人生という名の遊び場で、いま、ここを活かされ、すてきに活きる

時代の本質をとらえた、心に残るすてきなメッセージ[構想、視点、こころ]と、新たな気付きをあなたに届けます。みずみずしく、活き活きとした、すてきな旬(ときめき)を一緒に探しにいきましょう。      ◆◇たきがみ博士が選ぶ”すてきなメッセージ”のおすそわけ◇◆

2014/04

劣等感でつぶされそうなあなたへ

 劣等感って誰しもが持つ感情です。決してそれが悪いわけでもない。でも、気をつけないと、競争の無限ループへとあなたを引き入れる怖いものです。どうやって劣等感と付き合えばよいのか、そんなことを考えてみました。
 まだ、アップルで社内政治に明け暮れていた頃のこと。僕は、なんだかいつも疲れきっていました。長時間労働だったし、注目される会社でそれなりに責任のある立場だったし、おまけに他言語で毎日社内政治だからかと思っていました。でも振り返ってみると、なんか当時のあの疲労感の原因は、もっと違うところにあったような気がする今日この頃です。


◇偶然いい仕事をしたあの頃 

 僕は、2002年にアップルジャパンから本社へ転属しました。そして、渡米直後にiPod Miniの開発に関わることになったのです。アップルで秘密プロジェクトに関わると、普段とは全く違った指揮系統に組み込まれて仕事をするはめになったりします。直属の上司さえプロジェクトの内容を知らされません。そんなこと、支社では絶対にあり得なかったので本当に驚きでした。こうして僕は、ひょんなことから副社長と直接仕事をする機会に恵まれたのです。

 渡米早々にこんなふうに抜擢されて、僕は、燃えに燃えていました。少しでもいい製品を世の中に届けたい。そんな気持ちでいっぱいだったのです。自分が問題だと思うことを包み隠さず子細にまとめて、プロジェクトの期間中だけ直通になった副社長に毎週のように送っていました。すると副社長からのリクエストで、毎日送れとのこと。そしてさらに1、2週間すると「このレポートはよく書けているから、上級副社長に直接送るように。」とのお達しです。マジか? これがその後何を意味するのかもわからないまま、上級副社長へとせっせとレポートを送り続けました。

 バタバタと2つばかりプロジェクトを終わらせて気がついたこと、それは部署間の凄まじいまでの権力争いでした。それぞれのマネージャーたちは協調し合う仲間のはずなのに、そんなのは、まったくの建前なのです。失敗は他部署のせいにし、他部署の手柄は自分の手柄にする。そんなことが、ごく普通に行われていました。

 そして僕は、最初の2つのプロジェクトで、けっこう敵をたくさん作っていたようなのです。何でもかんでも正直に上に報告すれば、顔がつぶれる人がいる。ライバル視され、警戒される。当たり前のことですが、渦中では考えもしなかったんです。


◇青かった時代が終わって 

 今考えてみると、僕は、なんかいい感じに周りの空気を読まずに、偶然いい仕事をしてしまったようなのです。社内競争なんて眼中にもなく、いい製品を世に送り出したい気持ちに突き動かされていました。そのうちにジョブズに会う機会ができたりね。まったく有り難いことです。

 やがてiPodを離れ、Macintosh 製品の品質のシニア・マネージャーへ。管理する人数も増えたし、発言権も確実に高まったのです。でもだんだんね、気がついてしまったんです。社内にはいろいろな思惑の人がいて、うまく味方を作ったり敵をつぶしたりしないと出世できないらしいって。いつの間にか同ランクの管理職たちを力関係で眺めるようになり、自分の立ち位置に一喜一憂するようになっていきました。

 気がつくと僕は、お客さんの手に渡る製品の品質を第一に気にする朴訥とした新人マネージャーから、自分の立ち位置にに汲々とする、どこにでもいる凡庸な管理職へと成り下がっていたのです。自分では正しい方向に進んでいるつもりでしたが、青かった故に輝いていた新入りは、いつの間にか可も不可もない平凡なシニア・マネージャーになっていたというわけです。

 こうしていつの間にか、社内政治に明け暮れるようになっていました。出過ぎる杭は打たれないのに、わざわざ自分から「打たれやすい杭」になったようなものです。全くアホですね。世の中を力関係で捉え、そのなかで一喜一憂する生活は、実に疲れるものです。僕は段々とひどく消耗するようになり、「ああ、こんな会社ヤメたいな。」と思うようになっていました。それなのに会社のネームバリューや給料や多額のストックオプションで、どうにもヤメるにヤメれません。あちらこちらを病みながら、ヨロヨロと会社に通い続けました。


◇どうすればよかっただろう

 今考えてみれば、やるべきことは極めて明確です。社内政治になんて気にせず、ひたすら愚直でいれば良かったんです。その結果、出世できなかったかもしれません。でもそれはそれ。きっと、正しいことをキッチリやったというプライドで胸を張ることができたでしょう。適度に嫌がられながらも自分の立ち位置が確立できたでしょう。器でもないのに上ばかり見て、なんだか自分で自分の価値を下げてしまったように思うのです。

 こうした見当違いの努力は、結局のところ自分の「劣等感」のなせる技だったように思うんです。劣等感は誰にもあるものです。容姿だったり学力だったり、仕事の出来不出来だったり……。アップルでのし上がってくる奴らなんて、世界的に有名なブランド大学の院卒とか、三か国語ぐらい喋るとか、デザインや設計やプログラミングでスゴい実績があったりするのが普通です。そんな奴らと自分を比較してコンプレックスにまみれながらジタバタする。そういう気の持ちようが、自分の持ち味を殺していったように思うのです。

 多分、愚直であることこそが、僕の持ち味だったんです。英語もうまくないし、政治もうまくない。頭だってとびきりいい訳じゃない。けれども丁寧な仕事を心がけ、包み隠さずなんでも報告する。きっとそういう部分が買われたんです。でも、全然自覚できなかった。もっとスマートにカッコ良く、みんなと対等にやっていけるはずだ。いや、やらなければ。こうしてみずから不毛な競争へと身を投じ、自分の劣等感を刺激し、始終疲れきっていたように思います。


◇ジョブズに倣って 

 外国に住むって、そのままハンディキャップを背負い込むということでもあります。言葉の壁はなかなか超えられないし、現地人のようにスマートになんてやれない。どうしても劣等感が刺激されます。でも不利な外国人だからこそ、そんなものに飲み込まれてはいけないんです。自分なりの良さ、自分なりの持ち味がきっとあります。英語が得意ではないからこそ、現地人と同じ価値観を持たないからこそ、生きる部分があるはずなんです。

 自分の良さって、自分ではなかなか気がつけないものです。自分の欠点こそが、むしろ長所だったりもするんですけどね。多分、劣等感って、自分がそれをどう意味付けするかが大事なんです。開き直るのではなく、自分のいいところも悪いところもまずはキッチリ直視する。人との競争で、自分の劣等感をごまかさない。こうすることで、見えてくるものがあります。


 冷静に考えれば、ジョブズって、どう考えても人格障害って感じですよね。でも彼はそれを持ち味に変えてしまいました。禅に傾倒していたことが、彼自身を素直に受け入れることに繋がったのかもしれません。

 自分の駄目なところも受け入れて、自分で自分を許してやる。そうやって初めて、自分の良さが見えてくるような気がするんです。アップルを退職して今月でちょうど5年、そんなふうに感じる今日この頃です。


松井博 (まつい ひろし)

作家・経営者。2009年まで米国アップル本社勤務。著書に『僕がアップルで学んだこと』、『企業が「帝国化」する アップル、マクドナルド、エクソン~新しい統治者たちの素顔 』、『10年後の仕事のカタチ10のヒント シリコンバレーと、アジア新興国から考える、僕達の仕事のゆくえ』などがある。現在はクパティーノで保育園事業も手がける。
 

浮ついた「万能感」から、地に足のついた「有能感」へ

 僕たちは誰もが、幼児時代には万能感を持っています。
しかし、成長する過程で、いくつもの失敗や挫折を経験し、
「人生は自分の思いどおりにはならない」ということに気づいてそれを受け容れ、万能感を手放していきます。
万能幻想から目覚めるのです。

これが「心理的に大人になる」ということなのですが、しかし、大人になっても万能感を手放せないでいると、
あるいは、大きな力を手に入れて、再び万能感に支配されてしまうと、僕たちは、大人としての現実的・客観的・理性的な判断能力を持てなくなってしまうのです。

「自分の野望や権力欲などが達成され、自信に満ちて何でも可能なような気持ちになったときが、実はその人にとって人生最大のクライシス(危機)です。

なぜなら、万能感の肥大化は一種の退行現象だからです」
僕たちにとって大切なことは、万能感を手放しながら、現実検討能力や現実適応力を高めていくことです。
そして、その過程においては、「諦(あきら)める力」も必要になってきます。
もちろんここで言う「諦める」というのは、何かにトライする前から、
「どうせ自分には無理だ」と自らの力を過小評価して、さじを投げてしまうことではありません。
「諦(あきら)める」という言葉の本来の意味は、「明らかに見る」、「明らかに見極める」という意味です。
「等身大の自分の姿をはっきりと直視する」ということですね。

つまり、本来の「諦める」というのは、何かにトライして、望むような結果が得られなかったときに、
あるいは、そのような失敗や挫折の体験を何度かくり返したときに、
現時点での自分の能力や器の限界を「現実的に」「明らかに」見極めることです。

そして、自分の能力が及ばない範囲のことに対しては、そのことをちゃんと認めて、
潔く白旗をあげるのです。
もちろん、そのときは落ち込んだり、残念な気持ちを味わったりしますが、
それはとても自然なことです。
それらの気持ちを受け容れて、感じ、ごまかさずに味わいながら、自らの限界を認めること。
それが「諦める」ということです。

「諦める」というテーマで参考になる本に、陸上競技の選手だった為末(ためすえ)大さんの著書『諦める力』があります。
「走る哲学者」と言われるだけあって、深い思索にもとづいて論を展開されています。
以下、引用します。
「『やればできる』『夢はかなう』『きみには才能がある』これまで多くの人が誰かに言われてきた言葉だろう。
だが、ほとんどの人はこの言葉を信じて努力してきたにもかかわらず、成功を手にできなかったはずだ。
言葉が重荷となり、プレッシャーに負けてしまったり、やめる時期を逸してしまった人も少なくないだろう。

日本人は、この『やればできる』という言葉を好む。
しかし、言葉の意味を考えると、おかしなことに気づく。 
少しひねくれた意地悪な物言いかもしれないが、あえて言う。
『それじゃあ、できていない人はみんな、やっていないということなんですね?』」
「アスリートは二十代中盤くらいで、ある程度勝負が決まってしまう。
その年齢から急激に成績が伸びて勝てるようになったり、ましてや世界記録を狙うレベルに飛躍的に成長する可能性はほとんどない。
そのあたりから、努力しても夢がかなわない自分との戦いになる。
どのようにして自分を納得させるか。
もしくはいつ撤退するか。
こうしたことに神経を集中させていかねばならない。
 
『やればできる』『諦めなければ夢はかなう』というロジックだけでは、人生は辛いものになっていく」、「もう少し、もう少し、とやめる時期を延ばした結果、就職するタイミングを逃してしまって、生活が立ちゆかなくなったアスリート。
成功する見込みのない競技を諦めきれずに続けた結果、結婚を約束した相手に逃げられてしまったアスリート。

気持ちを切り替えられなかったため、人生に弊害が出てしまったアスリートは、かなりの数に上る」以上、
なかなか万能感を手放せないアスリートの心理にメスを入れつつ、万人にとって「諦める力」が大切であることを説いた本です。
 
