)、分子(プンジャ)、塩酸(ヨムサン)、算数(サンスウ)、代数(テースウ)、幾何(キハ)、微分(ミブン)、積分(チョクブン)、函数(ハムスウ)、、、
経営関係では:
社長(サジャン)、専務(チョンム)、常務(サンム)、部長(ブジャン)、課長(カジャン)、係長(ケジャン)、打合(ターハブ)、手続(スソク)、組合(チョハブ)、株式(チョシク)、売上(メーサン)、支払(チブル)、赤字(チョクチャ)
韓国は、これらのすべての用語を日本語から借用し、それで近代科学技術を学び、近代的な企業経営を始めたのである。
■4.漢字廃止で同音異義語のオンパレード
科学技術から企業経営、交通や法律・政治まで、近代的用語がほとんど和製漢字語で取り入れられているのに、漢字を廃止して、ハングル表記するとどうなるか。
日本語と同様、韓国語は複数の漢字が同じ読みを持つから、同音異義語のオンパレードとなってしまう。
たとえば、長、葬、場はすべて「ジャング」なので、会長、会葬、会場はすべて「フェジャング」と同じ発音になる。「会長が会葬に会場に来た」は、「フェジャングがフェジャングにフェジャングにきた」となってしまって、これでは文脈から判断するのも難しい。話し言葉ならまだしも、書き言葉でこれでは、物事を正確に伝えるには大きな障害となる。
神社も紳士も「シンサ」なので、「ヤスクニ・シンサ(靖国神社)聞いたことある?」と聞かれた若い女性が「偉人かな」と答えたそうな。「ヤスクニ紳士」と間違えたのだ。確かに日本人にとっての偉人を祀った神社ではあるのだが。
■5.ひらがなだけの文章の読みにくさ
したがって、書き言葉から漢字を追放したら、日本語をひらがなだけで書くような事態になる。たとえば、こんな具合である。
__________
おそんふぁさんに よると、かんこくじんは せかいいち、どくしょりょうの すくないこくみんで、かんこくとうけいちょうの ちょうさでは へいきんどくしょりょうは 5.3さつ/ねん。どくしょばなれが してきされる にほんじんでも ねんかんやく19さつ。かんじはいしが しゅよういんで、はんぐるだけでは、ひらがなだけの ほんを よむような もの。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
こんな文章は、よほど忍耐強い人でなければ読み通せないだろう。しかも読むスピードは何分の一かになってしまう。
漢字交じりで書けば、上記の文章は:
__________
呉善花さんによると、韓国人は世界一読書量の少ない国民で、韓国統計庁の調査では平均読書量は5.3冊/年。読書離れが指摘される日本人でも年間約19冊。漢字廃止が主要因。ハングルだけでは平仮名だけの本を読むようなもの。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
重要な言葉は漢字になっているので、漢字だけ追えば、だいたいの意味はとれる。ここが日本語の仮名漢字まじりの優れた処で、逆に中国語のように全部漢字だったら、こうはいかない。
それにしても、こんな平仮名だけの本を年5.3冊も読むのは日本人には到底できない事で、逆に韓国人の個人的能力、意思力はすごいのではないか、と考えてしまう。
■5.漢字は「日帝の残滓」
それにしても、なぜ韓国はこんな便利な漢字利用をやめてしまったのか。
漢字使用を制限したのは、戦後すぐの1948年、李承晩大統領による「ハングル専用法」である。米軍占領下で日本が抵抗できないのを見透かして、勝手に李承晩ラインを引いて竹島を奪った大統領である。徹底的な反日教育を実施して、「電信柱が高いのも、ポストが赤いのも、みんな日本が悪いとされる」と揶揄されるほどであった。
「ハングル専用法」は、「大韓民国の公文書はハングルで書くものとする。ただし、当分のあいだ必要な時には漢字を使用することができる」とした。政府の公文書のみを対象にしたものであったが、それでも、「当分のあいだ必要な時には」という留保をつけているのは、漢字抜きは無理があると分かっていたからだろう。
