人生という名の遊び場で、いま、ここを活かされ、すてきに活きる

時代の本質をとらえた、心に残るすてきなメッセージ[構想、視点、こころ]と、新たな気付きをあなたに届けます。みずみずしく、活き活きとした、すてきな旬(ときめき)を一緒に探しにいきましょう。      ◆◇たきがみ博士が選ぶ”すてきなメッセージ”のおすそわけ◇◆

2014/03

自分と社会をゆるく小さく結ぶ「ソーシャル起業」のすすめ

 人生前半の仕事が10万時間、後半の自由な時間が10万時間。高齢化により、どっと多くの日本人が人生後半に突入している。それに伴い「ケアシフト」という現象が起こりつつある。ケアシフトを見据えながら人生の各時期をいかに過ごしたらよいのか。「ソーシャル起業」という切り口から考えてみよう。

前人未到の境地に直面する日本人

 古代インドの人生訓として「四住期」という教えがある。人生を4つの期間に分けて、それぞれの期間における理想的な過ごし方を説くものだ。

(1)学生期:良き師を得て勉学に勤しむ時期
(2)家住期:家庭にあって子をもうけ、一家を営む時期
(3)林住期:森林に隠棲して静かに瞑想・修行する時期
(4)遊行期:一定の居宅をあえて持たず、諸国を放浪・遊行する時期

 今と比べれば平均寿命が著しく短かった古代インドにあって、子どもを一人前に育てた後、林住期や遊行期まで命が持ちこたえることは稀だった。だから、多くの古代インド人にとっては、四住期は厳しい現実とかけ離れた夢、理想だった。

 さて、古代インドから時空を飛び越えた現代日本。平均寿命は著しく延びた。欧州では1910年に、そして日本では1947年に平均寿命が50歳を超えた。そして、周知の通り日本人の平均寿命は、2012年時点で男性79.9歳、女性86.4歳にまで延びている。

 平均寿命を単純に比較すれば、平均的な日本人にとって、古代インド人から見れば夢のまた夢だった学生期、家住期、林住期、遊行期のすべての時期を過ごすことが可能となっているのである。

近代資本主義・市場競争が支配する人生前半の10万時間

 生命体としての生殖能力には個人差がある。しかし、おおむね家住期に家庭にあって社会の制度を利用して子を産み育てること、つまり社会的な生殖能力は50歳くらいで終わる。産業社会では65歳くらいまで定年を延長するように制度が再設計されていて、そこから高齢者の仲間入りを果たすということになる。

四住期を現代日本にあてはめて年齢的に区分してみると、おおむね次のようになるだろう。

(1)学生期:25歳くらいまで
(2)家住期:50歳くらいまで(65歳が定年)
(3)林住期:75歳くらいまで
(4)遊行期:それ以降

 さて、1日の労働や通勤に費やす労働関連時間として9 時間、そして睡眠、食事、お風呂に入るなどの生活時間を9 時間と仮定してみよう。ここで、引き上げられつつある退職年齢の65歳で線を引いてみる。

 家住期の就業中の「労働関連時間」=9時間×250日(年間労働日数)×43年(22歳で大学を卒業してから65歳で退職するまでの43年)=9万6750時間。

 定年後の林住期、遊行期の「自由な時間」=15時間(生活時間を9時間とし、1日15時間を自由に活動できるとする)×365日(毎日が日曜日!)×15~21年(65歳から男性80歳・女性86歳までの15~21年間)=8万2100~11万5000時間。

 すると、どちらも10万時間前後となる。現在働いている読者の皆さんは、今までに長いこと働いてきた方が多いと思われる。その労働時間に匹敵するか、それ以上に長い自由時間が定年後にあるという現実を予見して、何を思うだろうか。

 国立社会保障・人口問題研究所によると、今後日本の総人口は減りながらも65歳以上の高齢者は増えてゆく。すなわち、高齢化率は上昇を続け、2013年にはすでに4人に1人が、そして2035年には3人に1人が65歳以上となる。さらに2060年には2.5人に1人が65歳以上となってゆく。日本全体で、人生後半の10万時間に突入する人が激増するのである。

 さて人生前半の10万時間はとかく忙しい。人は、人生前半の10万時間で、どっぷりと近代資本主義と市場に参加する。差別化の効いた能力や資格をテコにしつつ毎日午前9時から午後5時の貴重な時間をブチ抜きで働く。ローンを組んで家を買い、税金を払い、寸暇を惜しんで遊び、飲み、食べ、消費財、耐久消費財の購入に所得を割り振る。産業社会の生産活動やイノベーション活動に貢献し、所得を得て家計を豊かにし、イノベーションの成果を生活に導入する。

近代資本主義や市場競争には「豊かさ」と「排除」が同居

 ここで注意したいのは、「近代資本主義や市場競争は、人生前半の10万時間に焦点を置いている」という点だ。

 近代資本主義や市場競争は、それに耐えうる人には「豊かさ」を、それに耐えられない人には冷酷な「排除」をもたらしている。

 例えば子供の貧困問題。毎年10万人近くの高校生が中退し、若年出産などを経て貧困のスパイラルに落ちてゆくという社会的な排除がある。貧困家庭に育つ→高等教育を受ける機会が激減→不安定雇用にしか就けない→貧困層から抜けることができない、というように社会的な排除がスパイラル化している。由々しき問題だ。

 繰り返すが、人生前半の10万時間では近代資本主義と市場競争が幅を効かせている。豊かさの向こう側で、排除がどんどん進みながら。

ポッカリ空いた人生後半の10万時間

 さて、ここで問うべきことがある。人生後半の10万時間に焦点を置く原理や道標になるような「~主義」があるのだろうか。

 答えは「暗中模索かつ実験途上」となろう。人生後半の10万時間については、前述したように、人類史的にほとんど未踏の領域なのだ。

 ただし、確実なことが1つだけある。人生前半の10万時間をターゲットにしてきた近代資本主義や市場競争の行動様式では、まったく立ち行かなくなるということだ。

 要は定年後の10万時間の使い方そのものが、人類史的に未開拓なテーマであり、実は日本は、その実験の最先端にいる。定年後の10万時間は、光り輝く黄金にもなれば、鉛にもなるのである。

 近代資本主義や市場競争は、金銭欲、物欲、消費欲、食欲、性欲などの欲望を刺激してやまない。仏教のほうでは、これらの欲求の充足を求めてやまない自我を「小我」と呼ぶが、人生前半の10万時間では「小我」がどうしても勝ってしまう。

 人生後半の10万時間では、「小我」を超え、自他の区別を超えてゆく「大我」に移行してゆく格好の時期でもあろう。

ケアシフトへの対応、できているか?