また、この本の中で為末氏は次のように述べています。

「できないことの数が増えるだけ、できることがより深くなる」人生を思いどおりに操作することはできない。
万能の人間として生きることはできない。
他者をコントロールすることはできない。

こうして「できないこと」の数が増えると、僕たちの意識は「できること」にフォーカスされ、「できること」がどこまでも深くなります。
僕たちは、自分の影響力の“及ばない”範囲のことを諦めることによって、自分の影響力の“及ぶ”範囲のことに意識をフォーカスできるようになり、
その範囲の中で、自分の力を自由に、存分に、最大限に発揮することができるようになるのです。

これが「現実適応力」です。

そして、このとき培われるのが「有能感」です。
「有能感」とは、「自分の能力に対する、実感にもとづく自信」のことです。
等身大の自分の「能力」や「持ち味」や「強み」を見出し、そこに確かな自信を持つということです。

たとえば、「努力することで、できなかったことをできるようになった」だとか、
そのような達成体験や成功体験の積み重ねによって、あるいは、自分自身の成長によって、
着実に培われるのが有能感なのです。

僕たちは、目の前の現実的な課題にコツコツと取り組むことによって、達成体験や成功体験を積み重ね、
その結果、等身大の自分に根ざした「有能感」を培うことができます。
「万能感」は、現実の自分ではなく、幻想としての自分にしがみつくものだけに、
非常に不安定で、脆(もろ)いのですが、「有能感」は、現実の等身大の自分に根ざしているだけに、安定していて、盤石(ばんじゃく)です。

浮ついた「万能感」から、地に足のついた「有能感」へ。

これこそが、精神的な成長・成熟のプロセスです。
 

最後に、松下幸之助さんの言葉を紹介したいと思います。
 
「自分の意志で歩んでゆくことは、それはそれで必要だけれども、同時にそれと同じように、あるいはそれ以上に、一つの諦観(ていかん)というか、いい意味でのあきらめをもって与えられた環境に没入してゆくことが大切だと思う。そのような覚悟が必要だということである」

「人間は一面では自分の意志によって道を求めることもできるけれど、反面、自分の意志以外の大きな力の作用によって動かされているということを考えることも大切なのではないだろうか」

(『その心意気やよし』松下幸之助著より)



        「自分という大地に根を張る生き方
               ~自分本来の力を発揮する生き方~」
 
         




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成功していることの重さ、息苦しさに押し潰されるシリコンバレー

最近のシリコンバレーは、見ていて全然、楽しくないです。

例えば人材獲得合戦における談合問題。

結局、法廷で故スティーブ・ジョブズやグーグルの幹部などの醜い密約が世間に晒されるのを恐れた各社は、ソッコーで示談に応じました。

人材はバレーのテクノロジー企業にとって最も重要な経営資源であり、そのコストは高騰しています。

その一方で、それから得られるリターンは、青空天井ではありません。

一例として、グーグルのコアビジネスである、広告から得られる収入は、単に旧メディアに割り振られていた広告費を奪うことで成立しているのであって、パイそのものが急増しているのではありません。

すでにテクノロジーは我々の生活の中で「チョイ役」ではなく「主役」を演じています。

でも「もっと、もっと」という要求には、おのずと限界があります。

家計の中に占める、テクノロジーに対する出費は、たぶんピークをつけたと思われます。

それでも各社は「守るべきマーケットシェア」のためにあくせくしています。

企業としてのビヘイビアは、スタートアップのような軽快さではなく、ちょうどロックフェラーのスタンダード石油のように寡占的で、排他的にならざるを得ません。今回の人材談合問題はその好例です。

大体、企業がこういうビヘイビアをするようになったときは、相場は終わります。

相場は予定調和ではありません。

理詰めで考えて、失策をしないように細心の注意を払って、手堅く無難なコースを行く……これはシリコンバレーのエトスと正反対の態度であり、それをバレーのリーダー企業が無意識のうちに率先してやっているわけです。そのコミカルさ、そこはかとない哀しさに気が付かないようでは、まだまだ投資家として青いです。

別の言い方をすれば、今後グーグルやアップルやフェイスブックに、恐ろしい下げ相場が来るということです。

スティーブ・ジョブズはリード・カレッジに行ったものの、両親が一生かけて貯めた貯金のすべてがどんどん学費に消えてゆくのを見て大学を辞める決心をします。お定まりの成功コースに背を向けるわけです。

「これは自分が一生の中で下した決断の中でベストだった」

彼はそう回想しています。

必修コースに出る必要がなくなったので、自分の興味や関心に基づいて、お習字の授業に出たりします。これがアップルの美しいフォントにつながった話は有名です。

ジョブズが主張していることは、点と点を結ぶことは、過去を振り返ってはじめて「ああ、そういうことだったんだ」とわかるということで、それをあらかじめ想定しながら利口にたちまわることはできないということです。

ジョブズがアップルから追い出されたとき「成功しているということの重さ、息苦しさが、また一から始めるという軽さに置き換わった」のです。

「そこではすべてが不確実であり、そうであるがゆえにもっとも創造的な仕事が出来た」わけです。

シリコンバレーがやらなければいけないことは、いままでの成功を延長しようとすることではなく、リセットボタンを押してゼロから新しい発想をすることです。

まあ、各社がそんな経営の方向転換をするまでもなく、市場の力学が、創造的破壊をもたらしてくれるわけですけど。


(文責:広瀬隆雄、Editor in Chief、Market Hack)



 

非常にシンプルで衝撃的な考え方がある。

1つは、
成功は、私たちが考えているよりはるかにランダムに起きるということ。

もう1つは、
個人や組織がランダムに起きる成功をつかみ、うまく利用するためにできる行動はいろいろあるということだ。

この2つの考え方に衝撃を受けるとしたら、
それは私たちが常日頃成功とは戦略を練り、計画を立て、
綿密な分析をした結果として現れるものだと刷り込まれているからにほかならない。

この2つの考え方は、
一見すると矛盾しているように思える。

もし本当に成功がランダムに訪れるものなら
どんな行動をとっても、成功のチャンスは増えないのではないか。

スターバックスやグーグルのような有名企業や中小企業の成功から、
投資やキャリアはては恋愛にいたるまで、すべてが偶然の結果だとしたら、
目標に向かって努力することに意味はないのではないか。

成功者は、偶然の出会い、突然のひらめき、予期せぬ結果などを経験している。

彼らは運命を変えた瞬間のことを振り返り、
「あの瞬間がすべての始まりだった」と言う。

誰にでも訪れるこの瞬間を、私は「クリック・モーメント」と名づけた。

有名な陸上コーチだったビル・バウワーマンは、
ある朝、妻と朝食をとりながらスパイクのないスポーツ・シューズを開発するという
むずかしい問題に頭を悩ませていた。

ふと見ると、妻が6インチのアールデコ調のワッフル焼き器から、ワッフルを取り出しているではないか。

運命の瞬間だった。

バウワーマンは無言でラボへ走り、2種の化学薬品が入った缶を持って戻って来た。

これらを混ぜ合わせるとラテックスができる。

彼はそれをワッフル焼き器へ注ぎ入れた。

ワッフルの表面の小さな突起はトラックを傷つけることなく、
地面をしっかり捉え、しかもランナーに快適な走りを約束できるだろうか。

答えはイエスだった。

実験はうまくいった。

ランダムに訪れた偶然の瞬間によって、
小さな靴会社は転機を迎え、ナイキは世界的ブランドへと急成長した。

成功がランダムにやってくるためには、次の3つの教訓が必要だ。

1つ目の教訓は、
世界は予測不可能であり、すごい速さで変化しているということ。

テニスやチェスのようにゲームのルールが、固定されていない限り、
このような早い変化をうけて成功はランダムになる。

誰かが成功したときの方程式を教えてもらうことは一見ありがたく思えるが、
そのような方程式が存在すること自体が方程式の効果をなくしてしまう。

ナイキなどの成功は論理のおかげではない。

大切なのは、誰かの具体的な戦術ではない。

よく考えてみると、具体的な戦術は、

予期せぬ出会い

驚くべき契約

偶然のひらめき

幸運なめぐり合わせなどから、生まれることに気づくだろう。


2つめの教訓は、
私たちはランダム性を積極的に人生に取り入れようとはしないということ。

私たちが作り出した社会では、計画や予測可能性はすばらしいと教えられる

次第に世界はそれを許さなくなっており、
次第に成功は予測不可能になってきている。

私たちはランダム性を嫌う。

しかし、
成功するためにはランダム性が必要である。

この2つの相反する事実を、どのように調和させればいいのだろうか。

もっとも大切なのは、
情熱をモチベーションにすることだ。

情熱があれば、
私たちは前進し、賭けを続け、失敗した直後でも、ほかの手段を探すことができる。


3つ目の教訓は、
物事がうまくいき始めているとき、自分に有利になりそうな出来事が起きているとき、
それに気づくことはできるということだ。

そうなったときは、倍賭けするべきである。

こういう瞬間はめずらしく、毎日起きることはない。

世界は決して予測通りには動かない。

今日ほどこの言葉が的を射ているときはない。

だが、逆に言えば、
誰もが予期せぬ方法で世界を変えるチャンスを持っているということだ。

チャンスは一瞬を駆け抜ける。

思いもよらないときに現れる。

そして、
私たちの人生におけるさまざまな道は、
驚くような方法でつながるその一瞬に現れるのだ。



ゲームのルールが固定化された入学試験や資格試験などでは、
計画的な努力や、勉強の量の差が成否を決める。

しかし、変化の激しい経済や政治、芸術、ビジネスの世界では、
ランダム性が、成功するかどうかに大きく関わってくる。

まるで予測のつかない変化の激しい現代においては、
持ち込まれた縁や頼まれごとなどを大切にして、一所懸命にやり続けているうちに大きなチャンスを手にすることがある。

ただし、そのチャンスは、
エジソンのように自分の夢を寝ても覚めても叶えようとしている人だけに訪れる。

つまり、情熱をモチベーションにすること。

そして、チャンスをつかんだと思ったら一気呵成(かせい)にいくことだ。

「得手(えて)に帆をあげる」という調子に乗ること。

「成功はランダムにやってくる」

いくつになっても情熱を持ち続ける人でありたい。


1分で感動から転載

・「『フリー』などの潮流を見通してきた著者による新・ウェブ進化論」……
                       大前研一氏(ビジネス・ブレークスルー大学学長)
・「激変するウェブとテクノロジーが向かう先は? 本書にその答えがある」……
                       伊藤穰一氏(マサチューセッツ工科大学メディアラボ所長) 

140423

瞬く間に普及したスマートフォン、SFの世界からやってきたかのようなグーグルグラス、製造業の在り方を一変させる3Dプリンタまで、テクノロジーとそれをつなぎ合わせるインターネットなくしてもう、人間の生活を語ることはできない。
かつて一部の人だけのものだったウェブはいまや現実世界を塗り替え、社会のルールすら変えようとしている。 

しかも、その変化はあまりに急だ。産業革命以上ともいわれるインパクトのなか、私たちはいま何を経験しているのか。
そもそも一世を風靡した「ウェブ2.0」からウェブはどう変貌し、どこに向かおうとしているか。
インターネット黎明期からネットの進化と歩をともにした著者が本書で示すのは、ウェブ2.0以降の座標軸とこれからの羅針盤である。 

著者いわく、いまや「社会がウェブをコピーする」時代になった。
つまりウェブで起こっている潮流を理解すれば、現実世界の未来が見通せる。
グーグルに代表されるアルゴリズムが世の中を支配するかと思いきや、いま私たちが過ごしているのはソーシャルメディアによって人間と人間とが接続された「人間中心主義」の世紀なのだ。 

時間と空間を超えてつながる新しい人間関係のもとで、ハイパー資本主義以前にみられた贈与経済を彷彿させる「シェアリング・サービス」が勃興している。
さらに「社会がウェブをコピーする」なかで、絶対に安泰と思われていた事業が思いもよらない競合に浸食され、組織づくり、イノベーションの作法、教育までもが根本から変化している。 

はたして「昨日の常識が通じない時代」に私たちが身につけるべき「視座」とは何か。
人間はウェブの力を味方にできるのか……。
フェイスブックの歴史的意味からウェアラブルコンピュータによるパラダイムシフト、日本企業が行き詰ったほんとうの理由、そうした混沌の先にある未来までをも一つの線上で論じきった、渾身の一作。 



・インターネット黎明期に創刊した『ワイアード』日本版
・情報の影響力は「露出量」から「強弱」へ
・ソーシャルグラフを外部に公開したフェイスブック
・グーグルが無料で利便性を提供する理由
・「エアビーアンドビー」はライフスタイルのシェア
・会社という形態は「20世紀の遺物」なのか
・日本企業にはびこる「上司説得型マーケティング」
・企業が「メディア化」するのは当然の流れ
・サイエンティストとロマンティストでタッグを組もう
・SFの世界を想起させるグーグルグラス
・3Dプリンタを活用するアメリカ、立ち遅れる日本
・「ムーク」が問う新たな教育の在り方とは
・グーグルの善は私たちの悪か?


