人生という名の遊び場で、いま、ここを活かされ、すてきに活きる

時代の本質をとらえた、心に残るすてきなメッセージ[構想、視点、こころ]と、新たな気付きをあなたに届けます。みずみずしく、活き活きとした、すてきな旬(ときめき)を一緒に探しにいきましょう。      ◆◇たきがみ博士が選ぶ”すてきなメッセージ”のおすそわけ◇◆

2015/08

金市場に強気のカナダのゴールドコープ

イアン・テルファー氏は、エレノアと名付けられた20億ドル(約2500億円)規模の新金山の誇り高き父親のような存在だ。
カナダのモントリオールの北方500マイル(約805キロメートル)に位置するジェームズ湾の岩がちな海岸近くにあるエレノア金山は、世界の金価格が下落していることを考えれば、問題児のように思えるかもしれない。
 
しかし金市場関係者にとって不遇なこの局面で、カナダの産金会社ゴールドコープ の会長を務めるテルファー氏は、金が流行から外れつつあるという指摘を一蹴。「数千年にわたって人々は金を保有したがってきた」と語る。
当面、金市場は活気に欠ける状況だ。2011年以降、金相場は概して一つの方向に向かっていた。それは下落だ。相場は1オンス=1900ドルを超える高値から1100ドル近辺に下げた。その過程で、究極の安全な投資先という地位を少なくとも幾分かは失った。
 
エレノア金山を初めて訪れたテルファー氏はひるんでいない。他の産金会社が資産売却やリスク軽減のためのパートナー探しによって相場低迷に対応する中、ゴールドコープは同金山のほかメキシコとアルゼンチンで1カ所ずつ大規模な拡張を手掛け、5年間に数十億ドル規模のプロジェクト3件を進めている。 
 
「私は金事業に35年間携わっている。この事業には浮き沈みがあるが、常に回復する」と同氏は話す。
テルファー氏が正しければ、15年前に金相場が300ドル近辺で低迷していた局面で倍賭けした時のように再び成功を手に入れることになる。間違っていれば、エレノア金山をはじめとするゴールドコープの事業拡張能力と、同社がこれまで勝ち得てきた鋭い先見性についての評判は打撃を受けよう。 

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世界で最も堅実に経営されている産金会社 ゴールドコープ

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「個食」から見えてくる現代人のサル化現象

現代社会は家族で食卓を囲む機会が減り、それぞれバラバラに食事をする「個食」が増えている。
個食は人間がサル化している現象。それは人間性を形づくる家族のコミュニケーションの場を疎かにしてきた現代社会の負の側面でもある。

人間にとって、「食」は文化的な特質と生物学的な特質の両方を持っています。食材を調理し、器に美しく盛りつけ、いろいろな服装やマナーで食事する。これは文化そのものです。しかし、文化だけでは「食」は語れない。ヒトは他の動物と同様生き物であり、当然のことながら食べなければ生きていけないからです。

グループや集団で食卓を囲む行為は人間だけのものです。サルも、ゴリラやチンパンジーのような人間に近い類人猿もしません。彼らにとって食べるという行為は原則として個的な行為であり、食物はケンカの元なのです。では人間はなぜ仲良く集い食べるのか。本来は他の類人猿のように、他の目を避けながら独りで自分の取り分を食べるほうが安全なはずです。

人間の祖先は今から約700万年前にチンパンジーの祖先と分かれたので、人間の「食」には700万年の歴史があります。チンパンジーは食物を採った場所でしか食べませんが、人間は採った場所から別の安全な場所に運び、そこで仲間と一緒に食べることを始めました。
すると、いろいろな木の実とか葉や茎など食物を持ち寄り「食」という場をアレンジすることができる。そこから人間の社会性が始まったと考えています。「食」の社会化によって相手との関係をつくることができた、この食物の「運搬」が第1の革命です。

第2の革命は「肉食」。今から約260万年前、人間は肉食を増やし始めました。肉食動物が食べ残した肉を食べ、骨を石で割って内部の骨髄を食べた。肉食動物は石という道具を使えませんから、骨を割ることはできない。骨髄は非常に栄養価が高いので、人間はエネルギーを多く消費する脳を大きくすることができました。霊長類では、集団の大きさは脳の大きさに比例します。脳が大きいほど、集団の社会的複雑さに対応できるようになるからです。こうして人間の集団は次第に大きくなっていきました。