日本統治時代は漢字・ハングル混じり文が推奨されていた。したがって漢字は「日本帝国主義」の残滓のように誤解され、排斥の対象となった。逆に、ハングルは民族のシンボルとして祭り上げられたのである。
実際に歴史を良く調べれば、それまで教養のない女子供の使う「牝文字」「わらべ文字」などと軽蔑されていたハングルを普及させたのは日本統治時代の教育だったのだから、ついでにハングルも「日帝の残滓」として追放すべきだった。そうなると韓民族は文字を持たない民族になってしまうのだが。
■6.朴正煕大統領の反日ポーズとしての漢字追放
漢字排斥をさらに推し進めたのが、韓国中興の祖とされる朴正煕大統領だった。朴大統領は国民の大反対を押し切って、日韓基本条約を締結したが、日本寄りと見られることを避けるために、反日姿勢として、1970年前後に教育カリキュラムから漢字を追放した。
しかし、これは朴大統領の反日ポーズだったようで、片腕だった総参謀長の李在田が会長となって、「韓国漢字教育推進総連合」が作られ、まずお膝元の軍隊で漢字教育を復活させた。また、学界、言論界からの訴えを入れるという形で、中等教育で漢字教育を復活させた。
しかし、その後、ハングル派の巻き返しもあって、漢字教育をやったり、やらなかったり、と朝令暮改が続き、漢字教育を受けた世代と受けていない世代が斑(まだら)のようになっている。
いずれにせよ、漢字・ハングル交じり文は「日帝の残滓」という反日イデオロギーだけで、漢字追放までしてしまうのだから、その激情ぶりは凄まじい。
■7.日本語追放による「純化」
「反日」政策としての漢字追放は、さらに日本語起源の漢字語追放にまで進む。韓国の「国語審議会」の「国語純化文化委員会」が「日本語風生活用語純化集」を作って、700語ほどの「日本語っぽい」単語を韓国語風に「純化」しようとした。日本語は「不純」だというわけである。
たとえば「売切(メージョル)」は、「みな売れること(ターバルリム)」、「改札口(ケーチャルグ」は「票を見せるところ(ピョ・ポイヌン・ゴッ)」、「踏切(フミキリ)」は「越えるあたり(コンノルモク)」という具合だ。日本語で言えば、漢語を大和言葉で置き換えよう、という事である。
したがって、「改札口を通って踏切を渡った」を「純化」すると、「票を見せるところを通って、越えるあたりを渡った」となる。
いくら「反日」を信条とする愛国的韓国人でも、毎日、こんなまだるっこしい会話はしていられないだろう。折りに触れて、こういう「純化」が試みられているが、不毛の努力に終わっているようである。
■8.「漢字・仮名交じり文が、日本人の教養と民度を高めた」
韓国での「反日」を動機とした漢字廃止、和製漢語廃止を見ていると、「漢字・仮名交じり文が、日本人の教養と民度を高めた」という豊田氏の主張もよく理解できる。
たとえば、英語で"Cetorogy"という単語があるが、その専門の学者でもなければ、アメリカやイギリスの一般人は知らない単語である。しかし、これを日本語で「鯨類学」というと、中高生以上なら、「鯨に関する学問」だろう、と想像がつく。”Apiculture”も同様だ。普通の米英人にはチンプンカンプンの単語だが、日本語で「養蜂業」と言えば「蜂を飼う仕事」だと推測できる。
このように、漢字の造語能力をフルに活用して、一般大衆にも近づきやすい形で、近代的な学問、政治、科学技術の体系を構築してきたのが、幕末以降の我が先人たちの努力であった。
中国や朝鮮は、その日本語を通じて、近代的な学問を学んだ。たとえば、「中華人民共和国憲法」の中で、中国語のオリジナルな単語は「中華」しかない。それ以外の「人民」「共和国」「憲法」は、みな日本語からの借用である。どうりで人民主権も、共和政治も、立憲政治も、いまだに身についていないはずだ。
朝鮮では、日本統治時代に漢字・ハングル交じり文が普及して、せっかく近代化のステップを踏み出したのに、「日帝の残滓」というイデオロギー的激情で、それを自ら拒否してしまった。
その千鳥足ぶりと比較すると、我が先人たちの偉大な見識と努力が、改めて見えてくるのである。それを知らずに、電光掲示板でハングルや中国語で表示することが国際化だ、などという浅慮では、ご先祖様が草葉の陰で泣いていよう。