常識の通じない時代を生き抜く7つの視座

・リアル社会にこそ「ウェブ的思考」を持ち込もう 

 ☆失敗をしよう。失敗を許そう
 ☆新しい希少を探せ
 ☆違うもの同士をくっつけろ
 ☆検索できないものをみつけよう
 ☆すてきに周りのひとの力を借りよう
 ☆アイデアはバージョンアップさせよう
 ☆ウェブのリアリティを獲得しよう
 


<書評>
◇巨視的な視野を得るための一冊 2014/3/24   By 田嶋 淳

インターネットの普及から約20年、Googleの誕生から10年以上。
ウェブはもはや完全に世界を覆い尽くし、私たちのありとあらゆる活動に欠かすことのできない「インフラ」となった。
しかもまだ一向に留まることのない進化を続けている。

本書は、ウェブがこの20年で私たちの社会にもたらした変化を大きく俯瞰し、またこれから遠くない未来に起きてくるであろう変化を「社会はウェブをコピーする」というキーワードのもとに予見した本だ。

従来のコンテンツ産業と同様に、プロの手で作られたコンテンツを皆で消費していた時代から、消費者と制作者がシームレスに入り交じり始めた「ウェブ2.0」の時代へ。
そして情報の選別に人間力を活用するFaceBookを初めとしたSNSが巨人Googleの対抗軸として立ち上がり、群雄割拠の様相を呈し始めた現在に至るまでを、その底に流れる大きな流れを踏まえながら的確に解説している。

さすがに小林弘人氏と言うべきか、個々の技術や事象の紹介や説明に留まらず、それがどういった文脈に紐付いているのか、将来どういったことに結び付きそうなのかについても言及しており、なかなかに参考になる。

この本に掲載されている情報の多くは、「シェア ~ <共有>からビジネスを生みだす新戦略~」や、「パブリック ~開かれたネットの価値を最大化せよ~」などと重複する部分も多いのだが、全体を俯瞰し、巨視的な視野を得る意味で読んでおく価値のある一冊だ。

個人的にとても心に残った言葉は、「ほんとうに大切なことはネットには載っていない」という一節。
これはまさにその通りで、実際に足を運び、多くの人と交わることは本当に大事だと思う。
ただ、「入り口を探すためのツール」としては、ネットがこれ以上ないほど強力な道具であることもまた十分に認識しておくべきだろうと思う。


疾病の治療から“健康への投資”へ、転換図れ

少子高齢化が進む日本は、超高齢社会を超えて限界国家ともいえる状況へ向かっている。国民医療費は毎年約1兆円のペースで伸び続け、約40兆円にまで膨張した。私が医療の最終形と考える「健康長寿を安く簡単に達成する」ことができれば、高齢者がもっと活躍でき、社会負担も小さく済むだろう。今後の日本の国力にも関わる喫緊の課題だ。

 その実現にはまず、「医師の理想像はブラック・ジャックのような天才外科医」─そんな価値観を変えなければならない。手術を成功させることは素晴らしいが、「手術が必要ないように、重症化を防ぐ」ことや「そもそも病気にさせない」ことをより重視すべきだ。健康を守るために最適化された医療は安いからだ。

 今の医療は診断、治療といったトラブルシューティングに偏重した、いわば病気になるまで待つ医療である。これを「ケアサイクル(健康を維持・回復するプロセス)全体を踏まえた医療」へ転換する必要がある。そのための施策の一つが、医療データの連結だ。

 医師はカルテに診察結果を記載するが、そうしたデータは病院ごとに断片的に記録される。一方、保険者(健康保険組合など)は健康診断の結果や診療内容など包括的なデータをもつが、カルテのように検査結果までは把握できていない。また、介護の情報は別の主体が持っている。ケアサイクル全体を踏まえるにはこの分断されたデータをつないで活用する必要がある。国民IDを上手に使うことで可能だろう。

 ケアサイクルの担い手も必要だ。専門知識をもち、一人ひとりを理想的なケアサイクルの波に乗せて、健康へナビゲートする人が必要となる。これによって、医療機関を自由に選べるフリーアクセスから、適正に選べるライトアクセスに進化できる。

 介護では最適な介護サービスなどをナビするケアマネージャーがいるが、この包括版と考えればよい。今も主治医はいるが、健康を守る主「護」医とは言い難い。「この病気は私が治す」という意識は強くても、ケアサイクルを回すためのコーディネートやナビはできないからだ。医師より「目の前の患者を護るべし」と教育されている看護師のほうが適任かもしれない。当然、食や運動などの生活に即した知識も必要だろう。

 さらに、診療報酬体系の見直しが必要だ。現在は診療行為ごとに定められた価格を積み上げていく形式だが、ここに「ケアサイクル全体での実績を評価する」という発想を導入する。たとえば、健診受診率やリスク管理率、合併症発症率、生活機能評価といった指標でケアサイクル全体を評価し、良好な実績のところにより多く支払う。医師とて診療報酬に影響される生き物である。

 治療より健康を重視する報酬体系に変えれば、現行の「病気待ちの受動型医療」よりも、予防やリハビリに力を入れるようになるだろう。また、健康生活を支援するサービス産業が活発になり、技術開発の方向性も変わるはずだ。こうして健康管理の達成度は上がり、健康長寿の人が増えていくのが理想のモデルだ。

 これらの改革案は、既に一部が実現に向かっている。健保が健診やレセプトを活用して加入者の健康を守る、データヘルス計画が2014年度から始まる。産業化に重きを置いた研究開発も振興されている。

 予防や健診、治療、介護といったケアサイクルの各パーツは発展を遂げてきた。あとは全体設計である。


 

性格を変えるには、まず行動を変えよ

数年前のこと。米ロサンゼルス出身でウェブアナリストのブランドン・グリーンさん(29)はソファに座り、仕事で犯した小さなミスと、それがもたらすであろう結果をくよくよ考えていた。そこへルームメイトが入ってきて、その日経験したおもしろいことを話し始めた。グリーンさんは笑いもしなければ、ニコリともしなかった。苦い顔をして何も言わなかった。

 ルームメイトが貴重な分析をしてくれたのはその時だった。「気にするな、君は幸せな人間じゃないだけだから」と彼は言った。

 グリーンさんは「その瞬間、私の中で何かが起こった」と話す。「今までそうしてきたように、周りのせいにし続けることはできる。でも何か別のことを試してみることだってできることに気付いた」

 性格を大きく変えることは可能だろうか。専門家はできると言う。だが、それは容易なことではない。

 ここ数年間に実施された、いくつかの大規模な研究で、人の性格は成人期に自然に変化していくことが分かった。誰かと特別な関係になったり昇進したりといった人生の転機を通して変化するのだ。

 人は20~65歳の間に誠実さといった良い面が増え、情緒不安定性のような悪い面が減るという。大部分の人は協調性と責任感が増し、情緒がより安定していく。つまり、人格が向上する。心理学者はこれを「成熟の原理」と呼んでいる。

親しみやすく外向的で責任感のある人のほうが、人見知りで責任感がなく非社交的な人よりも幸福度が高い傾向にあることは、研究者の間では長い間知られていることだ。だが最近では、まずは幸せな気持ちでいることが性格を変えることに役立つことが分かってきた。この事実はセラピストにも大きな影響を与えている。

心理学の専門誌「ジャーナル・オブ・パーソナリティー」のウェブサイトに1月に掲載された研究では、オーストラリアの1万6000人余りを対象に2005~09年に繰り返し調査を実施し、それを基に性格と幸福度を分析した。それによると、05年に幸せだった人はそうでない人に比べ、その後の4年間で情緒がより安定し、誠実さが増し、協調性も高まり――そしておそらく最も興味深いことに――より内向的になる傾向にあることが分かった。

 この調査を手がけた米コルビー大学の心理学者クリストファー・ソトー氏によると、研究者が「性格」と言う場合、それは「時と場合に関わらず現れる、思考や感情、行動の特徴的なパターン」のことを指す。性格は50%が生来のもので、残りの50%は後天的なものだという。

 いくつかの研究者グループによって1940年代から研究が進められ、その後まとめられた「ビッグファイブ」のモデルによると、人の性格は大きく分けて5つの要素に分類することができる。それは開放性、勤勉性、協調性、情緒不安定性、そして外向性だ。

 各カテゴリーの中には特定の性質や行動が含まれる。例えば、外向性の中には社交性や温かさなどが含まれる。情緒不安定性には怒りや不安、傷つきやすさなどが含まれる。

 性格には物事に成功しやすいタイプがあるという。ソトー氏によると、勤勉な人のほうが職場や学校でうまくいく傾向がある。協調性が高く情緒不安定性が低い人は、より満足感のある安定した人間関係を築いている傾向がある。外向的な人は、社会とのつながりがあって起業家精神が求められる職業に向いている。

 たとえ小さな変化でも、性格が変われば人間関係やキャリア、健康面、幸福感に重要な影響を与える可能性がある、とソトー氏は言う。一方で、性格的な特徴は当然のことながら比較的安定しているため、変えるには時間がかかる。

 ソトー氏は「まず行動を変えることから始め、その新しい行動をしばらくの間維持することができれば、やがて身につく」と言う。セラピストの手助けがあれば数カ月くらいで持続的な変化を起こすこともできるし、自力で性格的な特徴をなんとかしていくこともできる。自力でやる場合は時間がかかるだけだ。

高い期待を持たず、辛抱すること。意識的な行動が第2の天性になるには時間がかかる、とソトー氏は言う。他人の反応を心配しすぎないこと。普通は他人に気に入られるように変わろうとしているからだ。

 ブランドン・グリーンさんは自身の性格に対するルームメイトの評価を認めないわけにはいかなかった。思い出せる限り、自分は否定的で不満を持ち、「内向きだった」と言う。嫉妬や怒りに悩まされることも多く、こうした感情から自分を守るために恋愛関係を避けてきた。内向的な性格で、人付き合いが苦手だった。