 さて、前置きが長くなったが、ここからが本題だ。人生後半の10万時間では、多くの人にとってソーシャルな価値は3つに集約できるだろう。すなわち、(1)健康を維持・増進するケア、(2)自分の利益だけでなく他者のことを気にかけるケア、(3)自分が関わるコミュニティーへのケアである。

 筆者はこれらの変化をまとめて「ケアシフト」と呼んでいる。

 健康を得てはじめて人生後半の10万時間は生き生きとしてくる。つまり慢性疾患に足を絡めとられないように、健康を増進し疾病予防に努めることが肝要だ。それが、40兆円目前にまで膨らんでいる国民医療費の高騰に歯止めをかけることにもなる。

 人生前半の10万時間では、厳しい競争にさらされてサバイブするのか、いかに自分(たち)が得る利益を最大化するのかに関心が向かってしまう。でも後半の10万時間は、むしろ、排除されている人々や利他を気にかけ、労働市場、製品市場、資本市場などお金との交換にとらわれない「場」としてのコミュニティーにおける活動が大切になってくる。

 人生後半の10万時間に対応し、構想するのは、65歳を迎えたその時では遅すぎる。人生前半の10万時間のうちから長期的に準備しておくべきだろう。つまり、ケアシフトは、人生後半の10万時間のみならず、人生前半の10万時間にも影響を与えるのである。

シニア起業によるソーシャル・イノベーション

 そんな中で、65歳を迎えるまでに、定年後の10万時間を光り輝くゴールデン・エイジにするために、自分と社会をゆるく小さく結ぶソーシャル起業を勧めている。いずれ手中にする10万時間の自由な時間の一部をソーシャルな仕事でクリエイティブに使うというシナリオだ。

 長年、都内の大病院で検査技師をやっていた鹿糠悦夫さんは、定年になる前に大学院に入り、リスクマネジメントを学んだ。在学中に事業構想を温め、卒業後、「みんなの健康開発ネットワーク機構」というNPO(非営利組織)を立ち上げて活躍している。このNPOの目的は、患者・市民本位で健康、医療を考え、行動し、健康で明るい社会の発展に貢献する、というものだ。現行の医療システムから排除されている貧困層への対応においても期待は大きい。

シニア層は、長年の勤労義務から解放されつつあり、自由の自由たるゆえんの自問自答に熱心であり、環境、教育、雇用、貧困、格差、健康、福祉、人権、エネルギーに関わる社会問題にも敏感だ。

 そして、現代日本の「豊かな」人々には、古代インドより、はるかに学びの自由度がある。つまり、大学・大学院という学生期を、家住期、林住期、遊行期に組み込むという離れ業もできるのだ。そこで人生をリセットし、人生後半の10万時間で新たなチャレンジに取り組んだり、近代資本主義や市場競争主義が生んできた「排除」に対して、問題解決行動を起こしたりすることができるのである。特に、それなりに競争社会の中をサバイブして「豊かさ」の恩恵にあずかった方々には、「排除」問題にも取り組んでもらいたいものだ。
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「他人の意見で自分の本当の心の声を消してはならない。
             自分の直感を信じる勇気を持ちなさい」 (スティーブ・ジョブズ)

何かの行動を起こす時に

自分の直感を信じるか

それとも過去の経験や他人の意見を参考にするか

どちらかの選択になります。

普段の行動においては
物事の正しいか間違いかは
「頭」で考えることですが、

人生の重要な決断をする際には
「ハート」で考えることです。

いくら頭で考えても
やってみなければならないことを考えても
答えは出ません。

上手くいくかどうか
正しい決断かどうか

それよりも、自分の心が
ワクワクしているのかどうかを
感じて欲しいのです。

もし、迷ったのなら
なおさら直感に従うことです。

間違った決断は
最後まで下さない決断に勝る。

あなたの直感を信じる勇気を
持ちましょう。

チェスの世界には「ファーストチェス」
と呼ばれる練習があります。

5秒以内に次の手を打つというルール
で行います。

その早指しチェスで面白い結果があります。

それは
「5秒で決めた手」と
「1時間じっくり考えた手」が

86%の確率で「同じ答え」になります。

これはアマチュアもプロも同じです

5秒とは、つまり「直感」に委ねるもの。

その直感にはかなりの信頼性が
あるということです。

今の時代、わからないことは
インターネットで何でもわかって
しまう時代。

考えなくてもいい時代。

経験しなくても答えを見つけられる時代です

そんな時代だからこそ

あなたの直感を鍛え

あなたの直感を信じていきましょう。

あなたの心の声が今こそ必要な時代なのです

誰が何と言おうと
他人がどんな意見を持っていようと

あなたが「ピン」ときたこと
あなたが「ワクワク」することを
即、行動に移してみよう。


1分で感動から転載

「仕事と人生」  会社一筋、燃え尽きに注意 ドラッカーが指摘

「いまや会社は、社員を会社人間にしておくことが、本人のためにも会社のためにも危険であり、いつまでも乳離れできなくさせる恐れのあることを認識すべきである」。ドラッカーは1954年に刊行した『現代の経営』でこう述べている。

 この言葉は、21世紀の今、日本の企業で起こり始めている問題を予言しているかのようだ。雇用延長がメンタルヘルスに与える影響もその1つだ。

 年金支給開始年齢の引き上げに伴い、企業には65歳まで希望する社員の雇用延長が義務づけられた。定年延長や再雇用によって働き続ける高齢の社員が今後増加するとみられている。年上の部下を持つ上司の仕事のしにくさや、いつまでも先輩に抑えつけられる若手社員のモチベーション低下など、マネジメント上の課題に加え、懸念されるのが高齢社員のメンタルヘルスへの配慮である。

 再雇用や役職定年においては、一般的にそれまでの職責や権限を減じられる。自尊心が傷つき、メンタルヘルスが悪化した例を紹介する。

■会社一筋の人生は何だったんだ

 Aさんは、IT(情報技術)メーカーの技術部門から営業部門に移り営業部長にまで駆け上った。技術部門でのリーダーシップをかわれて営業部の技術支援課長に就くと、好景気の後押しもあって、営業部門でも大きく貢献した。技術系出身らしく顧客に対する専門的な説明に説得力がある。Aさんを中心とした営業部の支援部隊の成果は上がり、Aさんは順調に営業部長に昇進した。

 しかし、営業部長になった頃から会社の業績が急速に悪化、その責任の矢面に立たされることも多くなった。競合他社の営業部門からヘッドハンティングされた副部長が着任し、新しいやり方を取り入れることになった。これまで自分の経験から組み立てていた戦略に対して、他社のやり方には戸惑うことが多く、副部長との衝突もあったが何とか実績を出さねばと自分の主張は押し殺して幾つかのプロジェクトを成功させた。

 その成果を花道に昨年定年退職を迎え、現在は嘱託として週3日勤務している。前年までは部下だった副部長が上司となり、仕事も責任のない仕事ばかりだ。Aさんはやりがいを感じられず、かつての部下の仕事を手伝おうとしても、露骨に疎ましがられることもある。

 最近では営業部門ではなく、技術部門時代の後輩と飲みに行くことが多くなった。酒を飲むと涙を流したり、飲み過ぎて翌日体調を悪くすることがしばしばだ。妻や子供は働いており、休みの日も何かと忙しくしている様子で定年退職後に時間ができたからといって特段会話が増えたわけでもない。

「これまでの俺の人生は何だったんだ。若い時は新規開発に打ち込み、営業時代は馬鹿みたいに徹夜して提案書を作った。家族よりも仕事を優先したことも自分の中では誇りに思っている。会社を一番と考えてきたのに、会社生活の最後にきてこのザマだ。人生の中で今が一番惨めだ。これから先、何をすればいいのかわからない……」という愚痴が行きつけの飲み屋で何度も聞かれるようになった。

 そして先月、かかりつけ医からアルコール依存症との診断により専門医による治療が命じられた。

■仕事以外のよりどころを

 会社人生の終盤や定年退職後に精神的不調を訴えるケースが多くなってきている。「荷下ろしうつ病」や「定年後うつ病」などと呼ばれ、「不眠」「食欲不振」「疲労感」や「著しい気分の落ち込み」「不安感」といった「うつ病」と同様の症状がみられる。精一杯頑張って、大きな目標を達成したあとに起こる燃え尽き症候群も同様な症状である。Aさんの場合、アルコール依存症との診断であるが、背景には定年後の空虚感や無力感からアルコールに依存するようになったと考えられる。

