スイスショックは日本国債の未来を暗示

 ここまで長く政策を引っ張った結果、リスクが膨らんでいたにもかかわらず、徐々にではなく、一気に政策を変更した結果、先進国の為替相場で、一時的にせよ一日で40%も変動したケースは他にはないのではないだろうか。
このことは、極端な政策は市場の歪みを大きくし、いざ政策を変更しようとすると、その反動で市場の動きが爆発的に大きくなってしまうことを示唆している。SNBもここまで大きな変動になるとは思ってもみなかったから、一気に政策変更を行ったのかもしれない。

ちなみに、スイスの年間輸出額(財のみ)は名目GDPの32%となっており、14%程度の日本よりもずっと大きい。スイスの方が日本より自国通貨急騰の悪影響を強く受けると言えるかもしれない。

また、影響はスイス経済だけでなく、その他幅広い金融資本市場に及ぶ可能性があり、その影響がこれから徐々に明らかになってくる可能性がある。対ユーロや対ドルでフランのショートポジションを保有していた投資家は多かったと考えられる。投資家が被った損失が予想以上の多額に上る可能性も排除はできない。

こうした中で、今後世界の金融資本市場が全体的に不安定になる可能性がある。今週末に控えているギリシャの総選挙、「イスラム国」によるテロに対する懸念、中国の不動産関連社債の問題も投資家の不安心理を増長してしまうリスクがあり、そうなれば、円ショートポジションの巻き戻しが続き、さらに円高が進む可能性がある。

加えて、SNBの突然の政策変更は、今後、日銀の金融政策に対する市場参加者の見方に影響を与える可能性もある。なぜなら、先進国中銀の中でSNBの次に極端な金融政策を行っているのは日銀だからだ。先述した通りSNBのバランスシートの対名目GDP比は83%だが、日銀のバランスシートはその次に大きく、名目GDPの62%となっている。

また、日銀がこのまま現在コミットしているペースでバランスシートを拡大していけば、今年末には名目GDP対比76%程度と、SNBにかなり近いところまで拡大することが予想される。米連邦準備理事会(FRB)やECBを含む他の主要国中銀のバランスシート対名目GDP比がおおむね10―20%台であることを考えると、SNBと日銀だけ規模が突出しているのが分かる。

<保有資産の3%程度毀損で、日銀は実質債務超過>

今後、市場参加者はSNBの次に極端な金融政策を行っている日銀の金融政策の持続性に対して疑問を持ち始めるかもしれない。これまではスイスや日本だけではなく、FRBやECB、イングランド銀行(BOE)も含めた各国中銀が行ってきた非伝統的金融政策は、賛否両論はあったとしても、どちらかと言えば、正しく、必要なこととして市場に受け止められてきたと考えられる。

しかし、15日のSNBによる措置とその後の市場の反応を受けて、今後は非伝統的金融政策に対して懐疑的な見方が高まってくるかもしれない。そうなると、次に政策の維持が困難になるのは日銀で、日本国債が次のユーロフランになるのではないか、と懸念する市場参加者は多くなっていくだろう。

日銀は総資産300兆円のうち、98%が円建て資産であるため、SNBに比べるとリスク量がかなり小さいのも事実である。しかし、それでも、対名目GDP比で異常に大きなバランスシートを抱えていることも事実で、SNBと同様、何らかの理由で突如政策を変更せざるを得なくなり、その行動が市場に予想をはるかに上回る影響を与えてしまう可能性もゼロではない。

日銀の純資産は資産の大きさに比べて非常に小さい。資本金はわずか1億円であり、法定準備金は2.9兆円しかない。この他、債券取引損失引当金、外国為替等取引損失引当金が合計3.8兆円程度あるが、これらを合わせても、総資産に対する比率は2.2%しかない。つまり、保有資産が3%程度毀損(きそん)しただけで、日銀は実質債務超過に陥ることになる。

「日銀は国債を満期まで保有するのだから問題ない」との考え方もあるかもしれない。しかし、SNBも今までの政策を続けようと思えば、技術的には続けられたはずである。それでも何らかの理由で終了せざるを得ず、SNB自身や一部の民間企業、投資家のバランスシートを実際に著しく毀損する結果となってしまった。日銀もどこかの時点で現在の政策が継続不可能となり、その瞬間に国債価格が暴落、長期金利が急騰し、日本経済全体に多大な損失を与えてしまう可能性は小さくはない。

SNBに比べれば日銀がバランスシートに抱えるリスクは小さいことは事実だが、一方で他の主要国中銀に比べればリスクははるかに大きい。そして、今回スイス経済が被りそうな被害を考えれば、日銀や日本経済も同様の事態に追い込まれるリスクを軽視しない方が良いことが分かるだろう。