日本語で正確かつ論理的に、そして礼儀正しく丁寧な読み書きができない日本人がいくら外国語を流暢に話しても、国際社会に通ずる人間にはなれないのである。
(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(221) 漢字と格闘した古代日本人
外来語を自在に取り込める開かれた国際派言語・日本語は漢字との国際的格闘を通じて作られた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog221.html
b. JOG(320) 子どもを伸ばす漢字教育
幼稚園児たちは喜んで漢字を覚え、知能指数も高まり、情操も豊かになっていった。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog320.html
c. JOG(425) 白川静 ~ 世界をリードする漢字研究者
白川静のような碩学を持つ日本こそが、東洋文化の最終リレー走者としての使命を持つ。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog425.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
→アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 豊田有恒『韓国が漢字を復活できない理由』★★★、祥伝社新書、H24
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4396112823/japanontheg01-22/
■本号へのおたより
■将行さんより
漢字排斥は残念ながら、日本でも進行しているとおもいます。新聞を読んでいて「牽引」を「けん引」などと記載していることに強い違和感を感じるのは私だけでしょうか?
昔は常用(当用)漢字に指定されていなくても、一般に定着した熟語はすべて漢字表記するのが常識でしたが、今は熟語の一部を常用漢字でないという理由だけでひらがなで書く愚行が進行しています。
伊勢様の指摘されている「千鳥足」ぶりが日本にも伝染してしまったように思え、嘆かわしく思います。
■伊勢雅臣より
「けん引」では意味も想像できませんね。こういう表記に対する違和感を大事にしたいものです。
■学さんより
今回のテーマも興味深く読ませていただきました。韓国が漢字を廃止したことが学際分野でも問題になっているという指摘は聞いておりましたが、まさか反日が直接的原因だったとは・・・大変驚きました。
今回感想を送りたいと思ったのは、伊勢様が空港で経験されたエピソードについて。成田や羽田の国際便ターミナルでこのような経験はありませんでしたが、私が同じ驚きと苛立ちを感じたのは都内の京王電鉄の車内でした。
仕事のため慣れない京王線に乗った私は、目的地の駅までどのように行くべきか、どの駅で普通電車に乗り換えるべきか迷い、車両内の電光掲示板を見ておりました。しかし中国語やハングル語の表示時間が長く、ちょっと目を離した隙に日本語を見落とすとまた延々と掲示板をにらみ続けなければならない・・・
沿線に中国人や韓国人が多く住んでいるからなのかも知れませんが、乗客の大多数は日本人だろうし、外国人でもアルファベット表記で十分に対応できるはずです。
乗客へのサービスというものをはき違えているのではないかと思いました。京王電鉄の社員には是非JOGを読んでいただき、本当の国際化・国際人とはなになのかを考え直してもらいたいと思います。
■伊勢雅臣より
京王電鉄の社員の方、こういう声をぜひ社内で上げて下さい。
■泉幸男さんより
10年前になりますが、ソウルで朝のワイドショーを見ていたら農家のおばあちゃんへのインタビュー中継放送がありました。
おばあちゃんが“タマネギ”という言葉を使った途端、インタビューしていたアナウンサーは焦りにあせって、「ヤンパ、ヤンパ、ヤンパといいますね」と韓国語で言い換え単語を何度も言っていました。