 グリーンさんはセラピーを始めた。約1年半、初めのうち週2回で後に週1回、認知行動セラピーに通った。自己啓発本を読み、自分の物の見方を分析・記録するため日記を書いた――時には1時間半も。

 一番役に立ったのは自分の否定的な物の見方を疑問に思えるようになったことだと、グリーンさんは話す。彼は自分が大きく変わったと思っている。いまだに内向的ではあるものの、以前ほど人付き合いや、自分の話をすること、それに友人を作ることも苦手ではなくなった。

 「内省的であることと、自分と人に対して正直であろうとすることが、より幸せで外向的な人間になることに大いに役立った」と話している。




 

アベノミクス再評価を試みる欧米マネー

イースターは欧米市場関係者とゆっくり語る時期だ。
話題は当然の如く「アベノミクスと日本株」に集中する。
そこで筆者が痛烈に感じることは内外温度差だ。
国内では、いまや論調が総悲観に近い。
「ガイジン・マネーは日本を去った。ジャパン・パッシングだ。」
しかし、欧米では、アベノミクス・日本株再評価論が逆に目立ち始めた。総悲観ではなく、悲観、楽観が真っ二つに割れている。
年初から時系列的に見ると、まず日本株期待、それが萎み、3月に「陰の極」に達した。そしてイースター休暇を迎え、相場から距離を置き、休暇先のリゾートで改めて俯瞰すると、「日本株市場がガラガラにすいている」ことに気付く。市場ががら空きということはプロの本能を刺激する。友人でヘッジファンドの元祖ジム・ロジャーズ氏は、常に「私はcrowded=混みあっている市場は嫌いだ。だから米国からシンガポールに移住して娘を中国人学校に通わせているほど一家で新興国市場の未来に賭けている。しかし、ここ数年は、新興国株をショート(売り)している。理由は、混みすぎているからだ。」
彼は、日本株も混みすぎている時期にいち早く見切り売った。
このようなプロの視点から見ると、weak long(弱い買い手)が振り落され、筋金入りの日本株保有家が残ったガラガラの日本株市場は本能をくすぐるのだ。
日本人投資家は個人も機関投資家も「ラッシュアワーの電車」に乗ることに安心感を覚え、「ガラガラの電車」に乗ると不安感に駆られる。横並び意識の強い民族の特性であろう。

海外の機関投資家たちと話して感じることだが、ホットマネーは日本株売買フィーバーが一巡して、今は次の一手の焦点が定まらない時期にある。米国株はIT株不安、欧州株には「緊縮疲れ」、新興国株には選挙が構造改革を遅れされるリスクがつきまとう。しかし、アロケーション(資産配分)は各市場の相対評価で決まるから、現状では日本株も含め「弱さ比べ」という基準が支配する。ホットマネーは世界を回遊するが、日本を離れ浮遊しても、今後の運用先としては冷静に日本株への目配りは続けている。特に、地政学的な視点で日本をウクライナから最も遠い市場として見直す発想は、日本に居ては分からない欧米流の感覚であろう。
ロシア株やギリシャ国債を買い漁るホットマネーからみれば、ジャパン・リスクの切迫感は相対的に薄い。

次に、リアルマネーつまり年金基金や政府系ファンドなどは、元々日本株のアロケーションは低い。個人プレーは許されず、コンセンサスで動く世界なので、アベノミクスと日本株に関しても、シナリオ分析で正当化できなければ、動かないし動けない。
常にポジティブシナリオとネガティブシナリオを天秤にかけて意思決定をするのだが、足元では、世界のどの市場でも、ネガティブシナリオのウエイト(優先順位の重さ)が高まっていることが彼らには悩ましい。結局、「弱さ比べ」とならざるをえない。
その中で、日本株のベースシナリオであるアベノミクスは、彼らにはネガティブ要因とともにポジティブ要因も併記しやすい状況にある。特に「力づくでもGPIFの運用を変える」動きや、外人が住む都心の区に重点を置く特区戦略などは、彼ら自身が肌で感じ、結果が分かりやすい。インフレ率にしても、欧米ではイエレン氏の言葉を借りれば「物価上昇より物価停滞のほうが懸念要因」であるから、日本の「消費者物価ジワリ上昇、インフレ懸念」は経済活性化の兆しと映る。賃上げのニュースも、活字となり世界に流れると、「隣りの芝生は青い」という欧米格言のごとく、実態を知る当事国内より、海外でのインパクトのほうが明らかに強い。デフレ脱却の期待感を醸成していることは、間違いない。
ドル円の相場観にしても、短期では意見が割れるが、中長期では圧倒的に「円安派」が多い。
その結果、リアルマネーに関しては、少なくとも、運用メニューの上のほうに日本株が残っている。日本国内に流れる「ガイジンマネーの日本株買い終焉」などというニュアンスは感じられない。

なお、メディアの論調もアベノミクス叩きの反動であろうか。見直し論が増えている。
ウォールストリートジャーナル紙は「日本再生の決意を疑うことなかれ」と題する記事を4月18日に載せた。悲観論がoverdone行き過ぎと論じて、前回のアベノミクスラリーに乗り遅れた人たちには、参入の機会かもしれないと結んでいる。更に、4月16日にも「Yes, Abenomics is working アベノミクスに効果あり」との記事が出ている。
フィナンシャルタイムズ紙には「懐疑派は日本の政策変化を過小評価している」との記事が4月14日に載った。欧州の視点では、量的緩和をためらうECBドラギ総裁より、「必要となれば躊躇せず」と断言する黒田日銀総裁を「過小評価」できない、というわけだ。
このような欧米メディアの論調に接するたびに、内外の温度差を感じざるを得ない。



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「ライフプラン」から「ライフワーク」へ

ライフプラン・シミュレータとは、
結婚、出産、住宅購入、退職などのライフイベントを入力していくと、
毎月の生活費や老後の生活資金はいくら必要か、などが具体的な数値で出力される便利なものです。

金融機関や保険会社などでは、ファイナンシャル・プランナーがこれを用いて、
自社の顧客に対して、例えば老後の生活資金が、何百万円不足する、ということを数値で示します。
そして、その備えとして今から外貨預金をした方がよい、投資信託を買ったほうがよい、というような指南をします。

しかし、これを使ってみると、一つの疑問が湧いてきます。
それは、「老後の備え」とは、一体何かということです。

「もちろん、それは老後の生活資金のことさ。
そんなの当たり前じゃないか」という声が多くの人から聞こえてきそうです。

でも、「老後の備え」とは、果たして老後の生活資金のことだけでしょうか。

多くの年配の方々と接していると、生活資金はもちろん重要ですが、むしろ「老後にどんな生活をしたいのか」の方が重要に見えます。

言い換えると、
「老後にどういう生き方をしたいのか」を、老後以前に熟考しておくことが肝心なのです。

ところが、この疑問は、実は、「老後」になってから思いついたのでは遅過ぎます。
本来、物心ついた頃から考え続けるべき課題です。

しかし、日々の生活の慌しさのなかで、その課題を考える作業から何となく逃げてしまう人が多いのではないでしょうか。

そして、逃げ続けた結果、定年退職になり、それから考えるという人が特にサラリーマン男性に多かったのではないでしょうか。

でも、これからは、もうそうはいきません。
なぜなら、定年退職という区切りが、事実上消滅しつつあるからです。

もちろん、65歳定年制という制度としての定年は法律で制定される限り、残るでしょう。
ところが、実際はいろいろな理由で、定年を待たずに今の会社を去っていく人が増えています。

これらの動きが示すのは、
定年を基準に「第一の人生」「第二の人生」と区切って考える時代が終わるということです。

だから、これから必要なのは、定年後の「ライフプラン」ではなく、定年の有無に関わらず、自分が一生賭けて追求する「ライフワーク」です。

自分のライフワークさえ明確であるならば、勤務先の会社や組織の都合に自分の生き方の選択を左右されることはなくなります。

したがって、これから求められるのは、
老後の生活資金の工面策を説明するだけの「ファイナンシャル・プランナー」ではありません。

それより、顧客のライフワーク探しを心底支えてくれる「ライフワーク・ナビゲータ」こそが求められるようになるでしょう。 

ワークライフバランス



 


「セカンドライフ」

「第二の人生」という言葉は、 
会社などの勤務先の“定年退職”を基準に、 定年前を「第一の人生」、定年後を「第二の人生」とする考え方からきたものです。

しかし、この考え方は、 
“定年退職”という「勤務先の制度を基準」に個人の人生を区分する考え方です。

日本には、こうした会社などの勤務先を基準に個人の人生を区分する「勤務先本位」の価値観が、まだまだ蔓延しています。

たとえば、「社会人」という言葉もそうです。 
今週は企業や省庁で入社・入庁式が行われ、多くの若者が「社会人」の仲間入りをしたとの報道が相次いでいます。

しかし、こうした入社・入庁をしない人、例えばスポーツ選手や写真家、農家、起業家などは社会人ではないのでしょうか。

立派な入社・入庁式のある勤務先の「サラリーマン」になることが、 あたかも「社会人」になることであるかのような 決め付けがなされている気がしてなりません。

参考までにアメリカではごく一部の職種を除くと、定年退職という制度はありません。 
年齢による強制的な退職を法律で禁じているからです。 
また、アメリカは労働流動性が一般に高く、 キャリアアップのために職場を変わることはよくあります。

このような背景から、勤務先の制度を基準に、個人の人生を「第一の人生」、「第二の人生」とする考え方はありません。

アメリカのものが何でも良いとは思いませんが、自分の人生の選択権を勤務先の制度に委ねず、あくまで自分自身で決めていくことが社会通念となっている点は優れていると思います。

人生の巡り会わせで出会った勤務先との縁はもちろん大切にすべきと思います。 
しかし、勤務先に「社員としての人事権」は渡すとしても、「人生の選択権」までは渡す必要はないでしょう。

そもそも、「ライフ(人生)」に「ファースト(第一)」も「セカンド(第二)」もありません。 
なぜなら、人生は一回きりであり、その人“固有の唯一”のものだからです。

「セカンドライフ」という 
“他人に作られた”言葉に踊らされること無く、一回きりの人生はあくまで“自分で創りたい”ものです。 

100514活きる
 
 
ナノコーポとは、微細を意味するナノと法人のコーポレーションとの造語。

ナノコーポの定義は「Convergence of worker and company」。つまり「働く人」と「会社」とが一体化することです。社員が一人でも法人形態をとり、個人事業やボランティアとは一線を画します。

旧来型の会社組織ではなく、自分のこれまでのキャリアを活かし、自分のやりたいことを仕事にして、他人に雇われずに、収入を得ながら働き続けるスタイルです。

ナノコーポという言葉には、 
「あくまで自分サイズの事業規模にこだわり、拡大を目指さない」という意味が込められています。

アメリカ国勢調査局は、2002年現在で従業員がいない会社のオーナー、つまりナノコーポを1760万人と見積もっています。 
この数字は、アメリカの労働人口の約13.5%に相当します。



最近、日本でも団塊世代の定年による大量退職後のライフスタイルが話題に上ることが多いのですが、定年制度のないアメリカでは、日本の定年60歳より前の年齢で、第二、第三の人生を選択する人が大勢います。

ナノコーポの業種には、コンサルタント、広告・PRクリエーター、 ライター、プログラマー、ファイナンシャル・アドバイザー、不動産業、住宅ローン業などが比較的多い。 もともと独立自営の人もいますが、近年の傾向は、それまで勤務していた大手企業を退職して独立した元サラリーマンが増えていることです。

世界最大の高齢者NPO、AARPの調査によれば、 
日本の団塊世代にあたるベビーブーマー(1946年から64年生れ)の8割は65歳を過ぎても働きたいと考えています。 
サラリーマン退職者のナノコーポが増加しているのは、こうした背景があります。