 経済成長期の社会においては、働く人の人生設計は会社や組織の成長とともにあった。しかし「社会が知識を基盤に構成され、知識労働者が主役になる『ネクスト・ソサエティ』ではそうでなくなる」とドラッカーは予言し、こう続けている。「ほとんどの人間にとって、同じ組織の仕事を続けるには、40年、50年は長すぎる。飽きてくる。面白くなくなる。惰性になる。耐えられなくなる。周りの者も迷惑する」

 とはいえ、公的扶助が減り、先行きが不安な現代の日本では、できるだけ長く働き続けたいと考える人は多い。しかも雇用延長が義務づけられて、働き続けることが可能になった。それ自体は望ましいことだが、体力が減退したりやる気の維持が難しくなったりするうえ、周囲から疎んじられる状況で働くことで、精神的に不安定になるケースも少なくない。

 
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こうした不調感は、会社一筋に身をささげてきた人に多いようだ。仕事のみが全ての人の弊害を、ドラッカーは「仕事オンリーの人間は、視野が狭くなる。組織だけが人生であるために、組織にしがみつく。空虚な世界へ移るという恐ろしい退職の日を延ばすために、若い人たちの成長の妨げになってでも、自らを不可欠な存在にしようとする」と表現している。

 仕事以外にやることがあれば、無力感から回復する可能性もある。Aさんの場合も、アルコール依存の治療とともに仕事以外に自分のやるべきこと、やりたいことを見つける必要がある。「仕事を失うことが人を傷つけるのは、金銭ではなく誇りのためである。仕事とは人格の延長である」とドラッカーは言っている。仕事以外で人格を実感したり、表現できる場所を持つことで、私たちは仕事の失敗や失職への不安に強くなれる。

 仕事以外でよりどころとなる活動としては、まず「趣味」やそのための「学び」が挙げられる。また少年サッカーのコーチやマンションの管理組合の理事を務めるなど、地域コミュニティーへの貢献も有意義であり、しかも会社生活のように定年はない。もちろん、仕事に生かせる資格取得や新分野の勉強などで新しいスキルを磨くことも有効だ。

 ドラッカーは副業やNPO活動を「パラレルキャリア」と呼んで勧めている。以前は、業務に支障が出るとの理由から副業禁止の会社も多かったが、経済成長が頭打ちで雇用が多様化した昨今、多くの会社が副業に対する制限を緩和し始めた。自分のやりたいことや社会貢献活動など、仕事以外の活動に時間を使う人もより増えている。これが会社にしがみつかなければならないと感じるストレスから解放してくれたり、セカンドキャリアとして人生のよりどころとなる可能性は高い。

 そしてもちろん、家族との関係もある。自分の家族内での立ち位置を確認し、家族をよりどころとするために必要な活動は何かを見直そう。ドラッカーは「自分の仕事以外に、興味を示さず学ぼうとしない人は、会社という立場からみても、決して優秀な人材とはいえない」(『明日のための思想』)と言っている。


 

私は、長年医者として患者さんを診てきましたが、いつも体のどこかに不調を訴え、病気が治らないことに対して不平ばかりいっている患者さんがあります。私はいつも、

「あなたは自分の体に感謝したことがありますか。


生まれてから今まで、年中無休、身体の細胞は一秒も休まずに外敵からあなたを守って働いてくれているのに、ご主人さまがそのことを全然認めないで不平不満ばかりいっていたら、細胞だって怒って働く気力を失いますよ。

今日から毎日『身体の細胞さん、今まで感謝を忘れ、不平不満ばかりいってごめんなさい。毎日働いてくれてありがとう』と全身を手でなでながら感謝しなさい」といっています。

交通事故で体に傷跡や変形を残した患者さんの回復形成手術を行う機会も多かったのですが、いわゆる加害者を恨(うら)んで悪口ばかりいうような人は、手術をしても良い結果は得られませんでした。

人を憎んだり非常に辛い思いをしているときには、レントゲンで見ると、腸がねじれたり、亀裂があったり、文字通り「断腸の思い」なのだそうです。

「はらわたが煮えくり返る」くらい立腹しているときは、実際に胃腸の粘膜が真赤に充血しているのです。


感謝の心のない生活に真実の健康は存在しません。

幸福が与えられたから感謝するのではなく、感謝するからこそ幸福が与えられるのです。

このことに気づかない人が多いようですが、感謝には、理屈や理由は不必要なのです。

光が凸凹の面で反射するのを乱反射というのと同じく、いろいろな理由をつけての感謝は乱感謝です。


光が鏡のような平面で反射すると全反射し、ピカッと光って眩しいように、理由のない全感謝が真実の感謝なのです。



葉室頼昭氏は、外科医でありながら、神職の資格を取得し、春日大社の宮司になった方だ。

超一流のスポーツ選手や演奏家は、自分の使う道具をとても大事にするという。

自分の子どものように話しかけたり、磨いたり、そして、感謝する。


日本の古くからの神道には、木や岩や山や川といった自然や、道具にまで、神が宿り、降りてくる、という考え方がある。

三種の神器という、鏡や勾玉(まがたま)、剣などがよい例だ。


自分の身体はあまりにも自分の身近にあるため、感謝をつい忘れてしまう。

本当は、自らの身体は、モノである道具より数万倍大事であるにも関わらず、雑に扱い、大事にしない。

「理由をつけての感謝は乱感謝。理由のない真実の感謝が全感謝」

自分の身体を、大切に扱い、いたわり、全感謝で接したい。


1分で感動から転載

中国地方政府の破綻という悪夢

中国経済を急成長から脱皮させようと試みる政府指導部にとって悪夢のシナリオは、地方政府が自らの債務の重みで崩壊することだ。最も多額の債務を抱える江蘇省がその代表格といえる。

公式統計によると、江蘇省の省、市、郡政府は銀行や投資信託、起債を通じて借り入れを膨らませており、債務は他の地方投資をはるかに上回っている。

造船や太陽光パネル製造など、同省の主要産業の多くは過剰な生産能力を抱え、利益は低迷して税収は伸び悩んでいる。中央政府が経済の投資依存を減らし、サービス業・消費主導型経済への移行を図っていることにより、江蘇省は打撃を被りやすい状態にある。

政府は改革の一環として、多くの地方政府にとって主な資金源である借り入れと土地売却の取り締まりを命じる一方で、産業の縮小に伴うコストを地方政府自らが吸収することを期待している。江蘇省のような省にとっては八方ふさがりの状況だ。

スタンダード・チャータード、フィッチ、クレディ・スイスの推計によると、中国の地方政府の債務は国内総生産(GDP)の15─36%相当、額にして最大3兆ドルに上る。

ドイツ銀行のグレーターチャイナ担当チーフエコノミスト、ジュン・マー氏は「中国地方政府の債務は、うまく管理しないとシステミックかつマクロ経済的リスクを同国にもたらし得る。これにはブラジルの先例があり、1989年、93年、99年の危機は州政府の過剰債務が根本原因だった」と話す。

中国地方政府の債務総額について公的な情報は乏しいが、格付け会社やシンクタンクの情報を総合すると、江蘇省の債務リスクは全31省の中でも突出している可能性がある。

江蘇省が中国経済に大きなリスクをもたらしかねないことは明らかだ。同省の域内総生産(GDP)は20カ国・地域(G20)メンバーであるトルコを超えて世界の上位20カ国に食い込む規模で、人口は7900万人と大半の欧州諸国を上回る。