“タマネギ”という日本語起源の単語は、放送禁止用語になっていたのでしょう。言い換えの“ヤンパ”の“ヤン”は漢字の“洋”の韓国語読み。“パ”は韓国固有語でネギのことです。
“フミキリ”、“ノリカエ”、“ベントー”のような単語は同じ流儀で次々に置き換えられ、今の韓国語からは(少なくとも文章語からは)消えています。若い世代は使わないはずです。
会長、会場、会葬が同じ発音になってしまうというのは同音異義語の分かりやすい例ではありますが、補足すると、韓国語は日本語よりも母音・子音の数が多いので、漢字の音読みの同音字は日本語に比べると少なめです。つまり、漢字熟語の同音異義は日本語よりは少なめです。記者、汽車、帰社は、キジャ、キチャ、クィサという別の発音になります。
漢字を廃止しても韓国語がなんとかもっているのは、そのせいです。
また、韓国語は分かち書きをします。貴誌で、文章をひらがなで分かち書きなしで連ねて書いてみせ、「たとえて言えばこれが韓国語だ」というのはフェアでないと思います。
いずれにせよ、漢字の知識をもった世代が消えつつありますので、韓国語も膨大な漢字熟語起源の単語の言い換えがさらに進んでいくでしょう。
漢字は日常的に目にしていないととてもマスターできないので、中等教育に漢字を取り入れたとしても韓国・朝鮮に漢字は帰ってこないでしょう。韓国・朝鮮にとって悲劇的な文明喪失でした。それもまた「日本人のせい」というファンタジーを、十年後には聞かされることになるかもしれませんよ。
■伊勢雅臣より
同音異義語については、韓国語は日本語より母音・子音が多いのですが、日本語では訓読み、重箱読み(じゅうばこ、音+訓)、湯桶読み(ゆとう、訓+音)と自在な読み方で同音異義語を避けています。このあたりの伝統的な智恵は日本らしい所です。
■1.ハングル表示で待たされる
先日、関西空港からパリへ飛び立とうとした処、手荷物検査場の入り口に、各便の出発ゲート番号を示す電光掲示板があったので、自分のフライトを再確認しようとした。ところが、その表示がハングルで、なかなか日本語に切り替わらない。「なんでハングルまで表示する必要があるんだ」と不愉快な思いをしながら待たされている時間は実に長く感じた。
ようやく日本語に表示が変わって、手荷物検査と出国処理を終えて、ゲートまで往復するシャトル便に乗ろうとすると、そこにもゲート番号を表示する電光掲示板があった。一人の男性白人客がそれを眺めながら、じっと待っている。その時の表示は中国語だった。
英語表示を見るには、最悪、日-韓-中と3倍もの時間、待たされることになる。急いでいる客だったら、いらいらして「こんな空港、二度と使ってやるものか」と思うだろう。
外国人用の案内は英語だけで良い、というのが国際常識である。中国語、韓国語を入れて「おもてなし」をしているつもりだろうが、他の国々の人々にはかえって迷惑をかけている、という事に気がつくべきだ。近隣諸国を大切にというなら、台湾の正漢字、フィリピンのタガログ語、ベトナム語、タイ語、マレー語、インドネシア語などの表示はなぜ、しないのか。
世界には無数の言語があるから、各国民を平等に扱おうとすれば、結局、実質的な国際コミュニケーション言語である英語で表記するしかない、というのが国際社会の智恵なのである。
■2.日本語そのままの用語
ハングルで書かれると日本人にはチンプンカンプンなのだが、もともと朝鮮半島は漢字圏だったので、漢字で書いてくれれば、理解できる用語は多い。
窓口(チャング)、改札口(ケーチョング)、入口(イブク)、出口(チュルグ)、乗換(ノリカエ)、踏切(フミキリ)、横断歩道(ヒンタンポド)、手荷物(ソハムル)、大型(テーヒョン)、小型(ソヒョン)、受取(スチュイ)、取扱(チュイグプ)、取消(チュイソ)、割引(ハルイン)、行方不明(ヘンバンプルミヨン)、弁当(ベントー)
何の事はない。漢字で書いてくれれば、旅行者も大抵の用は済みそうだ。しかし、なぜ、こんなに日本語と似た単語が使われているのか。豊田有恒氏は著書『韓国が漢字を復活できない理由』で、こう述べている。