このように増加するナノコーポという働き方の意義は、一体何でしょうか。

ナノコーポとは、大組織でサラリーマン生活を経験した人が、組織の力ではなく、個人の力で、自由に働くためのスタイルです。 
それは、主人のいる「小作農」の立場を辞め、自分の土地で自分のために農業を営む「自作農」に似ています。

自作農では、自分自身で畑を開墾し、耕し、種を植え、水と肥料を撒く。 
雑草が生えれば、自分で刈り取り、虫がわけば、自分で消毒します。 
そこに何の種を植えるのか、どういう形態の畑にするのかも、全て自分の選択です。

そして、上手く実れば収穫は全て自分のもの。 
逆に実らなければ、収穫はありません。 
全てが自分の選択であり、誰かに依頼されたり、 強制されたりしてやるものではありません。

自由には、必ず責任が伴います。 
ただ、その責任が、会社の都合で与えられたものなのか、 自分の主体的な選択なのかで、納得感が大きく異なるはずです。

これまで書籍・新聞・雑誌で述べたとおり、 ナノコーポという働き方には、メリットもデメリットもあります。 
大企業に居残り続けるか、それとも、ナノコーポを選ぶかは、結局、個人の価値観の問題です。

ただ、私がアメリカで出会った多くのナノコーポたちは、自分自身で自分の働き方を選択できる自由を心から楽しんでいるように見えました。 
私の友人が語っていた次の言葉が、今も印象に残っています。

「大企業を辞める前は、いろいろと不安もありました。 
でも、やってみると、意外に何とかやれるものなんです。 
むしろ、組織に頼らなくなってからの方が、自分自身や自分のビジネスについて、以前より深く考えるようになりました」。

日本では、「起業」というのは、一般にリスクが高いと思われています。 
ましてや、定年前後の年齢で起業するのは、それなりの資金と共に、相当な覚悟が必要だというイメージがあります。

しかし、実際にナノコーポを立ち上げた人たちを見ていると、逆に、自分の生き方を自分で決定できることで、むしろ、リスクが低くなっているように見えます。 
リスクというのは、最低ラインが見えたら、それ以上のリスクはないからです。

仮に、65歳まで今の会社に居続けるとしても、 その後の生き方をどうするかという課題は必ずついて回ります。 
自分の好きなことをしたいと思うならば、なるべく早いうちに始めた方がよいでしょう。

たとえ会社は定年でも、人生の定年にはしたくないという人にとって、ナノコーポという「現代の自作農」は、面白い選択ではないでしょうか。

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☆☆☆☆☆☆

給料のためではなく、大切な価値を生みだすために働きたい。
人生を消耗させるためではなく、人生を豊かにするために働きたい。
自分だけのためでなく、社会のために働きたい――。

                                ☆☆☆☆☆☆






 


(1)素直に「ありがとうございます」

   という感謝の言葉を伝える
 
 
 
(2)うまく言えないときには

   「 うまく言えない 」

     と伝えるだけでいい
 
 
 
(3)「 ごめんなさい 」

     をちゃんと言う

     言いにくい

     謝罪の言葉こそ

     最初に言う
 
 
 
(4)最初から具体的な返事

   は必要はない
 
 
   抽象的でもいいから

   黙らずにすぐ返事を

   することが大切
 
 
 
(5)「手伝いましょうか」ではなく

   「手伝わせてください」
 
 
 
(6)失敗したとき

   落ち込んでいるとき
 
 
   「 私も同じ経験があるよ 」
 
 
     と伝えるだけで友人は

     心から救われる
 
 
 
(7)「これでいいです」より

   「これがいいです」
 
 
 
(8)余裕がないときほど

   乱暴になりがちな

   言葉遣いに注意する
 
 
 
(9)考え方が対立しそうになれば

  「 たしかにそうですね 」と

   ちゃんと相手の言葉を聞いてから
 
 
 
(10)誘いに断っても

  「誘ってくれてありがとう」

   というお礼を忘れない
 
 

幸せの扉 から転載
 

沈黙のまま暮らす 65歳以上男性の6人に1人

黙ったまま暮らしている男たちがいます。

国立社会保障・人口問題研究所の「生活と支えあいに関する調査」(2013年7月)で、65歳以上の一人暮らしの人の回答を見て、驚きました。
日常生活の中で「電話も含むふだんのあいさつ程度の会話の頻度」が「2週間に1回以下」と回答したのは、男性で16.7%でした。

 一人暮らしをしている65歳以上の男性のうち、約6人に1人が、2週間誰とも口を利かないか、挨拶(あいさつ)程度の言葉を1回しかかわしていない、というのです。
一方の女性は、3.9%にとどまっています。

世田谷区が区内15万人の高齢者を対象にした「全高齢者実態把握調査」(2010年)でも同様の傾向が見られました。
一人暮らしの高齢者で「家族・親族・友人と会ったり連絡したりする機会が少ない」との回答は15.7%でしたが、男性が29.2%、女性は12.1%と、男性の方が社会的孤立の傾向が高いことがわかります。

 女性たちは自らの周囲に壁をつくらず、初対面の人でもつながっていくことが得意なようです。
男性は、企業や組織の中での「社会的役割」を強く意識し、「組織内のコミュニケーション」を重ねてきたことで、枠組みがなくなると他者との関係がつくりにくいのでしょうか。

 誰とも話さない、挨拶をする相手もいない。
いまや、買い物もコンビニやスーパーで黙って品物を出すだけで、会話をしなくても生きていくことは可能です。
誰にも気を使うことなく自由とも言えますが、孤独と背中合わせでもあります。

 年を重ねると、体調の変化も起こりやすくなります。
「顔色悪いね」「ちょっと胸が苦しいんだ」といった日常会話から診療に結びつくという機会がないと、孤立死・孤独死と地続きになるリスクがあります。

 高齢化が進んだ集合住宅の中で、孤立死・孤独死が連続して起こる問題では、定期的に巡回して声をかけたり、安否を確認する仕組みを導入したりするなどの工夫が一部で行われています。

 ただ、行政はこれまで、「誰とも言葉をかわさずに暮らす人」を政策の対象としてはあまり意識してこなかったのではないでしょうか。

 政府広報や自治体広報にも、にこやかな老男女と子ども夫婦と孫たちが談笑する「家族写真」がよく掲載されています。

 しかし、世田谷区の場合、3世代同居はわずか1.5%にとどまります。
一方で、単身世帯は約50%を占めています。そのうち、65歳以上の一人暮らしは約4万人を数えます(2010年国勢調査)。
このように、家族の姿は激変しています。一人暮らしの高齢者は、これからさらに増える一方です。

 日常生活の中で「おはよう」とか「ただいま」とか、ひと言でも誰かと言葉をかわすということは、家族が成り立っていた時代には当たり前のことでした。
ところが、挨拶の相手も身近にいない、会話する相手もいないという人が相当数出ているのです。「家族」に代わり、「弧族」という言葉を耳にしたこともあります。

 そうした状況のなかで、私は、高齢者福祉にからんで、ふたつの場の提供を考えています。

 世田谷区内には、地区ごとに置かれた出張所・まちづくりセンターが27カ所あります。ここに、地域包括支援センター(世田谷区では「あんしんすこやかセンター」と呼ぶ)と、地区の社会福祉協議会の窓口を集めて、「身近な福祉の窓口」とするのです。
これから3年かけて、その体制に移行する準備を始めているところです。

 もうひとつは、地域に老若男女が集える「コミュニティー・カフェ」集いの場を多く創り出していくことです。
たまには挨拶をかわし、雑談をするのもいいものです。

 一人暮らしでも週に1回は、誰かと食卓を囲んでゴハンを食べられる場や機会を、住民自身の運営によって生み出していってほしいと考えています。
そのための支援をしたいと思います。今、力を入れている空き家活用も有力な手法となるでしょう。



 

人の悪口を言うと、自分自身が傷つく理由

私たちが日頃何気なく使っている言葉が、脳と体に大きく影響しています。例えば、脳は主語を理解できないという性質を持っています。

主語が理解できないので、自分が発した言葉全てを自分のこととしてとらえてしまいます。

大脳新皮質(理性・知性の脳)を「新しい脳」、それ以外を「古い脳」と呼びます。

人間特有の高度な精神活動を担当する「新しい脳」のほうは主語を認識できているのですが、感情を司る「古い脳」のほうは認識できず、新しい脳から送られてくる情報をすべて鵜呑みにしてしまう性質があります。

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つまり、相手の悪口を言うと、自分自身に悪口を言っていると判断し、自分も傷つき気分が悪くなります。

人をけなしてばかりいる人は、なぜか自己嫌悪に陥っていくのはそのためです。そして、より、人に対して攻撃的になります。
(自分が自分を無意識に攻撃している状態となるわけですから逃げようがありませんね)

スポーツの試合で、どうしても勝ちたくて
【あ~相手がミスればいいのに】
【相手のシュートが入るな ! 】
などと思うことが、ありますね !

それは、知らないまま自分で自分に呪いをかけていることになっているのです。

反対に相手を褒めてあげると、自分が褒められたと思い、気分が良くなり自尊意識が高まります。

タイガーウッズは、ココ一番の大勝負の瞬間、対戦相手が上手くいきますように!と祈るそうです。

相手という自分に余計な呪いをかけない!だから自分を妨げる思いが少ないのです。その結果あれだけの成果を出せるのです。

凡人とは逆の思考なのです。

この脳の特性を理解し、良い言葉を日常的に使うようにしましょう。
相手にかける言葉を大切にすることが、結果的には自分自身も大切にしていることにつながります。

 
◇自律神経と脳との関係

私たちの体をコントロールしている司令塔は『脳』です。自律神経も、脳によってコントロールされています。 

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脳を大きくわけると、外側から中心に向かって「大脳新皮質」⇒「大脳辺縁系」⇒「視床下部」という構造になっています。

では、外側の脳「大脳新皮質」から、そのはたらきを見てみましょう。

・大脳新皮質 ・・・ 精神活動をつかさどる「知性の脳」
物事を知覚したり、刺激やショックを記憶したり、いろんな経験を蓄積して、考えて判断したり、計画を立てて行動したりと、人間特有の高度な精神活動をつかさどる部分です。知性や理性はここで生み出されます。

・大脳辺縁系 ・・・ 生命活動をつかさどる「情動脳」
食欲、睡眠欲などの本能的欲求や、生理的な快・不快や、怒り、恐れ、驚きなどの感情(情動)で反応するはたらきがあります。ここは人類の初段階でつくられた部分。生きていく上で不可欠な生命活動を担当しています。

・視床下部 ・・・ 自律神経を支配するコントロールセンター・
視床下部は、「情動脳」大脳辺縁系の影響を強く受けていて、大脳辺縁系で生じた欲求や情動に応じて、交感神経と副交感神経をコントロールしています。


 

変化するシニアマーケット

「シニアマーケット」とは何か
 
シニアの消費行動は年齢ではなく、身のまわりの「変化」で決まる
 
――村田さんは「シニアマーケット」というものを年齢だけで区分けしてはいけないということをよくお話しされていますが、まずはそのあたりの理由から伺わせていただけますか?
 