<ストレスの兆候>

江蘇省政府の財政に重圧が加わっているさなかで、省内主要企業の中には経営が行き詰まり、当局に救済を求めるところが出てきている。中国最大の民間造船会社、中国熔盛重工集団(1101.HK: 株価, 企業情報, レポート)は今月、地方政府に財政支援を要請した。

中国最大の太陽光パネル・メーカーの子会社である無錫サンテックパワーはことし、破産申請を行った。複数の関係筋によると、同社は江蘇省無錫市の政府に財政支援を求める意向もある。

ストレスが高まっている兆候は他にもある。中国メディアによると、経営難に陥った一部の地方企業は個々の職員に最大60万元(9万7800ドル)の資金調達ノルマを貸し、達成できない場合には勤務を許さないため、多くの職員が親戚や友人に金の工面を頼んでいるという。

地方政府にとっての主な資金調達手段は、借り入れか不動産デベロッパーへの土地売却しかない。地方政府は地元の経済開発を担っているが、税収の4分の3は中央政府に吸い上げられる。

しかし無錫市のある村の住人によると、市政府はデベロッパーに売るためとして住宅を破壊して更地にしているが、家主に収用代金を支払うための資金が不足している。「私の父は600平方メートルの土地を持っていたが170平方メートルを失った。市政府は父に『あなたは住宅を多く所有し過ぎている』と言って支払いを拒んだ」という。

中央政府は地方政府に対する銀行融資を絞めつけているため、江蘇省はシャドー・バンキング(影の銀行)からの借り入れを急増させている。

データ提供会社ユーズ・トラストによると、2012年に中国で販売された投資信託のうち、江蘇省内の自治体が発行したものは30%を占めた。 同業のウィンド・インフォメーションによると、12年の同省の債券発行額は3430億元で、中国で最も財政が豊かな広東省の3倍に上る。

無錫市だけでも投資信託の発行により92億元を調達し、銀行融資金利の6%を大幅に上回る10%近くのリターンを投資家に与えた。この資金の一部は不動産デベロッパーに土地を売ったり工業団地を建設するために村を更地にする資金に回された。

増大する中国の不良債権において、江蘇省が大きな割合を占めているのも不思議ではないだろう。中国メディアが先月引用した中国人民銀行(中央銀行)幹部の発言によると、2013年1─5月の不良債権増加分の40%を江蘇省が占めた。

中銀や監督当局に政策助言を行っているトリプルTコンサルテイングのマネジングディレクター、ショーン・キーン氏は「モラルハザードの有無を点検するため、ある程度管理されたデフォルト(債務不履行)を起こせば市場は歓迎するだろうが、中国政府にその態勢が整っているかどうかはおぼつかない」と話した。

(Koh Gui Qing記者)

 

大きな町の入口で、おばあさんが石の上に座っていました。

そこへひとりの旅人が通りかかり、おばあさんにこうたずねました。

「これから入っていく町は、いい町ですか?幸せを与えてくれる町でしょうか?」

おばあさんは答えます。

「あなたが住んでいた町はどうでしたか?」

旅人はこう返します。

「とても嫌な町でした。だから新しい町に移ってきたのです」

おばあさんは、旅人にこう言いました。

「あなたの行く町は、あなたが来た町と同じです」

また、別の旅人が通りかかり、おばあさんに同じように聞きました。

「これから入っていく町は、いい町ですか?幸せを与えてくれる町でしょうか?」

おばあさんは同じように答えます。

「あなたが住んでいた町はどうでしたか?」

旅人はこう返します。

「素晴らしい町でした」

おばあさんはほほ笑んで、旅人にこう言いました。

「あなたの行く町も、あなたが来た町と同じように素晴らしいですよ」


誰の人生にも、長い年月の間には、いいこともあれば悪いことも起こる。

しかし、その中においても、いいことだけを探してそれを見続けていると、嫌なことの中にさえ、いいことを見つけることができるようになる。

「あなたの行く町は、あなたが来た町と同じです」

よいことを探し続ける人生でありたい。


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ある一人の女性のエピソードがあります。

その女性には多くの兄弟がいました。

一番下の弟は、身体障害者で生まれ、幼稚園に入る年頃になっても、寝たきりでした。

弟を喜ばせたいという思いから、家族みんなが弟に
「その日あったよいこと」
を話したそうです。

すると、弟はニコニコと笑顔で反応し、ときに声をあげて一緒に喜んだり楽しんだりするようになりました。

それを主治医に報告したところ
「病気が治るわけではないけれども、とてもよいこと」
と言われたそうです。

それ以来、家族はみな、1日1ネタ、楽しいことやうれしいことを探して、手帳にメモするようになったのです。

その内容は、他愛もないことだったと言います。

「帰り道に、とてもかわいらしい犬がいた」
「街路樹が赤く紅葉してきれいだった」など。

その家族は、帰宅すると必ず弟に1日の出来事を報告する。

すると、弟はキャッキャッと喜ぶ

その女性いわく
「よいこと」
は弟へのおみやげ、ギフトなのだそうです。

弟さんは、今もお元気だといいます。

私がその女性に接したのは、彼女が大学生の頃でしたが、10年近くも「よいこと」探しを続けていると語ってくれました。

彼女はまた、こんなことも言っていました。

「よいことばかり、毎日探そうとしていると、接する人すべてがとても温かく思えてくるのです。

嫌な人には一切会わない。

これは弟からの何よりのプレゼントです」。

私はこの話を聞いて、胸が熱くなりました。

その後、彼女はとても幸せな結婚をしています。


1分で感動から転載

あなたの信じるものが、
あなたの人生を創り出しています

怖れを信じる人は、
人生も怖れに満ちたものになります

愛と感謝を信じる人は、
人生も 愛と感謝に満ちたものになります

だから

できない理由を 探すより、
できる理由を 探してください

人の嫌いな所を 探すより
人の好きな所を 探してください

奪われることに 心を向けるより、
与えられることに心を向けてください。

叶わないことに 心を向けるより、
叶っていることに心を向けてください。

失くしたものに 心を向けるより
取り戻したものに 心を向けてください

問題に 意識を向けるより、
機会に 意識を向けてください

不足に 意識を向けるより、
感謝に 意識を向けてください。

過去と将来の不安に 
意識を向けるより、

今とこれからの可能性に 
意識を向けてください。

「足りない」と思い込んできた現実が、
「足る」 現実だったと気づく時、

「現実」という言葉を逆にすると
「実現」になるがごとく、

世界の 認識がひっくり返る。

現実はいつでも
自分の好きなように変えることができる。




相手と仲良くしたい。

でも 上手くいかない。

それはもっと

仲良くしなきゃいけない人がいるから。

それは「自分自身」。


他人との和合も大事だけど

自分との和合を大事にしたい。

他人には仮面で嘘をつけるけど

自分には嘘をつけないのだから。

自分と仲良くすることで

他人とも世界とも仲良くなるし

自分と仲良くしている人は

自然と本当の相手が見つかる。


じゃあ

「自分と仲良くする」って

どういうことかというと

自分で 自分の心のコップを 

満たしていくこと。


それは 

魂が喜ぶことに
没頭することだったり

好きなことに
夢中になることだったり

リラックスして 
幸せを感じることだったり

そうやって

自分で自分を満たしていけば

愛そう、とか

愛を与えよう、

という思考や意志は いらずに

愛は 溢れ出すと感じる。


すると

流れがよくなって

どんどん幸せになるし 

奇跡(意味ある偶然の一致)が増えてくる

あなたの道が 生き生きと輝き始める。



ウクライナ危機、一番の「敗者」は誰か

ウクライナ南部クリミア自治共和国でロシア編入の是非を問う住民投票が16日に迫っているが、結果はあらかじめ分かっている。クリミアはロシア編入に賛成し、緊張は高まる一方となるだろう。