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韓国の漢字熟語は、中国起源でなく、日本統治時代に日本語からもたらされたものである。明治以来、欧米の文物の摂取に熱心に取り組んだ日本は、論理、科学、新聞など多くの訳語を案出した、これらの訳語が、韓国ばかりでなく、漢字の本家の中国でも採用されていることは、よく知られている。[1,p17,a]
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たとえば鉄道関連用語は、日本人が欧米の鉄道を導入する際に案出し、日本統治時代に朝鮮において鉄道が敷かれるのと同時に移入された。だから、同じ用語が使われるのは、当然なのである。
多くの用語は、日本語から漢字のまま移入され、韓国語の漢字の読み方で読まれた。だから、日本語の音読みに近い。窓口(チャング)は日本語の音読みなら「ソウコウ」、受取(スチュイ)は「ジュシュ」、行方不明(ヘンバンプルミヨン)は「コウホウフメイ」と、似通っている。ただ乗換(ノリカエ)、踏切(フミキリ)などは、どういうわけか、日本語の訓読みがそのまま残っている。
■3.韓国で使われている漢字語の8割以上が日本製
豊田氏は、現在、韓国で使われている漢字語の8割以上が日本製だと指摘している。特に、日本統治時代に政治、科学技術、企業経営、スポーツなどの近代化が進んだので、それらの分野の専門用語はほとんどが日本語起源である。
たとえば、科学、数学の分野では:
科学(カハク)、化学(ファハク)、物理(ムルリ)、引力(イルリョク)、重力(チュンニヨク)、密度(ミルド)、組成(チョソン)、体積(チェジヨク)、加速度(カソクト)、電位(チョヌイ)、電導(チョンドウ)、元素(ウォンソ)、原子(ウォンジャ)、分子(プンジャ)、塩酸(ヨムサン)、算数(サンスウ)、代数(テースウ)、幾何(キハ)、微分(ミブン)、積分(チョクブン)、函数(ハムスウ)、、、
経営関係では:
社長(サジャン)、専務(チョンム)、常務(サンム)、部長(ブジャン)、課長(カジャン)、係長(ケジャン)、打合(ターハブ)、手続(スソク)、組合(チョハブ)、株式(チョシク)、売上(メーサン)、支払(チブル)、赤字(チョクチャ)
韓国は、これらのすべての用語を日本語から借用し、それで近代科学技術を学び、近代的な企業経営を始めたのである。
■4.漢字廃止で同音異義語のオンパレード
科学技術から企業経営、交通や法律・政治まで、近代的用語がほとんど和製漢字語で取り入れられているのに、漢字を廃止して、ハングル表記するとどうなるか。
日本語と同様、韓国語は複数の漢字が同じ読みを持つから、同音異義語のオンパレードとなってしまう。
たとえば、長、葬、場はすべて「ジャング」なので、会長、会葬、会場はすべて「フェジャング」と同じ発音になる。「会長が会葬に会場に来た」は、「フェジャングがフェジャングにフェジャングにきた」となってしまって、これでは文脈から判断するのも難しい。話し言葉ならまだしも、書き言葉でこれでは、物事を正確に伝えるには大きな障害となる。
神社も紳士も「シンサ」なので、「ヤスクニ・シンサ(靖国神社)聞いたことある?」と聞かれた若い女性が「偉人かな」と答えたそうな。「ヤスクニ紳士」と間違えたのだ。確かに日本人にとっての偉人を祀った神社ではあるのだが。
■5.ひらがなだけの文章の読みにくさ
したがって、書き言葉から漢字を追放したら、日本語をひらがなだけで書くような事態になる。たとえば、こんな具合である。
__________
おそんふぁさんに よると、かんこくじんは せかいいち、どくしょりょうの すくないこくみんで、かんこくとうけいちょうの ちょうさでは へいきんどくしょりょうは 5.3さつ/ねん。どくしょばなれが してきされる にほんじんでも ねんかんやく19さつ。かんじはいしが しゅよういんで、はんぐるだけでは、ひらがなだけの ほんを よむような もの。