村田 多くの企業では「シニア」を60歳前後と想定しているようですが、そもそも「シニア」という言葉に年齢の定義はありません。「シニアマスターズ」なんて使い方のように単に「年長者」という意味があるだけです。にも関わらず、年齢で区切ろうとするのは、これまでそのようなスタイルで商売ができたからなのです。 

ご存知のように、小売業は54歳から19歳までを「ファミリー層」として、ここに当てはまらない層は「子ども」と「シニア」としてきました。かつてダイエーの看板に「主婦の店」とあったように、主婦とそこについてくる子どもだけをターゲットにしていれば良かったという時代が長かった。某大手スーパーなどがシニアを55歳以上と見ているのは、その名残でしょうね。
 
ただ、時代は変わりました。人口の年齢構成や企業の顧客の年齢構成が、高齢者中心へ移行するという、いわゆる「シニアシフト」が起きたことで、単純な「年齢」での区分けに意味がなくなってしまったのです。これには様々な理由がありますが、最も大きな理由は、60歳以上の消費行動が「年齢」ではなく、身のまわりで起きる様々な「変化」によって決まってくるからです。

――その「変化」というのは、具体的には何でしょうか?
 
村田 主なものは5つあります。1つ目は「加齢による肉体の変化」。老眼や白髪、耳が遠くなりますので当然、関連商品の消費が始まります。女性ならボディラインも変わってくるので、ヒップアップやバストアップの商品も売れていく。
 
2つ目は「本人のライフステージの変化」。例えば、定年退職された方の半分くらいが半年以内に旅行に出かけるというデータがあります。この背景には今まで長期の休みがとれなかったことや、長い勤続をねぎらうご褒美の意味もある。つまり、「定年」というライフステージの変化が消費に結びついているわけです。
 
これと同じく、3つ目が「家族のライフステージの変化」。代表的なのが「親の介護」でしょう。私も経験がありますが、これには本当に大変な苦労がありますが、ビジネス面から見ると、食事の宅配など新たな消費に結びつく。もちろん、子どもの進学や就職、結婚も大きな変化といえるでしょう。
 
――孫ができたら、何でも買ってあげたくなる、という方は多いですものね。
 
村田 ええ。そして4つ目が、「本人の嗜好性の変化」です。これには、本人特有のものと世代特有のものがあって、後者は20歳ぐらいまでの文化体験、私は「世代原体験」と呼んでいますが、これを引きずることが多い。
 
例えば、団塊世代は総じてアメリカ文化。貧しいなかで見たジーンズやビートルズなどは眩しかったので、今も当時の音楽を聴いている方は多い。昭和30年代が舞台の映画『ALWAYS三丁目の夕日』がヒットしたのも、団塊世代の「世代原体験」をくすぐったからと言えるかもしれません。
 
そして、最後の5つ目は「時代性の変化」。つまり、流行ですね。例えば数年前、中高年女性の海外旅行先といえば韓国でしたが、今はそれほどでもありません。このような時代性の変化には、やはり女性が敏感ですね。
 
通販の役割が大きく変わる「2025年問題」とは
 
ネット普及率8割の団塊世代が高齢者になった時に何が起きる?
 
――「シニアはお金を持っていて購買力がある」というような一般的なイメージも誤りなのでしょうか?
 
村田 資産は持っていますが、所得が少ない。これをストックリッチのフロープアーと呼びます。これは数値を見れば明らかで、平均値では70代の資産は世帯当たり2200万円、60代で2100万円。50代で約1100万円と続きますが、所得で見ると、50代がトップで、40代、30代、60代、70代という順になる。
 
つまり、いざという時のお金は準備していますが、日々の買い物には倹約気味ということです。シニアをターゲットにするという方向性自体は誤りではありませんが、若者が買い物をしないので、シニアなら買ってくれるだろうというような安易な考えだと失敗してしまうでしょうね。

――年齢だけで判断をしてはいけないというと、「シニア=ネットをやらない」のような見方も既に誤っているわけですね。
 
村田 ネットの普及率というのは年齢ではなく「時代の関数」です。1999年、東名阪で50歳以上のネット利用率を調べましたが、その時はわずか3%。それが15年を経て現在どうなっているかといえば、66~69歳でも40%、65歳以下に至ってはその上の年齢層に比べて2倍以上はね上がって何と85%くらいになっています。もちろん、その下になれば9割を超えます。つまり、概ね団塊世代を境にネットの利用率がまったく変わってくるのです。
 
これから、この世代がどんどん歳を重ねて70代、80代になっていくわけですから爆発的にネット普及率が上がっていく。そういう意味では、シニアマーケットというものを考える時、「2025年」というのが非常に大きな節目になると考えています。なぜかといえば、ネット利用率の高い今の65歳が75歳を超える。つまり、「後期高齢者」になります。この呼び方はあまり評判が良くありませんが、医学的には根拠があって、75歳を過ぎると要介護率や、医者にかかる率が上がってくる。
 
――ネットを利用するシニアが介護を受け始めるのが2025年ということですね。
 
村田 そういうことです。仮に寝たきりになったとしても認知症でなくて手が使えて、自分の頭で判断できれば、みなさん寝ながら、タブレットで「今日の昼御飯はこれにしよう」とか「この服が欲しい」とか通販を利用する方が爆発的に増える。
 
例えば今、83歳の要介護率は40%ぐらい。それより上の年齢はもっと多いわけですから、この年代になるとだいたい2人に1人は要介護になる。その一方で、2025年の83歳がどれくらいネットを利用しているかといえば、45%くらいになる見込みです。つまり、要介護率とネットの利用率がほぼ同じくらいになるのです。
 
こういう未来が10年ちょっとで現実になります。通販の役割が飛躍的に高まるのはもはや間違いありません。つい最近もセブン&アイが通販会社を買いましたが、あれは明らかにこのような現実を見据えているからでしょうね。

「賢いシニア」に合わせた情報の出し方が求められる
 
村田 このような2025年問題に加えて、通販の役割、位置付けが飛躍的に高まる理由がさらにもうひとつあります。それは「予防市場」の拡大です。先ほどもふれましたが今、親の介護などで苦労されている方は非常に多い。そのため、同じような苦労を子どもにかけたくない、自分は家族に迷惑をかけたくないという考えをもつ人の割合がものすごく増えているのです。
 
要介護状態にならないためには、健康であり続けるしかない。つまり、厚生労働省が最近よく言っている「健康寿命」というものです。女性の平均寿命はだいたい87歳、男性は79歳ですが、健康寿命だと女性が74歳、男性が70歳。つまり、誰かの世話にならなくてはいけない時間が女性で13年、男性で9年もあるということです。この時間をいかに短くするか、つまり健康寿命を延ばすことを多くの人たちが望んでいるし、国としても課題になっているわけですね。
 
そこで病気に向かいつつある状態、「未病」をいかに防ぐかという未病管理、未病予防のマーケット、商品サービスがもっと増えていくことが予想されます。ただ、だからといって、健康食品を売れば飛びつくかといえばそんな単純なものでもありません。シニアの多くは目が肥えてきていますから、怪しいのはだんだん淘汰されていきます。15年前、私はシニアの消費者も賢くなっていくということで、「スマートシニア」が増えると提唱しましたが、現実に、様々なこだわりをもった賢いシニアは増えています。客が賢くなったのだから、売る側はもっと賢くならないといけません。
 
――そのような「スマートシニア」に対して、通販はどのような訴求をしていけば良いのでしょう?
 
村田 例えば、要介護になる原因としてトップに挙げられるのは脳血管性障害、つまり脳卒中、脳梗塞、くも膜下出血。2番目が認知症となっていますが、こちらも3分の1は血管性ですよね。そして3番目が廃用性症候群や関節障害。これは仮設住宅などでも問題になっていますが、お年寄りが筋肉を使わないと動かなくなってしまうものや、膝や腰の問題ですね。
 
このようなデータをふまえれば、要介護の70%以上が脳と関節系に原因があることがわかる。こうなれば賢いシニアは、脳を使う運動習慣と体を使う運動習慣をやっておけば、ある程度は防くことができそうだと考えるわけですよね。
 
このような顧客の意識の奥底へスーッと入るような訴求の仕方が必要ですね。その好例が、サントリーの「オメガ脂肪酸」でしょう。このような「スマートシニア」に合わせた商品ラインナップ、情報の出し方、コミュニケーションの仕方というのはもっと求められていく。これからの通販はいわば、「スマート通販」にならないといけないでしょうね。
 
賢いシニアへ向けた「スマート通販」へ
 
「押しつけ」ではなく「共に感じる」ことが重要
 
――「スマート通販」を目指すにあたって、まず我々が気をつけなくてはいけないことは何でしょう?
 
村田 まず大事なのは、「押しつけない」ということです。「シニア向け」とうたった商品、サービスはほぼ例外なく失敗しています。テレビなどで「シニア向け」として大きく取り上げられる商品やサービスも実はそれほど売れていないという現実がある。
 
私はこれまで多くのシニアビジネスに関わってきましたが、その際、「シニア向け」などとうたったことは一度もありません。「シニア向け」とレッテルを貼る必要もありませんし、むしろやってはいけない。「シニア」の言葉を使ってよいのは「シニア割引」のように、お客さんが得をする場合だけ。
 
それを企業側もわかってきたので、最近は「50代」「ハリ」「ツヤ」などシニアが気になるキーワードだけを並べて、繰り返し訴求する方法などをとっています。「50代過ぎると、ハリが気になりますよね、ツヤもほしいですよね」という呼びかけで懐に入るやり方ですね。もちろん、あれがベストかどうかはわかりませんが、「シニア向け」を押し付けるよりは間違いなくいい。
 
結局、いかに共感するか、共に感じるかということですね。共感というのは、させるものではなく、自らするものです。シニアに感動してもらおう、シニアに共感してもらおう、という考えをもった瞬間に商品やサービスというものは絶対に売れなくなります。
 
――シニアと共感するためには何をすべきでしょう?
 
村田 少し年齢が高めの方にコールセンターのスタッフをやってもらうとか、そういうのは大事ですね。通販会社のみなさんには釈迦に説法でしょうが、コールセンターの役割は今後、飛躍的に高まっていく。どんなにネットが発達しても、高齢者というのはやはり生身の人間にいろいろ聞きたいものですからね。ですから、今後はコールセンターのスキルが高いが低いかで受注具合が変わってくると思いますね。
 
コールセンターを単なるクレーム処理のコストだととらえている経営者がいるとしたら、それは非常に残念なことです。そこにかかってくる電話こそ実は次の商品のチャンスがいっぱいつまっている。コールセンターは商品開発機能でもあるし、マーケティング機能でもあるわけです。
 
実際、シニア向けでいくつものヒットを生み出している某有名通販のコールセンターは、入会申し込みなどの事務的なものはアウトソースし、客からのクレームや相談は内部の専門スタッフが受けるようにしています。

シニアマーケットにおける通販のポテンシャルは高い
 
――通販にもいろいろな形態がありますが、シニアマーケットの変化に合わせて、それぞれどのような変化が期待されますか? 例えば、カタログ通販の場合、シニアはネットを利用してもやはり紙のカタログの方が安心するのではという意見もあります。
 
村田 それはありますね。パルシステムなどもやはりメインは紙です。実際、紙の方が見やすいということが大きい。ただ、これは先ほどもお話ししたように、ネット普及率が「時間の関数」ということで言えば、必ずどこかの段階で紙とネットの逆転現象が起きる。
 
要は、どちらが好きという話ではなく、どちらの利便性が高いかということで決まってきます。そのような時間軸を見ながら、今年はネットと紙の配分をこうしようとかポートフォリオを考えていくということになっていくのではないでしょうか。
 
――テレビ通販やネット通販はいかがでしょう?
 