第3の革命は火を使った「調理」です。火によってこれまで食べられなかったものも食べられるようになった。肉は焼くことで噛みやすくなり、消化が良くなりました。消化率の向上は胃腸を小さくできるという点で重要です。人間は消化に費やすエネルギーを節約でき、そのエネルギーで脳をさらに大きくするチャンスに恵まれた。採食にかける時間も短くなり、余った時間で社会的な行動ができるようになる。集団は大きくなって、脳を使う必要性が高まる。こうして人間の生活は複雑になっていきます。

第4の革命は「食料の生産」。これは約1万2千年前に起きた新しい革命で、植物を栽培し家畜を飼うようになった。それが可能になり、食料の「保存」もできるようになって「食」の進化が加速していきました。

こうして4つの革命を経て食文化が発達することにより、食事は人間の日々の社会行動にとって非常に重要な位置を占めるようになったのです。ただ、人間はサルやチンパンジーとまだ変わらない性質を引きずっているところがある。それは胃腸です。肉食動物のように食いだめができないので、毎日食べなければいけない。ですから、食事というものは人間にとって日常的なものです。そういった生物的な理由と文化的な理由があいまって、人間の日々の食生活は営まれています。
 
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持ち運べる電気自動車「WalkCar」

 

 
 WalkCarを開発したのは、エンジニアリング専攻の大学院生で、Cocoa Motors(ココアモーターズ)の代表を務める佐藤国亮氏。リチウムイオンバッテリーで動くWalkCarは一見、裏返したタブレットに車輪をつけたようにしか見えない。しかし、小さいからといって侮るなかれ。約120kgの重さに耐えられる上、3時間という短い充電時間で最高速度は約10km/h、航続距離は12kmになるという。米『ニューヨークタイムズ』紙の記事によれば、日本人の1日の平均歩数は7,168歩で、距離にすれば5.7km程度であるため、WalkCarの航続距離はこれをはるかに上回る。

WalkCarの外装はアルミニウムで出来ており、屋外用モデルと室内用モデルがある。より頑丈な作りの屋外用モデルでも重さはたった3kgほどで、使わない時はリュックやパソコンバッグに入れておけるほどコンパクトだ。

操作も簡単。上に乗れば動き始め、降りたら停止する。方向転換もホンダのパーソナルモビリティー「UNI-CUB」のように体重移動するだけといたってシンプル。だがイス型のUNI-CUBは室内用のみで、最高速度は6km/h、4km/h走行時の航続距離は6kmでしかない。

26歳の佐藤氏がロイターに語ったところによれば、WalkCarの開発は彼の専攻である機械工学の単位取得の一環だったという。彼はロイターの取材の中で「"乗り物がカバンに入ったら、好きなときに乗れるじゃないか"と考えた。修士課程で電気自動車の制御システム研究を専攻していたこともあり、実際に作ってみたらと友人に提案されたのが開発のきっかけだ」と語っている。

Cocoa Motorsは資金調達サイト「キックスターター」のキャンペーンを利用して今年10月に予約販売を開始する予定だ。新たな移動手段を求めていて、スケートボードでは物足りず、かといってセグウェイに乗るのは恥ずかしいと感じている人には、まさにピッタリの乗り物だろう。

素晴らしい人生を送りたいなら、自分の感情を味方につけ役立てていくことだ。
 
感情から目をそむけたり、感じないふりをしたり、無視したり、感情なんかには意味がないんだと決めつけたりしてはいけないんだ。

逆に、感情に振り回される必要もない。

感情というのは、「目的達成のために取るべき行動とは何か」を示す心の羅針盤なんだ。

感情はあなたの友であり、メンターであり、コーチになってくれる。
 
そして、歓喜の時も、失意の時も、あなたを導いてくれる。


*アンソニーロビンズ
 

人生は直線ではありません。
また、重要な出来事のタイムラインでもありません。
学校を卒業しなくても、結婚して仕事を見つけて家庭を持ち、お金を稼ぐこともできます。
いくつになっても、心地よく生きることができていればそれが正解なのです。


◇無理に付き合わず、1人の時間を大切にする

間違った選択をして、人生を台無しにしていませんか。自立した人間になるということより、誰かのものになろうとしてないですか。
愛とは、都合のいいものではありません。寂しさを紛らわすためや、注目を集めるために愛を手に入れてはいけません。自分を成長させてくれるような恋愛ができるように、努力すべきです。