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こんな文章は、よほど忍耐強い人でなければ読み通せないだろう。しかも読むスピードは何分の一かになってしまう。
漢字交じりで書けば、上記の文章は:
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呉善花さんによると、韓国人は世界一読書量の少ない国民で、韓国統計庁の調査では平均読書量は5.3冊/年。読書離れが指摘される日本人でも年間約19冊。漢字廃止が主要因。ハングルだけでは平仮名だけの本を読むようなもの。
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重要な言葉は漢字になっているので、漢字だけ追えば、だいたいの意味はとれる。ここが日本語の仮名漢字まじりの優れた処で、逆に中国語のように全部漢字だったら、こうはいかない。
それにしても、こんな平仮名だけの本を年5.3冊も読むのは日本人には到底できない事で、逆に韓国人の個人的能力、意思力はすごいのではないか、と考えてしまう。
■5.漢字は「日帝の残滓」
それにしても、なぜ韓国はこんな便利な漢字利用をやめてしまったのか。
漢字使用を制限したのは、戦後すぐの1948年、李承晩大統領による「ハングル専用法」である。米軍占領下で日本が抵抗できないのを見透かして、勝手に李承晩ラインを引いて竹島を奪った大統領である。徹底的な反日教育を実施して、「電信柱が高いのも、ポストが赤いのも、みんな日本が悪いとされる」と揶揄されるほどであった。
「ハングル専用法」は、「大韓民国の公文書はハングルで書くものとする。ただし、当分のあいだ必要な時には漢字を使用することができる」とした。政府の公文書のみを対象にしたものであったが、それでも、「当分のあいだ必要な時には」という留保をつけているのは、漢字抜きは無理があると分かっていたからだろう。
日本統治時代は漢字・ハングル混じり文が推奨されていた。したがって漢字は「日本帝国主義」の残滓のように誤解され、排斥の対象となった。逆に、ハングルは民族のシンボルとして祭り上げられたのである。
実際に歴史を良く調べれば、それまで教養のない女子供の使う「牝文字」「わらべ文字」などと軽蔑されていたハングルを普及させたのは日本統治時代の教育だったのだから、ついでにハングルも「日帝の残滓」として追放すべきだった。そうなると韓民族は文字を持たない民族になってしまうのだが。
■6.朴正煕大統領の反日ポーズとしての漢字追放
漢字排斥をさらに推し進めたのが、韓国中興の祖とされる朴正煕大統領だった。朴大統領は国民の大反対を押し切って、日韓基本条約を締結したが、日本寄りと見られることを避けるために、反日姿勢として、1970年前後に教育カリキュラムから漢字を追放した。
しかし、これは朴大統領の反日ポーズだったようで、片腕だった総参謀長の李在田が会長となって、「韓国漢字教育推進総連合」が作られ、まずお膝元の軍隊で漢字教育を復活させた。また、学界、言論界からの訴えを入れるという形で、中等教育で漢字教育を復活させた。
しかし、その後、ハングル派の巻き返しもあって、漢字教育をやったり、やらなかったり、と朝令暮改が続き、漢字教育を受けた世代と受けていない世代が斑(まだら)のようになっている。
いずれにせよ、漢字・ハングル交じり文は「日帝の残滓」という反日イデオロギーだけで、漢字追放までしてしまうのだから、その激情ぶりは凄まじい。
■7.日本語追放による「純化」
「反日」政策としての漢字追放は、さらに日本語起源の漢字語追放にまで進む。韓国の「国語審議会」の「国語純化文化委員会」が「日本語風生活用語純化集」を作って、700語ほどの「日本語っぽい」単語を韓国語風に「純化」しようとした。日本語は「不純」だというわけである。
たとえば「売切(メージョル)」は、「みな売れること(ターバルリム)」、「改札口(ケーチャルグ」は「票を見せるところ(ピョ・ポイヌン・ゴッ)」、「踏切(フミキリ)」は「越えるあたり(コンノルモク)」という具合だ。日本語で言えば、漢語を大和言葉で置き換えよう、という事である。