1930年代の日銀による国債引き受けが、結局ハイパーインフレにつながったのは、出口政策に失敗したからだった。したがって、今回は、極端な金融政策からの出口政策に失敗したSNBの直近の事例をきっかけに、日銀は出口政策に対する考え方を今から市場に対して明確に説明すべきではないだろうか。

日銀の場合、政策目標(コアインフレ率2%)が達成された時、現在の政策を単純に終了すると、国債価格は暴落することになる。つまり、日銀が行っている非伝統的金融政策は、SNB以上に出口政策がより重要なのだ。

非伝統的金融政策の持続性に対して市場参加者が懐疑的な見方を強めつつある中、しっかりとした出口政策を示さなければ、今後の政策の持続性に対して市場参加者の信任が得られなくなるリスクが高まるだろう。

スイスの教訓、中銀は嘘が許されるのか

「中央銀行は"嘘のライセンス"を持つのか」
あるヘッジファンドの呟きだ。
007ジェームズボンドの「殺しのライセンス」をもじった表現だ。
たしかに、昔は「中銀総裁は利上げ・利下げ見通しについて嘘をついても許される」といわれた。
しかし、近年は中銀と市場の「コミュニケーション」が重視されるようになった。中銀サイドもフォワード・ガイダンスにより金融政策の方向性を明示するようになった。
市場でも「中央銀行には逆らうな」が合言葉になった。
株価が急落すれば、バーナンキ前FRB議長が、追加的量的緩和で支えてくれるという安心感から、「バーナンキプット」という言葉も使われた。下値をヘッジするプットオプションになぞらえた表現だ。
しかし、スイス国立銀行(SNB)の突然のスイスフラン上限撤廃は、中央銀行への不信感を醸成する結果になりつつある。発表3日前に、SNB副総裁が「スイスフラン上限維持は、金融政策の大黒柱」とまで語っていたからだ。
市場は「不意打ちを食わされた」とぼやく。

この中銀不信感は、今後、日米欧金融当局に波及する可能性をひめる。
振り返れば、10.31黒田サプライズの3日前、参院財政金融委員会で、「質的・量的金融緩和は所期の効果を発揮、日本経済は物価2%への道筋を順調にたどっている」と語っている。
それゆえ、「黒田総裁の強気発言を信じてきた市場の予想を裏切った。」「不意打ちを食わされた」などの声があがった。
バーナンキ前FRB議長も、2013年の7月に、量的緩和縮小を示唆する発言をした後、9月のFOMCでは、テーパリングせず、市場は大混乱に陥った。その時の記者会見で、早速突っ込まれたが、「誰も9月に緩和縮小とは言っていない」と一蹴した。
たしかに、「金融政策変更の最後の決断は、マクロ経済データ次第。想定より振れれば、変わる可能性がある」と、FRBは必ず釘を刺している。
今週は22日のECB理事会で国債購入型量的緩和導入が「確実視」されているが、「誰もやるとはいっていない」状況だ。ドラギ欧州中央銀行総裁は「できることはなんでもやる」「(マイナス物価成長率を受け)追加的緩和を検討すべき時期」と語っているだけである。
米利上げも、「FOMCメンバーの多くが利上げは不可避との見方」「今後2回のFOMCで利上げはない」とFRBは表現しているが「誰もやるとはいっていない」。

スイスショックの直接の犠牲者はFX業界と世界のミセス・ワタナベたちであった。欧州ではレバレッジが最高1000倍も提示される売買システムの中で、流動性が極めて薄いユーロ・スイスフランに賭けたのだから、「自己責任で当然の報い」と同情論は薄い。損失規模もマクロ的には危機水準にはほど遠い。
(ちなみに国際決済銀行の調べでは、ユーロ・スイスフラン通貨ペアの世界の外為市場におけるシェアは1.3%である。)
しかし、スイスショックは「中央銀行と市場のコミュニケーション」について大きな不安材料を残した。
既に、円相場では、イエレン・クロダを信じて円安に賭けるべきか否か。ヘッジファンドも戸惑う状況になりつつある。

そのなかで金は1270ドルを超えた。円相場が117円台なので、円建てでも急騰中だ。
ここまでくると、私も、もはや「底値圏」とは言わない。
金がプラチナを若干上回る逆転現象も生じている。
明らかに金のほうに割高感がある。
金上昇の理由は、スイス・ギリシャなどの市場がかかえる不安要因に尽きる。安全性を求めるマネーが金流入のパターンだ。
また、いずれ、米利上げが現実味をおびたときには、金は下がると思う。ドル円だけ見るとドル安だけれど、外為全体では基調ドル高だし。ディスインフレ傾向は継続しているし。そこで下がったら、再び底値圏入りするから、そこでまた買い増せばいい。