現時点で重要なのは、一歩引いて、こうたずねてみることだ。「ウクライナ危機の『敗者』は誰か」と。米国は別の行動を取ることが可能だったのだろうか。ロシアの場合はどうか。暴動の発生や爆発寸前の地政学的対立は避けられなかったのか。ここからどうなるのか。

もし米国の主な目的が、ウクライナで起きている暴動と大国間の緊張を最小限に抑えることだったとしたら、米国は重大なミスを重ねている。米国は事態が最高潮に達する前に、ウクライナ政府に経済支援を実際に提供することに失敗した。ウクライナのヤヌコビッチ前大統領は、ロシアとだけ連携したかったわけではなかった。自国経済の崩壊を回避しようとするなか、ロシアと欧州連合(EU)の間でバランスを取ろうとしていた。

欧州は強硬な態度を崩さず、国際通貨基金(IMF)も適切な時期に介入しようとはしなかった。西側諸国による支援の欠如は、ヤヌコビッチ氏をロシアへと向かわせる後押しとなり、ウクライナの首都キエフでの抗議活動は後戻りができないところまで達してしまった。

ウクライナの主要な野党勢力とヤヌコビッチ氏、EU当局者らは先月21日、政治危機の解決で合意に達したものの、まもなく決裂し同氏は失脚した。米国はすぐさま西側寄りの暫定政権への支持を表明したが、これが間違いだった。米国政府は慎重な姿勢を示し、事態を進展させる政治プロセスを決定するための一要因として、合意を少なくとも尊重するよう求めることもできただろう。そうした立場を表明することは、米国がロシアの利益を尊重しているという重要なメッセージをロシアに示すことができただろう。

シリア情勢では、米国はロシアが提案した化学兵器の廃棄に向けた搬出が内戦を根本的に終結させる突破口となると考えているというようにうまく装ったが、実際にはオバマ米大統領が軍事介入という一度振り上げた「こぶし」を下げるための絶好の口実となった。ウクライナにおいて、ロシアも同様にメンツを保つことができるよう、米国が配慮することができたはずだが、実際にはそうしないことを選んだ。

ロシアがクリミアに軍事介入しようとしていることが明らかになったとき、オバマ政権はロシアに対し「大きな代償」を払うことになるなどと、「こけおどし」的な警告を度々してきた。もちろん米国は、ロシアのクリミア介入に対抗するだけの軍事力を有するが、米国はロシアの介入を実際に止めるようなレベルで対抗しようとはしなかった。

こうした法的強制力のない脅しは、米国の国際的な信用を落とすだけだ。闘牛の赤い布のように、こうしたコメントはロシアのプーチン大統領をあおり、米国にはプーチン氏に匹敵するほど信頼できる意思はないと思わせることになった。

ただ、明らかに米国が、今日見られるような緊張を回避するチャンスを逃した一方で、ロシアが抱えるリスクは飛躍的に高まっており、ウクライナ問題でさらに大きな打撃を受ける可能性がある。

クリミアへの軍事介入によって、プーチン氏が無視できない損失がすでに生まれている。介入後、ロシアの通貨ルーブルは急落し、ロシア中銀は利上げを余儀なくされた。同国の株式市場での一日の損失はソチ五輪のばく大な費用を上回った。そうしたことは、ロシア経済の減速を早めることになるだろう。

プーチン氏にとっての「勝利」がウクライナでの影響力拡大を意味するなら、同氏の戦略は完全に裏目に出ている。クリミアを併合することによって、約150万人のロシア系住民はウクライナの有権者ではなくなる。ウクライナで次に選挙が行われたとき、残ったウクライナの有権者はロシアの軍事介入のことを思い出すだろう。つまり、ウクライナの選挙では西側を支持する結果になりやすいということを意味しており、将来的にはEU加盟への可能性にもつながる。

こうしたことはあくまでも大きな仮定の話だが、誰が最も損をするかということを露呈している。

第一に、十分にあり得ることだが、ロシアがウクライナ東部に軍隊を送り込むなら、勝者はいない。ウクライナで内戦が勃発し、市場が不安定化するだけでなく、地政学リスクが極端に高まり、予測不可能な結果をもたらすことになるだろう。現在までの状況が、こうした事態が排除できない現実的な結果となり得ることを物語っている。

たとえロシアがこれ以上軍事介入しなかったとしても、将来的にウクライナ国民にとって良い結果とはならない。最良の場合は、債務支援は得られるが、今後ロシアから天然ガスの値引きは受けられなくなる。ウクライナ経済は依然として厳しく、同国の新しい大統領は引き続きロシアとの関係を維持する経済的必要に迫られる。ただしこのような戦略は、ますます政治的なバックアップを受けられなくなるだろう。要するに、ウクライナは結局、同じシチュー鍋に戻らなくてはならないが、その鍋のなかは以前よりもぐつぐつと煮立っているのだ。

このシナリオは、西側からの経済的・外交的支援を織り込み済みである。西側諸国は危機が実際に起きてから経済支援に動き出した。次に世界的な緊張がどこかで発生し、メディアの関心が移った場合、どうなるのだろうか。西側による外交努力もそれに伴って移行するのだろうか。欧米諸国は自国内でも緊急の経済的懸念を抱えるなか、急落するウクライナ経済を支援する用意があるのだろうか。

結局のところ、ウクライナ国民が一番の敗者で、今後もそうなるだろう。このような文脈において、米国が犯した重大ミスという議論は行われるべきだ。もちろん、ばく大な持続的支援が外部から継続的に得られるなら、ウクライナ国民が将来的に勝利するチャンスはある。ただ残念なことに、それはあまりに薄い可能性だ。

*国際政治学者イアン・ブレマー

 

「人間力」という言葉があります。

人間力も、単なる知識や経験だけではなく、悩みや苦しみを経て、そこから学んで実践することでこそ、初めてついてくるものだと思っています。

しかし、生まれたときから、何の挫折も葛藤もなくきたと誇ったり自慢したりしているような人には、残念ながら、人間に深みがなく、人間力に乏しい人が多くいます。

人は苦しみや挫折など、何か人生の壁や問題から抜け出したときに初めて、人の心を引きつけ、自分も人も大きく変えるほどの人間力がつく。

そうだとすれば、苦しみや挫折などの問題は、あなたの人間力を高める素晴らしいチャンスなのです。

それをチャンスと気づかず、生かせていない人が多いのは、本当にもったいないことです。

問題が多ければ多いほど、その人は成長しています。

もちろん私自身も、不慮の事故だとか、身近な人の心の病だとか、あるいは父親との別れなど多くの経験しました。

しかし、そういった大きな問題に出会うたびに、そこから素晴らしい学びを得て、自分を成長させることができました。

一方、自分にはまったく問題がないと思い込んでいる人、あるいは同じようにさまざまな苦しみや悩みなどの問題を天から与えられながらも、それを学びのチャンスだと思えなくて生かしきれないままにきた人には、残念ながら、深みは感じられません。