したがって、「改札口を通って踏切を渡った」を「純化」すると、「票を見せるところを通って、越えるあたりを渡った」となる。
いくら「反日」を信条とする愛国的韓国人でも、毎日、こんなまだるっこしい会話はしていられないだろう。折りに触れて、こういう「純化」が試みられているが、不毛の努力に終わっているようである。
■8.「漢字・仮名交じり文が、日本人の教養と民度を高めた」
韓国での「反日」を動機とした漢字廃止、和製漢語廃止を見ていると、「漢字・仮名交じり文が、日本人の教養と民度を高めた」という豊田氏の主張もよく理解できる。
たとえば、英語で"Cetorogy"という単語があるが、その専門の学者でもなければ、アメリカやイギリスの一般人は知らない単語である。しかし、これを日本語で「鯨類学」というと、中高生以上なら、「鯨に関する学問」だろう、と想像がつく。”Apiculture”も同様だ。普通の米英人にはチンプンカンプンの単語だが、日本語で「養蜂業」と言えば「蜂を飼う仕事」だと推測できる。
このように、漢字の造語能力をフルに活用して、一般大衆にも近づきやすい形で、近代的な学問、政治、科学技術の体系を構築してきたのが、幕末以降の我が先人たちの努力であった。
中国や朝鮮は、その日本語を通じて、近代的な学問を学んだ。たとえば、「中華人民共和国憲法」の中で、中国語のオリジナルな単語は「中華」しかない。それ以外の「人民」「共和国」「憲法」は、みな日本語からの借用である。どうりで人民主権も、共和政治も、立憲政治も、いまだに身についていないはずだ。
朝鮮では、日本統治時代に漢字・ハングル交じり文が普及して、せっかく近代化のステップを踏み出したのに、「日帝の残滓」というイデオロギー的激情で、それを自ら拒否してしまった。
その千鳥足ぶりと比較すると、我が先人たちの偉大な見識と努力が、改めて見えてくるのである。それを知らずに、電光掲示板でハングルや中国語で表示することが国際化だ、などという浅慮では、ご先祖様が草葉の陰で泣いていよう。
日本語で正確かつ論理的に、そして礼儀正しく丁寧な読み書きができない日本人がいくら外国語を流暢に話しても、国際社会に通ずる人間にはなれないのである。
(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(221) 漢字と格闘した古代日本人
外来語を自在に取り込める開かれた国際派言語・日本語は漢字との国際的格闘を通じて作られた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog221.html
b. JOG(320) 子どもを伸ばす漢字教育
幼稚園児たちは喜んで漢字を覚え、知能指数も高まり、情操も豊かになっていった。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog320.html
c. JOG(425) 白川静 ~ 世界をリードする漢字研究者
白川静のような碩学を持つ日本こそが、東洋文化の最終リレー走者としての使命を持つ。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog425.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
→アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 豊田有恒『韓国が漢字を復活できない理由』★★★、祥伝社新書、H24
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4396112823/japanontheg01-22/
■本号へのおたより
■将行さんより
漢字排斥は残念ながら、日本でも進行しているとおもいます。新聞を読んでいて「牽引」を「けん引」などと記載していることに強い違和感を感じるのは私だけでしょうか?