1人で食べて、出かけて眠る…。寂しくて嫌だと思う人も多いですが、それが自分のことを知るきっかけになるのです。情熱や夢が見つかれば、本当にやりたいことがわかります。自分自身を知ることで、運命の相手と出会った時もすぐに見極めることができるはず。
焦って誰かと一緒になろうとせずに待ちましょう。真実の愛を見つけた時に備えるのです。


◇過去のできごとは、ポジティブに捉える

過去に囚われすぎると、人生を台無しにしてしまいます。
失恋や失敗を経験すると、自分が特別な存在ではないように感じることもあります。今まで相手から言われて、心に深く残った言葉があるかもしれませんが、それで自分を定義してはいけません。それはただの言葉なのです。

もし過去を振り返る時にネガティブな側面ばかり見てしまっていたら、間違いを反省することもできません。過去の恋愛を引きずっていては新しい愛を逃してしまいます。自分に自信が持てず、魅力的な人が現れても前に進むことができなくなってしまうのです。


◇人と比べずに、自分にとって大切なことを持つ

他人と自分を比較することのメリットは、ほとんどありません。Instagramのフォロワー数によって、あなたの価値は決まらないし、銀行口座に入っているお金の多さは、心の豊かさとは何の関係もありません。
あなたより2倍も多く所有物があるからといって、幸せが2倍になるわけではないですよね。

まわりの人が大切だと思うことばかりに意識を向けて、人生を台無しにするのはやめましょう。自分を大切にしたいがために、比較してしまうのです。


◇伝えることを恥ずかしがらない

自分が感じたことを思ったままに発言することや、相手にどれだけ愛しているのか伝えることを恐れていませんか?相手にちゃんと伝えることで、あなたの想いは通じるはず。恥ずかしいことではないのです。
思い切って愛していると、言葉に出しましょう。


◇我慢ばかりして可能性を潰さない

我慢し過ぎていませんか。1日の終わりには、自分が生きていることに対して情熱を感じるべきなのです。本当に欲しいことを我慢するということは、自分の中にある可能性を潰し、まわりを誤魔化しているのと同じこと。
お金を稼ぐためや、簡単なことをしたいためだけに人生を台無しにしないでください。

生活と仕事、人生と愛はそれぞれ関係していないように見えても本質的には繋がっています。私たちは、素晴らしい仕事と最高の愛を見つけるべきなのです。妥協しないでください。
そうすることで、とても幸せな人生を送ることができるのです。



*「Thought Catalog」のライターBianca Sparacino

終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして七十年前。日本は、敗戦しました。

 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

平成二十七年八月十四日
内閣総理大臣  安倍 晋三

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◇創造力は知識よりも重要だ。
 知識には限界があるが、創造力は世界を覆う。

◇偉大な精神を持つ人々は、
 平凡な人々から強い反発を受けるのが常だ。
 平凡な人というのは、過去の慣習に盲目にならず、
 勇敢に意思表示する人々のことを理解できないのだ。

