システムの片隅の小さなゆらぎが、
 システム全体の大きな変動をもたらす。

 これは、ノーベル賞化学者、イリヤ・プリゴジンの遺した言葉ですが、
 現代科学のフロンティア、「複雑系」の研究においては、
 この「摂動敏感性」と呼ばれる性質が、
 単に物理や化学のシステムだけでなく、生命や生態系のシステム、
 さらには、企業や市場や社会などのシステムにおいても
 しばしば支配的な性質となることが指摘されています。

 そのことから、未来学者、アルビン・トフラーは、
 かつて、『戦争と平和』という著書のなかで、
 「世界はプリゴジン的性格を帯びつつある」と称し、
 世界の片隅での小さな紛争が、
 世界全体を巻き込む大戦争を引き起こす可能性があることに
 警告を発しました。

 たしかに、現在の世界の情勢を見つめ、
 このトフラーの予言を思い起こすとき、
 我々は、この「ゆらぎ」という言葉に、
 言い知れぬ「不安」を覚えます。

 しかし、この「ゆらぎ」という言葉を
 さらに深く見つめるとき、我々は、
 そこに、一つの「希望」があることに気がつきます。

 なぜなら、我々の生きるこの世界において、
 小さなゆらぎが大きな変動をもたらすことが、
 もし、本当に起こるのならば、

 一人の社員が、企業に革新をもたらし、
 一人の起業家が、市場を大きく進化させ、
 一人の社会起業家が、この社会を変革する。

 そうしたこともまた、起こるからです。

 そして、もしそうであるならば、
 いま、我々に求められているのは、

 自らが、その「ゆらぎ」となる、
 小さな勇気なのかもしれません。



 
 田坂広志