昔は常用(当用)漢字に指定されていなくても、一般に定着した熟語はすべて漢字表記するのが常識でしたが、今は熟語の一部を常用漢字でないという理由だけでひらがなで書く愚行が進行しています。
伊勢様の指摘されている「千鳥足」ぶりが日本にも伝染してしまったように思え、嘆かわしく思います。
■伊勢雅臣より
「けん引」では意味も想像できませんね。こういう表記に対する違和感を大事にしたいものです。
■学さんより
今回のテーマも興味深く読ませていただきました。韓国が漢字を廃止したことが学際分野でも問題になっているという指摘は聞いておりましたが、まさか反日が直接的原因だったとは・・・大変驚きました。
今回感想を送りたいと思ったのは、伊勢様が空港で経験されたエピソードについて。成田や羽田の国際便ターミナルでこのような経験はありませんでしたが、私が同じ驚きと苛立ちを感じたのは都内の京王電鉄の車内でした。
仕事のため慣れない京王線に乗った私は、目的地の駅までどのように行くべきか、どの駅で普通電車に乗り換えるべきか迷い、車両内の電光掲示板を見ておりました。しかし中国語やハングル語の表示時間が長く、ちょっと目を離した隙に日本語を見落とすとまた延々と掲示板をにらみ続けなければならない・・・
沿線に中国人や韓国人が多く住んでいるからなのかも知れませんが、乗客の大多数は日本人だろうし、外国人でもアルファベット表記で十分に対応できるはずです。
乗客へのサービスというものをはき違えているのではないかと思いました。京王電鉄の社員には是非JOGを読んでいただき、本当の国際化・国際人とはなになのかを考え直してもらいたいと思います。
■伊勢雅臣より
京王電鉄の社員の方、こういう声をぜひ社内で上げて下さい。
■泉幸男さんより
10年前になりますが、ソウルで朝のワイドショーを見ていたら農家のおばあちゃんへのインタビュー中継放送がありました。
おばあちゃんが“タマネギ”という言葉を使った途端、インタビューしていたアナウンサーは焦りにあせって、「ヤンパ、ヤンパ、ヤンパといいますね」と韓国語で言い換え単語を何度も言っていました。
“タマネギ”という日本語起源の単語は、放送禁止用語になっていたのでしょう。言い換えの“ヤンパ”の“ヤン”は漢字の“洋”の韓国語読み。“パ”は韓国固有語でネギのことです。
“フミキリ”、“ノリカエ”、“ベントー”のような単語は同じ流儀で次々に置き換えられ、今の韓国語からは(少なくとも文章語からは)消えています。若い世代は使わないはずです。
会長、会場、会葬が同じ発音になってしまうというのは同音異義語の分かりやすい例ではありますが、補足すると、韓国語は日本語よりも母音・子音の数が多いので、漢字の音読みの同音字は日本語に比べると少なめです。つまり、漢字熟語の同音異義は日本語よりは少なめです。記者、汽車、帰社は、キジャ、キチャ、クィサという別の発音になります。
漢字を廃止しても韓国語がなんとかもっているのは、そのせいです。
また、韓国語は分かち書きをします。貴誌で、文章をひらがなで分かち書きなしで連ねて書いてみせ、「たとえて言えばこれが韓国語だ」というのはフェアでないと思います。
いずれにせよ、漢字の知識をもった世代が消えつつありますので、韓国語も膨大な漢字熟語起源の単語の言い換えがさらに進んでいくでしょう。
漢字は日常的に目にしていないととてもマスターできないので、中等教育に漢字を取り入れたとしても韓国・朝鮮に漢字は帰ってこないでしょう。韓国・朝鮮にとって悲劇的な文明喪失でした。それもまた「日本人のせい」というファンタジーを、十年後には聞かされることになるかもしれませんよ。
■伊勢雅臣より
同音異義語については、韓国語は日本語より母音・子音が多いのですが、日本語では訓読み、重箱読み(じゅうばこ、音+訓)、湯桶読み(ゆとう、訓+音)と自在な読み方で同音異義語を避けています。このあたりの伝統的な智恵は日本らしい所です。