だから、自分を深め、人間力を身につけるためには、悩みや苦しみなどの問題があったほうがいいのです。

さらに、それをチャンスと思えるかどうかが、その人の人生の差であり、分かれ目になるのです。

ここにある企業のトップの言葉があります。

その企業は、業績が昨年度はあまりふるいませんでした。

その原因は、不況ということだけではなく、新しく雇い入れた人が会社のルールについていけず、能力も低かったのです。

それをフォローするために、ほかの社員の負担が増して、疲弊してしまい、すべての効率が下がってしまったからでした。

けれども、その企業のトップは、苦しんだ問題から学び、社員に対してこんな言葉をかけたのです。

「この1年は、たしかに業績としてはマイナスだった。

けれども、私たちにとっては素晴らしいプラスとなった。

ルールについていく能力のない1人の人のために、どれだけ周りが疲れるかということを、身にしみて学ぶことができたからだ。

また、それをフォローするために、あるいは、そんな人にどうしたらもっとしっかり働いてもらえるようになるかと、みんなが一生懸命に知恵を絞って、より良い仕組みを考えた。

だから、この1年で、みんなはものすごく考えられる人、より強い人間に成長することができた。

さらに言えば、この苦しみをみんなで乗り越えたことによって、やれるべき要件が全部揃ってきたから、来期については、なんら恐いものはない。

だから来期は必ず、プラスの業績でいたときよりも、もっと素晴らしいものにできるんだよ」

このトップの言葉には、まさに多くの真理と叡智が込められています。

人間は何か問題に突き当たったり、損失してしまったりしたときこそがチャンスです。

そうした機会がなく、ずっとプラスのままでいくと、視野が狭くなり、逆にさまざまな弊害が起こってきます。

いわゆる挫折知らずのエリートといわれる高学歴の人たちが、人間として成熟できていないといわれるのも、それゆえです。

ですから、もしもあなたが今、何か大きな問題や悩みを抱えているとしたら、その悩みや苦しみを恥じることは、いっさいないのです。

もちろん、問題を乗り越えるとき、苦しみや痛みも伴うことでしょう。

けれども

「ああ、これによって自分の人間力がまた高められるのだ」

「より強く豊かで愛情深い素晴らしい人間になれるのだ」

あるいは

「私はなかなか、がんばっているなあ。私の未来は明るいな」

というふうに明るい面に目を向けると、苦しみや痛みも少しずつ和らいでくるはずです。

そうなれば、もう大丈夫です。

あなたは必ずや、悩みや問題を素晴らしいチャンスに変え、より「人間力」を高めて、成長できるのです。




1分で感動から転載 
 

 
『その1: 掃除をする』

 この掃除をするというのは
 とても強力な開運法です。

 自分の心のいらない部分(ごみやほこり)を
 取り除けば、その分だけ
 クリアなエネルギーが
 自分の中に流れることになります。
 

 
『その2: 使う言葉を変える』

 私たちの発している言葉や表情には
 パワーがあります。

 運はポジティブな言葉を使っている人や
 しっかりと今日1日を
 生きている人のところに向かいます。

 「今日がダメでも、明日がある」

 「良い時も悪い時も全部含めて、
  私はツイている」

 朝起きた時や、夜寝る前に、
 つぶやいてみましょう。
 

 
『その3: 着る服の種類を変える』

 住む場所などの生活スタイルを
 変えるのは大変ですが、
 着る服を変えるのは簡単です。

 服の形や色には、その人の心理状態を
 上下する効果があります。

 お決まりの生活スタイルから、
 ちょっと脱却するのがコツになります。

 繰り返しになりがちな毎日から、
 ちょっと刺激のある1日に
 シフトできますよ。
 

 
『その4: 行く場所を変える』

 人は簡単に、
 その場のエネルギーというのを感じ、
 影響を受けてしまいます。

 あなたが「ここはいい気分だ」とか
 「あの人と話していると元気になる」と
 感じるのがポイント。

 あなただけのパワースポットを、
 是非見つけてみてください。

 嫌なことがあった時でも
 一瞬でリセットできる場所がある人と、
 そうでない人とでは運の掴み方が違います!
 
 

『その5: 貢献してみる』

 「人の役に立つ人は応援される!」
 ということです。

 この「人の役に立つ」というのは、
 本当に小さいことで大丈夫です。

 何か大きなことをしようとするよりも、
 温かな心遣いで周囲の人を
 ほっとさせたりする方が
 余程「徳」としては高いです。
 

 
『その6: 受け取る』

 与えたら、今度は受け取る番です。

 日本人は特にこれが苦手なのです。

 ここはひとつ、素直に「ありがとう」と
 心からのお礼を言ってみましょう。

 受け取った分だけ、
 相手に与えることもできます。
 

 
『その7: 自分の人生の奇跡を感じる』

 今この現代に生きているというだけでとても
 ツイていると思いませんか。

 住んでいるところもあり
 食べることにもそこまで
 困ることはないのではありませんか。

 今の日本に住む私たちは
 とても恵まれた環境にいます。

 少なくとも、命を狙われるということは
 余程でない限りないわけです。

 この奇跡こそが、私たちの幸運の証です。

 どんな時でも、これさえ覚えておけば
 常に開運状態を保つことができるわけです。
 
 

きょうも走りつづける。

だれだってランナーだ。

時計は止められない。

時間は 一方向にしか流れない。

後戻りできないマラソンコースだ。

時の流れという一本道を

ぼくらは走りつづける。

その先に未来がある。

かならずゴールはある。

ランナーは信じている。

ゴールのないレースはない。



だけど。

それはどこにある。

そのゴールはだれが決めた。

なんのために走っている。

なんのために生まれてきた。

未来はたった一本の道なのか。



世界は広い。

道はいくつだってあるはずだ。

どこを走ってもいいはずだ。

旅にでよう。

遊びにいこう。

クルマでいこう。

買い物しよう。

勉強しよう。

恋をしよう。

オシャレをしよう。

仕事をしよう。

結婚しよう。

いっしょに暮らそう。

子育てしよう。




きみがまだ出会っていない

世界はとてつもなく広い。




人生のゴールはひとつじゃない。

人生のコースはひとつじゃない。

それは人間の数だけある。




きみだけの人生を走れ。



*リクルートCM/2014.03.13.日経朝刊より



Yコンビネーター主催のイベントに参加して

「シリコンバレー最強のスタートアップ養成スクール」と呼ばれるYコンビネーター。彼らが主催する起業志望者向けの講演イベントに、わたしは先月参加してきた。

Mark Zuckerberg氏(Facebook創業者)、Jack Dorsey氏(Twitter創業者)、Phil Libin氏(Evernote創業者)ら超有名人の話を聞くことができ、どのセッションもなかなか楽しめたのだが、わたしがいちばん聞き入ってしまったのはBalaji Srinivasan氏の講演だった。

Srinivasan氏はCounsylという成功した遺伝子解析の会社を立ち上げた起業家で、スタンフォード大の講師でもある。

今日はみなさんにシリコンバレーのExit戦略の話をしましょう。まずは、タイムリーな話ですが、「アメリカはマイクロソフト化しているのか?」という問いからはじめたいと思います。

アメリカとマイクロソフトの共通点を洗い出してみましょう。コード(憲法)は古くて難解。二週間以上もシャットダウンする(政府機関)。ウイルス(大量破壊兵器)が危ないからといって新製品を売る。経営資源(天然資源)を手に入れるためなら手段を選ばない。消費者は相手にせず、大企業の機嫌ばかりをとる。しかし、こんなにダメダメでも誰も逆らえない。

さて、マイクロソフトといえばビル・ゲイツですね。彼は1998年にこう言いました。Oracleなどの大企業は怖くないが、どこかのガレージで変なことをやってる連中が怖いと。