◇人間の知識と技術だけでは、
 暮らしを幸福で尊厳のあるものには出来ない。
 人類が客観的真実を見出すことで、
 高い道徳基準と価値を決めるには、理由がある。

◇偏見のある社会環境で、
 冷静な意見を述べられる人は限られている。
 それどころか、
 意見を持つことさえ出来ない人がほとんどだ。

◇どんな条件であれ、私には確信がある。
 神は絶対にサイコロを振らない。

◇重要なのは、疑問を持ち続けること。
 知的好奇心は、それ自体に存在意義があるものだ。

◇信仰のない科学は不完全だ。
 科学のない信仰は盲目だ。

◇宇宙と人間の愚かさは無限大だ。
 宇宙については確かではないが。

◇恋に落ちることは愚かな行為だ。
 とは言いきれないが、重力にその責任はないだろう。

◇我々が持てる最も美しい体験は、ミステリアスなものだ。
 真の芸術と科学というステージにたつ、
 根本的な情熱なのだ。

◇失敗したことのない人間というのは、
 挑戦をしたことのない人間である。

◇成功者になろうとしてはいけない。
 価値のある男になるべきだ。

◇創造力の秘密とは、その源を隠すことにある。

◇賢さと愚かさの間にある違いは、
 賢さには限界があることだ。

◇弱点は、いずれキャラクターになる。

◇純粋な数学とは、論理的思考が織りなす“詩”である。

◇自然が見せてくれている姿は、ライオンのしっぽでしかない。
 しかし、私はライオン自身が、
 巨大なその体全体を見渡すことができないことを知っている。

◇誰かのために生きることにのみ、生きる価値がある。

◇私は賢いのではない。
 問題と長く付き合っているだけだ。

◇私の信念は、
 弱さや儚さの中に存在する卓越した精神への、
 謙虚な賛辞から成り立っている

◇平和は強制できるものではない。
 それは理解することでしか、到達することができないものだ。

◇私は未来のことを考えたことはない。
 すぐに現実になるからだ。

◇数学の難しさを、心配する必要はない。
 私の問題の方が全てにおいて難しいのだから。

◇羊の群れの中で、
 最も完璧な羊であるために必要なことは、
 どの羊よりも羊であることだ。

◇この世で最も理解できないことは、
 それが理解できることであるということだ。

◇現実とはただのまやかしだ。
 とてもしつこいがね。

◇真実とは、
 経験というテストの結果、得られるものである。

◇人生とは、自転車に乗っているようなもの。
 バランスを保つためには、走り続けなければならない。

◇同じことを繰り返しながら、
 違う答えを求めているなんて、狂ってる。

◇常識とは、
 18歳までに積み重なった、偏見の累積でしかない。

時には感覚に従うシンプルな習慣

 ・人に対して恨みを抱かない。

 ・既存概念にとらわれない。

 ・毎日の日課の中に、運動を取り入れて健康を保つ。

 ・まわりに応援してくれる仲間を持ち、
  ネガティブな人とは付き合わず、時間をムダにしない。

 ・他人の目を気にしない。
  ライオンがいつ寝ていいのか羊に聞かないのと同じように。

 ・人にお願いばかりしない。

 ・困難なことは、自分を成長させるためのチャンスだと考える。

 ・失敗しても立ち直りが早い。

 ・宗教的な必要はないが、スピリチュアルを信じている。
  ヨガや瞑想など、心と会話する時間を大切にする。

 ・深呼吸する。

 ・すべてを手に入れることができないことを知っており、あるもので満足する。
  世界が自分だけのものになってしまったら、つまらないはず。

 ・恐怖に支配されず、リスクを恐れない。

 ・しっかり「NO」と言えて、後悔しない。必要な時は境界線を引こう。

 ・心の声に従う。将来へのビジョンを持つだけでなくそれに従う。

 ・何の見返りも求めずに与える。

 ・見栄を張ったり、うぬぼれたりしない。

 ・情熱ややる気が、彼らの行動力。自分が行っていることを信じる。

 ・不平不満を言わない。

 ・仕事のことでも私的なことでも、人の中身を大切にする。

 ・形勢がどんなに悪くても立ち向かう。

 ・自分が始めたことは自分で終わらせる。

 ・他人と自分を比較しない。

 ・人の成功を心から望む。





「ヘンプ」「アサ」「大麻」「マリファナ」は、同じ植物を表わしています。

いま、ヘンプは石油と森林に替わる可能性を秘めた農作物として、また、様々な生活習慣病を改善する新しい健康食品として世界中で注目されています。   
            
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ヘンプは世界各地で栽培でき、110日という短期間でまっすぐに2~4mに成長する一年草です。 
害虫や雑草にも強いため、土地や水を汚染する農薬と化学肥料をたくさん必要としません。 
農薬の空中散布なしでは栽培が難しい綿花(コットン)と比べるととても環境にやさしい作物です。 
その作物は、今や衣服だけでなく、住宅用の建築素材、土に戻るプラスチック、紙、化粧品の原料などに使われはじめています。 

さらに麻の実(ヘンプの種子)は、畑の肉といわれる大豆に次いでタンパク質が多く、必須脂肪酸やビタミンがバランスよく含まれています。 
そのため、心筋梗塞やアレルギー疾患などを予防・改善する食べ物として見直されています。 
ヘンプからできる商品は、およそ25,000種類にもなるといわれています。 

ヨーロッパ諸国やカナダでは、第二次世界大戦後から約50年間ヘンプの栽培が禁止されていました。 
1990年代に入り環境にやさしくて利用価値の高いことが評価されると、栽培が解禁されるようになりました。 
それに伴ってヘンプの研究と商品化が急速な勢いで進んでいます。 
ヘンプを推進する国々では、農業活性化、地域振興、新しいマーケットの拡大、雇用対策に大きく貢献できる1つの産業(=ヘンプ産業)として捉えているようです。 