村田 テレビ通販は、情報の出し方や表現が最も強力です。シニアでも多くの方が利用している。ただ、メディアとしての構造があまりインタラクティブでない。これからの時代の変化を考えると、そろそろ一方通行ではいけないという気もしています。
 
例えば、LINEなどのテレビ電話機能をうまく使えば、田舎にいるおばあちゃんと都会の孫と、通販会社の3人が話をしながらショッピングをするという未来だってあるかもしれません。テレビ通販がアウトバウンドとすると、対照的にインバウンドといえるのがネット通販でしょうね。
 
自分で検索し、自分で通販会社を探して飛び込んでくる。つまり、「欲しい」という目的意識があるわけですね。いきなり電話がかかってきて「買ってください」と売りつけられるのは非常に鬱陶しいけれど、自分も欲しくてその時に適切な情報があればいい。
 
例えば、グーグルでも検索すると、画面の右側に関連するインタラクティブ広告が出ます。これはちょっと押し付けがましいけれど、まだ許せる。何か探している時などは助かる場合もありますから、意味のないバナー広告などよりも優れているわけです。
 
Amazonの購入者の好みを自動的におすすめする「レコメンド機能」なども然りです。鬱陶しい場合もありますが、確かに本やCDを探している場合は「おっ、こんなのもあるんだ」と参考になる。このような自動マーケティング機能は発展途上ですが、ネット通販の今後はこのようにいかに押しつけがましくなく、インバウンドへ来てもらうかということがポイントになっていくのではないでしょうか。どちらにせよ、通販のポテンシャルは非常に大きいと思います。メディアを扱って、顧客とのコミュニケーションができる仕組みがあって、そのうえでユーザーが加速度的に増えていくわけですから、社会的責任も増していくでしょうね。
 



資産はあっても使えるお金は少ない アッパーミドル層

子に資産は残さず使いたいことに使う
 
高齢者の増加と比例して成長するシニアビジネス市場。2012年に、団塊の世代の最年長者が退職年齢の65歳に達したこともあり、数多くの企業が、シニア市場に新規参入したり、新たなサービスを提供したりしています。
 
もっとも、一口にシニアビジネスといっても、シニア層は多種多様です。すべての層に受け入れられようとすると、誰にも受け入れられないことがよくあります。ターゲットを絞り込むことが大切です。
 
シニアのなかでも注目したいのが、アッパーミドル層のシニア。定年退職し、主たる収入は年金であるものの、1億円以上の資産を持っている高齢者層です。団塊の世代は「退職金逃げ切り世代」と言われ、こうした人が比較的います。

もっとも、彼らは資産を持っているものの不動産などがメインであることと、高齢期の医療・介護、住宅リフォームなどの出費に備える必要から、自由に使えるお金はそれほど多くはありません。そのため、日々の暮らしは堅実です。食費や日用品などは倹約しますし、ランニングコストを減らすために、自動車を大型車から小型ハイブリッド車や軽自動車にダウンサイジングする人も多くみられます。
 
一方で、「自分で稼いだお金は、子に残さずに、自分で使う」という考えを持つ人が増えているのも、この層のシニアの特徴です。背景には、相続は得ばかりではなく、親族間のトラブルなど面倒なことも多かったという自身の経験があるようです。
 
だから、子に残すことを優先せず、自分がお金を必要と思うことには、数千万円の資産を切り崩して消費する傾向があります。この「必要なこと」を提供できれば、事業機会を得られるでしょう。
 
 
アッパーミドル層は 「解放型消費」にお金を使う
 
では、アッパーミドル層のシニアは、何にお金を使うのでしょうか。キーワードの一つが「解放型消費」です。
 
多くの人が50代中盤から70歳前半になると、「解放段階」に入ります。この段階では、「今やるしかない」という気持ちが強まり、仕事や育児などの制約から自己を解放して、いままでと違うことをしたくなる傾向があります。
 
例えば、サラリーマンを早期退職して沖縄でダイバーになったり、そば職人になったり、といった具合です。「解放型消費」とは、こうした自己解放のための消費のこと。多くの人はこの消費にはお金を積極的に注ぎ込みます。
 
アッパーミドルのシニア層に「解放型消費」を起こさせるのは、「三つのE」を満たす商品やサービスです。三つのEとは、「Excited(わくわくすること)」「Engaged(当事者になること)」「Encouraged(勇気づけられたり、元気になったりすること)」です。

旅行はその代表でしょう。最近では、国内外を問わず、高価な旅行の売上が好調です。アッパーミドル層は、これまでさまざまな旅行を経験していますから、「さらにわくわくできること」を求めるわけですね。
JR九州の「クルーズトレイン『ななつ星in九州』」などは、その典型的な例ともいえます。寝室はすべてスイートルームで、ダイニングやバーカウンターなども備えた豪華列車。費用は、最も高い九州全域を3泊4日かけて回る旅で125万円、安いものでも2名1室利用、1泊2日で一人18万円と高価ですが、14年6月まで予約で埋まっているそうです。この電車に乗っているのは、7~8割がアッパーミドル層です。このような、他にない豪華な旅を用意できれば、人生の残り時間が少ないアッパーミドル層のシニアが集まるわけです。
 
また、クルーズ旅行も人気ですが、傾向に少し変化がみられます。かつては、一生に一度、数百万円のクルーズ旅行をすることがもてはやされましたが、最近は、50~60万円程度のクルーズに何度も訪れる人が増えています。理由は、友達ができるから。
船は逃げ場がないうえ、生活水準や趣味の似た人が集まるので、会話がしやすく友達ができやすい。それでリピーターになりやすい。このように、アッパーミドル層同士をつなげる仕掛けがつくれれば、顧客をつかむことができるでしょう。
 
シニア層になると、海外旅行に行きたくても、体力的に厳しい人も出てきます。そうしたニーズに応え、成功しているのが、クラブツーリズムの「バリアフリーの旅」です。
このツアーの特徴は、体力が衰えたシニアでも快適に旅行が楽しめるよう、細部まで気配りがなされていること。海外旅行でも、「車いすでの参加OK」「リフト付きバスを用意」「トイレ休憩は1~1・5時間に1回」「荷物の持ち運びは不要」「お風呂用のイスと滑り止めマットを用意」など、細やかにサポートしてくれます。
 
さらに、有料で、「トラベルサポーター」がマンツーマンでつけられます。サポーターはホームヘルパー2級以上の有資格者で、就寝時の体位交換やトイレ介助、同室での寝泊まりなどもします。要介護になっても、北極でオーロラを見たり、イタリアの世界遺産を巡ったりできるわけです。
 
価格は、「ドイツ6日間の旅・42万8000円」「スイス9日間の旅・69万8000円」など。普通のツアーより高額ですが、「これが一生で最後の旅行かもしれない」となれば、惜しみなくお金を払うわけです。団塊の世代でも、徐々にこのような人が増えてくるでしょう。
 
「三つのE」を満たすことは、旅行だけではありません。趣味に関する消費も同様です。「1台200万円のアンプを買う」「ハイキングの道具に何十万円もかける」アッパーミドル層は珍しくありません。また、おしゃれな洋服にお金をつぎ込む人もいます。
 
「三つのE」を満たせる商品・サービスは色々と考えられます。それを上手に提案できれば、アッパーミドル層のシニアの心が動くはずです。


子どもには迷惑をかけたくない
 
もう一つ、アッパーミドル層のシニアが出費するのは、不安・不満・不便といった「不」の解消です。
 
なかでも、「健康不安」「経済不安」「孤独不安」の三大不安解消のためには、それなりの出費は仕方ないと思っています。
 
有料老人ホームなどを早めに確保する動きは、その現れの一つでしょう。入居一時金を払って、権利を持っているものの、実際には入居していない例もあります。毎月、数万円の月会費を払うことが必要ですが、それでも近い将来の終の住処を確保したいわけですね。東京・築地の聖路加国際病院にそばの「聖路加レジデンス」などには、こうした入居者が多いそうです。
 
このような背景には、「自分が要介護に状態になっても子どもに迷惑をかけたくない」という思いも強いようです。団塊の世代は、自分が親の介護で苦労した人が数多くいます。そうした経験をしているだけに、「自分の子どもには同じ苦労をさせたくない」気持ちが強い。それが理由でお金を使うのです。
 
こうしたアッパーミドル層のシニアの存在を踏まえると、今後、注目されるサービスの一つが、株式会社ダスキンの「ホームインステッド」です。これは、シニアの身の回りの世話をするサービスで、病院・買い物の付き添いや家事手伝い、話し相手など、介護保険では賄えないサービスを手がけます。
 
1回の最低料金は2時間で6000円(税別)。決して安くはありませんが、こうしたサービスのおかげで、認知症や要介護状態になるのを予防できるとすれば、トータルで見れば高くはないとも言えます。平均すると、月に5万円程度利用する人が多いそうです。今後、団塊の世代の高齢化で、この種のサービスはさらに伸びるでしょう。
 
最近のアッパーミドル層のシニアは、仕事を続ける人が増えていますが、仕事は「健康・経済・孤独」の三大不安を解消するのに最適です。規則正しい生活をして体を動かしていれば、健康維持につながりますし、月数万円でも家計の足しになる。また、孤独の解消にもなります。
 
ただし、課題は自分の希望と仕事とのミスマッチ。現役時代は大企業で華々しい仕事をしていたのに、それに見合った仕事がないというのです。大学講師や中小企業支援を希望する人が多いようですが、上から目線で自慢話をして煙たがられるため、その需要は少ないのが現状です。
 
そうしたアッパーミドル層のシニアを生かせる仕組みを生み出せれば、ビジネスとして成り立つことでしょう。


 

どっこい、アベノミクスは生きている

安倍晋三首相が約束した経済改革に対する疑問が強まっている。今月実施された消費税引き上げによって、少なくとも年内は成長が鈍化すると広く予想されている。しかし、ジャパンウォッチャーはお決まりの悲観論に戻る前に、安倍氏と日本を今一度見直してみるのが良いだろう。暗いメディアの報道とは裏腹に、アニマルスピリット(野心的意欲=企業の投資行動の引き金となる主観的な期待)が動き出している。

 今、論争になっている賃金問題をみてみよう。賃金が伸びれば、それは、円安を通じて企業利益を押し上げ賃金プッシュインフレを起こすという安倍首相の計画が望ましい効果をもたらしつつある疑いなき兆候だろう。これに対し、懐疑的な論者は最新統計では賃金伸び率はわずか0.3%という事実を重くみている。

 しかし、こうした全体的なデータはさておき、デフレの中で賃上げを発表した日本の主要企業が100社以上に達したという事実を見失うべきでない。「日本株式会社」は通常、最も有力とされる企業が将来への道筋を示すことで変化が始まる。労働市場はひっ迫しており、賃上げが間もなくもっと広がることを示唆している。パートタイム賃金は3%のペースで上昇、求人1件当たりの求職者数は減少しつつあり、今春の新卒者の雇用拡大計画を発表した企業も多い。

他にも労働市場で重要な変化が生じつつある。日本最大級の小売リチェーン「ユニクロ」は最近、臨時スタッフ1万6000人を正社員に転換する方針を発表した。パートタイム労働者とフルタイムだが「非正規」の労働者は過去20年間で日本の労働力の35%強に拡大した。彼らの賃金が安く、解雇しやすいのが主因だ。しかしバランスオブパワー(力関係)はシフトしつつあり、長年苦しんできた日本の労働力の3分の1に相当する労働者が賃金上昇と雇用安定を要求できるようになってきた。

 一部の消費財では、価格設定力も復活しつつあるようにみえる。例えば化粧品会社は最近、比較的若い消費者が低価格帯から中価格帯の製品にシフトしていると指摘している。日本経済新聞によると、日本最大の化粧品会社である花王の沢田道隆社長は最近、化粧品の価格は長い間継続的に下落してきたが、2013年には底入れし、今年は若干インフレ気味だと語った。