それがラリー・ペイジとサーゲイ・ブリン(グーグル創業者)だったというわけですね。

ラリーとサーゲイは、マイクロソフトを内側から変えることはできなかったでしょう。当時、マイクロソフトは2万6000人もの社員を抱えていました。社員2万6000番目と2万6001番目が、昼食の無料化とか20%ルールの導入を訴えたとしても聞き入れられるわけがない。

だから彼らは起業しました。「にげる」を選んだのです。そして後に、成功したグーグルを、マイクロソフトが真似をするようになった。

これは政治学の基礎である「離脱」と「発言」という考え方に通じるところがあります。

衰退している国や会社の一員には、発言か離脱という二つの選択肢があります。発言、すなわち「たたかう」とは内側から変革を起こすこと。それに対して離脱、すなわち「にげる」とは外に出て新しい会社や社会構造を作ったり、敵対する会社や国に行くことです。

そして忠誠、つまり「なつき度」がこの二つのバランスを取る役目をします。「なつき度」は愛国心のように自発的な形をとったり、囲い込みのように強制的な形を取ることもあります。

分かりやすいように、「たたかう」と「にげる」をみなさんの身近なものに例えてみましょう。

たとえば、オープンソースの世界では、「たたかう」はパッチを送ること、「にげる」はプロジェクトをフォークすることです。

(補足: 公開(オープンソース)されているプロジェクトのコードをプログラマーが流用しようとすれば、たまに不具合を見つけたり、自分の使用用途に合わないことがある。その場合、「パッチを送る=コードの修正案を送る」か、「フォークする=自分専用にコードをカスタマイズして、元のプロジェクトから新しいプロジェクトを派生させる」のどちらかをプログラマーは選ぶことができる。)

ビジネスの世界では、お客様にとって「たたかう」は苦情を言うこと、「にげる」は付き合いをやめることです。

会社員にとって、「たたかう」は会社に残ること、「にげる」は辞めて起業することです。

そして市民にとって、「たたかう」は投票をすること、「にげる」は移住することです。

スライド左の画像はノーマン・ロックウェルが言論の自由、すなわち「たたかう」について描いた絵です。右の画像は私の父親がインドにいた頃の写真です。隣にわら小屋が見えますね。地べたに寝て育った父は、生きている間に暮らしが良くなることはないと考えました。投票しても何も変わらない。だから父はアメリカに「にげる」と決めたのです。

アメリカは民主主義の国。選挙によって「たたかう」ことが大切だと教えられます。しかし、アメリカは母国を捨てた人たちが作った国でもあります。つまり、アメリカは「たたかう」と「にげる」によって作られた国なのです。

迫害を受けたピューリタンからアメリカがはじまり、イギリスから独立を選んだ人たちが続きました。土地を求めて東海岸から西海岸へと大陸を横断した人や、ロシアやナチスでの集団虐殺から逃れたり、南ベトナムから亡命した人もいます。豊かさのためだけではなく、自分の命を救うために「にげる」を選んだのです。

アメリカだけではありません。シリコンバレーも「にげる」によって作られたのです。ショックレー研究所を辞め、フェアチャイルドセミコンダクターを創業した8人から、シリコンバレーは始まりました。カリフォルニア州では競合禁止条項がほぼ無効であること、ベンチャーキャピタルが「にげる」人に資金を与えることも追い風になりました。

オープンソースプロジェクトをフォークすることも「にげる」ですし、ここで生まれたネットスケープがブラウザに「戻る」機能をつけたのも、ある意味「にげる」です。もちろん、起業も「にげる」ですね。ちなみにこの画像は「(起業せずに働いたら)ラリーとサーゲイに、お前は軽いやつだと思われるよ」というYコンビネーターの最初の広告コピーです。

ここで大切なのは、「にげる」人は「たたかう」人に力を与える、ということです。

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たとえば二つの国があり、国①は政策Aを施行し、国②が政策Bを施行していると仮定しましょう。国①のなかにも政策Bを支持する人はいるのですが、多くの人は政策Aを支持しています。

しかし国②は政策Bを施行しているので、国①のなかでも政策Bを特に強く支持する人たちは国②に移住します。その様子を、国①の中で政策Bに傾きかけている人たちが見ると、「国①も政策Bにするべきではないか」という声が広がります。「にげる」人が「たたかう」人の声を増幅させたのです。

このように、民主主義に大切なのは「にげる」という選択肢を増やすことです。群をなして「にげる」人が増えるほど、「たたかう」人は残った人からの支持を得ることができます。

「にげる」選択肢が無ければ、ここにいるみなさんの半分は生まれてこなかったでしょう。我々の先祖は中国・ベトナム・韓国・イラン、ほかにも戦争や飢饉で苦しんだ国から移り住んで来たのです。

それゆえ、われわれは「にげる」という選択肢を何としてでも守り通さないといけません。

つまるところ、「にげる」とは代替手段という意味です。競争、起業、移民などの概念も、すべて「にげる」に帰結します。「にげる」とは、政治家にならずに、または暴力に手を出さずに、悪政から身を守る唯一の方法です。

さて、アメリカの話、シリコンバレーの話、そして「にげる」の話をしましたので、本題に入りましょう。シリコンバレーのExit戦略、つまりアメリカからシリコンバレーが「にげる」という話です。

シリコンバレーの次の10年の繁栄は、「アメリカ政府の決め事を、ロビー活動やデモ活動なしに無効化できるか」にかかっています。

なぜそう断言できるのか? それは現在、シリコンバレーv.s.ペーパーベルトという図式ができているからです。

ペーパーベルトとは、紙媒体によって成長し、戦後のアメリカを牛耳った4つの都市のことです。

大学(蔵書)のおかげで栄えたボストン。広告・金融(紙幣)・出版・新聞のおかげで栄えたニューヨーク。台本のおかげで栄えたロサンゼルス。そしてもちろん、法律のおかげで栄えたワシントンDC。これらを、昔のラスト(製造業の)ベルトにちなんでペーパー(紙の)ベルトとわたしは呼んでいます。

そしてここ20年の間に、どこからともなくシリコンバレーが現れ、ペーパーベルトが束になっても敵わないほど強くなってしまいました。

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 シリコンバレーは先ほど挙げた都市の産業を全てひっくり返しているのです。99年のNapsterからはじまり、ロサンゼルスはiTunes・BitTorrent・Netflix・Spotify・Youtubeの手に落ちました。

ニューヨークはAdWords・Twitter・Blogger・Facebook・Kindle・Aereoにお株を奪われています。Madison街の広告も、出版も、テレビもわれわれの手のひらの中です。ちなみにAereoは独自のアンテナを使って(ケーブルテレビの)好きな番組を好きな時間に見れるサービスです。

ボストンもKhan Academy・Coursera・Udacityといったオンライン教育サービスの標的になっています。

ワシントンDCや州政府に対しては、Uber・Airbnb・Stripe・Square・Bitcoinなどが規制の抜け道を作っています。政府にはもはや、規制したいものを規制する力は無いように見えます。

このようなペーパーベルトの弱体化を、私はペーパージャム(紙詰まり)と呼んでいます。

そしてペーパージャムはシリコンバレーのせいにされています。機械が人間の仕事を奪い、IT長者は増えても貧乏人の暮らしは良くならないというのがペーパーベルトの言い分です。