一方、日本では、ヘンプ(大麻)から作った衣服を着て、麻の実を食べていたことが縄文時代の遺跡から発見されています。 
ヘンプは、戦前までは、繊維を衣服や縄に、種を食料や燃料に、茎は建材に、そして葉や根は薬用に利用してきました。 
今でも、七味唐辛子の一味、花火の火薬、神社の鈴縄など意外と気づかないところに使われています。 

また、「麻衣」「麻美」「麻里」など名前に麻という文字をよく使います。 
これには麻のように素直ですくすくと丈夫に育ってほしいという親の願いがこめられているそうです。 

ところが、第二次世界大戦後にGHQ、大麻取締法の影響によって、「麻薬」というイメージを植えつけられてしまいました。 



<ヘンプ(麻)の10大特徴> 

1)再生可能な資源  
  アサ科の1年草であるヘンプは、有限な化石資源と異なり毎年再生産が 
  できる 

2)成長が早い 
  昔から100日草と呼ばれ、3ヶ月で約3メートルにまで成長する 

3)最も古い栽培植物 
  栽培植物としての起源は最も古く日本でも縄文時代の遺跡から繊維と 
  種子が出土 

4)農薬不使用 
  ヘンプは病害虫に強い作物であり、殺虫剤、除草剤などの農薬は使用 
  しません 

5)世界中で栽培可能 
  沙漠、氷雪原、ツンドラ気候と湿地以外では、痩せた土地・半乾燥地 
  でも栽培可能 

6)様々な生活用品を生み出す 
  繊維から衣類、縄、紐、紙ができ、繊維をとった後の麻幹(オガラ) 
  から建材、炭、プラスチック副原料、燃料、動物用敷藁、 
  種子から食品、化粧品、塗料、潤滑油、葉から肥料、飼料、 
  花から医薬品と25000種類の生活用品ができる植物  

7)工業原料としての実績 
  リーバイスのジーンズ、メルセデスベンツ等の自動車内装材、ユーロ 
  紙幣、ザ・ボディショップのボディケア用品、EUでの自然素材断熱 
  材など天然繊維の工業利用のノウハウが最も蓄積された植物   

8)地産地消のバイオマス 
  将来、日本で栽培、加工、製品化できる資源作物として期待される 

9)バイオ・リファイナリーができる模範的植物 
  麻から繊維・麻幹・種子をとり、様々な加工によって無駄なく使え、 
  持続可能な安定供給ができ、技術が進めば石油に変わる植物由来の 
  工業用基礎原料になる 

10)日本の伝統文化を支える素材 
  神社の鈴縄、注連縄、御幣、下駄の鼻緒、花火の火薬、凧糸、弓弦、 
  相撲の化粧回し、漆喰原料の麻すさ、茅葺屋根材、麻織物、七味唐辛 
  子の一味など今でも使われている 




日本の敗戦により、GHQによる日本人の精神性、文化、生活様式を徹底的に破壊し、アメリカの従属国家とするために日本弱体化計画が計られ、その一つに大麻草を取り上げました。 
またそれと同時に石油を世界の共通エネルギーとするために石油産業が物凄い勢いで台頭してきました。 
日本も当然石油や石油製品のマーケットにする為に、石油メジャーと植民地政策が一致し、『麻薬』と位置づけ、大麻取締法が制定されました。 

日本では大麻草は生活の一部ではあったが、外国のように吸引する文化はあまりなく、取締法制定時には、担当省はもちろん多くの人達がアメリカの勘違いや自分達の読み間違いだと思ったくらいでした。 

中毒性はコーヒーよりも少なく、致死量もない。生活必需品であり農家の大ダメージを考え、当時の役人達が必死の交渉の結果、栽培における免許制を設けることで今にかろうじて残されています。 

しかし不思議な事に、海外特に先進国では部分的に大麻の活用が合法化されており、2012年暮れには、アメリカの首都ワシントン州とコロラド州では嗜好品大麻が合法可決されました。 

麻薬と言う危険性はないからです。 

大麻はそのイメージと性質上、吸引してハイになり、麻薬中毒ということが議論ばかりされますが、吸引に対しても全く害はないのです。 

大麻は産業として大きな効果が見込められます。 
なおかつその製品は石油と違いエコで無害なのです。 


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