 食料品とエネルギーを除いた消費者物価の上昇率は過去15年以上で最も持続的な上昇トレンドにある。重要なのは、これがコストプッシュ・インフレでないことだ。電力料金は福島原発事故以降、上昇したままだが、それ以外の多くの企業の買い入れコストは、商品(一次産品)を中心に下落している。一方、多くの最終価格は横ばいないし上昇しつつある。

 わたしは最近、日本の段ボールの主要メーカーの経営幹部と話をした。段ボール業界は歴史的にコスト転嫁以上に製品価格を押し上げるのに消極的だった。長年にわたって低いマージンのまま我慢してきたこの業界が今や、価格引き上げを検討すべきだとの考え方に傾いているようだ。結局のところ、そうすることが愛国的な行動だとアベノミクスは教えている、とこの経営幹部は指摘した。

 多くのウォッチャーは、企業の設備投資を企業の先行きへの自信の真の指標だとして注視しており、それはまだ上向いていない。しかし生産活動の先行指標である工作機械受注は急増しており、とりわけ国内受注も増勢傾向にある。幾つかの大手工作機械メーカーは、国内の中小企業からの需要が強いと述べている。設備投資計画は、これら中小企業への銀行融資の急増を説明する1つの要因なのかもしれない。

 企業信頼感の高まりは、他の面でも顕著になっている。規制当局が国内企業の強化が業界寡占化の懸念よりも重要だというメッセージを明確にし、企業合併が再び議論されていることだ。これまで日本では価格競争を損なうような合併が厳しく規制されてきたため、コスト削減のための経営統合以外は難しかった。だが今や、企業はコストと収入のシナジーという両面から合併を見ており、買収機運が高まっている。

 日本はまだ森の中から抜け出ていない。3月の日銀の企業短期経済観測調査(短観)によれば、企業は向こう3カ月間の先行きに警戒感を抱いている。これは4月1日に実施された消費税の3%引き上げの影響への懸念を反映しているとみられる。これとは対照的に、企業は現在の景況感は良いとしており、向こう数年間、日本では1.7%のインフレになると考え、自社の販売価格はそれ以上に上昇するとみている。消費増税が若干の影響をもたらすのは疑いないだろう。しかし新幹線切符の販売、クレジットカード支出、そして一部の小売販売の速報によると、4月は依然としてプラスになっている。

 こうしたグリーンシューツ(景気の芽生え)はおおむね、経済政策に対する信頼感の向上の賜物だ。インフレを維持し続ける政策が継続されるとのこれほどの確信は、この数十年の日本になかった。過去数十年間、政府は片足でブレーキを踏み、もう一方の片足でアクセルを踏んできた。つまり政治家も官僚も、政策よりも政治的駆け引きに集中してきた。日銀の発信するコミュニケーションは、もっぱら政策を損なうことを狙ったもののように響いた時期もある。

 日本の経済復活では依然として多くの課題が残っている。より広範な改革は決定的に重要だ。しかし信頼感とインフレ期待は日本におけるより大きな経済変化のために不可欠な触媒だ。リフレーション(景気浮揚)は安倍氏が日本経済に提供できる最も大切なことであると同時に、彼が最もうまく実現できることなのだ。

 (注=筆者イーサン・デバイン氏は米インダス・キャピタル社のパートナー兼ファンドマネジャー) 




ナスダック急落と黒田ショックの裏側で何が起きているのか

「高頻度取引によって米国株式市場は操作されている」と主張する作家マイケル・ルイスの最新刊『フラッシュ・ボーイズ』が話題となっている。マイケル・ルイスは「嘘つきポーカー」で有名になった元ソロモンブラザーズのトレーダーである。

『フラッシュ・ボーイズ』は、高頻度取引業界の内幕を暴露した本である。マイケル・ルイスは「スピードの速くない大口投資家を出し抜いて取引しこれらの投資家が買う株価をつり上げている」と主張している。この本の出版によって、以前から囁かれていた「超高速取引(HFT)の儲けのカラクリはフロント・ランニング(後出しじゃんけん)ではないか?」という疑惑が一層深まった。

『HFTを手掛けるある投資会社は、4月初めに見込んでいた上場を延期する検討に入った。「5年間で負けたのはたった1日」――。発端は同社が上場に向け3月に開示した資料だった。2009年から13年末まで、取引を行った1238日で損失が出たのがたった1日という勝ちっぷりに驚きが広がった』『通常の取引では考えられない勝率の高さが「何かカラクリがある」との疑念をよび、ニューヨーク州のシュナイダーマン司法長官が3月中旬に「市場に対する信頼を台無しにしている」と批判。ホルダー司法長官も4月4日、米下院の証言で「司法省も調査している」と明言した』(日本経済新聞 4月6日付 米、超高速株取引を調査 システム駆使、1秒数千回 勝ちすぎ「不公平」 高まる批判、当局動く)と、超高速取引に対する逆風が強くなり、HFT業者が積極的に売買しているモメンタム投資銘柄が売られたのが、4月4日のナスダック急落の一因と言われている。「司法省も調査している」という報道から、超高速株取引業者の好む銘柄に売りが入ったという。

ナスダックの急落は、「司法省の調査報道によるモメンタム投資銘柄の流動性パニックを恐れた投資家が逃げた」という一過性の動きと捉えられているが、ファンドは5月決算を控えており、今しばらく注意が必要だろう。


「5年間で負けたのはたった1日」という言葉が独り歩きし、「超高速取引(HFT)をやっていればボロ儲け」という誤った認識が日本では蔓延している。確かに海外勢に翻弄されている日本株の昨今の乱高下は、超高速取引(HFT)が一つの要因ではあるが、高頻度取引業界全体の利益は縮小傾向にある。

2011年から2012年頃には、筆者のところにも「超高速取引(HFT)のサーバーを借りませんか?」というセールスが山のようにきたが、その頃が高頻度取引業界のピークで、2013年の高頻度取引業界全体の利益はピークから8割程度減少してしまっているという。コピーキャットが増えすぎて過当競争になっているらしい。日本株の売買にしても東証の呼び値の縮小などで、以前のように儲からなくなっているという。

筆者の周辺に超高速取引(HFT)を行う運用者がいる一方で、「この様な取引は中止すべきだ」と主張する運用者は多い。日本株を見ていればわかるが、日経平均やTOPIXといったインデックスの動きによって、個別銘柄は上がるか下がるかが決まってしまうからだ。そういった動きは銘柄選択や企業調査を空しくさせる。バリュー投資家不在の相場が続いていると言えよう。

巷の観測に反して高頻度取引業界は収益が低迷しているが、それでも超高速取引(HFT)の売買自体は減ることがないだろう。株式会社となった世界の取引所は超高速取引(HFT)の顧客が最大顧客となっており、取引所の収益を高頻度取引業界が支えているからだ。事実上、取引所はレンタルサーバー屋となっているのが昨今の実情である。

個人投資家はバーチュやKCG(ナイトキャピタルとゲッコー)のような太い回線(ケーブル)を持っていないし、回線もプロバイダー経由のディレイがある。超高速取引(HFT)と同じ土俵で戦っても勝てないことは明白だ。相場手法に正解はないが、いずれにせよ、超高速取引(HFT)に振り回されない自分なりの投資手法を持つことが必要となろう。

アルゴリズム取引(日本でいう自動売買)も同様である。この4月にチューダーファンドがクオンツファンドを閉鎖する。このクオンツファンドはピーク時に11億ドルの資金を運用していたが、過去3年はマイナスのリターンとなり、現在は1.2億ドルまで減少した。

チューダーファンドでさえ苦戦しているのだから、あとは推して知るべしである。過去3年間、名だたるファンドのパフォーマンスが悪化しているのは、明らかに市場の構造が変わったからである。筆者もここ数年は「10月末買い・4月末売り」といった半年間投資やレンジ売買の比率を高めているが、それは市場構造の変化に対応しての動きである。昨今の相場は猫も杓子もアルゴリズム取引を行っているので、トレンドは発生しにくくボラティリティだけが上がっている。


日銀の思惑と関係なく追加緩和策は必至

4月4日の雇用統計の数字は決して悪いものではなかったが、ナスダックの急落にドル/円も足をすくわれてしまった。しかし、波乱というほどの相場ではなかった。相場に冷や水を浴びせたのは4月8日の黒田日銀総裁の会見である。

「追加緩和は現時点では考えていない」「必要だとは思っていない」「いろいろな追加の余地もあるだろうし、逆方向の調整の余地もあると思う」という一連の発言を目にした投機筋は、失望売りに動いたという。「逆方向の調整とは?日銀もテーパリング?それはあり得ないでしょう」と、アベノミクスに対する期待は急速にしぼんでいる。


黒田日銀総裁は4月8日に追加緩和を行わなかった理由を述べているに過ぎないので、筆者はあまり発言内容に意味はないと考えている。しかし、一部の海外投資家からは「財務省(日銀)は消費税のことしか頭にないのだろうか?来年消費税を10%に引き上げるには7-9月期のGDPの押し上げと年末の景況感がポイントだから、今追加緩和をしても仕方がないと思っているのかもしれない」という失望の声が上がっている。

日銀の思惑とは別に日銀は追加緩和に追い込まれるのではないだろうか?黒田日銀総裁は浜田理論に対抗する形で「需給ギャップは縮小しほとんどゼロに近くなっている」と発言し、来年の消費増引き上げや追加緩和が必要ないことを正当化している。しかし、追加緩和のポイントはそうした経済理論ではない。アベノミクスは景況観の改善と安倍政権の支持率アップのために行われている政治的な政策である。

日銀の追加緩和がないとなると、4-6月期は公共事業の前倒しくらいしか策がない。国際通貨基金(IMF)は4月8日に日本の2014年の実質経済成長率が、前年比で1.4%になるとの見通しを発表した。これは1月時点より、0.3%の下方修正であり、消費増税の悪影響が景気対策などの効果を上回るとしている。景気が良くなると考えているのは日銀だけのようだ。成長戦略にしても出てくるのは6月の後半である。それまで、日本株が上昇基調を維持できるのか、日本株を買っている投機筋の多くは不安に思っている。

「安倍首相が日本株安・円高(=支持率低下)を避けるために、日銀に株価テコ入れ(ETFやリートの買い入れ枠増額)を要請するだろう」という期待感が、ファンド勢にはまだ残っている。しかし、4月30 日の日銀金融政策決定会合で追加緩和が見送られれば、再び海外投資家の失望売りを浴びる可能性がある。ファンド勢の多くは5月決算を控えているからだ。

黒田総裁が自信満々の会見を行ったので、追加緩和期待が急速にしぼんでしまった。元々海外投資家は日本の改革が進むとは思っていないので、アベノミクス以降の日本株の上昇は日銀の金融緩和と米国株の上昇だけで上げてきたと言ってもよいだろう。

足元の相場は、日本株や円安を支えてきた<緩和期待>がとりあえず打ち消された格好となっており、日本の株高基調や円安基調が維持されるか否かは米国株の動向にかかっている。

「4月のダウ平均の月間上昇率の平均値は1945年9月以降だと1.86%、1990年以降でも2.37%と、ともに12カ月中首位である」というアノマリーを先週のレポートで紹介したが、4月相場は第2週目から月半ばにかけて相場が下落するパターンとなることが多い。ここまでの4月相場をみると、今年もそうなっている。過去のパターンでは月末にかけて切り返すことが多く、筆者も押し目買いを基本に考えているが、今年はどうなるだろうか。


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