経済の弱体化はiPhoneやGoogleのせいで、不公平な銀行の救済、古いビジネスモデルの破綻、戦争に首を突っ込んだせいではないという妄言を吐いているのです。

われわれはこの主張を否定しないといけません。その手段のひとつが「たたかう」です。

手始めに「シリコンバレーはモノの価格を下げる」という反論をしてみましょう。

技術が発達すればするほど、モノは貧困層にも届くようになります。携帯電話はもともと1%の人間のものでした。ですが、技術製品の強みである複製のしやすさとスケールメリットが生かされ、いつのまにか5%、10%、20%、50%、そして99%への人間へと携帯電話は広まりました。

技術がモノの価格を下げるからこそ、携帯電話はウォール街のおもちゃから最貧国のライフラインとなったのです。ムーアの法則も似たような話です。

他方、ペーパーベルトはモノの価格を上げることしか能がない。高等教育バブル、住宅バブル、医療費バブル、他にも数えきれないほどのバブルをペーパーベルトは産んだのです。

以上の理由から、ペーパーベルトによる「アメリカの停滞はシリコンバレーのせいだ」という説が支離滅裂であることは自明です。

しかし、「たたかう」だけでは議論が平行線をたどる一方でしょう。その場合、「にげる」を余儀なくされるかもしれません。

先ほどの例を一歩先に進めてみましょう。ペーパーベルトは「政府がアメリカを掌握すれば、仕事が人の手に戻る。シリコンバレーがアメリカを掌握すれば、市民がターミネーターに支配されているようなものだ」と主張しています。

それに対し、われわれは「政府がアメリカを掌握すれば、そこら中の家がデトロイトの放火された家みたいになる。シリコンバレーがアメリカを掌握すれば、そこら中の家がGoogleのビルみたいに立派になる」と切り返すこともできます。

しかし、仮想上の未来を論拠にしては議論が進みませんし、政府に本気で戦いを挑むのは懸命ではありません。なにせ彼らは軍用機を持っているのですから。

このように話が通じない相手には「にげる」が一番の反論となります。物理的に「にげる」必要はありません。ペーパーベルト信者を巻き込むことなく、シリコンバレーが支配する社会がどのようなものかを世の中に見せつければいいのです。

これがわたしの提唱するシリコンバレーのExit戦略です。

ざっくり言うと、技術によって運営されるオプトイン社会を作ろう、ということです。できればアメリカ国外に。

次の10年間、世の中はこの方向に向かって進んで行くでしょう。シリコンバレーはすでにはじめの一歩を踏み出していますし、モバイルもこの方向に向かっています。モバイルといっても、ロケーションベースのアプリの話ではなく、物理的な距離という概念を壊す、という意味でのモバイルです。

ラリー・ペイジは、「世界の一部を切り取って規制ゼロの特区を作り、従来では不可能な実験ができる場所にしたい」と発言しました。巧みな言い回しですね。アメリカから法律を取り払うとは言っていません。「わしの国はやらんぞ」と言うのならばそれで結構、ということです。

マーク・アンドリーセン(ネットスケープ創業者)も「これから先は新興国がたくさん生まれるだろう」と予言しています。冷戦後、国の数は増え続けていますしね。

実験が上手くいった国からは学ぶことが沢山あります。シンガポールの医療システムは世界が手本とすべきものになりましたし、エストニアでは駐車場のデジタル化が成功しています。

後進国はリスクを取らずに模倣するだけでいいのです。リスクは取りたいものが取ればいい。「にげる」が「たたかう」を助けるのです。

考えてみれば、会社を作るのに戦争を起こす必要はないですよね。前社長に決闘を挑む必要もありません。同じように、戦わずに新しい国を作ることは可能なのです。

Paypalマフィアでいうなら、ピーター・ティールは海上に起業家のための独立国家を作ろうとしているし、イーロン・マスクは火星にコロニーを作ろうとしています。

そこまで大掛かりなことをする必要はありません。ハッカーニュースに上がっていた記事ですが、とある起業家がつい最近、小さい島を購入したとのことです。カナダのどこかにある寒い島で、オアフ島には似ても似つかない。

しかしここの不便さがミソなのです。彼らを馬鹿にする人たちや、技術を嫌う人たちが追ってこないからです。

これが「にげる」のいいところです。「にげる」は大々的にやってもいいし、小さな一歩だけでも構わないのです。

みなさんに島を買えとはいいません。リモートで働くことも「にげる」です。テレビを見ず、Reddit(ネット掲示板)を見るのも「にげる」です。ペーパーベルトからどれくらい距離を置くかはあなたの自由なのです。

ペーパーベルトは我々の行く手を拒むかもしれません。しかし技術、とりわけモバイルの力があれば、彼らを振り切ってソフトウェアが支配する世界を作れるでしょう。

いくつか例を挙げてみます。

まず、3Dプリンタがあれば、物理的なものに規制をかけることができなくなります。医療機器から無人小型飛行機から車まで、何でも複製できるようになれば、モノに対して規制を作るためにできた省庁の存在意義が問われるでしょう。3Dプリンタ用のデータを、DRM(デジタル著作権)の観点からどう管理するかだけが課題になります。

Bitcoin(現金にも変換できるP2Pの仮想通貨)があれば、量的緩和は通信制限に代替されますので、中央銀行はいりません。キプロスやポーランドであったように、財産を差し押さえられることもありません。

Quantified Self(自己定量化、自身の遺伝子解析)が進めば、スマホで自分の健康診断ができるようになります。

ネット経由で出入国すれば、移民法はファイアーウォールに置き換わります。

ロボットが発達し、自由自在に遠隔で操作できるようになれば、遠く離れた場所にいるヒューマノイドが「自分」になるのです。旅行をするのに飛行機代を払う必要もありません。

戦争においてはハードウェアより、ソフトウェアのほうが強くなります。法律はコードに置き換えられ、行政はロボットが取り仕切ります。

詳しいことはわたしの次のMOOC(オンライン授業)で話すことにしましょう。

わたしがみなさんに言いたかったのは、目線を高くし、どんな小さいものでもいいので、次の社会が必要とする技術を作ってほしい、ということです。

中産階級の人々に税金の抜け道を教えるソフトウェアでもいいし、人々が別の都市に引っ越しやすくなるようなアプリでもいい。囲い込みを破壊し、「にげる」ための障壁を下げる何かを、ここにいるみなさんには作ってほしい。





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人生とは機会です。その恩恵を受けなさい。
Life is an opportunity, benefit from it.

人生とは美です。賛美しなさい。
Life is beauty, admire it.

人生とは至福です。味わいなさい。
Life is bliss, taste it.

人生とは夢です。実現しなさい。
Life is a dream, realize it.

人生とは挑戦です。対処しなさい。
Life is a challenge, meet it.

人生とは義務です。全うしなさい。
Life is a duty, complete it.

人生とは試合です。参加しなさい。
Life is a game, play it.

人生とは約束です。それを果たしなさい。
Life is a promise, fulfill it.

人生とは悲しみです。克服しなさい。
Life is sorrow, overcome it.

人生とは歌です。歌いなさい。
Life is a song, sing it.

人生とは闘争です。受け入れなさい。
Life is a struggle, accept it.

人生とは悲劇です。立ち向かいなさい。
Life is a tragedy, confront it.

人生とは冒険です。挑戦しなさい。
Life is an adventure, dare it.

人生とは幸運です。呼び込みなさい。
Life is luck, make it.

人生とはあまりに貴重です。壊してはいけません。
Life is too precious, do not destroy it.

人生とは人生です。勝ち取りなさい。
Life is life, fight for it.

~マザー・テレサ~



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